雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺が園崎家から家に帰った後、すぐに魅音ちゃんは電話をくれた。
魅音ちゃんはこの騒動の責任を取るために色々と謝ったりもしたが、結局誰もお咎めなしで済まされたと教えてくれた。
俺たちだけ好き放題やって、魅音ちゃんが辛い目に遭っていたら、大変申し訳ない。俺はそれを聞いて凄く救われた気分になった。
ただ、俺が命知らずな真似をしたり、お魎さん含む園崎家に啖呵を切ったことについては、もうやめてほしいと懇願された。
魅音ちゃんはあそこに乗り込んで欲しかったんじゃないの?とも聞いた。
ところが、魅音ちゃんは俺が園崎家の人間に案内された部屋から出るなんて思っていなかった。
地下へ続く扉の鍵が閉まってなかったのもたまたまみたいで、梨花ちゃんたちが入って来れたのも魅音ちゃんの想定外だとか。そのことはお魎さんに普通に怒られたらしい。
魅音ちゃんが茜さんから聞いた話だと、若き日のお魎さんもこの村で数々の友人たちと青春を過ごしたという。俺たちのようによく集まって遊び、魅音ちゃんが作った部活みたいなものもあったらしい。
戦時中ということもあってか、彼等は皆幸せで順風満帆な生涯を過ごすことは叶わなかったということだ。……俺の勝手な想像では、その時も雛見沢症候群が何かしら悪さをしたのではないかと思うが。
そして、お魎さんは自分たちが過ごせなかった幸せな子供時代を今の時代の子供たちに生きてほしいのだと、茜さんにそんなことを言ったらしい。
だからこそ、俺や梨花ちゃんや悟史くんたちが自分の孫である詩音ちゃんを守るために命を賭けたことに好感を持ってくれたとか何とか。……俺は電話越しに、その魅音ちゃんの言葉を万感の思いで聞いた。もう一度お魎さんには謝罪と感謝を伝えなければ。
「ユウ、これくらいでいいんですの?……凄く痛そうですわ。よくこの体で園崎家に殴り込みに行きましたわね……」
家に着いてシャワーを浴びて、それからすぐ。俺は上半身の包帯を、沙都子に変えてもらっているところだった。沙都子はトラップを作っているだけあって、手先が非常に器用だ。包帯の取り替えを沙都子に頼むと、得意げな顔で、でも少し恥ずかしそうに頷いてくれた。
ただ、沙都子には俺の傷跡はちょっと刺激が強かったようで、沙都子は傷痕を見て、悲しい顔をしていた。こんなことをやらせて申し訳ないが、自分でやるのは難しいのだ。
沙都子は俺の体に巻きつけるための包帯を、ちょうど良いところでハサミでちょん切った。傷口を覆ったところでテープを貼り付けて、引っ付ける。
「うん、ありがとう。こんなこと頼んでごめんね、沙都子」
「いいんですわよ。気にしないでくださいまし」
沙都子はそう言いながら、使った道具を片付ける。そして一息ついて、心配そうな顔で俺のことを見上げた。
「にしても、ユウ。無茶なことをしすぎですわよ。体もこんな怪我をしていますのに……もしもユウが酷い目に遭ったら、わたくし……」
暗い表情で俯く沙都子。沙都子は園崎家の怖さを身をもって知っている。そしてその怖さは、身体的に危害を加えられるというだけではない。
「本当にごめん。もう、2度とこんなことはしないから」
俺は沙都子に頭を下げて謝った。今日の園崎家での振る舞いは、全体的に反省するべきところばかりだった。もっとプランを練るべきだったし、そうでなくとももう少し冷静になって訴えるべきだった。あるいは詩音ちゃんとも相談した上で、俺が直接関わるのではなく、一緒に謝り方を考えるとか、そういうふうにするべきだった。
たまたまお魎さんが許してくれたからよかったものの、場合によっては俺を連れてくることになった魅音ちゃんや、俺に庇われる側の詩音ちゃんに対する叱責が強まる可能性だってあった。
「でも、おかげで詩音さんが救われる結果になったのですし、謝る必要はないのですわよ」
「そうだね。全部結果論だけど……やり方は間違えても、やろうとしたことは間違いじゃなかったって、そう思う」
「そうですわ。私たちを助けてくれたように、詩音さんも助けて……でも、行きすぎた自己犠牲は、返ってその人を傷つけたりするものでございますのことよ」
俺はそれに返す言葉もなくて、少し黙った。その通りだった。
沙都子自身、助けられてばかりだということを気にしているみたいだった。もちろん、恩を着せるために努力したわけじゃないが……沙都子のプライドを傷つけるようなことにも繋がっただろう。
その点では、誰かを助けるということは、必ずしもその人のためになるとは言えないのかもしれない。
でも、ただ一つ、言えることがあった。
「……沙都子が同じ状況だったら、俺はその時も同じことをするよ。絶対」
俺は沙都子の目を見てそう言った。これは俺の本心だ。
大切な人が──詩音ちゃんの場合、そこまででもなかったが──困っていたり、苦しんでいれば、誰だってそうする。たまたま、俺には前世の記憶があるから、まだ小学生だけど、色んなことに手を伸ばしている。ただ、それだけの話だと思う。
「そ、そういう問題じゃありませんわよ!わ、わたくしはもうお風呂にも入りましたし、寝てしまいますわ。お、おやすみなさいませ!」
言ってから、俺もそのキザなセリフが恥ずかしくなったが……沙都子は顔を赤くして、俺よりも恥ずかしそうに階段を上がっていった。
沙都子に用意した寝室は2階にある。お客様用の布団は綺麗に洗濯しており、すでに敷いてある。あとはもう寝るだけなのだ。
俺は1人になった居間で、すぐに寝る気にもなれずにぼーっと寝転んでいた。
こんな調子で来年の梨花ちゃんに迫る危機を乗り越えられるのだろうか。梨花ちゃんは何度もそれに挑んでは、跳ね返されてきたと聞いてる。こんなに浅はかな俺が、何とかできるんだろうか……?それに、未だに梨花ちゃんに迫る脅威というのは見当もついていない。あと、一年もないのに、だ。
俺が黄昏ているその時、引き戸を開けて居間に入ってくる人がいた。梨花ちゃんだった。
「あんたって、本当に勘違いさせるようなことを言うわね」
沙都子が客間で寝ていることを確認したのか、梨花ちゃんがふらりと居間に歩いてきた。その口調から、今の梨花ちゃんは素で話す気分なのだと理解した。
「勘違い?何のことだかわからないけど……俺は梨花ちゃんが同じ状況でも、おんなじことをするよ。……今度はもう少し上手くやれたらいいけどね」
「そういうところよ」
梨花ちゃんは少し恥ずかしそうにそっぽを向いて、吐き捨てるように言った。
「お魎が許してくれなければ……あんた、雛見沢に住めなくなってたわよ」
「そうだね。みんなが来てくれて、一緒に謝ってくれたからこそ、お魎さんは俺と詩音ちゃんを許してくれたと聞いてる。重ね重ねにはなるけど、本当にありがとう」
俺の言葉を聞いて、梨花ちゃんはふん、と鼻を鳴らした。
「あなたや詩音が傷つくと私にも影響があるからね……自分のためにやったまでよ」
梨花ちゃんは憎まれ口を叩く。百年を生きた魔女を標榜する梨花ちゃんがシニカルな喋りをするのはいつものことだ。俺は特に気にせず、飲み物を一口。そして、気になることを聞いた。
「みんなはどうやって来たの?悟史くんは?」
「あんたが書き置きを残して出ていった後、沙都子はすぐに家を飛び出そうとしてたわ。行き先もわからないだろうに、ね。私は、あんたの慌てようから、何となく何をしに行ったかわかった。私1人で園崎家に向かおうとしていたところに、たまたま悟史が来たのよ」
「どうして?もう結構遅い時間だったよね?」
「沙都子を迎えに来たみたいだったわ。きっと、あの子は泊まるかもしれないことを伝えてなかったんでしょうね。それで、沙都子が悟史に事情を伝えて、結局3人で向かうことになったってわけ」
「そっか……」
梨花ちゃんは話し終えて、一度湯呑みに口をつけた。
「正直なところ、私たちがお魎に何を言っても、何も意味はないかと思っていたわ……この世界のお魎は優しい。どうしてかしらね」
ふと思い出した。この世界で起こる変な出来事は、大体あの病のせいだと俺は睨んでいる……雛見沢症候群のことだ。
「……なあ、入江さんはお魎さんの侍医だったんだよな。お魎さんが、雛見沢症候群を発症していたという話は聞いたことないか?」
俺がそう言うと、梨花ちゃんの表情は変わった。梨花ちゃんは黙り込んだ。今までの記憶を蘇らせ、その可能性を探っているように見えた。
「あり得なくはないわね。入江が診ているなら重度の発症をしているとは思えないけれど、私が経験してきたいくつもの世界でお魎は一部の人間以外を信じず、苛烈な性格をしていた。お魎の若い頃を知る人たちは、それが元来の性格ではないと言っていたけれど……症候群を発症してそうなってしまったという可能性は、あるかもしれない」
「雛見沢に住む誰にでも、感染の可能性があるっていう話だもんな……?」
梨花ちゃんから聞いた話では、雛見沢症候群はこの村に住む人間全員に発症の可能性がある。この村の水辺に棲息する微生物によって引き起こされる精神の病。それが雛見沢症候群。俺はこれを知ってから、井戸水を飲んだり、水辺で遊んだりするのをやめた。
その話を信じるなら、お魎さんは何十年も前からこの村に住んでるのだから当然症候群には罹患しているはず。
梨花ちゃんも同じようなことを考えたらしく、ちゃぶ台に頬杖をついて考え込む。
「私に対して優しいのも、私が古手家8代目の巫女で、オヤシロ様の生まれ変わりだからというだけではなくて……女王感染者の影響で、発症が抑制されていたという可能性もあるのかしら……?」
「なるほど……そうか、梨花ちゃんの近くではフェロモンみたいなのが出ていて、発症が抑制されるって言ってたな。梨花ちゃんが可愛がられてるのは、発症が落ち着いている時にそばにいるからということもあるのかもしれないな」
梨花ちゃんは顔をあげてニヤリと笑った。
「あんた、役に立つわね。ダム戦争の最前線に立った年寄りは全員、軽度の発症を経験しているはず。それなら、お魎や村の年寄りがそれを引き摺っていてもおかしくはない。この世界では、あんたがいるおかげで、ダム戦争終結の少し前から村はいつもより和やかだった。それが関係しているのかしら……」
梨花ちゃんは納得したような顔をして頷いた。
「梨花ちゃん、入江さんにそれとなく聞いてみてよ」
「そうね。次の定期検診で聞くことにするわ」
そう言って梨花ちゃんは俺が差し出したお茶を飲んだ。
「……ねえ、この家はお酒の一つも出ないわけ?」
そこで、思いついたようにそう言う梨花ちゃん。長い付き合いをしてる俺にはわかるが、これは俺をちょっと困らせて遊んでやろうという気持ちだろう。
梨花ちゃんは普段の可愛らしい顔をしてる時も悪戯好きだが、今のような素の状態でもそれは変わらない。梨花ちゃんが沙都子と仲が良いのも、本質的には似たもの同士だからかもしれない。
俺は本人も気づいていないだろう事に気づいて、思わず口元が緩んだ。
「……何よ、その目。私の顔に何かついてるかしら?」
俺が微笑ましいものを見るような顔をしていたのが気取られて、不満そうな口ぶり。
「何でもないよ。子供がお酒飲むなんて良くないから……早く寝なよ」
「あんたのために体を張ってあげたんだから、少しは付き合いなさいよ」
「そんなこと言われても、ないものはないしね……紅茶なら出せるけど、寝る前にカフェインなんてあんまり良くないし」
「そう。じゃ、ジュースでもいいわ。何か入れて頂戴」
俺はこの我儘な女王様に、冷蔵庫にあるジュースを入れてやることにした。誰かからもらった葡萄ジュースだ。これくらいなら、寝る前に飲んでも大丈夫だろう。
俺の分も入れて、二つのグラスを居間に持っていく。梨花ちゃんは、ぼんやりとテレビを眺めながら待っていた。
しばらくどうでもいいことを話した後、俺はふと、来年に繋がりそうな話を思い出した。
「そうだ。俺が入院してるときに、嬉しそうに分譲地がどうこうって話をしてたけど……あれって、きっとあそこに引っ越してくる子がいるって話なんだよね」
「察しがいいわね。そうよ。ちゃんと引っ越してくれるように、準備もしたんだから、来ないと困るわ。……あんたがいる雛見沢に来て、どうなるのかはわからないけどね……」
「準備?準備なんてあるのか?」
「ええ。引っ越してくる確率が高まるように小細工をしてるのよ。あとは、天命を待つのみ、ってことね」
梨花ちゃんは機嫌が良さそうだった。その子が引っ越してくるのが楽しみなんだろう。
そこで、突然居間の引き戸が開かれた。
「むにゃむにゃ……2人は何をしてますの?遅いと思ったら……私には内緒のお話ですこと?」
沙都子はトイレか何かに起きたらしかった。トイレは一階にしかない。2階の寝室で寝ていた沙都子も、遅くになっても寝に来ない梨花ちゃんを不審に思ったに違いない。
沙都子は少し前から、俺と梨花ちゃんの間に何か秘密があることを理解しているように思えた。仲間外れにされては面白くないだろうが、沙都子はすごく大人だ。それについて俺たちに教えるよう迫ったりはしてこない。
でも、流石に自分が寝ている内に秘密の会話をされてるのは良い気分じゃないだろう。俺が何と言おうか考えてるうち、梨花ちゃんが先に言った。
「ボクは歯磨きをして、すぐに寝ますですよ。ユウとのお話は沙都子が付き合ってあげると良いのです」
梨花ちゃんはそう言うと、直ぐに部屋を出て行った。
沙都子は寝ぼけ眼を擦って、俺のことをじっと見つめた。俺は何事もなかったように、微笑んでそれに答える。
「ユウも早く寝た方がよろしいですわよ。おやすみなさいませ……」
沙都子は言い終わると引き戸を閉めて、二階へと上がっていった。やけにあっさりとしていた。
急に話が終わって何だか不思議な感じだが、俺も寝ることにした。残っていたジュースを一気に飲み干し、歯を磨いて、寝る。
今日のことに反省はあるが、詩音ちゃんの件が片付いて、晴れやかな気持ちで眠りについた。