雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺はみんなとさまざまなデザートを堪能しながら、悟史くんと詩音ちゃんのことについて考えていた。
詩音ちゃんが悟史くんに惚れるのも分かる。あんな格好いい奴が自分を何度も守ってくれて、でも中身は優しくて、普段はちょっと抜けてるわけだ。何かと世話を焼いてあげたくなるギャップがある。
魅音ちゃんからは、詩音ちゃんが悟史くんに自分の正体を明かしたり、逃げたりはしないようにと伝えてねと頼まれてるが……悟史くんに惚れ切ったあの様子を見てると、中々難しそうにも思える。俺が何を言おうが、魅音ちゃんの言葉を聞かないのなら、俺の言葉だって聞くわけもないだろう。
俺はそこで、あることを思いついた。もし上手くいかなかったら俺が酷い目に遭うかもしれないが……やってみる価値はあるように思えた。
詩音ちゃんは、自分の正体を悟史くんに明かして、そのままこの街を離れようとすら思っているらしい。そうなった場合、園崎の人たちは自分たちにすら姿を見せて謝らないのに、北条の子息に明かして、あまつさえ姿を晦ますとは何事だ!と怒って詩音ちゃんをひっ捕えようとするわけだ。
それなら、むしろ悟史くんから自分の正体を看破されたらどうなるだろう。それなら、園崎家の歴々も詩音ちゃんを責める材料はそれほど多くないはず。詩音ちゃんが必要以上に代償を払うこともないように思える。
それなら話はもう少し単純だ。俺が悟史くんに、園崎家のちょっとした事情を話すだけ。
魅音ちゃんは嫌がるかもしれないし、詩音ちゃんは悟史くんを必要以上に巻き込みたくないと思うかもしれないが……悟史くんだって、詩音ちゃんのことをきっと大切に思っているはずなのだ。
それなのに蚊帳の外にされ、周りから事情を話してもらえないのは……かえって辛い。
俺が悟史くんに園崎の事情を伝えて、詩音ちゃんの正体を明かす。悟史くんは詩音ちゃんに正体を知ってることを伝える。そして、みんなで園崎に謝りに行く。これで一件落着……とはいかないだろうか?
もしも上手くいかないことがあったら、俺が土下座して謝る。
お魎さんとは割と仲良くやってるつもりだし。殺されはしないだろう。左手の小指が無くなるとギターを弾くのがちょっと難しくなるので、右手で勘弁してもらいたいところだ……。
「……だよねっ、雄星くん。……あれ、もしかして何か考え事?」
「レナさん。ユウが何かを考えてる時は、声を掛けてもあまり意味はありませんでしてよ。そのうちに、ハッとした顔になって慌てて会話に入ってきますわ」
「みぃ。沙都子は雄星のことは何でもお見通しなのです」
と、俺が考え事をしていたのを看破されたところだった。年下の女の子にこれほど自分のことを理解されていると、少し恥ずかしい。
俺はなんでもなかったような顔をして、コップに残った烏龍茶を飲み干した。
事前に魅音ちゃんから聞いていた通り、1.2時間くらいした後には、悟史くんと詩音ちゃんのシフトは終わるらしかった。結局、みんなで集まってそのまま雛見沢に帰ろうということになった。
詩音ちゃんの家は興宮のはずなんだが、魅音ちゃんのフリをしている以上、園崎家の近くまで行って解散してから、もう一度自転車で引き返すつもりなんだろうか?……4.50分くらいはかかりそうだ。彼女も中々大変だ。
「ねぇ、悟史くん。ちょっといいかな!」
俺はバイト終わりの詩音ちゃんと悟史くんを含めて、みんなで狭いボックス席で談笑している中、悟史くんに声をかけた。
「どうしたの?」
「監督から伝言があったんだけど、ここで言えないことだから、ちょっと外で話してもいいかな?」
「え?うん。別にいいけど……」
怪訝な顔をするみんなをよそに、俺たちは一旦店内を出た。
ガラスの扉を開き、悟史くんの方を振り返ると、その後ろから鋭い眼光を俺に向ける詩音ちゃんの姿が見えた。ちょっと怖くなって俺は目を逸らしたのだった。
俺は駐車場の裏へと、困惑する悟史くんを連れて行った。途中退室した場合店内には戻れないらしいが、もうこれ以上はデザートを食べられないし、構わない。席に座るだけだったり、みんなに声をかけて一緒に出て行ったりするぐらいなら許されるだろう。
「どうしたの?ユウ。深刻そうな顔してるけど……」
悟史くんは困惑した表情で俺を見つめていた。俺は黙って、ついてきて、と手で合図した。
最初は駐車場の裏手で話をしようと思ったのだが、埃っぽい駐車場の裏は、店内からの排気があってあまり空気のいい場所ではない。俺は場所を変えることにした。
閑静な街並みの中、俺は道路を挟んで向かい側にあるベンチを見つけた。俺はそこを指さして一緒に向かった。
俺はベンチに座り、空いた左側をぽんぽん、と叩いて悟史くんに座るように促した。小さな公園の外にある木のベンチは、少し前の雨が残っているのか、変に湿っている気がした。……気持ち悪い。
俺があんまりに変な顔をしているので悟史くんも不思議そうな顔になった。
俺の座るベンチを見て、俺が変な顔をしている理由に気づいたのか、悟史くんは笑った。俺も笑った。悟史くんは湿ったベンチを見つめてから、俺の隣に座った。やっぱり、悟史くんも変な顔になった。それを見て、俺はさらに笑った。
「悟史くん、気づいてる?」
笑いが落ち着いたところで俺は切り出した。
「え?」
そばに座った悟史くんは、何のことか全く分かっていないような顔をしていた。
「今日の魅音ちゃん……というか、一緒に働いてる時の魅音ちゃん。どう?」
「どう?って……何が?」
「わかんない?」
俺たちの間にはほんの少し沈黙が訪れた。俺が悟史くんが詩音ちゃんの正体に気づいてないのか、と思いかけたその時、悟史くんが口を開いた。
「……いや、ユウの言ってること、分かるよ。いつもと違う。まるで別人みたいに。前に魅音のことをユウに相談したときは、ユウは別に何でもないって言ってたけど……やっぱりそうじゃないんだよね」
以前、魅音ちゃんの様子が変だと悟史くんから相談を受けたことをきっかけに、俺は魅音ちゃんから双子の入れ替わりを明かされた。そして、悟史くんにはおかしなところがないと伝えた。
悟史くんはそれを不思議がっていたが、やはり内心魅音ちゃんを怪しむ気持ちはなくなっていなかったらしい。悟史くんはさらに続けた。
「僕と一緒に働いてる魅音は……いつもとは別人なんだよね。……もしかしてさ。あれは、魅音の、双子の妹か姉、だったり……?」
悟史くんがそこまで言ったところで、街を通る車の喧騒の合間から砂利を踏み締める音が聞こえた。
それは別に大きな音ではなかった。でも、俺と悟史くんはその音に振り返った。
見覚えのある顔があった。詩音ちゃんが隠れて俺たちの話を聞いていたのだ。
「み、魅音?……いや……」
それを見て悟史くんは小さく呟いた。
詩音ちゃんは、凄く真剣な表情でこっちを見ていた。そして、歩いて来た。
悟史くんはこちらへ向かってくる詩音ちゃんをまっすぐ見つめた。詩音ちゃんも、驚きと喜びが入り混じった顔で悟史くんを見た。彼女は髪の毛のゴムを解いて、長髪が風にたなびく。
「ねぇ。君の名前は、なんて言うのかな……?」
「わ、わ、私は……園崎、詩音。園崎詩音ですっ!」
「詩音、ごめんね。すぐに気づけなくて……いつもと違うことは分かってたんだけど……まさか魅音に、双子の姉妹がいただなんて」
悟史くんは優しく笑いかけた。内緒話をする俺に対しての鬼気迫る表情とは打って変わって、恥ずかしそうに俯く詩音ちゃんの頭を、優しく撫でた。詩音ちゃんはそれを受け入れて、嬉しそうに笑った。
2人は何とも言えない良い雰囲気を醸し出し始めた。……俺がこれを見てるのは気が引ける。俺は無言でその場を後にした。
その2人のやり取りを見ないように、声が聞こえないように、近くの自販機で飲み物を買いに行った。
この時代の自販機は凄くレトロだが、缶のコーラの味はそんなに変わらない。小銭を入れ、ボタンを押すとコーラの缶が出てくる。
俺はプルタブを開け、缶に口をつけた。腹一杯になるまで甘いものを食べた後に、甘い雰囲気の友人2人を見て、そしてこれまた甘いコーラを胃に流し込む。ちょっと胃がもたれてくる。
しばらく経って、休み休み飲んでいたコーラの中身も底を突いた頃だった。俺はこっちに向かってくる足音が聞こえて、そちらを向いた。
詩音ちゃんがこっちに向かってきていた。
悟史くんは詩音ちゃんから待っていてと言われたのか、ベンチに座ったままぼーっとこっちを見ている。彼女は難しい顔をしていた。さっきの悟史くんとイチャイチャしてた時とは大違いだ。
俺のすぐそばまで来て、立ち止まる。俺の真意を問いただすため、じっと俺の目を見つめてくる。
「ユウくん。さっき、私のことを悟史くんに伝えようとしてませんでした?」
「んー……まぁ、否定は、出来ないかも」
「なんで!?今までずっと黙ってくれてたのに。もしかして……お姉の差金?」
鬼気迫る詩音ちゃんのその表情は、昔のことを思い出させた。
……もう何年も前のダム戦争の頃、魅音ちゃんが機動隊に掴みかかって暴れるのを見たことがあるけど。あれは実は詩音ちゃんだったんじゃないか?
普段の魅音ちゃんは意外と気が小さいところがあるし、想定外のことにも弱いが、詩音ちゃんは毅然と立ち向かう勇敢さというか、向こう見ずなところがある気がする。
詩音ちゃんは俺の目を睨みつける。俺がただの小学6年生だったら、泣いてた。中身が大人であると自負する俺も、少し恐れを感じる。
だって、梨花ちゃんは詩音ちゃんに殺されたことがあるって言ってたしな。……俺は言葉を選びながら返事をした。
「いや。魅音ちゃんからは、詩音ちゃんに、正体を明かしてこの町から逃げたりしないようにって伝えてって言われたよ。だから、悟史くんに言おうとしたのは、俺の独断。みんなで一緒にお魎さんに謝ってさ、雛見沢分校に悟史くんと一緒に通うってのはどうかなと思って……」
「はぁ……そういうことですか。お姉らしい早とちり!私だって、逃げるつもりはありませんでしたよ。ユウくんに言われたように……私は、悟史くんのことが、す、好きだから。一緒にいられないなんて……考えたくもない。鬼婆に謝って、雛見沢に移り住むつもりでした」
小さくため息をついたあと、詩音ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くして言う。俺に対してもそんな怒っていなそうだ。良かった。
悟史くんにもいろいろ話した様子だったが、まだ好きだということは伝えてないみたいだ。……悟史くん、頑張れよ。この子は中々重い女の子だぞ。色々と。
変なことを考えて返事をしない俺に、詩音ちゃんがムッとした顔をしだしたので、俺は慌てて返事をした。
「そ、それなら俺が言おうとする必要はなかったね……ごめんね」
「全く……ユウくんは悪くないですけど。お姉ったら心配性なんだから。ほら、もう戻りましょう?」
そう言って詩音ちゃんはスッキリした顔で悟史くんの元へ向かった。俺もそれについていく。
なんだ、別に俺が言ったりしなくたって良かったんだ。
差し出がましい真似をしてしまったが、このままでは悟史くんに自分のことを伝える前に園崎本家に連れ戻される未来もあっただろう。自分の行いが間違いだとは思わない。
どのみち、悟史くんはほとんど詩音ちゃんの正体には気づいていたのだし、俺や魅音ちゃんは必要のないことをしてしまったという感じだが。
俺と詩音ちゃんと悟史くんで、再びみんなが待つエンジェルモートへと戻る。そんな中、ふと思いついて俺は聞いた。
「ちなみに、悟史くんはどうして詩音ちゃんが双子の姉妹だって分かったの?」
「ユウが凄く前に貸してくれた本を思い出したんだよ。覚えてない?」
「お、覚えてない。何の本?」
悟史くんは苦笑しながら俺に教えてくれる。
「"殺しの双曲線"だよ。あれは結局、半ばミスリードみたいなものだと思うけど……あれは、僕にヒントをくれたんじゃないの?」
『殺しの双曲線』は、西村京太郎の推理小説。冒頭に"この小説には双子の入れ替わりトリックが使われています」みたいな但し書きがあって……細かいトリックは省くが、とにかく双子のトリックを題材にしたものだ。
別に園崎姉妹のことを伝えようと思って貸したわけじゃないが、偶々それが引っかかったということだろう。ミステリーで双子が出てくる時、入れ替わりを疑わないという手はない。
「全然。面白いから勧めただけだったよ……」
「あはは!ユウくんって、頭良いのに抜けてるとこありますね。あっ、みんなの所に戻ったら私は園崎魅音ですからね?」
詩音ちゃんは俺らにそう言って、髪の毛をもう一度結んだ。こうなれば、園崎魅音というわけだ。
「もしうっかり間違えちゃったら、ごめんね」
悟史くんはとぼけた顔でそう言った。俺たちは悟史くんらしいその言葉に笑った。
「えーっ!?悟史に正体がバレたぁ?そんなぁ!話が違うじゃん!」
それから俺は家に帰って早々、魅音ちゃんに連絡をした。彼女はすぐに電話に出てくれた。
開口一番、俺は今日あった出来事を話した。まだ詩音ちゃんからの連絡は来ていないみたいで、魅音ちゃんの驚きの声の大きさはなかなかのものだった。
「ごめんね。説得するのは難しいと思ったから、悟史くんが詩音ちゃんを見破ったってことになれば、おとなしく詩音ちゃんもお魎さんに謝るかなって……でも、悟史くんが詩音ちゃんの正体を暴いたのは事実なんだよ」
「今日はまだ詩音から連絡は来てないんだけど……そっかぁ。ユウがそう言うんだったら、仕方なかったのかなぁ。私も、婆っちゃに謝る覚悟はしとかないとなぁ」
諦めたようにそう言う魅音ちゃん。悪いことをしたな、という後悔が胸のうちに生じる。この先、どうなるのかは俺には分からない。しかし、俺が魅音ちゃんの考えていたことを台無しにしてしまったのは間違いない。
「ねぇ、詩音ちゃんの居場所が実家にバレて呼び出された時、俺も呼んでくれない?」
「どうして?危ない目に遭うかもしれないよ。これは園崎の家庭の中の話だし、ユウが来たって、状況が変わるとは……」
「これはさ、確かに園崎家の中の話だけど……でも、それ以前に詩音ちゃんは俺たちの友達だろ。雛見沢の、鬼ヶ淵死守同盟の掟。1人が石を投げられたら……って奴だよ。仲間が1人で酷い目に遭いそうになってるのを、みすみす放って置けないよ。俺もお魎さんに直談判するよ」
長い間、魅音ちゃんは葛藤しているようだった。電話が切れたのかと思うほど、沈黙が生まれた。
しばらくしてから、魅音ちゃんはゆっくり語った。
「……本当に、どうなっても知らないよ。私は、来ない方がいいと思う。それに、他のみんなにも迷惑がかかるかもしれない。でも、そこまで言うなら……もしも詩音の居場所がバレたら、ユウの家に電話をかける。でも話したりはできない。ユウが出たら無言で切るから、それが詩音がバレた合図だと思って。そのとき、私の家の前に黒い車が止まってたら、きっとそれは詩音を連れてくるための車だからね。くれぐれも、気をつけてね」
それは魅音ちゃんの最大の譲歩のように感じた。乗りかかった船だ。こうなったら俺の小指を犠牲にしてでも、詩音ちゃんが悟史くんと一緒にいられるようにしてあげたい。
今日の幸せそうな2人の姿を見ていたら、とても放っておくことなんて出来ない。