雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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嬉しいことがあったので2回投稿です


第50話

 

「この村には、昔からある病が蔓延している。それは"雛見沢症候群"。あなたが北条玉枝に刺されたのも、これまで起こったほとんどの事件も……きっとその病が原因なの」

 

「ひなみさわ、しょうこうぐん……」

 

 梨花ちゃんは俺の呟きに頷いて、さらに続けた。

 

「この病に罹患した人間は疑心暗鬼に囚われる。極度のパラノイアに陥り、誰の言うことも信じられず、全てが敵に見えるようにすらなる。あとは、リンパ腺に強い痒みを覚えたりもするそうよ。末期発症に至れば、首や、手首や、脇……そういったところに強い痒みを覚える。最終的には自らの手で、首を掻きむしって、死ぬ」

 

「北条玉枝が……それだったのか。確かに、あの時の、あの女の首は血まみれだった。それを、あいつは自分で掻きむしっていた……」

 

 俺が刺された、あの時のことを思い出す。俺の中に残る、朧げな記憶の中で……包丁を持つ片手と、そのもう一方の手で、あいつは首を掻きむしっていた。爪には自身の血が混じり、まるで悪魔のようだった。

 

「北条玉枝は末期発症になっていた。本来あなたはあそこで殺されているはずだったかもしれない……私は、あなたを助けたのは診療所の人間だと思ってる」

 

「その病気を入江さんたちが研究してるってわけか」

 

 俺の考察に梨花ちゃんは頷いて、ワインを傾けた。アルコールが入って赤らんだ首元が、何だかセクシー。……こんな小さな子にそんなことを思うとは、俺も酔ってるのかも。

 俺がバカなことを考えている一方で、梨花ちゃんは真面目な顔で言った。

 

「遠からずってとこね。入江診療所はあなたの言う通り、雛見沢症候群を秘密裏に研究するために設置されたダミーなのよ。これが明るみになれば全国の雛見沢出身者は酷い迫害に遭うでしょうし、そもそも研究自体、表沙汰に出来ないスポンサーもいるらしいの。入江機関には、秘密を守るために荒事に対応するための人間もいるの」

 

「それがあの作業服の男たちか。あんな人らがいるなら、そりゃあ梨花ちゃんのお母さんも怪しむぜ」

 

 何なら、さっきだって会ってきた。診療所の中で働いているわけではないのに、あそこにはいつも1人か2人の作業服の男がいるのだ。

 

「あら、山狗のことを知っているのね?……私の母が亡くなったのも、その研究に私が協力することに難色を示したからなの。……最終的には診療所への協力を完全に拒否したから、山狗によって消されたんだと思う」

 

「……だからあの時、俺に犠牲者を伝えなかったのか。……俺がそれを知れば、きっと俺まで殺されるから……?」

 

「そうよ。今のあなたはもう全てを知ってしまったから……もしも、あなたが症候群について知っていることがバレれば、あなたも消されてしまうかも。そうそう、大石に伝えたりしても無駄。警察にも協力者がいて、きっと大石ごと消されるわ。今更泣いても遅いわよ?」

 

 梨花ちゃんはそう言って悪どく笑った。もちろん覚悟の上。なんなら、梨花ちゃんこそ俺にこのことを教えたことがバレれば非常に危ない目に遭うだろう。

 

 梨花ちゃんは研究に協力しているようだが、力関係で言えば、間違いなく研究所の方が上だろう。何せ人を攫って秘密裏に処理してしまうんだから、梨花ちゃん1人を攫って研究所に監禁することだって可能なはず。梨花ちゃんにとっても俺にこのことを伝えたのは大きな賭けだ。俺のことを信じてくれたからこそ、全てを話してくれたのだ。

 

 それに、彼女が悪っぽく笑う時は、強がっているだけ。本当は誰かの助けを求めてるのだ。

 

「覚悟の上だよ。……地獄へ道連れなんだろ?」

 

「あははは!そうね。そんなことも言ったわね。なら、いいわ。それで、あなたを助けた……というか、被験体にするために北条玉枝を確保したのが診療所の関係者だと思うのよ」

 

 梨花ちゃんは愉快に笑った。

 

「なら、診療所の人たちは俺の命の恩人ってことか……」

 

「ま、祟りが好きな鷹野としてはあなたが死んでいた方が嬉しいと思っていそうだけどね。近くにいた警察官が救助にあたったことと、私も診療所に行ったことがあなたの命を救ったってわけね」

 

「なら梨花ちゃんに感謝しとくよ」

 

 俺は梨花ちゃんの頭を撫でようとした。その手は途中で避けられて、そのまま梨花ちゃんは話を続けた。どうやらまだまだ話があるらしい。

 

「では、私はなぜそれほどに診療所から特別扱いされているのか?それは、私が雛見沢症候群の"女王感染者"だから」

 

「女王感染者……?」

 

 聞き慣れない言葉の響きに、俺は首を傾げる。梨花ちゃんはその説明をした。

 

「古手家の一族は代々、雛見沢症候群の進行を食い止めるフェロモン?みたいなものを発してるらしいの。そして……これは本当なのかはわからないけど。私が死ぬと、48時間以内に雛見沢症候群に罹患している人間は皆末期症状に至る。だから私が危ない目に遭わないように、警護についている人間がいたりするの。もちろん、この家の中まで見てはいないはずだけれど。もし見られていたら、私たちがワインを飲んでるのもバレてしまってるわね」

 

 いつもにない陽気さで梨花ちゃんはそう笑い飛ばした。

 

「なるほど、それが鷹野さんや診療所の関係者が梨花ちゃんを殺さないだろうという理由か……」

 

 オカルトマニアの鷹野さんでも、まさかそんなリスクがあるのに梨花ちゃんに危害を加えようなんて思わないだろう。

 それに、鷹野さんは毎回の祟りで殺されるという話だったし。やはり推理は振り出しに戻ったということだ。

 

「そんなところね。……取り敢えずこんなところかしら。何か質問はある?」

 

「富竹さんはどう関わってるんだ?あの人もきっと診療所の関係者なんだろ?」

 

「……私はただ研究の協力者というだけだから、本当に詳しいところまではわからないわ。富竹は、入江診療所に出資をしている者たち、"東京"からの監視役として送られてきている。どうやって殺されているのかはわからないけれど、毎回、鷹野同様に綿流しの日に殺されてしまうのよ」

 

 梨花ちゃんは途方に暮れた様子で湯呑みを手にした。しかし、中身はほとんど残っていなかった。俺はそれを見て、これ見よがしに湯呑みを一口。意外とアルコール度数も高くなさそうで、おいしい。体も未熟だし、あんまりたくさんは飲めないが、たまにならいい。

 

「はぁ……私ももう少し飲むことにするわ」

 

 梨花ちゃんはさらにワインボトルを開けた。

 

「やめた方がいいと思うよ?ほんとに、体に良くないから……」

 

「いいの。薄めて、甘くして飲めばいいんでしょ?」

 

 どこか他所を見て梨花ちゃんは言う。その言葉は俺に言ったわけではなさそうだった。冷蔵庫までゆっくり歩いて、紙パックに入ったオレンジジュースを取り出した。

 ほんの少しのワインを湯呑みに注ぎ、その上をオレンジジュースでなみなみと満たす。梨花ちゃんはそれをくるくると回して混ぜた。赤色はほとんど消えて、カシスオレンジみたいな液体が出来上がった。

 

 お好みのワインとオレンジジュース、そしてシロップなんかを混ぜれば似非ワインクーラーの出来上がりってわけだ。こんなにオレンジ強めなものは見たことがないけど。

 

「甘そうだねぇ……」

 

「ほら。これならいいでしょ?」

 

 梨花ちゃんはそう言って湯呑みに口をつけた。顔はもう真っ赤で、いよいよこれ以上お酒を飲むのはまずいようにも思えるが……。

 

「うーん、そういうもんじゃないと思うけど……水はちゃんと飲んだ方がいいよ?」

 

「はぁ、あんたも、煩いわね……」

 

 梨花ちゃんはちゃぶ台に頬杖を突いて溜め息を吐いた。目もとろんとしていて、いよいよもう酔いが回ってきてるように見えた。

 

「溜め息を吐くと幸せが逃げるって言うよ。ほら、それを飲んだら今日は終わりだからね」

 

「あんたもこいつとおんなじこと言うのね……」

 

 そこから、少し沈黙が訪れた。俺はワインをちびちび舐めながら今日聞いた話について考えていた。

 

 以前から聞いていた沙都子や悟史くんが罹っている病というのも、雛見沢症候群そのものなんだろう。先ほどの話で出た詩音ちゃんが梨花ちゃんを殺すことがあるとかいうのも、きっと雛見沢症候群のせいに違いない。

 

 ……それなら、俺も、あるいは仲間達みんなも、これから重度の雛見沢症候群を発症する可能性はあるんだろうか……。急に、寒気がした。

 

 俺が大切な仲間たちを殺す可能性があるってのか?まさか。あり得ない!俺は首を振ってその考えを振り払った。俺は仲間達を信じてる。しかしもしも仲間がその病に罹り、俺が危ない目に遭ったとしたら……俺はそれを甘んじて受け入れよう。だって、俺は本当はこの世界にいるはずのない人間なのだから。

 

 俺が考えている最中、何も言わず梨花ちゃんは立ち上がっていた。どこかへ歩いていったが、俺は特に声はかけなかった。どうせトイレにでも行ったんだろう。1人残された俺は、ワインを一口。……ちょっと酔いが回ってきたかな。子供の体だし、あんまり飲みすぎないようにしないと……。

 

 不意に、俺の右側の座布団に誰かいる気がした。向かい側は梨花ちゃんの場所。では、右側は?誰もいないはずなんだが、気配を感じた。

 

「誰か、そこにいる?」

 

 ……当然のことだが、何も返ってこない。でも、何かが一生懸命自分の存在をアピールしているように感じた。……これがレナちゃんの言ってたオヤシロ様なのか?梨花ちゃんも、俺が感じる気配について否定はしない。

 

 オヤシロ様の祟りが人為的なものだというのはもう明らかになった。

 では、オヤシロ様なんてどこにもいないのかというと、それは俺はまだわからないと思っていた。

 

 この世界は少し変だ。いや、かなり変だ。

 

 聞いたこともない病があり、村を裏から牛耳る秘密組織がいる。未来を予言していくつもの生を渡り歩く梨花ちゃんも、ゲリラ顔負けのトラップを作れる沙都子も、可愛いもののためならどんなことも出来るレナちゃんもいる。悟史くんは……ただのイケメンの野球少年ってとこか。

 

 そして、何より、俺自身が前世の記憶を持ちながらこの世に生まれてきた。

 そんな世界だったら、神様の1人や2人くらいいたって、おかしくはない……神様をひとりふたりと数えるかはわからないけど。

 で、ここにもし神様がいるんだったら、それこそがオヤシロ様なんだろう。梨花ちゃんをいつまでも、見守ってる……そういうものなのかもしれない。

 

「もしかして、そこにオヤシロ様がいるんですか?いつも梨花ちゃんを見守っているんでしょうか。ありがとうございます……おかげで梨花ちゃんは元気でいられるんだと思います。祟りは……全て人為的なものだったし。俺は、あなたを、オヤシロ様を信じますよ」

 

 俺は誰もいない座布団にそう言った。そして、拝んでみた。……特に何も返事はない。しかし心なしか、座布団の上で誰かが跳ねているような、そんな嬉しそうな雰囲気を感じた。

 

 俺もやっぱり病気なのか?あるいは、酔っているだけか?

 

「ちょっと、五月蝿いわね。何かあったの?」

 

 戻ってきた梨花ちゃんが、俺ともう一つの座布団を見てそう言う。それほどうるさくしたつもりはないが、やっぱり、オヤシロ様の巫女だけあって何か見えてるんだろうか?

 

「うるさい?いや、別に何も……」

 

「あー、キムチでも食べたくなってきたわね。ワインのアテになるし!」

 

 何だか急に、梨花ちゃんは言う。何のことかわからないが、適当に返事をした。

 

「食べ合わせは最悪な気がするけどね……」

 

「ふん。あんたも、もう一杯くらい付き合いなさい。外の風に当たったら、酔いも覚めてきちゃったわ」

 

 梨花ちゃんはそう言って冷蔵庫を探り始めた。

 

 さっき戻ってきた時もそうだったが、すでにもうフラフラしてる気がする。こんな年齢でこれ以上アルコールを飲むのはちょっと心配だが……来年のことを話してブルーな気持ちになっているんだろう。

 自棄酒に付き合うのも、まあ……友達の役目だ。

 

「しょうがないなあ。炭酸水と白ワインとか、ある?」

 

「一応あるわよ。いつのかわかんないけど……多分飲めるわ」

 

 そう言って、封の空いた白ワインと、缶に入った炭酸水を取り出した梨花ちゃん。何か企むような笑みを浮かべながら、それをちゃぶ台の上に持ってきた。

 もう部屋の中は大学生の宅飲みみたいな光景だ。……両方とも小学生ってのが大問題だが。

 

「じゃあ、ちょっとだけもらおうかな……」

 

「あら、あんたも炭酸水で割るわけ?くすくす、意外とアルコールには弱いのかしら」

 

 梨花ちゃんはそう言ってワインクーラーを一口。

 

「これはねぇ、スプリッツァーっていうカクテルだよ。知ってる?カクテルにはカクテル言葉ってのがあってさ。オトナな人たちは、これで相手へのメッセージを伝えるわけだよ」

 

 ……大学生時代の一時期、そんなことをしていた時期があった。今となっては若気の至りというなんというか、恥ずかしい記憶になってはいるのだが、いまだに俺はいくつかのカクテルに込められた言葉を知っていた。

 

「あら、そう。どんな意味なの?」

 

 にやついた梨花ちゃんが聞く。あんたの思いついたジョークを聞かせてみなさい、とでも言いたげだ。

 炭酸水で白ワインを割って作るカクテルがスプリッツァー、だったはず。俺はそれが注がれた湯呑みを手に、梨花ちゃんへと掲げた。

 

「スプリッツァーのカクテル言葉は"真実"。梨花ちゃんが全ての真実を語ってくれたことに乾杯、というわけだよ。あははは!」

 

 俺も酔いが回って、テンションがおかしくなっていることを自覚していた。しかし、もう止められない。俺は淡いレモンイエローに泡が弾ける湯呑みを掴み、一気に飲んだ!

 

 アルコールが頭に回る。体の中から何かが全身に駆け巡り、熱くてたまらない……。

 

「くすくす、あんたは酔うといつも以上にキザになるのね」

 

「ちなみにぃ、ワインクーラー。今梨花ちゃんが飲んでるそれのカクテル言葉だって知ってるよぉ?」

 

 頭がふわふわとしてきた。体は熱く、血が全身を巡っている感覚。傷跡がヒリヒリと焼けるようだ。なんなら頭も痛い気がするし、何だか少し気持ち悪い。子供の体で酒を飲みすぎたのだ……。

 

「ふふ、聞いてあげてもいいわよ?」

 

 お酒を飲んでいるはずの梨花ちゃんの顔は、余裕そうな顔で頷いた。俺は自分がおかしくなっていることに気づきながら、口を開いた。

 

「……ワインクーラーのカクテル言葉は"私を射止めて"」

 

「ふぅん……い、射止めてみなさいよ」

 

 俺はそこまで言ったあと、急激に眠気に襲われた。あぁ、まだお風呂も入っていないし、帰らないといけないけど……ちょっと、休ませてもらおう……。

 俺はアルコールのせいで上手く回らない頭で、微睡に自分から意識を任せた。

 

 

 

 

「もうすっかり寝ちゃったわね……飲ませすぎたかしら?」

 

 雄星が酔い潰れて眠った部屋で、梨花はつぶやいた。それに、何かが答えた。

 

「あぅあぅ……あっちのお酒は梨花が酔いたい時に飲む、特別きつーいお酒なのです、黙っていた梨花は酷いのです!」

 

「いいのよ。別にこれぐらい……寝てもらった方があんたと話すには都合がいいしね。で……何があったの?」

 

「……雄星は僕に語りかけてくれましたのです!姿は見えてはいないようでしたけど、確かに僕に話しかけてくれたのです。えへへ、とっても褒めてくれましたのですよ?」

 

「……ほんとかしら。酔っ払って寝ぼけてたんじゃないの?」

 

「違うのです!お祈りまでしてくれたのが届きましたのですよ?」

 

「何事もないといいけど……あんたも、あんまりちょっかい出すんじゃないわよ。どうしてか、私にしか見えないはずのあんたの声や動きが聞こえる人が、たまにいる……誰がそうかはわからないけれど、雄星がそうだったら大変だわ」

 

「でも、あれぐらい僕のことを信じてくれているなら、もしかしたら雄星ともお喋りできるかもしれないのです。……ちょっとくらい試してみても……?」

 

「ダメダメ!あいつがおかしくなっちゃったらどうするわけ?さ、もうお風呂に入って寝るわよ」

 

「あぅあぅ、梨花は酷いのです……」

 

 1人しかいないはずの部屋に、小さく響く話し声があった。赤らんだ顔の梨花は小さくため息をついて、部屋を出ていった。

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