雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
12時から14時までくらいの昼過ぎというのは、うちの店にとって最も客が来ないタイミングだと言える。
うちのお店の主要客層である主婦たちは、昼ごはんの支度をしている頃。うちは雑貨屋で、飲食物なんて水ぐらいしか置いていないし、14時を過ぎた頃ぐらいまでは暇になることが多い。
そのため、俺が親のお手伝いをするなら、やることが少ないこの時間帯の店番をやったりすることが多かった。
父が買い出しに出かけている日は、母親に昼飯を作ってもらって、それを食べた後に俺は店に出る。母親は家事をしたり、忙しい日には俺を残して園崎さんの家に働きに出ることもあった。
そんなわけで、俺はギター片手に父親の帰りを待ちつつ、店番をしていた。……といっても、客が来ないので店番というよりは、ギターを弾くのがメインになっていることが多いが。
「あら、今日はユウくんが店番をしてるのねぇ。調子はどう?ギターは上手くなった?」
今はちょうど、恰幅の良いおばさんが軍手か何かを買いに来たところだった。
「もちろんです!ほら、聞いてくださいよ?……」
ビートルズの、『イン・マイ・ライフ』のイントロを弾く……さぁ、歌い出そうというところで止めて、感想を聞く。
「どうすか!?どうですか?なんとなく知らないですか?」
「うーん……なんか、ラジオで聞いたことぐらいはあるような……?なんていう曲なの?もっと、楽しい感じのはないの?」
「イン・マイ・ライフ、です。知りませんか?」
名前を知らなかったようで、不満げなおばさん。おいおい、『イン・マイ・ライフ』なんて、名曲中の名曲ですよ!と抗議したい気持ちもあるが一旦置いておく。
「じゃあ、これは?」
『デイ・トリッパー』の冒頭のギターリフを弾く。どんな人でも聞いたことあるような超有名なフレーズなので、流石のおばさんもにこやかな顔になる。
「これは聞いたことあるわね!」
おばさんが分かってくれたので、俺も得意になってその先のところを弾く。じゃかじゃかとかき鳴らすようにギターを弾くと、おばさんはそれはそれで不満げだった。
「なんか、やかましいわね……」
やかましい。やかましいか?不満はあるが、うるせーよ!とまでは言わない。昭和後期の田舎の村に生きる大人の中には、ロックなんて聞いたこともない人だっているだろう。うん、俺がこの村にロックを普及させればいい話だ。
「ま、まあ、これが流行りの音楽なんですよ。もしよかったら、またラジオやテレビで聞いてみてくださいよ」
「そうね、また色々聞いてみるわね!」
おばさんはそう言って店を出て行こうとした。
うちの店はこのように、お買い物だけが目的ではない客が来ることがよくある。それは多分、俺のような若者があまりこの村にいないから。近くに住む人たちは、ちょっとした休憩がてらこの店でゆっくりしていくのだ。
この村には変な人はあんまりいないし、ただ年寄りやおばさんの話し相手になるぐらいで、俺にとっては気楽だ。ギターの練習はあんまり捗らないが、ちょっとした披露の場があるのは嬉しい。
そして、おばさんが出ていこうとする後ろ姿を見ていて……変なことに気付いた。
おばさんが、何故だか店の出入り口の前で立ち止まっているのだ。
最初は靴紐が取れたのか、と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。微動だにせず、おばさんはぼーっとしている。
「あの、なんかありました?もしかしてお父さんの車が帰ってきたとか?」
俺は立ち上がって、店先に出ていった。そこには、不思議な光景があった。
おばさんが立ち止まる目の前には、2人の子供がいた。2人とも色素の薄い、金色っぽい髪の毛の子供達だった。1人は小学生くらいの男の子で、もう1人はまだ未就学児だろう。
2人の子供は、うちの店に入ろうとして、おばさんにとおせんぼされてるみたいだった。
「どうしたんです?入れてあげたらいいんじゃないですか……?」
そばまで近づいてそう言うと、おばさんの顔は一瞬、こわばった。そして俺の方を見て何事もなかったような顔をした。まるで、その2人の子供が見えていないみたいだった。
「どうかした?ちょっとしたことを思い出して、立ち止まってただけよ?」
そう言って、おばさんは足を踏み出そうとした。おばさんの足の前には、その2人の子供が、戸惑いを隠せない様子で立ちすくんでいた。このままだと、蹴り飛ばすような形になっている!
「ちょっと!」
俺はその前に体を入れてそれを止めた。そしておばさんの顔を見上げると、おばさんは驚いたような顔で黙っているのだった。
「ごめん、ちょっと通してくれるかな……?」
おばさんは一旦放っておいて、俺は2人の子供たちに優しくそう言った。2人も驚いた顔で、俺の言葉に従ってくれた。
2人がそっと道を空けると、おばさんは早足になって店を出ていった。……ちょっと、嫌なものを見てしまった。俺は気を取りなおすように、2人に手招きをした。
「うちのお店に用があったんだよね?ほら。入ってよ。今は両親がいないから、俺が案内するよ!」
「い、いいの?なら、お願いするよ……」
俺が明るい感じを装って話しかけると、男の子は不思議そうな顔をして頷いた。隣の小さな女の子は不安そうな顔で男の子の背に隠れた。
「にーにー……」
「大丈夫だよ、沙都子。ほら、おいで?」
男の子は不安を隠さない女の子の頭を撫でて宥めた。俺はその様子を見て、多分この2人が兄妹なんだろうと思った。
俺は2人を店の中の椅子に案内して、座ってもらうことにした。
「いらっしゃいませ。今日は何をお求めですか?」
俺は店員の立場で話す。俺が大人ぶった話し方をしたからか、男の子は薄く笑うような顔で口を開いた。
「あの、実は切手と封筒が欲しくて」
「切手と封筒ですね。少々お待ちください……」
切手と封筒……どう考えても、彼ら自身の買い物ではないだろう。この年で、この子達はもう親のお使いを任されているらしい。立派な子達だ。
俺はカウンターを一旦離れ、切手と封筒を探して持ってくる。男の子は緊張した面持ちで、女の子の方はちょっと待ってるうちに退屈になったのか、所在なさげに店の商品を眺めて、俺のことを待っていた。
男の子は俺が差し出した切手と封筒に対して、幾らかの小銭を出す。俺はそれを受け取って、勘定をした。
キャッシャーからお釣りを取り出す時、男の子は遠慮がちに言った。
「あ、ありがとう……ねぇ、どうして僕たちに親切にしてくれるの?」
「どうして、って……理由なんかないよ。普通に接してるだけだよ。はい、どうぞ。お釣りは……こちらになります」
トレーに載せたお釣りを受け取って、男の子はほっとしたような顔になった。女の子の方は、男の子の影に隠れながら、俺の顔をこっそり見つめていた。
俺が男の子の方しか見ていないので、仲間はずれにされてると思ってるのかもしれない。俺はちょっとしたことを思いついて、カウンターの中からフルーツ味の飴を手に取った。俺のおやつ。でも、別にそんなにおいしくない。
俺はその子の目線まで腰を落として、それを差し出した。
「よかったら、食べる?このお店に初めて来てくれた記念に!」
女の子は不安そうな顔だったが、恐る恐る俺の手の飴を受け取った。
「ありがとう……沙都子、お礼を言わないとね!」
男の子が女の子にそう言うと、女の子……沙都子ちゃんは口を開いた。
「ありがとうございます……ですわ」
ですわ、か。ちょっと面白い。関西人のイントネーションってわけじゃなく、お嬢様みたいな喋り方だった。このくらいの歳の女の子は、フィクション作品に影響を受けやすかったりするもんだからな。
「はい、どういたしまして。また来てね、2人とも!」
そして、2人は店を出ていった。最後、店から出る際には兄であろう男の子が一礼してくれた。若いのに、礼儀正しいことである。
それにしても、どうしてあのおばさんは2人のことをいないもののように扱っていたのだろうか。2人とも、悪い子のようには見えなかった。年に似合わない礼儀正しさがあって、村の中では嫌われることなんてなさそうなのに。
しかしあのおばさんは、間違いなく2人のことを知っていて、敢えて無視をしていた。
これは……俗に言う、村八分というやつに違いない。あの2人が、あるいはあの2人の両親がどんな悪事を働いて村八分に遭っているのかは俺にはわからない。しかし、少なくとも俺は、あの2人と友達になりたい。そう思ったのであった。