雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
夏休みがとうとう終わった。
1ヶ月以上の休みではあるが、長いようで短い。腹部を怪我をしていたこともあって外では遊べなかったので、友達と遊ばない日はのんびりとギターの練習や勉強に励むばかりだった。
今年の夏休みは何事もない例年の夏休みとは一味違う。
園崎家に乗り込んだこともあった。
あの出来事があったあと、しばらくしてから詩音ちゃんは自分からお魎さんに正式な謝罪をして、お魎さんはそれを受け入れた。
最後には、園崎家も正式に詩音ちゃんの存在を認め、興宮に住むことも認めた。
雛見沢に住めば良いのではとも思うが、詩音ちゃんを園崎本家に住まわせるわけにもいかないらしく、結局彼女は元々住んでいる興宮のアパートで暮らしている。
詩音ちゃんはこの夏休みの間に手続きを済ませて、9月からは雛見沢の分校に通うらしい。
俺たちが通っている学校は正式には鹿骨市立興宮小学校・中学校雛見沢分校という名称だ。それはつまり、同じ学校が興宮にもあるということだ。
興宮に住む詩音ちゃんからすると、そちらに通うのが普通だとは思うのだが……本人の強い希望で雛見沢分校に通うことになったらしい。
俺が思うに、詩音ちゃんがわざわざ雛見沢分校に通うのは、悟史くんと一緒に学校に通いたいからだろう。魅音ちゃんのことも、盛大にいじれるだろうし、きっと大層楽しみにしているに違いない。
そういえば詩音ちゃんは沙都子に自分のことを"ねーねー"と呼ばせようと試行錯誤していると聞いた。もう義姉気取りとは、なかなか気が早いことである。
雨に降られたレナちゃんを家に上げてお風呂に入れたことも、沙都子や梨花ちゃんが泊まりに来たことも、みんなで遠出をして遊んだことも、語ればキリがないが、とにかく楽しい夏休みだった。
俺の近況はというと……村の中での立場は何とも微妙な感じになっている。ただでさえ四年目の祟りを生き残ったことで変な扱いを受けているのに、それがさらに園崎家に楯突いたということでますます複雑だ。
あの出来事からしばらく時が経つと、村の中ではよくわからない噂まで広まっている。俺がお魎さんに襲いかかったとか、俺に荒ぶるオヤシロ様の御霊が乗り移ったが、梨花ちゃんがその怒りを収めたとか何とか……ま、実害はないのでよしとする。ちょっと笑えるし。
レナちゃんとも、あの一件以来はちょっと仲が深まった気がする。レナちゃんの提案で、新学期からは登校する方向が同じ俺と魅音ちゃんとレナちゃんが待ち合わせて一緒に行こうということになった。
2学期の始業式、俺は1ヶ月と少しぶりに学校へと向かう。
俺の家から少し歩いたところにある小屋の前で俺とレナちゃんは待ち合わせて、そこから魅音ちゃんの家から学校までの道にある水車小屋の前で合流だ。
あんまり待たせるわけにもいかないので、俺は待ち合わせ時間の少し前には着くように家を早く出た。
レナちゃんは気が利くというか……気遣って何でもしてくれるし、自分の限界まで不満を露わにしないタイプに見える。だからこそ、こういう些細なところでちょっとした不和を生みたくなかった。
俺は待ち合わせ場所へと向かう。村の家々の間を通る小さな水路には、朝の日差しが煌めいている。
立秋を過ぎてしばらく経った今日この頃だが、まだ夏の影は村に深く残っている。青い空には白く大きな入道雲が聳える。焼くような強い日差しが降り注ぐ。
暑苦しい昭和57年の9月には、まだ地球温暖化という言葉はほとんど知られてすらいないが……俺は今の時期でも十分、異常気象に片足を突っ込んでると思えてしまう。
俺は案内板の側の石垣に腰を下ろす。こんな短時間に読書をする事もできないので、誰か村人でもいない限り、口笛でも吹きながらぼーっと待つだけだ。
「〜♪」
そういえば、最近は人前でギターもやってないし、見せ物もやっていない。
理由は明白だ。祟りに関することで忙しいのもあるが……俺の中でギターで成り上がるという夢に対しての熱意は少し、薄れつつあった。
俺は前世で、何者かになりたいなんて思っていた。だからこそ、ロックスターになりたかったが……何者かになる、なんてのは正しくない。ただ、誰かに必要とされる人になりたかったというだけだ。
今になって思えば、そんなのは難しいことじゃない。
何なら、前世の俺だって、色々な人との関わりの中で生きていた。周りの人を大切にし、助け合って生きていくこと……それこそが尊いのだ。俺はこの狭い村での友達や大人との関わりの中で、そんな単純なことを再確認していた。
俺のやりたいこととしては、ギターで有名になることというよりも、今まで良くしてくれたこの村の大人たちに恩返ししたいという方が大きくなっていた。
幸いにも、俺には未来の知識がまだある。今まで経験上、俺が知っているほとんどのことは起こる。
確かな記憶が残っている競馬の予想は外れていないのだから、将来世界を席巻する企業の名前や売れる商品なんかも変わらないはず。
俺はその知識を活かして、投資家にでもなろうと思っていた。元手は何とかなる。
GAFAMが上場したての時に買える限りの株式を購入すれば、20年後には億万長者だろう……というのは流石に甘すぎる見立てだとしても、2000年代に隆盛を誇る企業の株式を上場当初に購入していけば、そう大外れはしないはず。
ということで、俺は資産家になって、今までもずっとお世話になってきた、この村や園崎家に恩返しをしたかった。
もちろん金だけが大事なわけじゃないが、この村には産業がない。だから貧しい人間が多く、助け合いの精神が醸成されてきたわけだが……このままでこの村が残り続けられるとは思えない。
この村の美しい景色や合掌造りの家々は大切な観光資源にもなるだろう。これを保全し、のちの世代まで継承していくのにはどうしてもお金が必要だ。そのために俺が出来ることはこれぐらいじゃないかと思うわけだ。
なんてことを考えていると、明るい茶髪の髪の毛が遠くに見えた。レナちゃんだった。
レナちゃんは俺が早く待ち合わせ場所に来ていることを悟ると、小走りでこっちに向かってくる。そんなに急がなくても良いのに。どうせ、魅音ちゃんは遅れてきそうだし。
「ごめ〜ん!お待たせしちゃったかな。……かな!」
少し息を乱しながら、挨拶をしてくれる。可愛らしい茶髪が風に揺れる。レナちゃんは、ちょっと困ったような顔で俺に小首を傾げた。……かわいい。
待たせたとは言っても、待ち合わせの時刻よりは10分早い。単に俺が15分前に来ただけだ。レナちゃんのことだし、早く来そうだと思っていた。その読みは当たったわけである。女性との待ち合わせに女性よりも遅れて来るわけにはいかんからな。
「ううん。今来たとこだよ」
待ち合わせ場所に先に着いていた人間の常套句を言う。しかしレナちゃんはあんまり納得してない。
「にしては、カバンも下ろしてるし……ごめんね、遅くなっちゃって。今度からは、もう少し早く来るね」
レナちゃんはそう言って困ったように笑った。何だか申し訳ない気持ちになる。
「ほんとに、今来たところだよ!ま、どーせ魅音ちゃんはちょっと遅いだろうし。ゆっくり行こうよ」
……こういうのは気の遣い合いになってしまってやめどきが難しい。俺は一方的に話を切って歩き出した。
「ねぇ、雄星くんはあそこに何が出来るか知ってる?」
少し歩いた後、レナちゃんが遠くを指さして言った。その先には、水田の奥にある建設現場が見える。
梨花ちゃんからも聞いた話だが、園崎家が売りに出した別荘地を、どこかの裕福な人が買い上げたらしい。
雛見沢は夏は普通に暑いし、田んぼが多いので虫もたくさんいる。冬は豪雪地帯だから除雪には一苦労。住みやすい土地とは言えないが、意外と住み心地は悪くない。ここはいろんな素晴らしい自然に囲まれているし、住んでる人も……基本的には良い人ばかりだ。
とはいえ、物凄い魅力があるというわけでもない。雛見沢に移住するのか、別荘として使うのかは知らないが……物好きもいるものだ。
「さぁ。何かはわかんないけど、でかい土地だね。レストランでもできたら、飯の準備が楽で良いけどね」
「あはは、確かにね!私はお父さんの分も作らないといけないから、具材を買ってお料理するんだけど……雄星くんは大変だよね」
レナちゃんからすれば一人暮らしでも料理くらい出来ると思うが、俺に合わせて頷いてくれる。……良い子だよな、この子も。
「そうそう。だから、レナちゃんのお裾分けには本当に助かってるよ。お店で食うより美味いし!」
「うふふ、それほどでもないと思うけど……褒めてくれて嬉しいな!また持って行ってあげるね!」
レナちゃんはニコニコと笑ってご機嫌にくるくる回る。
俺とレナちゃんの集合場所からしばらく歩いたところにある水車小屋が魅音ちゃんとの待ち合わせ場所だ。しかし、遠くから見る限り、そこに魅音ちゃんはいない。
困ったような顔で、レナちゃんはこっちを見た。
「魅ぃちゃん、いないね?」
「こういうのってさ、途中から慣れて来て時間に遅れたりするもんじゃないの?一緒に行こうって誘ったその日から遅れてくるやつがあるかよ」
俺は笑いながら言った。レナちゃんもころころと笑って頷いた。全く、帝王学を学んでるのかもしれないが、人を待たせるのはどうかと思うぜ。
何分か待ったあと、緑色の髪の溌剌とした女の子が遠くから現れた。俺たちが待っているのに気づくと、ちょっと急いでこっちまで向かった。
「魅音ちゃん、遅いよ!」
「へへ、ごめんごめん。朝から婆っちゃがうるさくてさ〜。ま、この時間でも、ホームルームには十分間に合うでしょ?」
悪びれもしないその表情は、いつもの魅音ちゃんだった。
ま、魅音ちゃんの言う通り遅刻するでもない。女の子が待ち合わせに遅れるぐらい多めに見てやろうじゃないか。
「早く行かないとさ、沙都子がトラップを仕掛けてくるから困っちゃうんだよ。さ、行こ」
「あはは!そうかもね!でも最近の沙都子のトラップは可愛いもんだよ。ちょっとぐらい引っかかってあげなよ!」
魅音ちゃんは俺の言葉に一頻り笑ってそう言った。彼女の言う通り、最近の沙都子が作るトラップは、それほど危険なものは少ない。
俺は沙都子の作るトラップの危険度が本人の精神状態を表しているのではないかと思っている。
かつて俺が出会った頃──両親とも険悪で、梨花ちゃんとも今ほどは仲良くなかった頃──沙都子は裏山に凶悪なトラップを仕掛けていた。引っ掛かれば人が死にかねないような、酷いもの。落とし穴の下の竹槍に、犬の糞を仕掛けて……戦国時代の戦争とかに使われてそうな、そんな罠だ。
そういうのと比べれば、今のトラップは可愛いものだ。ちょっと誰かを困らせてやろうというくらいで、俺に仕掛けてくるのも紐で転ばせるだけとか。タライが降って来るとか。
それも、引っかかった俺が痛そうにしていると、沙都子は申し訳なさそうな顔になって謝りに来たりする。
俺がトラップに無様に引っかかることで沙都子が嬉しいんだったら、喜んで引っかかってあげようというものだ。もちろん、全力で抵抗はするけど。
「そうだね。沙都子が喜ぶなら、それでもいいかもね」
俺がそう言うと、さらに魅音ちゃんは茶化した。
「いやぁ、愛されてるね、沙都子は。聞いたところによると〜、ユウは沙都子や梨花ちゃんをしょっちゅう家に連れ込んであんなことやこんなことしてるとか何とか!」
「何にもしてねーよ!人聞き悪いこと言うなよ!」
家に連れ込んでる、ってとこはまるっきり嘘ではない。いろんな事情で2人は家には良く泊まりに来るし、今や俺の家には2人が使うちょっとした日用品すらも置いてあった。あと、ワインとかも。でもやましいことは一切してない。
「さ、さ、沙都子ちゃんや梨花ちゃんにあんなことやこんなこと……!はぅ〜……う、羨ましいけど、変なことしちゃ、いけないんだよっ?」
レナちゃんも変な光景を想像したのか、頬を赤くして、妙にテンションが上がる。
「新学期早々悪い冗談はやめろよな。そんなこと言ったら、魅音ちゃんもレナちゃんも、おれんち来たことぐらいあるでしょ。俺も2人のお家に行ったことあるし。それと変わんないよ。ほら、行こ」
俺がくどくどと文句を垂れると、2人は顔を見合わせて笑った。必死に抗弁するのを面白がられているみたいだった。
話を変えるためにも、違う話題を振ってみることにした。
「それよりさ、今日は久しぶりにみんな集まるでしょ?部活もやるんだよね?」
部活はみんなの都合さえ合えば夏休み中でも開催された。しかし人数もかなり増えてきたため、なかなかみんなが集まるのは難しい。特に、バイトをしてる悟史くんや何かと用事が多い魅音ちゃんなんかは時間の融通が効きにくい。
「そりゃあもちろん!2人とも、わかってるだろうけど……新入部員がいるからね。詩音は抜け目ないタイプだけど……ゲームだったら絶対負けられないね。いくら双子でも、ゲームは私の得意分野なんだから」
そう、二学期の始業式には園崎詩音という転校生が来るわけだ。俺たち部活メンバーはみんな詩音ちゃんの存在を知ってるし、そこそこ仲も深まって来たところだが……正式に部活動に加入するのは今日からだ。
「悟史くんの今後が心配だけどね。そういえば、詩音ちゃんはどうやってここまで来るの?」
詩音ちゃんは興宮に住んでいる。自転車で30分以上はかかるだろうか。子供の朝の通学時間としては、自転車で30分は長い方だろう。
「あー……多分自転車じゃないかなあ。流石に始業式から車で来たりはしないだろうし」
「詩ぃちゃんのおうち、結構遠いから大変だよね」
レナちゃんも魅音ちゃんに同調する。
「ちょっと言いにくい話だけど……よくお魎さんは許可したよね」
俺はふと思ったことを聞いた。雛見沢に住むことは認めなかったらしいが、雛見沢の学校に通うのはいいらしい。
「まぁ……詩音には幸せになってほしいからね。私も一肌脱いだよ。それに婆っちゃも、もう詩音には怒ってないしね。あー、詩音が学校に来たらどうなるやら。一筋縄では行かない子だからね……」
魅音ちゃんは、嬉しいような悩ましいような、変な顔で思案していた。魅音ちゃんは多分、俺以上に詩音ちゃんのために体を張ってる。それが伝わってきた。
それは他の誰でもない、妹に対する深い愛情の表れだ。……本人にそう言うと恥ずかしそうに否定するけど。
今まで会った中でも魅音ちゃんは詩音ちゃんにしてやられてることも多い。まさしく、2人は互角の勝負相手ってところだ。
「そうかなあ。悟史くんがいるところではただの可愛い女の子になるんじゃないの?」
俺がそう言うと、魅音ちゃんはその言葉を笑い飛ばした。
「へっ、詩音が可愛い女の子だって?まさか!私からしたら憎いライバルみたいなもんだよ!」
魅音ちゃんはそうは言うが、この姉妹が誰よりも仲が良いのは俺もレナちゃんもよーくわかってる。俺たちは強気なことを言う魅音ちゃんを眺めて、微笑ましい気持ちになっていた。
「詩音ちゃんも魅音ちゃんも、2人とも活発で可憐な女の子だよ。さ、行こ。始業式から遅刻したらまずいよ」
「だねっ」
魅音ちゃんは俺たちがニコニコしているのを見て、恥ずかしそうな顔で黙って通学路を急いだ。
俺とレナちゃんはそんな魅音ちゃんが可愛らしくて、やはり顔を見合わせて微笑んだ。