雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
「起きてくださいなのです。僕の声が聞こえていますですか?」
俺の頭の中に小さな声が響いた。それは、俺たちと同年代くらいの幼い女の子の声。しかし、不思議なくらい透き通っていて、それでいて温かみを感じるような声だ。
……俺は何をしていたんだっけ?確か梨花ちゃんの家で、何かおしゃべりをしてたはず。とにかく、頭が痛くて思考がまとまらない。
「う、うん。君は誰かな。あんまり聞いたことのない声だね……」
そこには小さな角の生えた女の子がちんまりと佇んでいた。慌てたような様子だった。胸の前で手を握って不安そうにしながら、俺のことをじっと見つめていた。
服は可愛らしい巫女服で、梨花ちゃんが演舞の時に着ているものに似ていた。でも肩が見えるようになっていて、おしゃれというか、ちょっと扇情的な格好だ。
「き、聞こえてる!?……あぅあぅ、ぼ、僕の名前は秘密なのです」
猫を被ってる時の梨花ちゃんと似た話し方をする女の子だった。見た目も、何だか面影があるような……妹か姉と言われれば、そうにも見える。
見た目は幼いというのに、温かく見守るような包容力を感じる。そんな、不思議な雰囲気の少女だった。
見た目からすると、俺や梨花ちゃんたちと同年代ぐらいだろうか……その少女に向かって俺はにっこりと笑って挨拶を返した。
「そうなんだ……じゃあ俺だけでも挨拶するね。俺は牧野雄星。雛見沢に住んでる小学6年生。そのお洋服、とっても可愛いね。よろしく」
女の子はにまにまと笑って返事をした。
「あぅあぅ!実は、雄星の名前は知ってるのです。僕は雛見沢のみんなのことを見守っているのですよっ」
そう言ってその子はえっへん、と胸を張る。可愛い。
こんな子、雛見沢に住んでいたんだろうか。興宮の学校に通ってるにしても、顔くらいは見たことありそうだが……俺は一度も見たことがない。俺たちを見守ってくれているとは言うが……不思議なことだ。
「……俺たちを見守ってくれてるのか……オヤシロ様の言い伝えみたいだね。ありがとね」
「あぅあぅ、か、感謝されるようなことではないのです。こちらこそ、梨花とお友達になってくれてありがとうなのです!」
梨花ちゃんの名前を知っているらしい。それに呼び捨てまでして、親しげな様子だ。
「梨花ちゃんのお友達なんだ。こちらこそ、梨花ちゃんにはお世話になってるよ」
「えへへ、梨花はああ見えて寂しがり屋なのです。雄星が仲良くしてくれることを、心の中ではとっても喜んでいるのですよ!」
女の子はそう言って笑った。梨花ちゃんは寂しがり屋か……確かにそうかも。本音で話してくれる時も、ドライな振りをして結構おしゃべり好きだし、いつものように猫を被ってる時も、人を揶揄うのが大好きだし。
「確かにそうかもね。梨花ちゃんのことをそんなにわかってるだなんて……君は梨花ちゃんのことも、ずっと見守ってくれているんだね」
「うんうん、その通りなのですっ。梨花も、僕に感謝して欲しいぐらいなのですよ〜」
嬉しそうに笑うその子を見て、俺もほっこりする。
結局この子がどういう存在なのかは少しも分からないが……俺や梨花ちゃんと同じように、何かしらの超常的な存在であるのは確かだろう。
それなら、少し聞きたいことがある。
俺は緩んだ顔を真面目なものにして、問いかけた。
「最近、俺の周りで不思議なことがたくさん起こっててさ……それで、聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「もちろんなのです!どんとこい、超常現象!なのですっ」
「梨花ちゃんは来年、危険な目に遭うかもしれないらしいんだけど……どうすればいいかな。俺はその危機ってのをどう乗り越えればいいかわかんなくて……」
胸を張るその子に、俺は今日のことを聞いた。
すると、先ほどまでの幸せそうな顔は何処へやら、女の子は寂しそうな顔に変わって俯いた。俺が何か悪いことを言ってしまったのだろうか……楽しい雰囲気を壊してしまったことを後悔していると、その子は躊躇いがちに口を開いた。
「あぅあぅ、梨花が助かる方法は、僕にも分からないのです……」
「そっか。でも、梨花ちゃんとお話しすることはあるんだよね。それならさ、一緒に解決策を考えて欲しいな。それで、もし何かあったら、今みたいな感じで、俺に教えてくれないかな?」
「……僕は、梨花とおしゃべりする事はできますのです。でも、この手で助けてあげることは出来ないのです。僕は外からみんなのことを見ているだけの、傍観者でしかないのです……」
「そんなことないよ。梨花ちゃんは君がいることに、君が見守ってくれていることに、とっても感謝してるはずだよ。だから、そんなこと言わないでよ」
その子は俺の言葉に対して沈黙を貫いた。しばらくしてから、沈黙を取り繕うようにニコリと笑った。少女の諦めたようなその儚い笑みが、無理をしているようで、どうしようもなく悲しい気持ちになった。
「なら、俺が頑張るよ。梨花ちゃんを助けるために全力を尽くすって約束するよ。君は、俺のことを信じててよ」
俺はいつも沙都子にするように、その子の頭を撫でようとして……途中で誰かに呼ばれた気がして振り返った。しかし、誰もいない。なんだ、気のせいか。
そして、もう一度女の子の方へ向き直った。少しずつ彼女に近づいて、驚いたような表情をするその子の頭を撫でた。
そして、可愛らしく伸びる角にちょっと興味が出た。この角、何で出来てるんだろうか?頭からそのまま手を動かし、その子の角に優しく触れた。俺はその角を撫で回して、それで……
頭が痛くて目が覚めた。
俺はどこかの机に突っ伏して寝ていた……ここはどこだろう。誰かに起こされたような気がしたんだけど。変な夢を見た気がする。猫を被ってる梨花ちゃんと似た口調の女の子とおしゃべりをする夢。……何を話したかも、もう覚えてない。
重い瞼をこじ開ける。薄く開いた瞼からは、光が差し込む。もう、朝なのか?
俺は机に伏せた顔をなんとか持ち上げた。俺の肩には薄い毛布が掛けられた。誰かが寝てしまった俺を気遣ってくれたらしい。
あぁ、そうだ。俺は梨花ちゃんの家に呼ばれて、色々と話を聞いたんだ。"雛見沢症候群"の話。来年の祟りの話。それから……なんだっけ。そうだ、やたらと酒を飲まされて……寝てしまってたんだ。
「そろそろ起きなさい。飲ませたのは悪いけど、あんたもこのままここで寝てたら辛いわよ」
目を覚ました俺のそばには梨花ちゃんが眠そうな顔でお茶を啜っていた。温かいお茶を飲んで、一息ついているらしい。
梨花ちゃんは俺の肩を叩いて起こしてくれたみたいだった。そして、時計を見る。もう9時に近い!こんな時間まで友達の家にいることになるとは思ってもいなかった。
「り、梨花ちゃん。ごめん、寝ちゃってたよ」
「そうね。もう1時間以上経つわよ」
平然とそう言う梨花ちゃんの髪の毛はほんの少し湿っていた。ふわりと石鹸の匂いが香った。俺が寝てる間に、お風呂に入ったのだろうか。
「そんなにか……ごめんね。なら、もうすぐ帰ろうかな」
「あんたが嫌じゃなきゃ、お風呂に入ってもいいわよ。私は今出たところだから」
梨花ちゃんはそっぽを向いてそう言った。可愛らしいパジャマを着ているが、やはり顔はほんのり赤い。
お風呂に入ってきたからか、アルコールが抜けていないからか。……飲酒した直後に風呂に入るのは良くないって聞いたことがあるけど。
「え、えぇ?なんか気を遣うなぁ。ほんとにいいの?」
「必要ないなら、そのまま帰ればいいわ」
俺を突き放すように言う梨花ちゃん。しかしその発言とは裏腹に、とてもありがたい提案をしてくれた。
実際、今から家に帰って、風呂を沸かすのは少し大変だ。沙都子やレナちゃんが綺麗にしてくれてるとはいえ、風呂掃除はしないといけない。
入院していた頃は体を拭いてもらったりするだけだったし、退院してからもシャワーしかできないことも多い。お風呂は是非入りたいところだ。
「じゃ、じゃあ。ありがたくお借りさせていただこうかな……」
「私はもう寝るわ。……もしここで泊まっていくなら、一応、布団はそこに用意してあるから。ちゃぶ台をどかして自分でその辺に敷いて。それじゃ、おやすみなさい」
梨花ちゃんは早口でそう言い切って、隣の部屋に行った。ぴしゃり、と襖が締め切られた。
部屋の隅には布団が畳まれていた。そこまで用意してくれたというのか!実際、今から家に帰るのもちょっと面倒だし、ここで寝させてもらえるなら楽でいい。しかし……気持ちの問題があった。
「……この年で、女の子の家にお泊まりかよ?」
思わず口からこぼれた。
前世では彼女の家に泊まったり、何なら風呂に一緒に入った経験だってある。しかし、小学生の時にそんなことをした覚えはない。これくらいの年だと男女がどうこうとかも気にしていなくて、こんなのが当たり前なんだろうか?
俺は逡巡しながら梨花ちゃんの家のお風呂を借りた。
俺の頭がおめでたいだけなのか、あるいは梨花ちゃんが気にしなさすぎなのか?俺はすごくインモラルなことをしてる気持ちで体を清めた。
俺は変なことを考えないようにしよう、と無心で体を洗い、湯船に浸かった。色々と準備してもらって、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。傷跡にお湯が触れて少し痛い。ただ、傷口は塞がってるらしいので入ってもいいはず。
とはいえ、風呂に入ってると血行が良くなって傷跡が痛む。やがて痛みに耐えられなくなってすぐに湯船を出た。
居間に戻った。静かな部屋には時計の秒針が動く音と、微かに横の部屋から漏れ出てくる話し声だけが聞こえた。テレビでも見ているんだろうか。
俺が飲んだお酒の湯呑みももう無い。ちゃぶ台は綺麗に片付けられているのだが、居間はまだ少しアルコールの香りがした。
宅飲みの後、女の子の家に泊まる……か。爛れた生活をする大学生みたいでちょっと変な気分だ。俺は前世を含めれば30年くらいは生きてるつもりなんだが……動揺があるのは確かだった。
用意された布団を敷いて、俺は無心で目を閉じて眠ることにしたのだった。布団の中でも、俺はいつもとは違う石鹸の香りに落ち着かない。しかし、アルコールが抜けきっていないこともあってか、俺はすとんと眠りに落ちたのだった。
いつもより早く目が覚めた。
何でかは自分でも分かる。ここは友達の家で、何なら居間に寝かせてもらってる身だ。ゆっくり起きて、梨花ちゃんに起こされるなんてあってはならないように思えた。
俺は目覚めると、そそくさと布団を畳んで部屋の端に寄せた。勝手に洗面台を借りて顔も洗わせてもらった。となると、もうやることもないわけだが……勝手に家を出ていくわけにもいかない。
でもまだ朝早い時間だし、梨花ちゃんを起こしたりするのも悪いし……俺はこの時間に何をするのか考えて、あることを思いついた。
朝ごはんでも作らせてもらおう。勝手に冷蔵庫の中のものを使うのも悪いけど、すぐ近くの商店街で買えるものだったら補充も面倒でもないだろうし。
俺は勝手にキッチンを使わせてもらうことにした。怪我する前、何度か梨花ちゃんの家に来ている際に使わせてもらったことはあるので、勝手は分かるつもりだ。
俺はそんなこんなで、トーストとベーコンエッグ、サラダ、温め直した昨日の味噌汁という朝食を作ったのだった。ちゃんとした朝ごはんを作るのは凄く久しぶりだが、流石にこれぐらいの料理ならミスはしない。
と、俺が自分の作った料理に満足しているところで、締め切られていた襖が開いた。
「おはようなのです……何作ってるのですか……?」
寝ぼけ眼の梨花ちゃんが出てきた。窓が開けられた寝室からは朝の清々しい空気が差し込んだ。俺が寝かせてもらった場所は裏山側に面していて、窓を開けると虫が入ってきそうで開けなかったのだ。
アルコールを飲まない時は、2人きりでもいつもの梨花ちゃんだ。可愛らしい様子で瞼を擦っている。
「おはよう、梨花ちゃん。ごめんね、起こすのも悪いかと思って、勝手にキッチンを借りて、朝ごはんを作ったんだけど……良かったかな?」
「別にいいのですよ。ボクの分はありますですか?」
ぼけっとした顔で俺を眺める梨花ちゃん。
「もちろん。どうぞ」
俺は皿に作ったものを乗せてちゃぶ台に持って行った。梨花ちゃんは顔を洗いに行ったあとに戻ってきた。
「いただきます」
「いただきますなのです」
俺たちは無言で朝ごはんを食べた。朝で頭が回っていないのか、梨花ちゃんもぼんやりと外を眺めている。
自分で作ったご飯てのはそんなに美味しくない。心なしか、温め直しただけの味噌汁も昨日の方が美味しく感じるくらい。トーストに塗ったマーガリンがいまいち溶けてないのも目につくし、昨日とご飯と比べれば天と地の差だ。
でも、梨花ちゃんは文句も言わずぱくぱくと食べてくれる。そして、俺の頭を撫でて、一言。
「雄星もこれくらいの料理は出来て、ボクも一安心なのですよ」
「そりゃあ、ずっと1人で暮らしてるからさ……でも、これくらいだと料理とも言えないような気はするけどね!昨日の沙都子もそうだし、いつもの梨花ちゃんの料理も凄いし、俺も教わりたいくらいだよ」
「沙都子はまだそんなにたくさんの料理を作れるわけではないのです。昨日のコロッケも、ボクと一緒に沢山練習しましたですから」
「最近練習し始めたにしてはとっても上手だったし、それに、梨花ちゃんのお料理もほんとに凄いよ。そこらの飲食店でも、あんな美味しい煮物は食べられないからね」
「……そこまで褒めるほどのものではないのです。ボクよりレナの方がお料理は上手なのです……」
少し恥ずかしそうにして梨花ちゃんはそう言った。照れてるみたいだが、嫌な気はしていないようだ。
「そうかなぁ。俺は負けてないと思うけどね」
梨花ちゃんはどこか恥ずかしそうに、黙ってベーコンエッグを口に運んだ。
俺たちは朝食を食べ終えた。俺が梨花ちゃんの家に邪魔していたのを村人に揶揄われたりしても面白くないし、俺は早々に梨花ちゃんの家をあとにすることにした。
「じゃあね。これから1ヶ月は夏休みだし、また遊ぼうね。……宿題は早めに終わらしといてね!」
「みー……考えとくのです」
だるそうな顔の梨花ちゃんは、そう言った。俺は何だかおかしくて、笑った。
梨花ちゃんは俺を見送った。俺はそれに手を振って境内を出ていった。
「……!?」
神社から階段に向かう時、不意に視線を感じて俺は振り向いた。昨日夢で見たオヤシロ様だろうか?でも、遠くから温かく見守ってるって感じじゃなかった。むしろ、覗き見るような目線を感じた。
俺は気になって、神社の周りに生えてる草木を凝視する……しかし、何もいない。
俺の気のせいなのだろうか?あるいは……梨花ちゃんを警護しているという山狗なのか?
俺はもやもやとしたものを抱えたまま、家へと帰ったのだった。