雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第59話

 

 ほんの十数分ほど前から降り始めた急な土砂降りの音がうるさく、本を読むのにも中々集中できない。夏の土砂降りというのは、湿気が不愉快で仕方がない。エアコンがあれば除湿機能をつけたり、あるいは割り切ってクーラーをガンガンに効かせるものだが……昭和57年の時代では、そんなものはない。諦めて窓を閉め、扇風機を回すのみだ。

 

 俺は、ふと昨日のことを思い出した。

 

 みんなで裏山に罠を仕掛けに行った時、沙都子は明日──今となっては今日だが──も遊ぼうと言った。梨花ちゃんはそれを、明日はやめた方がいいと止めた。そんなことがあって、今日はみんなで遊ぶ約束はしなかった。

 てことは、梨花ちゃんは雨が降ることをわかっていたのかな……流石にそんなことはないんだろうか?

 

 夏の昼下がり、紅茶を飲みながら、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を読む。雨音のうるささのために本の内容に集中出来ず、そんなどうでも良いことを考えていた。

 

 そんな中、チリンチリン、と家の呼び鈴が鳴った。こんな日に誰が何の用事だろう。こんなに雨が降ってる時に来なくても……。俺は訝しみながら玄関を開けに行った。

 

 俺の家の呼び鈴は店の軒先にある。普段なら、家の前で俺の名前でも呼んでくれれば、それに気づいて勝手口から出ていくのだが、今日みたいなうるさいほどの雨が降る日にはそれも出来ない。

 

 俺は暫くぶりに店の方へと向かって、シャッターを開けた。

 

 そこには、しょんぼりした顔の竜宮レナちゃんがいた。

 

 いつもの白い可愛らしい服を雨でびしょびしょに濡らし、いつもは溌剌にピンと張っている胸元の紫の大きなリボンも、雨で萎れていた。ふわふわした生地で透明感のあるスカートも、雨でレナちゃんの素肌にひっついて水滴を垂らしていた。

 ちょっと扇情的にすら感じる格好だった。目のやり場に困るので、取り敢えず目をじっと見つめた。

 

 申し訳なさそうな顔で、レナちゃんはこちらを見た。

 

「レナちゃん!どうしたの!?」

 

「あのね。お料理のお裾分けに来たんだけど、雨に降られちゃって……」

 

 レナちゃんは悲しい顔でそう言う。その手には風呂敷に包まれたいくつかの箱がある。レナちゃんはそれを抱きしめるようにして雨から守っていた。きっとそれは、俺に振る舞ってくれようとしたものに違いない。

 

 レナちゃんは、こうしてたまにお裾分けを持ってきてくれる。歳の割に料理がとても上手なレナちゃんのお料理は、俺としても非常に嬉しいものだ。

 それがどれだけ濡れようと、俺は全て食べてみせる。それよりも、レナちゃん本人の方が問題だ。

 ついさっき降り始めた雨は、いよいよ勢いを強めている。このまま帰すのはいくら何でも申し訳ない。

 

「さあ、入って!タオル持ってくるから、居間で待ってて?」

 

「で、でも、中に入ったら家の中が濡れちゃうよ……?」

 

 躊躇いがちにレナちゃんはそう言った。その白いお洋服や髪の毛からは水が滴り落ちていて、確かに家にあげれば床は水でびちゃびちゃになるだろう。

 でも、流石にこんな状態の友達をそのまま帰すやつはいない。家が濡れるなんて、どうでもいいことだ。

 

 俺は遠慮するレナちゃんの手を引いて家の中へと向かった。

 

「そんなのどうでも良いから、早く。そのままじゃ風邪ひいちゃうよ?」

 

 レナちゃんは最初は俺が手を掴んだのに驚いたようだったが、中に連れていくうちに恥ずかしそうに大人しくなった。ま、これぐらい我慢してもらおう。

 

「お、お邪魔します」

 

 レナちゃんは居間のところで申し訳なさそうに縮こまっている。そこまで気を遣う必要はないのに。俺は家にある中でも綺麗めなタオルを選んで持ってきて、レナちゃんに手渡した。

 

「手を引っぱっちゃってごめんね。でも、ここまでしないと家に入ってくれなそうだったから」

 

「お、男の子に手を引かれたのなんて、初めてなんだよ……?」

 

 レナちゃんは語尾を2回言ういつもの口調も忘れて、恥ずかしそうにそう言ってから、体を拭き始めた。可愛い。

 彼女はしばらくの間服をタオルで拭うのだが、服はもうほとんど濡れてしまっていて、タオルで拭いたぐらいではどうにもならないようだった。

 

「ねぇ、レナちゃん。レナちゃんが嫌じゃなかったら、お風呂に入っていく?お風呂に入ってるうちに、服は乾かしておくよ。もちろん、俺に服を触られたくないとか、家ですぐに用事があるなら入んなくてもいいんだけど……」

 

 レナちゃんは可愛らしい無垢な少女を装っているが、その実、俺の友達の中では一番──もしかすると、梨花ちゃん以上に──大人びている子だと勝手に思っていた。

 ふとした瞬間に彼女が見せる冷たい表情や、オヤシロ様について語る時のあの剣幕を見れば、いつもの可愛らしいレナちゃんが彼女の全てだとは思えない。

 手紙で送られてきた文面に書いてあった、非常に内省的な彼女の面影は、雛見沢で元気に過ごす今のレナちゃんにはあんまり見えない。

 彼女は雛見沢に暮らす中で、明るく元気なレナちゃんを演じている部分があるのではないかと思っていた。

 

 そんなレナちゃんは、俺の提案を断りたくても断れないかもしれない。嫌な気にさせたくはないので、相手に逃げ道を用意した上で俺はそう聞いた。

 

「え?そ、そんな!悪いよ。勝手に家に来たのはレナの方だし……」

 

 そう言って服とお裾分けの箱をタオルで必死に拭くレナちゃん。やっぱり、あんまり意味はなさそうだった。

 

 感触は、それほど悪くない。この様子だと、人んちの風呂に入りたくないとか、俺に服を触られたくないとかっていうよりは申し訳ないから断っているみたいに思える。

 なら、さっきと同じく無理矢理入ってもらうことにする。このまま帰すのは俺の気分があまりにも悪いし、ただの俺の自己満足だ。

 

「じゃ、お風呂沸かしてくるね!すぐ沸くと思うから、ちょっと待っててね〜」

 

 俺はそう言って、風呂場へと向かってお湯を溜め始めた。

 

 この時代の風呂はバランス釜というやつだ。水を浴槽に張ってから、ガスの元栓を開ける。つまみをちょいちょいっといじって口火をつけたあと、給湯・シャワーと書かれたところへつまみを回す。

 

 これで暫く待てばお風呂が沸く。

 シャワーをしながら風呂を溜めることは難しいので、レナちゃんにはちょっと待ってもらう必要がある。

 

 タオルをいくつか持っていく。服はドライヤーとタオルで乾かせば数十分もあれば乾くだろう。

 

 でも、まさか下着まで乾かすわけにはいかないよな……服は乾かせば何とかなるだろうけど……もしも下着まで濡れてたら、そこは我慢してもらうしかない。俺はその辺は一旦気にしないことにして、レナちゃんを呼びに行った。

 

 居間では、やはり居心地の悪そうな顔のレナちゃんがいた。服から水滴は滴っていないが、まだ濡れたまんま。家の前にいた時の、濡れ鼠状態は脱したが、依然寒そうに体を震わせていた。

 

「お待たせ。今お風呂を沸かしてるよ。レナちゃん、体が濡れてて寒いよね。紅茶でも淹れるね。ミルクティーかストレートか、どっちがいいかな」

 

「み、ミルクティーがいいな……」

 

 レナちゃんは恥ずかしそうにそう言った。俺はサムズアップでそれに答えた。

 

 俺は読書をする前にお湯を沸かしていたやかんを、もう一度火にかける。水を少し足して、2.3杯の紅茶を作れるくらいの量にしておく。

 

 いつも沙都子や梨花ちゃんに振る舞うように、ティーカップとソーサーを戸棚から取り出す。最近2人が家に来るようになってから、俺のティーカップコレクションも増えた。

 

 今日は、フォートナム&メイソンのアイリッシュ・ブレックファストにしよう。ミルクを入れても損なわれないような爽やかな香りと、少し渋みのある味わいがミルクティーにぴったりだ。

 滅多に使わないミルクピッチャーを取り出して洗い、ミルクを入れる。温めておいたティーポットに茶葉を入れ、お湯を入れ、蓋をする。少し待って、カップに注ぐ。

 

 俺はそれらをお盆に載せて、レナちゃんの元へ持って行った。

 

「どうぞ。こちらはフォートナム&メイソンのアイリッシュ・ブレックファスト。ミルクはこちらをお使いください。それと……お茶請けのチョコレートです」

 

 俺はカップとソーサーをレナちゃんに差し出した。ガラスのティーポットの中では、お湯の中で茶葉が踊る。花弁のようなものが浮かんでおり、見た目にも美しい。

 

 レナちゃんはちょっと驚いた顔で俺を見た。俺は、顔をじっと見られて、いつものように執事の真似事をしていた自分に驚く。……バカみたいで、ちょっと恥ずかしい。

 

「すごーい!いい香りだね。みんなから雄星くんが紅茶を飲むのは聞いてたんだけど、結構本格的なんだね!」

 

 少し戸惑っていたレナちゃんだったが、俺の様子は気にしないようにしてくれたらしい。いつものように、楽しげな顔で反応をしてくれる。

 

「熱いから気をつけて。ミルクはこれを使って入れてね。砂糖もあるから、飲みにくかったら持ってくるね」

 

 俺は口に笑みを湛えて答えた。紅茶を褒めてくれると嬉しい。みんな紅茶にハマってほしいからな!ロックンロールの次は、紅茶もこの村には浸透してほしい。ゆくゆくは、みんなでお喋りできる喫茶店なんかもこの村に出来たら嬉しいし。

 

 レナちゃんはピッチャーからミルクを注いで、ソーサーを手に取り、くるくると回した。カップの水面に投入された淡いホワイトが、ブラウンに溶けて混ざり、ベージュになった。

 

「うん、ありがと。頂きます」

 

 レナちゃんはお行儀良くカップを持ち上げ、上品な所作で紅茶を飲んだ。こう言っては何だが、いつも家に来る2人よりも、紅茶を飲む姿がよく似合ってる。

 

 ……と、じっと見ていたところでレナちゃんは俺の視線に気付く。

 

「……雄星くん、そんなに見られたら恥ずかしいかな。……かな?」

 

「あ、ごめん。こう、なんか、似合ってるなと思って……」

 

 俺が慌ててそう言った。ジロジロ見てしまって、失礼だったかな。そんなことを考えつつチョコレートを一口。

 合う。チョコに合うのは紅茶よりコーヒーだなんて聞いたことがあるが、紅茶にもよく合う。

 

 俺の言葉を聞いたレナちゃんは紅茶を啜って、少し恥ずかしそうに目を瞑った。俺も紅茶を一口。場には何だか気まずい沈黙が訪れた。

 

「あ、そうだ!お風呂がそろそろ沸いてるかも。ちょっと様子を見てくるね」

 

 俺は変な空気を断ち切るようにそう言って風呂場へ向かった。

 

 風呂はもういい感じに沸いており、入れそうだ。あとはレナちゃんを風呂に入れるだけなんだが……洗い物のことがちょっと言いづらいな。俺は湯気が漂う洗面所で、レナちゃんに何と言おうか1人考えた。

 

 

 "乾かしてほしいものだけ、カゴに入れて置いておいてね。お風呂から上がったら、一旦俺のシャツを着てね。"

 

 結局レナちゃんにはそんな感じで伝えて、お風呂に入ってもらった。脱衣所のカゴの中に乾かして欲しいものを入れておいてもらって、それを分かるように置いておいてほしいと伝えた。

 これなら、レナちゃんが乾かしてほしくないものは、そもそも俺の目にすらも入らない。

 

 レナちゃんは少し恥ずかしそうだったが無言で俺の言葉に頷いてくれた。

 

 俺の母親が生きてたら、悩むことなく母親が全部乾かして終わりなんだけど……小6とはいえ俺は男だから、色々考えても配慮の至らない点が残る。

 

 俺はカゴの中の白いベレー帽と、長いスリットが特徴的な白いワンピース。お父さんがデザインしてくれたものなんだよ、と嬉しそうに語っていたのをふと思い出した。大切に乾かしてあげないとな。

 

 洗面所からドライヤーを持ち出して、居間へと持っていく。服の中に乾いたタオルを差し込み、扇風機とドライヤーで風を当てていく。

 

 家に来た当初は水を吸ってくたくただった白いワンピースも、徐々に元に戻ってきた。大切なお洋服だと思うので、あんまり痛めないように丁寧に服を乾かしていく。

 俺はテレビで流れるワイドショーをBGMに、レナちゃんのお洋服を乾かす作業に勤しんだ。

 

 

 

 暫くすると、レナちゃんはお風呂から上がってきた。レナちゃんは俺のシャツに身を包んで、恥ずかしそうに居間に現れた。

 

「お風呂、貸してくれてありがとう。いきなり来て、迷惑をかけちゃってごめんね?」

 

 レナちゃんは風呂上がりの上気した顔でそう言った。

 

「いや、せっかくお料理を持ってきてくれたんだから、こっちがお礼を言いたいくらいだよ。一応服は乾いてると思うんだけど……ちょっと確かめてみて」

 

 俺はそう言って今まで乾かしていた帽子とワンピースを渡す。多分洗面所にインナーを置いているだろうから、洗面所に戻って着替えて来てもらおう。あんまり俺のシャツを長いこと着るのも良い心地じゃないだろうし。

 

 レナちゃんは顔を綻ばせてふかふかになった帽子に触った。

 帽子は型崩れしないように中に丸めたタオルを入れて乾かしたし、ワンピースも綺麗になるように、当て布をしてアイロンがけをした。

 

 濡れた服に高温のアイロンをかけるのは良くないって聞いたことがある。ほとんど乾かしたあと、低温のアイロンでシワを伸ばした。……もしかしたらほんの少しぐらいは傷んでるかもだが、かなり気を遣ったし大丈夫なはず。……はず。

 

「はぅ……あったかいね。それに、とっても綺麗にしてくれたんだね!」

 

「そりゃあもちろん。このワンピースも、帽子も、大切なお洋服なんでしょ?乾いてるはずだから、着替えてきなよ」

 

「うん!」

 

 レナちゃんは嬉しそうに頷いて、服を持って脱衣所に向かった。これだけ喜んでくれるなら、地味な作業を長い間やった甲斐もあったってもんだ。

 

 暫くしてレナちゃんは戻って来た。いつもの可愛らしいワンピースを着ているが、帽子は被っていない。どうしてだろうか……少し考えたら、すぐにわかった。髪の毛がまだ濡れているからだ。

 

 綺麗な茶色は水に濡れて少し黒っぽく輝いている。帽子を被ってしまうと帽子がまた濡れてしまうから、被れないってことだろう。

 

「ごめんね?俺がドライヤーを持って行ってたから、乾かせなかったよね」

 

 困ったようにレナちゃんは微笑んで、俺の差し出したドライヤーを受け取った。俺は乾かしてあげようか、と言いそうになったが……やっぱりやめた。

 

 風呂上がりの沙都子の髪の毛を梳いて、乾かしてあげたりすることもあるが……髪は女の命だ。女性の髪の毛を乾かすのは生半可な覚悟では出来ない。

 

 前世の苦い思い出だ。彼女の髪の毛を乾かしてあげようとドライヤーを当てていたら、「乾かし方がちょっと違う」とか、「熱い」とか、色々と文句が出て結局自分でやると言われたことがある。

 

 ドライヤーを持ったレナちゃんが洗面台に向かったのを見送って、俺は久しぶりに引っ張り出したアイロンやタオルを片付けた。

 

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