雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
雛見沢には、ほんの数年前まで国からの管理も行き届いたまともな学校があったという。
そんな中、数年前ぐらいにダムの建設計画が持ち上がるのに際して、村と国の様々な衝突が発生した。その影響として、元の学校は廃校になり、少し離れた興宮の学校に統合された。当時の子供達の多くは隣町、興宮の学校に通うこととなった。
しかし、ダム建設に強固に反対する住民組織である鬼ヶ淵死守同盟──以降、死守同盟とする──は、国の措置に対抗して営林署を不法占拠して学校の代わりにしようとした。
死守同盟に深く関わる家庭の子供は村での立場を守るためにも、死守同盟の作った形だけの学校に通おうとしたが、当然まともな先生はいない。
親から聞いた話では、村の有志たちで質の高い学校教育を維持するのは不可能に近かったらしい。多くの子どもたちが溢れ、初等教育すらままならない激ヤバ自治体まっしぐらだった。
そんな状況を不憫に思ったある先生が、この雛見沢に訪れた。先生の熱意と、興宮の校長先生の協力によってなんとか学校の形が整えられた。
彼女は学校のために近くの興宮の街まで引っ越してまで、通って来てくれているらしい。見上げた人もいるものだ。
入学の少し前にこうした騒ぎがあった。俺も両親が村の集まりで話しているのを齧り付いて聞いていた。何せ、自分の将来のことだ。一歩間違ったら村や両親の方針で義務教育を受けられず、幼卒ギター少年が出来上がってたかもしれない。……笑えない冗談だ。
とうとう俺の雛見沢分校への入学式の当日が訪れた。この学校に一つしかない、とても小さい教室では、新しく入学した数名の生徒が挨拶をしているところだった。
「××××です。よろしくお願いします!」
俺の前の子が自己紹介を終えた。小学一年生なんて、自分の名前を人前で言えれば上出来だろう。俺もその子の自己紹介に拍手を送る。誇らしげな顔で胸を張っていた。微笑ましい。
そんなことを考えていると、すぐに俺の順番が来た。
「初めまして、牧野雄星といいます。本を読むのと、ギターを弾くのが好きです。これからよろしくお願いします!」
俺はそんな感じに、胸を張って自己紹介をした。俺のことを知ってくれている子たちも多いので、拍手をしてくれる。
「はい、よろしくお願いします。では、次の〇〇さん!」
俺の次にいた子が自己紹介をしている。その間、俺はクラスを見渡す。……教室に入った時から感じていた違和感の正体は、生徒たちの年齢層のバラつきだ。
小学生くらいの子はわちゃわちゃと話をし始める。中学生くらいの子は、そもそも黙って勉強をしたり、本を読んだりする奴もいる。この子たちを指導しないといけない先生もなかなか大変だ。
「はーい、静かに!では新入生のみなさん、割り振られてる席に移動してください。わからなかったら私にもう一度聞いてくれてもいいですよ」
若い女性教師、知恵先生が俺たちにそう告げる。
俺は指示された席に向かい、カバンを置く。中身は指定された教科書と、あとは暇つぶしの本。先生に聞いてみて大丈夫そうなら、学校の空き教室かどこかでギターを練習させてもらおうかとも思っているが、入学1日目から持ってきたりはしなかった。元は塾講師だし、学生の本分は勉強だということは分かっている。
「では、プリントをお配りします。それぞれ、家に持ち帰って保護者の方にお渡ししてくださいね。それから……」
俺はカバンの中身を机の中に入れ、しばらく先生の話を聞いた。学校での注意事項なんかを教えてくれてるらしい。特に変わったものはないので安心した。
先生はプリントを配り終えると部屋を一旦出ていった。授業が始まるまでほんの少しの休み時間があるらしい。この小さな村の小さな学校で、誰も友達を作らないなんてのは流石に辛い。俺も、少しは誰かと話さないとな……そう思ってあたりを見回した。
「ねぇ!牧野さんちの子だよね?」
そこで声をかけられた。そちらを見ると、緑色の髪をしたかわいらしい少女が溌剌とした笑みを浮かべていた。俺は彼女に強烈な印象を持っていた。
「あぁ、そうだよ。久しぶり、魅音ちゃん」
「あれぇ?会ったことあったっけ?まぁいっか!私は園崎魅音。よろしくね?」
魅音ちゃんはあの出来事を忘れたのか、とぼけた顔をしていた。俺はしばらく前にこの子を家に匿ったことがあるんだが……魅音ちゃんは少しも覚えてない様子だった。
いや、もしかするとあれは秘密にしておかないといけないことなのかもしれない。魅音ちゃんが見当もつかないという顔をしているので、俺の方もあのことを忘れようと思った。
「いつもお母さんがお世話になってます。さっきもみんなの前で言ったけど、俺は牧野雄星。これからよろしく」
「あっはっは、お世話はしてもらってる方だけどね、うん、聞いた通りのお利口さんみたいだね!」
「聞いたって、俺の親から?何を聞いたの?」
村の集まりで何度か会ったこともあるが、きちんと話すのはあの時以来だ、両親からも、言い方を工夫しながら「粗相のないように」というような言葉を預かっている。俺が舐めたことをしたら、両親が園崎家に詰められたりするんだろう。当然、良い関係を維持するつもりだった。
「沁子さんがさぁ、いーっつも君の話をしてるんだよ!本を読んでるかギターを練習してるかだけど、なんでも出来る自慢の息子だ、ってね。今日はどっちも持ってないの?」
魅音ちゃんは言った。その顔は、天真爛漫な子供そのもので、とても地主の娘らしさはない。
その両肩にはこの村を背負って立つ重鎮の園崎家の跡取りという重みがかかってるのだろうが……落ち着いて話してみると、そんなことは感じさせない爽やかな女の子だ。行動力あふれる様子で、今が小学3年生だから好奇心旺盛なのも頷ける。
「あぁ、本はあるよ。ギターは先生に聞いて、持ってきていいなら毎日持ってきて練習しようかと思ってるんだよね。ここなら迷惑にもならずに、夕方まで練習できるでしょ?」
「へぇ、すごいねぇ〜!私、感心だよ。この村にギターを弾こうなんて子はいなかったからねぇ。で、その本はどんな面白い本なわけ?」
魅音ちゃんは俺の鞄に入っている本を指さして、ワクワクした様子で本の内容を尋ねる。何か、児童書や漫画か何かと勘違いしているのか?とも思った。
「これは……ちょっと難しいんだけどね。『老人と海』っていう作品で、ある漁師のおじいさんがいるの。すごく長い間、魚が取れずに困ってる。でもある時、沖ですごい大きな魚と出会ったんだ」
「うん。それで?」
「でも、やっと釣り上げたその魚は、必死に港に戻ってきたころにはほとんどが他の魚に食べられてしまって、骨しか残ってなかったんだ」
「ええ!じゃあバッドエンドってこと?」
残念そうな声で魅音ちゃんはそう尋ねてくる。少なくとも、俺の母親よりは真面目に話を聞いてくれる。
「うーん。でも、骨しか持って帰れなくて、釣り上げた意味がないならその場で捨てちゃえばいいよね。それをせず港まで魚を持ち帰ったのは、どんな理不尽なこと、どうにもならないことでも、人がそれに抗う意味はあるってことなんじゃないかなあ」
「へぇ。なんだか難しい本を読んでるんだね?」
俺の言葉を聞いて、どこか拍子抜けというか、いまいち響いていない様子の魅音ちゃん。
「人間ってやつは、負けるようには出来ていない。叩き潰されることがあっても、負けはしない。っていうセリフがあって……俺はダム戦争にも、同じことを思ってる。相手がどれだけ巨大でも……強い人の意志があれば、きっと負けないよ」
「え?なになに?急にいいこと言うじゃーん!雄星くん、意外と熱い男なんだね?」
「本を読んで学べることは多いんだよ。魅音ちゃんもいろいろ、探して読んでみてよね。取り敢えずこの本からは、ロックスターになる夢を諦めないことを学んだよ」
冗談混じりにそう言う俺に、なにそれ!と笑う魅音ちゃん。この子がノリが良くてよかった。1日目からダダ滑りするところだった。
持ってくるにしても、もう少しわかりやすく面白い本の方がいいかもしれない。図書館に行けば、いくらでも読む本の当てはある。
「ねぇ魅音ちゃん、俺に誰か同級生の友達を紹介してくれない?俺、人見知りだからさ。自分から声をかけるのは難しいんだよね」
「人見知りぃ?ほんとかなぁ……ま、いいよ!私の同い年の男の子がいて、あそこに座ってる子なんだけどね。北条悟史ってやつ。仲良くしてあげてよ」
名前を呼ばれたことに気づいた男の子は、こちらをチラリと振り返ると魅音ちゃんの手招きに応じてこっちへと歩いてきた。
俺はその顔を見て、思い出した。その子はしばらく前に、妹と共に俺の店にお使いに来た男の子だったのだ。
悟史くんは驚いたような表情をしていた。そうそう、北条という苗字は両親の会話の中で聞いたことがある……あまり良い言われ方はされていなかった。ダムの建設に賛成した裏切り者がどうのこうのと、悪様に罵られていたのだ。
また家族に北条家のことを聞いておこう。俺は仲良くなりたい。村ぐるみの虐めみたいなものに参加するつもりは一切ない。
そばまで来てくれた悟史くんは、どういう風の吹き回しだ?とでも言わんばかりに魅音ちゃんに怪訝な目を向けていた。普段から仲が良いというわけではないのかもしれない、と俺は思った。
「さっきも言ったけど、俺は牧野雄星。よろしくね!今聞いちゃったけど、北条くんも名前を聞いてもいいかな?」
俺は手を差し出し、悟史くんにそう言った。こういうのは先に名前を名乗った方が良いとわかってる。悟史くんは微笑んで、俺の手を優しく握った。
「僕は北条悟史。……前に会ったことあるよね。あの時はありがとう。これから、よろしくね」
悟史くんは髪の毛の色の明るさに反して、案外気弱な雰囲気だった。だが、スマートな顔立ちの優男だ。将来は女の子たちが放っておかないだろう。
「あれ?2人は知り合いだったわけ?悟史にはイタズラ盛りの妹がいるんだけど……それも知ってる?」
存在くらいは知ってるが、名前までは覚えてない。俺は黙って首を振った。悟史くんが答えた。
「あぁ……うん。牧野くんも、良かったら仲良くしてあげて欲しいな。沙都子、っていうんだ。」
沙都子ちゃん、か。あの時、悟史くんの影に隠れていたあの子に違いない。自己紹介をされたことなんかはなかったはずなので、ちゃんと名前を聞くのは初めてだ。覚えておくとしよう。
「あの時、一緒に来てた子だよね。元気してる?」
「あぁ、うん……元気すぎて、困っちゃうぐらいにはね」
悟史くんはちょっと疲れた顔をした。外で遊びたい年頃の妹がいて、その一方で村からは除け者のように扱われているのだ。それはもう疲れるに違いない。俺はそんな悟史くんと仲良くなりたいと思った。
「悟史、牧野くんは読書とギターが趣味らしいんだけど、この本わかる?」
俺の机の上の『老人と海』を指さして、悟史くんに尋ねる魅音ちゃん。悟史くんは顔を近づけて本のタイトルを小さな声で読み上げる。
「むぅ……聞いたことはあるけど、読んだことはないなあ……難しい本を読んでるんだね?」
……なんだか気まずい感じだ。やはり、学校にまで変に難しい本を持ってくるのはやめよう。そのせいで友達が減るかもしれない。変な本を読むのは家だけにして、わかりやすいのを学校に持ってくることにする。
俺はそうだよね、と小さく呟いて本をランドセルにしまった。話を変えよう。
「ギターもやってるんだけど、2人は何か好きな音楽とかはないの?」
「うーん、あんまり村に流行の音楽が入ってくることはないからねぇ。悟史は?」
「僕もあんまりないかな……興味ないわけじゃないんだけどね」
「じゃあ俺が明日ギターを持ってきて、今の世界の流行りを教えてあげるよ。ビートルズとかだったら聞いたことあるかもしれないしね!」
自信満々の様子で俺は2人にそう告げた。出しゃばりすぎかもしれないが、もしギターが上手い小学一年がいたら、多分こんな感じじゃないだろうか?
俺がそう言ったところで、鐘の音が聞こえた。この雛見沢分校では、チャイムの音はハンドベルの音らしかった。先生が入ってくると、みんなぞろぞろと自分の席に戻っていく。
「チャイムが鳴っちゃったね。おしゃべりしてくれてありがとう!2人とも。また話そうね?あ、そうそう。俺のことは雄星、とか、ユウって呼んでよね!」
2人はそれぞれ俺の言葉に頷くと席に戻った。
昭和後期の子供達はすごくお利口さんだな、と感心する。授業中にがちゃがちゃとうるさくしていても、先生に対するリスペクトはある。
この村は狭いコミュニティなので舐めたことはできないとか、学校で悪いことをしたのが知れたら親に制裁されるとか、昭和の田舎の村ならではの事情はあるのかもしれないが、良い子たちだ。
前世のアルバイト先で聞いた話によると、現代の小・中学生の休み時間は、先生にバレないようにスマホやゲーム機を触っていて、何なら授業中にすらそういう状況はあると聞いた。全くけしからんことだ。
時代が変わり、文明が進歩するのも良いことばかりではない。雛見沢の美しい自然と春の風。郷土愛と密接な地域のつながりを見ていると、そんなことが頭に思い浮かんでならなかった。
もちろん、この村の悪弊にはうんざりすることもある……だが、小さな教室でわいわいと楽しそうにしている子供たちを見ていると、そういう気も薄れてくるというものだ。