雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第62話

 

 教室の手前で、魅音ちゃんとレナちゃんは立ち止まって、こっちを見た。

 俺に一番槍を任せるということらしい。この中では俺が、沙都子のトラップ担当みたいになっている。望むところだけど。

 

 沙都子は自分のトラップに俺が引っかかったら喜ぶ。だから、別にトラップにかかるのはそれほど苦ではないのだが、しかしわざとらしく引っかかってはかえって気分を悪くするだけだ。

 

 俺は罠がどこにあるか、目を凝らした。

 まずは入り口。軽く見回すが、ドアには何も仕掛けられてないらしい。最近はやらないが、昔は画鋲が仕掛けられたりしていた。注意を怠ってはならない。

 安全を確かめた上で、ドアをゆっくり開いた。俺はすぐさまドアの上側と、足元を確認する。黒板消しが仕掛けられているとか、強力な粘着テープとかもない。問題なく入れそうだ。

 

 沙都子の方をチラッと見ると、何もないかのように梨花ちゃんとお喋りしている。

 

 何だ、今日はトラップの気分じゃないのか……そう思って俺は、2人に目配せした。2人は意外そうな顔で頷いて、教室に入って来た。

 

「おはよ、2人とも」

 

そんなことを言いながら、席に着こうとして椅子を引いて座ろうとしたら……椅子が戻った。俺は座ろうとした体勢のまま床にすってんころりんと転げ落ちた。もちろん、沙都子の罠だった。

 

 それを見た沙都子は椅子から飛び上がるようにして立ち上がり、高笑いしながら俺のところへ駆け寄って来たのだった。

 

「をーっほっほっほ!ユウはトラップを見破るのが上手くなって来ておりますけれど、まだまだですわね〜!」

 

 いつも、トラップを仕掛けてない時は自分から俺たちに挨拶してくるのに、今日は気づいていないようだったからちょっとおかしいとは思った。

 

 登校時に仕掛けられてるトラップは大抵、俺だけをターゲットとしない入り口周りのものが多かっため意表をつかれた形だ。なかなかやる。

 

「やるじゃねえか、沙都子。椅子が引けなくて転ぶとか、座るときに椅子を引く仕掛けとかは今までもあったが……椅子にゴムバンドを繋いで戻るようにしておくとは」

 

「をっほっほ!ちょうど良い伸縮性のものを探すのに苦労しましたのよ?ほら、手を貸して差し上げますわ!次は見破れると良いですわねーっ!」

 

 ニコニコしながら俺に手を差し伸べる沙都子。ま、この嬉しそうな笑みを見れるなら別に転んだことぐらい水に流そうじゃないか。

 

「雄星も魅音もレナも、おはようなのです。今日はみんないつもより遅くて、お休みなのかと思いましたのですよ」

 

「おはよう、梨花ちゃん。そうなんだよ。聞いてくれよ。レナちゃんがみんなで一緒に登校しようって誘ってくれたのに、魅音ちゃんが1日目から遅れて来るんだよ。困ったもんだよね」

 

 もちろん、俺もレナちゃんも気にしてない。ただの世間話の種だ。

 

「遅刻じゃないんだから良いでしょ〜。あ、悟史。おはよ」

 

 魅音ちゃんは悪びれずヘラヘラした顔で答える。

 

 俺たちがわいわいと騒いでるところに悟史くんが教室に入ってくる。荷物はもう座席に置いていたのでトイレにでも行ってたんだろう。

 

「おはよう、みんな。今日から詩音が転校してくるんだってね。まだ来てないのかな?」

 

 悟史くんはキョロキョロと辺りを見回してそう言う。魅音ちゃんと一緒に来ると思ってたんだろうか。

 

「おはよう、悟史くん。俺たちは見かけてないね。俺はてっきり、悟史くんと一緒に来てるかと……」

 

 俺がそう言うと、悟史くんは顔を赤らめた。別に、2人を茶化そうとか揶揄おうとか思ったわけじゃないんだけど、悟史くんはむぅ、と小さく唸って、苦笑した。

 

「ホームルームももうすぐ始まるし、きっと詩ぃちゃんもすぐ来るよ。……詩ぃちゃん、どんなお洋服で来るのかなぁ?ワンピースかな!ボレロかな!ブレザーかな!」

 

 かな、かな、とワクワクした面持ちで首を傾げるレナちゃん。

 

 俺たちの雛見沢分校は学生服の規定が定まっていない。だから、俺たちのファッションはバラバラ。カジュアルすぎなければ私服を着て来たっていい。

 

 レナちゃんは涼しげな青色のセーラー服だし、魅音ちゃんは白シャツの上にベストを着こなし、赤いネクタイと赤いスカートで統一感ばっちり。悟史くんはきちっとした白シャツにスラックス。スタイルが良くて映える。……羨ましいぜ。

 

 低年齢組も同様で、梨花ちゃんはちょっとお堅い雰囲気のシャツにワンピースで清楚な感じ。沙都子は緑色のワンピースかスモックみたいなものを着ている。セーラー服みたいな襟もついてるお洋服。

 

 これらは全て制服ではなくて、各自のお気に入りの服を着ているというだけ。貸衣装屋か何かをやってる魅音ちゃんの親戚が融通してくれたものが多く、俺はきっちりした感じの白シャツとブレザーを選んだ。

 

 来年俺は中学生なので、そのときには新調するつもりだが、今からクラスの誰かと被らないように考えとかないといけない。今の所、学ランとかかな?

 

 詩音ちゃんも、制服を選ぶときにはきっと他の子達と被らないように考えただろう。詩音ちゃんはお淑やかに見える。中身は誰よりも大胆だが、魅音ちゃんよりもお嬢様っぽい。ボレロとかはよく似合いそうだ。

 

 と、俺がどうでもいいことを思案している間に教室の前扉が開く。そこから、知恵先生が日誌を片手に教室に入って来た。

 

「はーい、みなさん。ホームルームを始めますよ。委員長、号令!」

 

 一拍間を置いてから、きりーつ、れーい、ちゃくせーき!と、いつもの魅音ちゃんの号令がかかる。久しぶりだからか、ちょっと反応が鈍い。

 

「今日からこの雛見沢分校に転校してくる子がいます。さ、入ってください!」

 

 知恵先生はそう言って外に呼びかけた。多分、職員室で待ってたんだろう。

 

 ガラリと引き戸が開いて、見慣れた緑色の髪の毛がしなやかに揺れる。涼しげな半袖のシャツと、ミニスカートが可愛らしい。

 

「はろろ〜ん!皆さん、初めまして。おはようございますっ」

 

 それから少し間を置いて、

 

「今日から皆さんのクラスに所属する園崎詩音です。これからよろしくお願いします!」

 

 はろろーん、てのは詩音ちゃん独特の挨拶。みんなあんまり意味が分かってないのが伝わったのか、彼女は少し照れた顔で自己紹介する。

 

 詩音ちゃんのことを知っている俺たちは何事もなく拍手で迎えるが、知らない子達、特に低学年の子どもたちは不思議そうな顔をして詩音ちゃんの顔を見る。

 その目はきっと、うちのクラスの委員長と顔がそっくりだからだろう。それに気づいたのか、詩音ちゃんは言う。

 

「あ、申し遅れました。そこに変な顔して座ってる園崎魅音の双子の妹です。お姉よりはお利口さんで可憐な女の子のつもりなので、扱いは気をつけてくださいね?」

 

 そう言って詩音ちゃんはウィンクをした。そのウィンクは悟史くんの座ってる方向に向けてだったような気がするが……それは別にどうでもいいか。

 

「誰が変な顔だーっ!私とおんなじ顔で変な挨拶されちゃあ困るよっ!詩音!」

 

「あらやだ、いいんちょーは怖いですねぇ……で、先生。私はどこの席に座れば良いんですか?」

 

 魅音ちゃんの言葉をあっさり受け流すと、詩音ちゃんは幸せそうな顔で先生にそう聞く。あちらへどうぞ、と先生が指した席は悟史くんの真隣だった。

 

「は〜い!あら悟史くん、ここでも縁がありますね!」

 

 詩音ちゃんは満面の笑みで悟史くんの側の席へと向かう。悟史くんは困った顔をしてるが、満更でもなさそうだ。

 

 どうやったのかはよくわからないが、うまいこと自分の席の位置を調整したんだろう。流石、園崎家。やることが大胆だ。

 

「り、梨花!にーにーが詩音さんに取られてしまいますわ……!」

 

 俺の後ろで沙都子がそう言ったのが聞こえた。

 

「悟史も1人の男の子ですから、仕方ないのです。沙都子は沙都子で、違うにーにーを見つければいいのですよ」

 

 小声で梨花ちゃんがそれに答える。違うにーにーって何だよ。

 俺がその言葉がちょっと面白くて、振り返った。

 

 すると、沙都子と目があった。沙都子は恥ずかしそうに俯いた。その次、梨花ちゃんに目を向けると梨花ちゃんはいつもの「にぱー⭐︎」の笑顔だった。よくわからないけど、楽しそうでよかった。

 

「それでは、今から始業式を始めます。皆さん、夏休みは楽しめましたか?ゆっくり過ごした人も、遊びや勉強で忙しくしていた人もいるでしょう。しかし、みんながここに元気に戻って来てくれたこと。それが先生は一番嬉しいです」

 

 知恵先生はそう言って俺の方をチラリと見た。俺が危ないことをしたのを知ってるんだろうか?俺は目を合わせづらくて俯いたが、その言葉は嬉しく思った。

 

 そこから、俺たちはいろんなプリントをもらい、途中から来た校長先生の話を聞き……新しい仲間が加わって、学校生活が再開することを実感したのだ。

 

 

 始業式というのは、得てして早く終わる。久しぶりの学校で、みんな集中力も続かない感じだ。そわそわとした雰囲気のまま、今日の学校が終わろうとしていた。

 

「では、これで始業式はおしまいです。みなさん、まだ厳しい残暑ですから、気をつけて帰るんですよ。委員長、号令」

 

「きりーつ!れーい!」

 

 知恵先生の言葉に、魅音ちゃんがすかさず反応して号令をかけた。これで学校は終わりだから、その声音にも喜びが混ざっていた。

 

 号令が終わると教室はすぐさま騒がしい雰囲気になる。昼前で終わるが、それでも小さな子たちはじっとしているのが大変だろう。俺も久しぶりの学校で、ちょっと疲れた。

 

 俺は荷物を適当に片付けて、後ろにいる2人を連れて魅音ちゃんのところへ行った。

 

「詩音ちゃんには話した?」

 

「もっちろん。あの子、まだ始まってもないのに悟史にどんな命令しようか楽しみにしてたよ。ほら、みんな集まって!」

 

 子供達が揃って帰宅、あるいは外へ遊びに駆け出した後、教室には人が少なくなった。そしてそこに残る全員が、部活メンバーである。

 

 俺たちは示し合わせるでもなく机を動かして引っ付けて、みんなが集まれるスペースを作った。そして、各々自分の席に座り、向かい合った。

 

 魅音ちゃんが立ち上がって、堂々と言う。

 

「傾注傾注!みんな、分かってるかもしれないけど……我が部活動に新メンバーが加入することになったよ。ほら、挨拶!」

 

「はーい、紹介に預かりました、園崎詩音です。皆様には愚姉がお世話になっています。私もみんなと遊びたいから部活動に入らせてください。よろしくお願いします!」

 

 紹介された詩音ちゃんはそう言ってにっこりと笑う。愚姉なんて言われた魅音ちゃんは、笑ってるのか怒ってるのかわからない変な顔で口を開いた。

 

「甘い!我が部活動は遊びなんていう甘っちょろいことをやってるんじゃないよ?これは真剣勝負!油断してると、あんたの尻の毛までむしり取ってやるんだからね!」

 

「わかってますよ、お姉。最下位は罰ゲームなんですよね?お姉や悟史くんに……あ、ユウくんも私たちのことを散々揶揄ってくれましたからねぇ。罰ゲームを与えられるなんて、楽しみです。早くやりましょう!」

 

 詩音ちゃんは自信たっぷりにそう言う。俺たちはなんだかんだ言ってもこのルールで何ヶ月かは部活動をやってる。舐められたものだ。むしろ、こっちが罰ゲームをさせてやる。

 

 魅音ちゃんは悪い顔をしてロッカーからゴソゴソと今日やるゲームを探す。その顔は、どのゲームなら詩音を辱めてやれるかという魅音ちゃんの気持ちを物語っていた。

 

「新入部員がいるときはトランプでしょ?初めて集まった時も、レナちゃんの時もそうだったし」

 

「知らないルールの変なゲームだったらいざ知らず、トランプだったらお姉に負けるつもりはないですよ?もちろん、他のみんなにもね!」

 

 詩音ちゃんは張り切る。魅音ちゃんのロッカーには実際、ルールやセオリーを知らなければ太刀打ちできないタイプのゲームも多く存在する。魅音ちゃんが提案しようとしていたのはそう言う類のゲームだ。

 

 かつてはそうでもなかったが、今の魅音ちゃんは勝ち負けには貪欲。イカサマでもハッタリでも、勝つためなら何でもやる。部活動会則第二条・勝つためにはあらゆる努力を惜しんではならないというのは伊達ではないのだ。

 

 俺のトランプの提案は魅音ちゃん以外にはすんなり受け入れられた。魅音ちゃんは仕方ない、とトランプを出した。それはこの部活動が始まって以来使っているものなので、少し傷がある……が、こんなに傷だらけだったかな。

 

「じゃあトランプにしようか。いつも通り、変則ジジ抜きだ!」

 

 そう言って魅音ちゃんはトランプをシャッフルし始めた。俺たちはそれをじっと見つめる。シャッフルしてる間に何か企んでるかもしれないからな。

 

 しかし魅音ちゃんは特にシャッフルの方法に凝ってるわけじゃなさそうだ。適当によそ見したりしながらシャッフルをしている。逆にそれが怪しくも思えるが……まだわからない。

 

「詩音、ルールは簡単。普通のジジ抜きに、ジョーカーを加えてる。ジョーカーはワイルドカードの役割になって、最後に余るカードはジョーカーを手にした人間が決められるわけだね」

 

「それだとジョーカーを引いた人間が超有利ってことですよね。それはそういうものでいいんです?」

 

 詩音ちゃんは訝しむ顔でそう聞いた。

 

「ジョーカーを配られて負けた人は減点3倍ね。一位ならプラス5点、2位ならプラス3点。3位は1点。あとは最下位のみマイナス5点。得点の最も低かった人間が罰ゲームってわけ。わかったあ?」

 

「なるほどね。ポイント制なわけか……おっけー、何となく分かりました。じゃ、やってみましょ?」

 

 詩音ちゃんはそう言って自信ありげにニヤリと笑った。もうルールを掴んで、勝てる気になったらしい。……果たして、半年近くも前から切磋琢磨してる俺たちに勝てるかな。

 

 

「よーし!今日は私が優勝だね!それで、今日の罰ゲームは……悟史か」

 

 結局、ジジ抜き以外のゲームもいくつかやったが、そのどれもで魅音ちゃんが抜けて強かった。中には完全に運のゲームもあったと思うのだが……中々やる。

 

「むぅ……せっかく久しぶりの部活なのに、ついてないなぁ」

 

 悟史くんはジジ抜きで一度、ジョーカーを引いて負けた。最下位になったのには、その分がかなり響いていた。

 

「いやぁ、俺も危なかったよ。3点差でしょ?あの時俺が左を選んでたら、俺の負けだったし」

 

 俺が失意に沈む悟史くんを慰める。悟史くんは後悔を口にしながらも、楽しそうに笑っていた。

 

 半年前からはすっかり変わって、悟史くんも明るくなった。とっても良いことだ。

 

「ちぇっ。せっかく良いところまで行ったのに、勝ったのはお姉かぁ。私も悟史くんに罰ゲームしたかったなぁ!」

 

「詩ぃちゃんだったら、どんな罰ゲームをやってもらうつもりだったのかな……かな!」

 

「そりゃあもちろん、私にキ…って、何言わせようとしてんですかっ!レナさん!」

 

 あははは、とみんなが笑う。ネタにされてる悟史くんはちょっと不満そうだが、みんなが笑ってるならいいか、とばかりに肩をすくめた。

 

「じゃあ、今日の罰ゲーム決定!悟史は詩音の荷物を持って一緒に興宮まで行ってあげること!」

 

「え、えええっ!お、お姉、な、何言ってんですかっ!そ、そんなの悟史くんに悪いでしょ?」

 

「何って、荷物持ちだよ。罰ゲームの定番でしょ?あんた、始業式でもらった紙束や教科書、1人でその小さなカバンに詰めて帰るのはちょっとしんどいんじゃない?だから、詩音と仲がいい悟史がついていってあげれば丁度いいと思うけど?」

 

「で、でも悟史くんは自転車に乗って来てないじゃないですか。歩きで付き合わせるのは悪いですよ」

 

「そんなの、先に悟史の家に行って悟史の荷物を置いてから一緒に自転車で行きゃあいいじゃん。悟史の家は近いしね。じゃあ、撤収!みんな、帰るよ!」

 

 そう言って魅音ちゃんはトランプを片付け始めた。俺らもそれに合わせて机を片す。詩音ちゃんと悟史くんの関係は、2人以外の誰もがーーもしかしたら沙都子はそうでないかもしれないがーー何となく分かってる。もどかしい思いをしながらも、みんな応援しているのだ。

 

 罰ゲームの内容を聞いてあたふたする詩音ちゃんとは対照的に、悟史くんは平然としていた。……悟史くん、変なところで芯が太いというか、動じないんだよな。多分、この魅音ちゃんの提案も普通に納得して受け入れてそうだ。

 

「それじゃあ帰ろうか。お腹も減ったし、どっかで食ってから帰ろっかなあ」

 

 俺が言うと魅音ちゃんが、大きく頷く。

 

「いいねぇ。うちは帰ったらお手伝いさんがいるけど、昼ごはんの時間はちょっと過ぎちゃったし、自分で作んないといけないなあ……ねぇ、私も一緒に行っていい?」

 

「もちろん。いつものとこでいいよね。他のみんなは?」

 

「ぜひ行きたいですけれど……今日は私が家事の当番ですから、遠慮しておきますわ」

 

「ボクも今日は家に食べ物がたくさん残っているので、やめておくのです」

 

 2人は来ないらしい。俺と魅音ちゃんは同時にレナちゃんの方を向いた。レナちゃんはちょっと考えてから、首を縦に振った。

 

「レナも行こうかな。今日はお父さん、帰ってくるのが遅いみたいだから……」

 

 レナちゃんは思い出したくないことを思い出したような、ちょっと嫌な顔をした。俺も、そして多分魅音ちゃんも、そのことには気づいたが、一旦気づかなかったフリをした。

 

「ぜひ来てよ!飯食うときは、多けりゃ多い方が楽しいからね。1人で食っててもつまんないから、2人が来てくれて嬉しいよ!」

 

 俺がそう言うと、ちょっと場の空気が冷えた気がした。レナちゃんと魅音ちゃんは申し訳なさそうな顔になってしまった。

 

 俺には両親がいない。

 沙都子のように兄がいるわけでもなければ、梨花ちゃんのように神社に屯する年寄り連中に可愛がられてるわけでもない。それをこの場にいるみんながわかってる。

 

 両親が亡くなったことはもちろんしばらく引き摺ったが、この世界で過ごした時間は前世の半分くらいだ。俺が薄情者なのか、今では親を亡くした心の傷はかなり癒えていた。幸か不幸か、親なし仲間も多いしな。

 

 俺自身、前世で何年か一人暮らしをしてたこともあってそんなに気にしてないんだが、周りはそうは思えないのは当然だろう。ちょっと俺は軽率な発言をしてしまったと後悔した。

 

「や、やっぱり私もついていって差し上げますわ。よく考えたら、家事は朝済ませて来たんでしたわっ」

 

 俺のそばにいた沙都子はそう言って、そっぽを向いた。みんなの手前少し恥ずかしいが、俺を慰めてくれようとしているのだった。家事を済ませておいたって、そんなわけないはずなのに。

 

「沙都子、お前、本当にいい子だな……」

 

 俺は沙都子のその気持ちがとっても嬉しかった。

 照れ隠しのようにぷいっと後ろを向く沙都子に、軽く俺はハグをした。……ちょっとやり過ぎかな。やってから俺はめちゃくちゃ恥ずかしくなったが、まあ子供のコミュニケーションなんてこんなもんだろう、と納得する。

 

「……な、な、な、何をなさいますの!?」

 

 沙都子は耳まで赤く染めて恥ずかしそうにするが、されるがまま。振り解かれたりしないし、驚いてるだけみたいだし……嫌がっているわけじゃない……よな?

 

 俺は周りを見た。幸いにも、みんなは片付けに夢中であんまり誰も見てなかったらしい。よかった。魅音ちゃんに見られてたら、ここ一年は揶揄われてたに違いない。

 

 そして、顔を戻そうとしたとき……梨花ちゃんがこっちをじっと見ていたのに気付いた。呆れたような、不愉快なものを見たような、そんな嫌悪感を含んだ顔で俺を見つめていたのだ。

 

 "あんた、何やってるわけ?"

 

 その目は雄弁に梨花ちゃんの意思を表していた。俺は言葉を尽くして釈明をしたかったが、梨花ちゃんはすぐにそっぽを向いてしまう。……流石にちょっと気持ち悪かったかも。反省しよう。

 

「ほら、みんななにしてんの。早く行かないと、お店も閉まっちゃうよ」

 

 魅音ちゃんの声で俺は我に帰った。

 そうだ。俺の行きつけの蕎麦屋はランチ営業が昼過ぎまで。あと1時間もすればラストオーダーってとこだ。声をかけたら作ってくれるだろうが、営業時間内に行くに越したことはない。ちんたらしてる暇はなかった。俺もすぐに片付けに戻った。

 

 俺と魅音ちゃんとレナちゃん。それに、沙都子。4人で並んで歩く。

 

「みんなはそのお蕎麦屋さんによく行ってるの?」

 

 レナちゃんが聞いた。

 

「たまにね。俺は昼飯作るのがめんどくさくて、週に一回ぐらいは行くけど……みんなでもたまに行くんだよ。な、沙都子?」

 

「そうなのですわ。あそこの天ぷら蕎麦は絶品でしてよっ!」

 

「レナは行くの初めて?」

 

「うん。普段はお父さんのご飯も作るから、あんまり外食はしないんだ」

 

 中学生で親の食事まで用意するとは、本当にできた子だ。休職中なら家事ぐらいやれば、とも思うが……言わないことにした。

 

「レナちゃんはほんと偉いね。俺なんて、親がいた頃は黙って飯が出てくるのを待ってたよ」

 

「ユウは家事しなさすぎだけど……ま、これが男と女の違いってやつだろうね。レナは尽くすタイプだしねぇ」

 

 そんな、どうでも良いことを話しながら歩く。これがいつまで続くのか、俺にはわからないが……少なくとも、悪くない平凡な日常だ。

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