雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺はそれから、髪を乾かして戻って来たレナちゃんとお話をしていた。
ちょっと大きめの白いベレー帽は、レナちゃんの頭の上にいつものように乗っかっている。紫の大きなリボンも、乾いていつものように存在感を出してる。うん、元通りって感じ。
「色々とごめんね。本当に、とっても助かったよ!」
レナちゃんは明るい笑顔で俺に言う。助かったのは俺の方だ。
「気にしないで!いつもお世話になってるから、これくらいはね。……にしても、雨はなかなか止みそうにないねえ」
俺は外から聞こえるうるさいくらいの雨音が気になった。傘はもちろんあるが、傘を差してもこの雨の中家まで帰るのはなかなかしんどい。せっかく綺麗にしたお洋服も、きっとまた濡れてしまうだろう。
「そうだね……せっかくだったら、ちょっとお喋りして、晩御飯を作らせてもらおうかな。かな!」
「いいの?多分、材料は色々あると思うけど……」
「うん!お風呂も頂いたし、紅茶とチョコもご馳走してもらったしね!今日はお父さん、遅くなるらしいから……もしかしたら、晩御飯いらないかもしれないの」
その時、レナちゃんの顔に少し影が差したように感じた。
……現在は求職中というレナちゃんのお父さん。仕事をしていない父の帰りが遅くなっている理由とは一体?レナちゃんの顔色を伺えば、気軽に聞ける理由じゃなさそうだ。
「そうなんだね。じゃあ、お願いしたいな。俺が作るよりレナちゃんが作った方が100倍おいしいから。きっと食材も喜ぶよ」
「そ、そんなことないよ?でも、頑張って作るから、美味しく食べて欲しいな!」
先ほどの暗い目はどこへやら、明るく振る舞うレナちゃん。健気でほんとにいい子だ。
「うん。もちろん美味しく頂くし、残ったら明日以降の俺のご飯になるしね。家にあるもの全部使ってほしいくらいだよ」
「そ、そんな。大袈裟だよぉ」
と言っても、今はまだお昼時。レナちゃんが持ってきてくれたお裾分けもあるし、今すぐに料理をしてもらうわけにもいかない。ということで、しばらく俺たちはお喋りした。どれも取るに足らない話だが、外は土砂降りで家でやることもない。
「ねぇ、雄星くん」
「なに?」
レナちゃんは、遠慮がちに聞いてきた。
「ずっと……その、一人で暮らしてるんだよね」
「うん。そうだよ?」
俺の言葉にほんの少しの間目を瞑ってから、小さな声で、さらに言う。
「寂しくなったり、しない?」
最初は……両親のことを思い出して泣きそうになった夜も何度もあった。今となってしまえば、そう辛くはない。が、彼女を心配させたくはない。俺は明るく答えた。
「うん。家事はちょっと面倒だけどさ、気楽でいいよ。何せ、毎日の献立を自分で決めれるんだもんね」
「そっか……」
「みんながいるしね。俺には、レナちゃんも、梨花ちゃんも沙都子も、魅音ちゃんに、し……悟史くんもいる。寂しくなんてないよ」
途中、詩音ちゃん、と言いそうになって、それを止めた。まだ彼女の存在は村中に知れ渡っているわけじゃない。俺が伝えて良いものかもわからない。
レナちゃんはほんの少し怪訝そうな顔をした後、頷いた。
「雄星くんには、たくさんお友達がいるもんね」
「うん。もしも俺が、本当に1人だったら、きっと生きていけないよ。でも、レナちゃんがお裾分けしてくれたり、沙都子が遊びの誘いをしてくれたり……そういう、みんなとの繋がりがあるから生きてられるんだよ」
「変なこと聞いて、ごめんね。その……深い意味はないんだよ」
レナちゃんはそう言って、お茶を一口飲んだ。
それからは、普通の世間話が続いた。
テレビを見て、本を読んで、ギターを弾いて、なんていう、いつでも出来ることをするよりも、あまり2人きりで話す機会の少ないレナちゃんとの会話の方が楽しい。
レナちゃんは聞き上手で目の付け所が面白い。俺もついついいろんなことを話してしまう。
「……それで、しお、いや、魅音ちゃんがね……」
俺が少し前にあった、悟史くんのアルバイト先での出来事を話している時だった。俺はポロリといらないことを言ってしまった。
レナちゃんは俺の目を覗き込んでいた。
この子は、嘘というか……人の隠し事を見破るのが上手すぎる。俺が言いたくないことを言ってしまったのを悟ったらしい。
「うん、それで?どんなことがあったの?」
何事もないかのように振る舞うレナちゃんの目は、ちょっと怖い。その平然とした目は、言いたくなかったら言わなくてもいいよ?というレナちゃんのメッセージだろう。
俺は小さく息を吐いて、観念して口を開いた。
「レナちゃんには本当に敵わないね。ねぇ、ちょっと前にあったこと、知ってる?」
俺は自分から切り出した。友達のプライバシーに関わることだが、きっといずれこの村にも知れ渡ることだ。他人から又聞きの情報を伝えられるよりも、ある種当事者とも言える俺が話した方が正しい情報が伝わるだろう。
「……知らない。魅ぃちゃんのおうちで何かあったのは知ってるけど……」
レナちゃんはそれを知っていたのに、今まで俺に聞いたりはしなかったらしい。聞いてもいいの?と、その目が物語る。
「……俺はレナちゃんを信頼してるから、全部伝えるね。でも、他のみんなも関わる話だから、あんまり広めたりはしないであげて欲しいんだけど……」
レナちゃんは小さく頷いた。多分、この村でレナちゃん以上に口が固いやつはいなそうだし大丈夫だろう。俺は説明を始めた。
「魅音ちゃんには、双子の妹がいるんだ。名前は園崎詩音ちゃん。家庭の事情で暫くこの近辺から離れてたんだけど……最近、ちょっとしたことがきっかけでこっちに帰って来たんだ」
ある程度予想はついていたのか、俺の言葉を聞いてもレナちゃんに特に驚きはないみたいだった。
しかし、詩音ちゃんがしばらくこの近辺から離れていた、と言ったところでレナちゃんの眉がぴくりと反応をした。
「ねえ、その子は雛見沢から離れてたんだよね。……オヤシロ様の祟りとか、後ろからついてくる足音とか。そんなこと言ってたりしなかったかな」
意外なところに引っかかるレナちゃん。
「詩音ちゃんからは聞いたことないなぁ……足音が聞こえるのは、俺も一度あったけどね」
レナちゃんは驚愕の表情で俺の言葉を受け止めた。
「え?雄星くんが?いつ?どこで?……どうして?」
顔を近づけて、凄い剣幕で俺に尋ねた。……あの時の、帰り道のことを俺は思い出した。レナちゃんはオヤシロ様のことについて色々と信じてることがあるんだった。
レナちゃんは、俺が書いた手紙を読んでない。俺がそのことについて書いたのもすごく前で、もう書いたことも忘れてしまっていた。
「俺と北条家の両親が亡くなった時のことだよ。俺は病院の中で何度か幻聴が聞こえて……帰り道、ふと気づくと足音が多く聞こえた。夜寝る前には、ごめんなさい、と謝るような声も聞こえたような……今となっては、そんなに気にしてないけどね」
「そうなんだ。……雄星くんは、雛見沢を出たいって思ったこと……ある?」
「いいや、別に。子供の一人暮らしだと周りの人の助けがないと大変だし……大学とかはわかんないけどね。この辺の高校に行っても俺なら勉強できると思うし、遠くに行きたい願望はないけど……どうして?」
あの日の園崎家での出来事を話そうかと思っていたのだが、少し違う話になってしまった。しかしレナちゃんはどうしても話したいことがあるのか、俺の目を正面から見据えて続けた。
「私もね、経験があるの。手紙にも書いたから、雄星くんも知ってるでしょう?茨城の小学校に移ってから、お友達もいたけど……上手く馴染めなくてね。あるとき……心の中に、オヤシロ様が現れたの」
レナちゃんの体験を、俺は黙って聴くことにした。手紙で綴られたことではあるが、本人の口から聞くのはまた別だ。
レナちゃんは、何を話すか、何処まで話すかを考えるように、ゆっくりと自分のことを語った。俺はレナちゃんの目を見つめて、真摯にそれを聞いていた。
「それでね……雛見沢に帰った方がいいって、オヤシロ様に何度も呼びかけられたの。でも、私がそう言っても簡単に生活の場所を移すことなんてできない。両親の不和も相まって、私はおかしくなってしまった……結局、色々あってここに戻ってこられたんだけどね」
「そうだよね……ほんとに、大変なことがあったんだよね」
「ううん。私のことはいいの。それよりも、どうして雄星くんはオヤシロ様の祟りを経験してるのかな……?」
レナちゃんは、心底不思議そうに俺に聞いた。
レナちゃんの経験は多分、雛見沢症候群の影響に違いない。俺が幻聴を聞いたのも症候群の影響だろうし。でも、まさかそのことを伝えることは出来ない。俺が彼女に症候群のことを漏らせば、レナちゃんも俺も、そして多分梨花ちゃんも酷い目に遭うんだろうから。
俺はレナちゃんに隠し事を気取られないように注意しながら口を開いた。
「……それって、本当にオヤシロ様の祟りなのかな。俺は今年、オヤシロ様の祟りと呼ばれるいつもの騒動に巻き込まれたし、数年前には両親が死んだ。これ以上何を祟られることがあるんだって感じだよね。
俺はさ、その足跡も、聞こえた声も……全部、オヤシロ様の加護なんじゃないかと思うよ」
俺の言葉を聞いたレナちゃんは目を見開いた。そんな考え方があるのか、と驚くような表情だった。
「だってさ、レナちゃんも俺も、きっと祟られるようなことはしてないよね。レナちゃんは村を出ていっただけでしょ?そんな人他にもいくらでもいるよ。何十年か前には戦争に行った人も沢山いただろうし、今、外で商売をしてる人も沢山いるしね」
レナちゃんは黙ったままだった。俺はさらに続けた。
「……俺たち、大変なことがあったわけだよね。レナちゃんも俺も、そんなことがあったからこそ、オヤシロ様に見守られてるだけなんじゃないかな?」
俺はそう言ってレナちゃんに微笑みかけた。
レナちゃんは俺の言葉に対して、すぐに頷くことはしなかった。だが、何かしら思うところがあるようで、考えながら小さく頷いた。
「そうだね。私も……そう思うことにするね。私たちはオヤシロ様に見守ってもらっていて……それは、恐れるようなことじゃ、ないんだよね」
俺はその言葉に頷いた。それと一緒に、あの時夢で見たあの女の子のことを思い出した。
「その方がいいよ。オヤシロ様は縁結びの神様で、祟ったりするような神じゃない。あの可愛い梨花ちゃんが巫女をやってるんだしね……オヤシロ様が本当にいるなら、可愛らしい女の子なんじゃないかとすら思うね!」
「うふふ、そうだったらいいね。梨花ちゃんみたいな子がついて来てくれるなら……レナ、大歓迎だよっ!」
先ほどまでの真剣な表情をやめて、いつものように可愛らしく微笑むレナちゃん。その言葉は取り繕った感じだったが、俺の言ったことに悪い気にはなっていないようだった。
かつての手紙にもあったように、レナちゃんは茨城の小学校で嫌な経験をした。さらに家庭環境の悪化もあった。そこで、小さい頃の記憶が結びついて、色々なことが不安に思えてしまって……気を病んでしまったのだ。
雛見沢症候群は、雛見沢にいる人間にしか発症しない。しかし、女王感染者である梨花ちゃんから離れると発症リスクが高まる。そして発症すると、強烈な疑心暗鬼に駆られる。
レナちゃんの言う、足音が聞こえるっていうのは疑心暗鬼とは言えないかも知れないが、似たようなものだろう。俺自身、同じ事を経験している。
生まれてから小学生になるまでしか雛見沢で過ごしていなかったレナちゃんすらも発症するリスクがあるとは恐ろしい病だ。俺も、レナちゃんも、詩音ちゃんも。沙都子や悟史くんだって発症するリスクはある。俺たちはそんな危険な病の蔓延する村に生きてるわけだ……ゾッとするぜ。
「雄星くん、どうしたの?」
考え込んでいる俺の顔をレナちゃんが覗き込む。レナちゃんの中ではオヤシロ様の話は一段落したみたいだ。俺は気を取り直して詩音ちゃんの話をすることにした。
「……それで、詩音ちゃんが興宮に帰って来たことを園崎家は知らなくて、元いた学校から連絡が来て初めてそれを知らされた。それで、詩音ちゃんを怒ろうとして園崎家に呼びつけたわけだよ」
レナちゃんはやはり真剣に話を聞いてくれた。レナちゃんも魅音ちゃんと詩音ちゃんの入れ替わりは何となく勘づいていたみたいで、たまに変な様子や噛み合わないことがある理由に納得したようだった。
「俺はそれをちょっとしたきっかけから知ることになって……詩音ちゃんを助けたいという一心で、詩音ちゃんが園崎家の方々に叱られるところに、乱入したんだ」
改めて自分で話しても、とんだ命知らずだ。レナちゃんも流石に驚いた表情を浮かべていた。
「それで、俺も痛い目を見ることになりそうだったんだけど……梨花ちゃんたちが俺たちのことを助けに来てくれてね。結局、みんなで謝って一件落着、っていうことになったみたいなんだ」
「雄星くんは……凄いね。その……詩音ちゃんのためにそこまでするなんて」
レナちゃんも園崎家がどんな家系なのかはなんとなく知ってる。俺の勇気……というか蛮勇を、信じられないような顔で褒める。
「凄くなんかないよ。みんなが俺と詩音ちゃんを助けに来てくれなかったら、ただ迷惑をかけただけになっちゃっただろうし、まだ村で生きていけるかどうかもわかんなかったよ」
俺の言葉にレナちゃんは押し黙る。レナちゃんは魅音ちゃんとかなり仲がいい。友達の家が、他の友達に対しても罰を与えうるということを信じがたいようだ。
それで言うと、かつて村で起こっていた北条家の村八分はかなり昔になくなっているので、レナちゃんはそのことについて詳しく知らない。村の人も、誰も語ろうとはしないし。
園崎家がそんなことをする人たちではない、と思いたいのか、レナちゃんは口を固く結んでいた。
「でも、俺はこのことで色々学んだよ。自分に悩みごとがあるなら……まずは誰かに相談してみた方がいい。俺はみんなに頼るのを恐れて、全部自分でやれば何とかなると思って、大失敗するところだった。もしも最初からみんなに相談してたら、結果はもっと違ったかも知れないし、迷惑もかからなかっただろうし」
レナちゃんはやはり黙っていた。先ほどとは違って、俺の言葉を受けて何かを考えているようだった。
「……私も、悩み事が出来たらみんなに相談するね」
レナちゃんは暗い瞳でそう言った。もしかしたら、今何か困っていることがあるのかも知れない。しかし、それをここで追及しても意味がないように思えた。
「そうだ。それで、2学期からは詩音ちゃんが雛見沢分校に通うことになったんだよ。詩音ちゃんは興宮に住んでるんだけど、偶にこっちにも来るからさ。機会があれば紹介するね!良い子だし、きっと仲良くなれるよ。……って、実はもう、会ったことは何度かあると思うけどね」
俺は少し黙ったあと、空気を切り替えるために話を変えた。俺があの日のことを伝えてから、レナちゃんは最初は何か悩んでいる様子だったが次第に晴れやかな顔に戻っていった。
その後、夕飯時になるとレナちゃんは手料理を振る舞ってくれた。俺の家の冷蔵庫の中身をいろんな料理に変えてくれて、俺はレナちゃんを拝み倒した。
沙都子が買ってきて置いていく、いくつかの具材は、俺の日々の雑な料理にはあんまり使えない。結局、最後には鍋に突っ込んでポン酢で頂くだけだ。
レナちゃんは、冷蔵庫に余っていた具材を、俺には思いもよらない方法で消化してくれたのだ。本当にありがたい。
美味しい夕食を頂いた頃に雨も止み、帰りが少し遅くなったレナちゃんを家まで送っていったのだった。
明るく振る舞ってはいるが、その実誰よりも繊細な彼女の心に、ほんの少しでも触れられたのだろうか。俺はそんなことを考えながら帰り道を歩いた。
もう外はすっかり暗くなっていた。夏の終わりの夜長に、風が吹き抜けた。湿っぽくてぬるい風だが、ないよりはいい。
結局使わなかった傘をくるくる振り回しながら、俺は家に帰り、寝た。