雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺は自転車を駆って園崎本家に急いだ。
暗い夜道の中を1人走る。静かに鳴り響く虫たちの鳴き声と共に、俺の自転車からもきぃきぃと悲鳴が聞こえた。子供だから、バイクも車も使えないのが恨めしい。
とにかく、早く行かなくてはならない。
もしも俺が詩音ちゃんの事情に介入するチャンスがあるとすれば、それは詩音ちゃんが問い詰められている最中ではなく、家に連れて行かれようとするその瞬間だけだろう。そうでないと、俺が口を挟めるような客観的動機がなくなる。
詩音ちゃんが中に連行される瞬間を目撃して、黙っていられなくなった俺が会議に乱入する。そんなシチュエーションでしか、俺が園崎家のあれこれに口を出す正当性はない。
中で会議が行われてる時、俺が呑気に園崎家のインターホンを鳴らしたって、無視されるだけだ。俺がもたついてる間に詩音ちゃんが建物の中に入ってしまえば終わりなのだ。
前の魅音ちゃんとの会話では、俺に電話がかかってくるのは相当切羽詰まった状況という感じだった。
魅音ちゃんから無言の電話がかかってきたときに園崎からの迎えの車が興宮の詩音ちゃんの住居に到着した、あるいは家に向かったのだとしたら、それほど時間の猶予はない。数十分あるかどうか。
梨花ちゃんにこのことを話して、ゆっくりしてる暇なんてない。心配をかけるかもしれないが、仕方ないことなのだ。
そんなことを考えながら、自転車を漕ぐ。明かりがほとんどない村の夜道はちょっとおっかない。村に慣れてない人間なら、きっとすぐ迷子になるような暗さだ。
しかし、俺は何度も園崎本家には行ったことがある。慣れ親しんだ道を抜けて、俺は園崎家に到着した。
園崎宅の正面玄関には、大きな門と通用口がある。村の中でも一際立派な合掌造りの家と、それに伴う莫大な敷地が、園崎家の隆盛を誇っている。敷地には立派な庭もあって、たまにみんなで散歩したり、ピクニックのように軽食を食べたことだってある、そんな思い出の場所だ。
園崎家は、今から詩音ちゃんへの断罪が行われるにしてはいやに静かで、俺は漠然とした違和感を感じた。
魅音ちゃんはもしも詩音ちゃんの居場所がバレて連れて来られたとしたら、門の前に黒い車が停まってるかも、と言っていた。しかし、そんなものは見当たらない。ということは、まだ車は到着してないのか?それとも、もう車は中に入ってるのか?
試しに俺は呼び鈴を鳴らした。いつもなら、お手伝いさんか魅音ちゃんがそれに返事をする。……この時間はお手伝いさんは帰ってるだろうから、十中八九魅音ちゃんが応答するだろう。
しかし、しばらく経っても返事は来ない。いくらこの家が大きいからといって、家の中の移動に何分もかかるわけじゃない。
俺はここ以外に車が来れる場所があるのかどうか、魅音ちゃんの読みが外れて、車以外の方法で、あるいはここ以外に連れて行かれたのかどうか、俺はいろいろなことを考え始めた。
夜のしじまの中にひぐらしの声だけがこだまする。暗い夜の闇の中、園崎家の電灯に虫が集っているのが目障りだった。
今の所、車のエンジン音は聞こえてこない。静かに走る車は殆どなく、この昭和後期の時代の車はどれもかなりうるさい。
これだけ静かな夜なのだ。この場所まで車を走らせようと思えば、なんとなくエンジン音くらいは聞こえるはず。それが聞こえてないということは、まだ到着していないのだ。
そうじゃなかったとしたら……もう詩音ちゃんへの断罪は終わっているのだろうか。電話がかかってきてからそんなに時間は経っていないはずなのだが……もう遅かったのか?
嫌な想像が頭をよぎった。しかし俺はざわつく心を収めて園崎家の門の前で仁王立ちし、車が来るのを待った。
……どれだけ待っただろうか。数分、あるいは数十分だったかもしれない。遠くから、閑静な村に低く響くエンジン音が聞こえてきた。その鬼が唸るような声こそ、俺が待っていたものだ。今なら、まだ間に合うみたいだった。
その車のヘッドライトは、俺がいる正門に近づいているわけではなさそうだった。俺は園崎家への他の入り口について思い出した……そうだ。確か正門以外にも、裏手から入れるところがあったはず。人目につかない方がいい人間は、裏手から入ると魅音ちゃんが言っていたような。
俺は自転車を全力で漕ぎ、その車に先回りして裏口へと急いだ。
裏口の手前に到着した俺は、息を切らしてその場に立ち尽くした。
そんな俺に、遠くからヘッドライトが近づく。俺はそれに気づかないふりをして門の前に立っていた。平常心、平常心が大事だ……。
だんだんと黒い車の姿が見えてくる。厳つい外車がブルブルと震えた。いかにもヤクザの車という感じに前面以外を真っ黒のスモークで隠しており、ライトが眩しいせいで誰が乗っているのかはいまいち分からなかった。
車はうるさいほどのエンジン音を立てながらこちらへ近づいてくる。徐行しながら、ハイビームの強い光が俺に向けられる。俺はそちらに振り向き、わざとらしく眩しそうな顔をした。
プー、プー!とクラクションが鳴らされ、早く退くように伝えられるが、俺は意味がわかっていない風を装って立ち止まったままだ。ライトがローに切り替わり、中の様子が見えた。後部座席に、俺の探していた詩音ちゃんがいた。当たりだ。
車のドライバー席からは、痺れを切らした様子の男が出てくる。
「あのぉ、何でここにいるのかなあ?牧野くん。ちょっと車を中に入れるからどいてもらっても良いかなあ」
その若い運転手の男の声は少しの威圧感を含んでいた。本家からの命令の邪魔だが、次期当主の友達なので邪険にも出来ないという雰囲気だった。
俺はわざとらしいくらいに、目を丸くして驚いた表情を作った。
「わ、わかりました!すいません。魅音ちゃんに用事があったんですけど、後部座席に乗っているみたいですね。中にいないようだったので困っていました。少しお邪魔してもいいですか?」
俺は中の詩音ちゃんを指差した。詩音ちゃんは驚愕の表情。そして、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
友達に嫌なところを見られたというか、巻き込んでしまったことを申し訳なさそうにしているというか、そんな気持ちを俺は読み取った。
「えぇ?いやいや、ダメですよ!中に入られると困ります。今からやらないといけない用事がありますので……」
運転手の男は焦った様子でそう答えた。これではまるで、俺に今の園崎家の慌ただしい状況を説明してるみたいだった。やらないといけない用事ってのは、後部座席に乗ってる女の子を当主のいるところに護送すること、ってわけだ。
彼はそれほど立場は強くないのかもしれない。詩音ちゃんの護送が遅れれば後で怒られるのだろうか。
「すみません、後ろにいる魅音ちゃんに聞いてみて良いですか?すぐ話は済むはずですので」
俺は食い下がった。すると、すぐに助手席からスキンヘッドが特徴的な男が出てきた。サングラスをかけたその男は運転手の男よりも剣呑な面持ちで、威圧感たっぷりに言った。
「ごめんね、牧野くん。今から、大切な用事があるんだ。早くここをどいてくれるかな?」
その男は強く睨みを効かせて俺に凄んだ。言葉こそ丁寧だが、それは断ればどうなるのか分かっているのか、と追い詰めるような口ぶりだった?その言葉に、無理に反抗する意味はない。逆上したり、家に入れろと迫るのなんてもってのほかだ。
「それはもちろんわかるんですが、僕にも用事があります。あとで魅音ちゃんと会話させてくれますか?」
「もちろん。ここの門は車の入り口だから、後で正面から入ってくれるかい」
男は、自分の凄みに俺がビビって引いたと思ったのか、優しく頷いた。この態度の変わりようは、ここで素直に了承することで、俺を黙らせようというそんな意図が汲み取れた。
もしも対話すらも拒否されれば、少しは粘るつもりだったが……これ以上ここで時間を稼いでも意味はないだろう。当主の友人という立場で丁重に扱ってもらえなくなれば、あとは首根っこを掴んで放り出されるだけだ。
今ここで退いたからといって、この男が俺に魅音ちゃん、あるいは詩音ちゃんとの会話を許すとはとても思えなかったが、車が入った後に俺もそれに続いてしれっと中に入ることは可能だろう。そう判断して、俺は素直に門の前から退いた。
監視カメラでもあるのだろうか、俺が門の前から退くとすんなりと裏門が開かれた。黒い外車がエンジンを唸らせて中に入ると、門はすぐさま閉じられようとしていた。俺は滑り込むように門の中へ入った。
園崎家の敷地内は非常に広い。が、車であれば家の入り口まではすぐだ。ゆっくりと走る車に着いて行けば、すぐに邸宅のそばまで来る。
屋敷の裏口には、物々しい表情をした魅音ちゃんが立っていた。魅音ちゃんは俺の姿を見て少し驚いてから、一瞬目を閉じた。
「えぇ!?魅音ちゃんが2人いるのっ!?」
俺はバカのふりをしてわざとらしく叫んだ。
近くにいた園崎家の男が面倒臭そうな顔をしながらこちらへと駆け寄ってくる。車に乗っている詩音ちゃんはまだ出てこない。会話はさせないつもりだろうと思った。
この場で詩音ちゃんを下ろすなら無理やり会話をすることもできたのだが。
「牧野くん、何かの見間違いでしょう。今日は当主代理様はお忙しいのです。後日話す時間を用意して頂きますから、今日は帰ってください」
「どうしても今日話したいのですが……ダメですか?その用事が長くなるようなら、どこかで待っておきますから」
男は小さくため息をついてから早足で魅音ちゃんの元へ戻った。
魅音ちゃんは冷徹な表情を崩さないまま何事かを男に伝えると、伝言役の男は俺の方へもう一度向かってくる。その顔は、当主の決定に対して何か不満があることを隠していなかった。
「当主代理様が中で待っておくようにと仰っておられます。ご案内致しますから、どうぞ」
男は心底面倒臭そうに俺を園崎の家の中へと入れてくれるらしい。魅音ちゃんが何かしら気を利かせてくれたんだろう。
魅音ちゃんの横を通り過ぎる時、揺れるような彼女の眼差しと目が合った。俺はサムズアップでそれに応えた。魅音ちゃんはそれを見て、何とも言えない表情に変わって、俺を見送った。
結局、俺は園崎宅の正面入り口に案内された。
いつも以上に綺麗に片付けられた玄関は、やはり何かいつもと違うことが起こっていることを俺に感じさせた。
男は俺を先導しながらも、時々振り返って厳しく俺を見張っている。
"ユウなら、監視役の目を潜り抜けて詩音を助けに来てくれるんだよね?"
魅音ちゃんの目配せを、俺はそういう意味に受け取った。魅音ちゃんが建物の中に入れてくれたのは、当主代理として仕事を行っている建前、表立って俺に協力できない故の、助け舟のつもりだろうと思った。
任せろ、魅音ちゃん。俺が詩音ちゃんを助ける。そのための手立ては、今のところまだ思いついてないけど……何とかしてみせる。
俺が彼女らのことについて触れた時の男たちの表情を見れば、園崎魅音に双子の姉妹がいることはあまり知られたくないことに違いない。俺を園崎宅にすんなり入れるということは、詩音ちゃんが追及されるのはこの建物の中じゃないのかもしれない。俺がくつろいでいるすぐそばで、詩音ちゃんに対する追及をするとは思えない。
となると、他に何処があるのか…… 間違いなく車の中には詩音ちゃんが乗っていた。こんな夜にここまで運んできたのだから、ここから何処か遠くの場所に護送されるなんてことはないはず。園崎家の敷地内で審判が行われるのは確かだ。敷地内に離れがあるわけでもない。俺はこの家に何度も来ている。今更、俺が知らない場所はそんなにないはずだ……。
俺は男の監視下から逃れる方法と、どこで追及が行われるのかを考えながら、長い廊下を歩きながら、何か手がかりはないかと見回す。
男が持つ懐中電灯が屋敷の床を照らす。この家は、夜になると部屋の中以外は結構暗い。とはいえ、監視役はライトを持ってるので、隠れたりするのは無理だろう。
広い屋敷内は板の間が多く、夏だというのに足回りは薄ら寒い。トイレは長い廊下の突き当たりにあって、レトロなタイプだ。多くの部屋が縁側に繋がっていて、2階に上がる手段は少ない。この建物の地下に部屋があるというわけでもない。
幾つもの部屋を通過するが、そのどれもに人気はなく、今日はお魎さんもこの家にはいないみたいだった。ますます、この建物の中には詩音ちゃんは来ないだろうことを理解した。それなら、外に行かなくてはならない。
外へ出ることは建物の外周に位置する縁側から庭先に出るだけで可能だ。しかし監視役の目は避けられない。相手は鍛えてそうな大人なのに対して、こっちは子供だ。
俺が急に外に出ていったって、すぐに追いつかれてしまう。となると何らかの方法で監視下から逃れて、隠れて移動しなきゃならない。
「こちらでお待ちください。何かあれば私に」
監視役の男はそう言って俺を部屋に案内した。囲炉裏がぱちぱちと弾ける客間は畳張りで、いくつかの座布団が敷かれている。きっと、ここで村の年寄りたちと会話でもするんだろう。
出入り口は一つだけ。この男を躱して逃げることができそうには見えない。
脱出できるチャンスは一度だけだ。もしも失敗すれば、すぐにここからつまみ出されて終わり。
どうするべきか……手をこまねいていると、詩音ちゃんはもう罰を与えられた後だ。いつまでもここにはいられない。どうにかしないといけない。
俺は一つの決断をした。
「すみません。トイレをお借りしてもいいですか?」
監視役の男は面倒臭そうに頷いた。……やるしかない。この部屋の外へ出て、何とかしてこの男を振り払い……どこだかは分からないが、詩音ちゃんのところへ行くのだ。