雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第54話

 そんなことがあってから、しばらく時が経った。

 もうじき夏休みも終わるという時期に、俺は珍しくキッチンに立っていた。

 

「また簡単なものばっかり食べていますの?ちゃんと栄養のあるものを食べないといけませんわよ?」

 

 沙都子は俺の家の冷蔵庫を開けて、ガサゴソと中を探る。しかし、探しても探しても麺類と出来合いのものしか出てこない。呆れたような顔で俺を指さした。

 

「お、おう……」

 

「ほら、今日はお野菜をたくさん買ってきましたわ。1人の時でも、しっかり料理しなさいな」

 

 沙都子はエプロンを着てくどくどと俺に説教をする。

 俺は黙ってそれを聞く。たまに返事や相槌を打たないと、「しっかり聞いていまして?」と注意される。子供は相手の反応に敏感なのだ。

 

 何故沙都子が俺の家のキッチンなんかにいるのか、というと……ちょっとした事情がある。

 以前沙都子が俺の退院祝いに料理を振舞ってくれた時、俺たちは梨花ちゃんの家にお邪魔した。あまつさえ、俺はお風呂を借りて一晩泊まらせてもらった。

 そんなことがあったので、今度は俺と沙都子から、あの時キッチンと食材を借りたことのお礼として、梨花ちゃんに料理を振る舞うことになった。

 どうせなら悟史くんも……と思ったが、今日も詩音ちゃんとアルバイトしてるらしい。

 正体をバラしてからの詩音ちゃんは、もう魅音ちゃんのふりをしなくていいからと悟史くんにべったりだった。

 

 彼はしばらく面食らっていた。とはいえ、正体を明かすまでに長い時間を一緒に過ごしていたのは事実なので、すぐに慣れて、今では普通に接しているとかなんとか。今日も今日とて、いちゃいちゃしているに違いない。

 

 今は梨花ちゃんは居間でテレビを見ており、俺は沙都子と一緒に梨花ちゃんに振る舞う料理を作っている。

 料理が出来ない俺はいてもいなくても変わらないが、一応は梨花ちゃんへのお礼ということで、賑やかしにキッチンに立っているわけだ。

 

 俺がぼーっと沙都子を見つめていると、彼女は自信満々に胸を張る。

 

「さ、今日は唐揚げを作りますわよ!」

 

 今日作るメニューは唐揚げ。片付けが面倒だし、一人暮らしで揚げ物をするなんて正気の沙汰じゃない。たまに食べることがあるとすれば、惣菜屋で出来てるのを食べるぐらいだ。梨花ちゃんも、きっとこういう料理は家ではあまり作らなさそうだ。

 

 沙都子は、こういう安直な……というと怒りそうだが、わかりやすい美味しさの料理が好きなのは知ってるし、梨花ちゃんとしても家では作らないものを食べられる方が嬉しいだろうと、俺の提案で唐揚げを作ることになったのだ。

 

「はいはい。よろしくね、沙都子」

 

「はいは一回でよろしくってよ」

 

 茶化されたと思ったのか、沙都子は唇を尖らせた。

 

「はい、沙都子ねーねー。よろしくお願いします」

 

「わ、悪くありませんわね。さ、まずはこれらを切ってくださいまし!」

 

 沙都子の言う「にーにー」をもじって揶揄ったつもりだったが、お姉さん扱いは悪い気はしなかったらしい。彼女はにまにまと笑顔だった。

 

 俺はトマトと付け合わせのキャベツ、それに味噌汁に入れる予定の豆腐とネギ、厚揚げを渡される。

 

 まず、トマトを手頃なサイズに切り分け、次にキャベツを千切りにする。揚げ物の付け合わせのサラダと言ったら、やっぱりキャベツだ。油っこいのをさっぱりとした味わいで打ち消してくれる。素晴らしい。キャベツを食う為に油物を食ってると言っても過言ではない。

 

 最後に豆腐を細かくして、ネギを斜めに切る。油揚げは小さくカットして、味噌汁の具材はこれで完成だ。横に置いておくこととする。

 

「あら。意外とユウにも料理はできますのね。じゃあステップアップですわ。お肉は切るのが難しいですわよ。この鶏肉を小さめに切ってくださいまし。私は下味をつけるために調味料を混ぜておきますわ!」

 

 そう言って沙都子はふんふんと鼻歌を歌いながら醤油や味醂を測ったり、生姜を擦ったりし始めた。俺も、包丁を手に鶏肉を細かくする。俺たちは全員子供だし、女の子が2人だし、小さめに切った方がいいだろう。

 

「こんなもんでいい?」

 

 俺は切った鶏肉を沙都子に見せる。

 

「少し不揃いですけれど……ユウにしてはよくやりましたわね。偉いですわ!さ、あとは私にお任せしてくださいまし」

 

 沙都子は生姜を擦った手を洗ってから俺の頭を撫でる。……ちゃんともう一回手を洗えよな。

 

「この袋にお肉と下味の調味料を入れるのですわ。そして、袋の上から揉み込む。小さめに切ってありますし、それほど長い時間漬け込まなくても下味はつくと思いますわ!」

 

 俺より料理ができる沙都子が単純作業に勤しむのは効率が悪いだろう。俺は沙都子が懸命に捏ねるその袋を手に取った。

 

「替わるよ」

 

「そうですわね、じゃあお願いしますわ。私はお先にお味噌汁を作りますわね」

 

 そう言って沙都子は出汁を取っていた鍋の蓋を開けた。それに味噌を溶かして、味噌汁を作り始める。キッチンには味噌の良い香りが漂っている。俺はそれを見ながら肉を揉んだ。

 

 切るだけならまだしも、順番がどうとか、火加減がどうみたいな繊細な作業は俺には向いてない。

 あれを取って、これを取ってという沙都子の指示には大人しく従うが、調理には関わらないことにする。味噌汁なんて家で作らないし、沙都子が梨花ちゃんに学んだ得意料理なんだから、任せた方がいい。

 

「お味噌汁はだいたい出来上がりましたわね。それじゃ、唐揚げを揚げていきますわ。ここからは私がやりますから、ユウは居間に戻ってくれても良いんですのよ?」

 

「そうだなぁ。俺がいても邪魔になりそうだけど……見守っとくよ。気を付けてね、沙都子」

 

「わ、わかりましたわ」

 

 沙都子はしおらしくそう言って、唐揚げに粉をつけ始めた。俺はそれを眺めながら、皿に付け合わせの野菜を盛り付けることにした。

 

 黄金色の油に鶏肉が放りこまれる。気持ちのいい音を立てて、油の中に泡が弾ける。

 

「揚げ物を揚げるときは、油の温度に気をつけるんですわよ。最初は160℃くらいで2、3分ほど揚げて、そのあと温度を上げて1分揚げるらしいですわ!」

 

 沙都子は自信満々にそう言う。そう言うからには、油の温度がどれくらいなのかわからないといけないと思うのだが……見ただけで油の温度ってわかるのか?まあでも、沙都子は楽しそうなのでよしとする。

 

 沙都子は俺に他にもいろんな知識を教えてくれた。きっとどれもがどこかの料理本か、梨花ちゃんからの受け売りなんだろうが、俺は茶化したりしなかった。彼女の努力は本物だから。

 

「ふぅ、これで終わりですわね。さ、盛り付けますわよ」

 

 用意した分を揚げ終わると、余分な油を拭き取ったあと、俺たちは用意していた皿に唐揚げを乗せた。きつね色にこんがり焼けたそれは、とても食欲をそそる、おいしそうな唐揚げに仕上がっていた。

 

 それを居間でテレビを見て待つ梨花ちゃんのところへ持って行った。梨花ちゃんも、用意された晩ごはんを見て少し驚いた様子だった。

 

「沙都子も雄星も、とってもすごいのです。こんな上手に作れるなんてすごいのです!」

 

 梨花ちゃんは小さな手をぱちぱちと叩いて、俺たちを褒め称えた。沙都子は嬉しそうににっこり笑って胸を張った。

 

「とーぜんですわ!」

 

 俺は沙都子の顔の高さに手を持って行った。沙都子はそれに気づいて、自分の手を俺の手に合わせてハイタッチをした。ぱちん、と音が鳴り、俺たちは顔を合わせて笑った。

 

「ふふん、ユウもよく頑張りましたわね」

 

「って言っても、色々切っただけだけどな……」

 

 沙都子は嬉しそうに背伸びをして俺の頭を撫でた。年下の女の子に頭を撫でられるのは少し気恥ずかしい。

 

 なんでかは知らないが、俺たちの中では撫でることはごく普通に行われるコミュニケーションになりつつあった。

 遠慮なく人の頭を撫でる悟史くんと、ちょっと小馬鹿にした感じで撫でてくる梨花ちゃんから始まり、俺がその真似をして、沙都子もするようになった。……小学生だしこういうもんか?昭和の田舎のコミュニケーションってやつかもしれない。

 

 そして、俺たちは席について夕食を楽しんだ。今でも週に何度かは集まってやってる部活動のことや、ちょっと前に行ったプールのこととか、今度はもうちょっとお金を貯めて少し遠くに遊びに行こうとか、そんな話だ。

 

 俺たちがもっと小さかった頃、梨花ちゃんは日頃つまらなそうな顔をしてることも多かった。きっとそれは全てを一度経験しているが故のこと。でも最近は違う。俺がいて、悟史くんがいて、村が平和である昭和57年はきっと経験したことがないからだ。

 

 となると、家で寂しい思いをしているのかと思いきや、意外とそこまででもないらしい。ただ、家にいない分、沙都子とは昼間にたっぷり遊ぶことにしてるみたいだ。

 

「沙都子、お料理よく出来ましたなのです。これで未来の旦那様の胃袋も鷲掴みなのです!」

 

 梨花ちゃんは沙都子を褒め称える。えへへ、と年相応の笑みを浮かべる沙都子。

 そんな微笑ましい2人を見て、俺はあることを思い出した。

 

「そうだ!今日みんなに食べてもらおうと思って、興宮でちょっと流行ってるアップルパイを買ってきたんだよね。ちょっと待っててね!」

 

「冷蔵庫に何かのお菓子が入っていると思いましたけれど、アップルパイだなんて!いいんですの?」

 

「わーい、楽しみなのです」

 

 2人とも、食べてもないのに嬉しそうな顔をしてくれる。せっかく遠出をした甲斐があったというものだ。

 俺はキッチンに行って、アップルパイと紅茶を用意することにした。

 

 俺はコーヒーより紅茶派なので、家にはいつでも紅茶の缶が置いてある。ティーバッグで作れる安いものを飲むことも多いのだが、せっかく友達が来ていることだし今日は奮発してちょっといいのを淹れることとしよう。

 

 何にしようか少し考えてから、俺が引き出しから取り出したのは、マリアージュ・フレールのアールグレイ・フレンチブルー。青い花が混じる茶葉が美しく、優雅で繊細な香りのアールグレイだ。

 

 ガラスのティーポットにやかんからお湯を注ぐ。先にお湯を入れておくことでティーポットが温まり、このあと茶葉を入れてお湯を注いだときに温度が下がりにくいとか何とか。そんな味の違いを俺たちがわかるかといえば微妙なところだが、せっかくなのでやっておく。

 

 しばらくしてから、温めるために入れたお湯を一度捨てる。缶に入った茶葉をティースプーンで掬い、茶葉を入れる。

 そしていよいよ、ティーポットにお湯を注ぐ。茶葉の中に混じる花弁が舞い上がり、途端に爽やかな香りがキッチンを満たした。良い紅茶は見た目も美しい。

 すかさずティーポットの蓋を閉めて蒸らす。あんまり渋いと2人が飲めないかもしれないから、少し薄めに作ったっていい。

 

 紅茶の香りを嗅ぐと心が安らぐ。

 俺は紅茶が好きだ。両親がいた頃はこんなことは出来なかった。とても嗜好品の紅茶にお金を使ったりする家庭ではなかったからだ。

 

 両親のことは今でも愛しているが、1人になって自由になったのは事実なのである。

 

 冷蔵庫からアップルパイの入った紙の箱を取り出してナイフで切り分ける。2人の分はちょっと大きめにカットしておく。皿に載せて、フォークとティーカップとソーサーを人数分用意する。

 

 俺はお盆にそれらを載せて、2人の元へと持っていった。

 

 2人はお互いに喋りながら足をぷらぷらと動かして、わくわくした様子で待っていた。楽しみにしてくれているようで、振る舞う側も嬉しくなる。

 

 俺が持って来たお盆にティーセットがあることを見て、少しの驚きと期待が2人の顔に浮かぶ。

 

 お高い紅茶を買えるようになったのは興宮の店にリクエストをした結果だ。これはつい先日のことで、2人にもちゃんとした淹れ方で紅茶を振る舞ったことはなかった。

 

「綺麗ですわね〜!お花が浮いていましてよ?」

 

「ガラスのティーポットで紅茶を淹れると、茶葉がくるくる回って綺麗なんだよね」

 

 俺が得意げに笑うと、梨花ちゃんが言う。

 

「雄星はずぼらなのに、変なところにはこだわりが強いのですよ」

 

「ははは……まあそうかもね。実は、俺は紅茶が好きなんだよ。で、これはこの前興宮で買って来たちょっとお高いやつ。じゃ、淹れるね」

 

 俺はちょうど良い頃合いだと判断して、ストレーナーを左手に持ち、ティーポットから紅茶を注ぐ。

 透明感たっぷりのライトブラウンの液体がカップに満ちる。爽やかで奥深い香りが部屋に広がり、俺は思わず笑顔になった。

 

「こんなふうに紅茶を頂くなんて、まるで貴族のお嬢様になったみたいですわね!」

 

 沙都子が嬉しそうに言う。確かに、こんな田舎ではあんまりちゃんとした紅茶なんて飲めないに違いない。エンジェルモートの紅茶もあんまりだったしな。

 

「どうぞお嬢様。こちらはマリアージュ・フレールのアールグレイ・フレンチブルーです。どうぞ、お召し上がりください」

 

 あの時の悟史くんが女性客に対してやっていたように、恭しく一礼をしてみた。悟史くんがこういう風な口上を述べていたわけではないけど、何となく執事の真似も。

 

「く、くるしゅうないですわ」

 

 沙都子は照れた様子で言う。思わず俺は吹き出してしまった。貴族ってよりは殿様って感じだ。

 

「雄星がいつもにも増してキザになっちゃったのです……」

 

 梨花ちゃんはにこにこ笑いながら言った。

 

「悟史くんがこんな感じだったなって思ってさ。さ、梨花ちゃんもどうぞ。もしも苦くて飲みにくかったら、ミルクとお砂糖を入れればまろやかになるよ」

 

 俺はそう言って梨花ちゃんにも注いだ。

 

「みい……ボクはお嬢様じゃないのですか?」

 

 梨花ちゃんは悲しそうな顔を装って、何が言いたげな目線を俺に送った。もう一回やれということらしい。

 

「ど、どうぞ。こちらがアップルパイと紅茶になります。お好みでミルクとお砂糖もお使いください……」

 

 俺は恥ずかしい心地になりながらも、梨花ちゃんにそう言ってアップルパイの皿を差し出した。先ほどのように頭を下げた。梨花ちゃんはふふん、と鼻を鳴らして俺の頭を撫でた。

 

「よく出来ましたのです。さぁ、雄星も食べると良いのです」

 

「あ、あざす……」

 

 紅茶を自分にも入れる。うーん、良い香り。2人が切るのに苦労してるのを尻目に、俺はアップルパイを口に運ぶ。ちょっとくどいキャラメルの香りだが、ストレートの紅茶と飲むとスッキリした味わいになって最高だ。

 

「うーん、甘くておいしーですわぁ……これの茶色いの、キャラメルですのね。こんな食べ物、食べたことありませんわ」

 

「ボクもなのです」

 

 2人も食べて、口々に感想を言う。確かに、食べたこともないのは当然かもしれない。

 興宮にある洋菓子店で、何か良い商品のアイデアはないかと聞かれた際に紹介したものだ。

 これはタルトタタンという名前のアップルパイ。キャラメリゼしたリンゴの上にタルト生地を被せて焼いたものだ。

 

 店主の話では、意外と作るのは難しくないらしい。その洋菓子店はちょっと前からこれを売り出していた。見た目のインパクトもあるし、焼く時の甘い香りも凄く惹きつけられるし、中々好評と聞いてる。

 

 食べ終わった沙都子が、俺の方を見て言った。

 

「ユウはなんでこんな食べ物を知っていますの?」

 

「うん?まぁ、色々だよ。本で読んだりとか、テレビで見たりとか……」

 

 俺は誤魔化した。梨花ちゃんは俺が前世の記憶を持ってることを知ってるが、それを言ったりはしない。俺の方を意味深な目でジロジロ見るだけだ。

 

「梨花もそうですけれど、2人とも私より大人で、ちょっぴり羨ましいですわ。私が2人より得意なことは、トラップぐらいしかありませんのに……」

 

「そんなことないって。俺も梨花ちゃんも、沙都子が面倒見が良いところとか、実は凄く思いやりのあるところとか、明るくみんなを元気にしてくれるところとか、たくさん良いところを知ってるよ。沙都子にしかないいいところはいくらでもあるよ」

 

「雄星の言う通りなのです。ボクたちはちょっと早熟なだけなのです。ボクたちこそ沙都子が羨ましいくらいなのですよ?」

 

 沙都子は曖昧に笑った。あんまり気分は晴れていないみたいだった。そんな沙都子を元気づけるように、立ち上がった梨花ちゃんが沙都子を後ろから抱きしめた。

 

「沙都子、ボクと一緒にお風呂でも入りましょうなのです!」

 

「え?でも、いきなりお風呂なんて、雄星に迷惑ではありませんですこと?」

 

 俺はサムズアップをしてみせた。

 

 もしかするとお泊まりするなんて話になるかもしれないと思って、あらかじめお風呂は洗ってある。いつもよりも入念に洗ったし、シャンプーやトリートメントも補充しておいた。安いものだけど、俺の使ってる化粧水や乳液なんかも置いてある。

 

「別に良いよ。浴槽は洗ってあるから、勝手にお風呂を沸かしてくれても大丈夫だよ。うち、バランス釜だけど……やり方はわかるよね?」

 

「もちろんなのです。さ、沙都子。行きましょうなのです!」

 

 梨花ちゃんはそう言って沙都子の手を引いてお風呂場へと向かった。俺は暇なので、2人が飲み食いした食器を片付けることにした。

 

 

 

 

 

 いくつかの洗い物が終わった時、突然電話が鳴る音が聞こえた。もう夕飯時も過ぎた俺の家の中に、じりじりと喧しい黒電話の音が聞こえた。

 

 こんな遅い時間に何だろう?

 俺はその音を不思議に思った。もう時間は午後8時過ぎで、もう外は暗い。この時間のこの村はほとんど眠りについているようなものだ。

 

 雛見沢に住んでいる大人たちの多くは、外が暗くなったら仕事は終わりだ。自分の手元も見えないような環境では、野良仕事は出来ない。街灯も少ないから出歩く人が減って店も閉まる。となると、テレビを見るか寝るかくらいしか出来なくなるわけだ。雛見沢の人間から何かの用事が俺に来るのは珍しい。

 

 俺は考えを巡らせながら電話に向かっている時、一つの嫌な想像が浮かんだ。……もしかしたら、詩音ちゃんのことかもしれない。俺は電話の元へ向かう足を速めた。

 

 受話器を持ち上げる。

 

「もしもし!牧野です」

 

 待てども、返事は来ない。電話先は無言だった。

 

 少しして、がちゃん、と受話器を置いた音が聞こえた。電話はすぐに切られたみたいだ。

 

 これはーーそういうことだ。詩音ちゃんの居場所が発覚して、園崎の邸宅に連れて行かれたのだろう。早く行かなくては。

 

 俺は家を出て行く前に、少し考えた。梨花ちゃんと沙都子に、このことを伝えるのかどうか。

 

 多分、梨花ちゃんは事情を伝えれば急いで準備をして、付いてきてくれる。

 でも、それで残された沙都子はどうなる?仲間外れにされたことを悲しむはずだし、なんなら自分も来ると言い出すかも。

 

 じゃあ沙都子も園崎家に来れば良いのかというと……それは難しい話だ。沙都子と悟史くんが村の一員として認められたのは、きっとお魎さんの声かけがあったから。沙都子が園崎に楯突くような真似をして、今後どうなるのかは俺にはわからない。

 

 それどころか、梨花ちゃんに協力してもらうことにも、俺には躊躇があった。

 俺は詩音ちゃんを救いたいと思うが……彼女は詩音ちゃんに殺されたこともあると言っていたし、彼女も同じ気持ちとは限らない。友達だからと言って、何でもかんでも手を差し伸べてあげる義理はない。そんなことも言われた。

 

 俺は決断した。書き置きか何かだけ残して、1人で行こう。俺のエゴに2人を巻き込むのは悪い。お風呂に入っているのだし、黙っていれば気が付かないだろう。

 

 俺はテーブルの上に書き置きを残して、洗っている最中のティーセットもそのままに家を出たのであった。

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