雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
「では、私はこれで失礼いたしますわ!みなさん、ごきげんようですわ!」
昼ごはんをみんなで食べた後、沙都子はそう言って自宅へと帰っていった。小さな歩幅で、てくてくと遠くへ消えていく。家に残した家事があるのか、早歩きだった。
蕎麦屋がある商店街は北条家からは、それほど遠くはない。送って行こうかとも言ったが、そこまでは必要ないと断られたのでやめておいた。まだ昼過ぎだし、やなことが起こる綿流しの日でもないし、危険なことはないだろう。
俺はレナちゃんと魅音ちゃんと3人で帰り道を歩いていた。部活動をしていなかった頃は示し合わせて一緒に帰ることはそんなになかったが、話し相手がいるだけで帰り道もすぐだ。
「詩音ちゃん、今頃どうしてるかなあ」
「そりゃあ幸せな時間を過ごしてるに決まってるよ、悟史も満更でもない感じだったしね」
魅音ちゃんは呑気な顔をしてそう言う。……悟史くん本人の気持ちはあんまり考慮されてないが、役得だし別に良いか。
「悟史くんといる時の詩ぃちゃん……いつにも増してかぁいいよね!でもでも、ユウくんを気遣う沙都子ちゃんもとってもかぁいくて、お持ち帰りしたいぐらいだったね!」
レナちゃんはウキウキとした顔でそう言う。俺と魅音ちゃんは苦笑を浮かべるのみだが、俺の脳裏にはさっきの教室でのレナちゃんの表情が浮かんでいた。
"今日はお父さん、帰ってくるの遅いみたいだから……"
あの時、どうして暗い顔をしたんだろう。レナちゃんの家庭の問題は両親の離婚と雛見沢への引っ越しという結末によって落ち着いたんじゃなかったのか?
俺はどこかでレナちゃんにそのことを聞けないかとタイミングを測っていたが、それは叶っていなかった。
きっと、レナちゃんは"竜宮レナ"という人格を演じてる。レナちゃんがふわふわした性格なのも可愛いものが好きなのも、嘘じゃないと思う。
しかしオヤシロ様のことについて語る時や、自分の家族について考えてる時の、落ち着いていて思慮深いレナちゃんの方も本当だろう。
俺も、落ち着いているけど子供っぽい少年を演じてる。梨花ちゃんだって外じゃ猫を被ってる。沙都子も実は落ち着いた一面もあるし、魅音ちゃんも、本当は弱気なところもあるのに俺たちのリーダーのように振る舞ってくれる。悟史くんは……いつも素の感じだけど。
ユングがペルソナ理論を唱えたように、人は誰だって、周囲に求められている人格を演じるものだ。俺はそれがおかしいとは少しも思わない。
自分の全てを曝け出す必要はない。ただ、辛いことを誰かに話せば、気持ちは楽になれると思う。
俺はそんなことを考えながら、他愛ない世間話に興じた。
ふと、雨の匂いが香った。空を見上げると、灰色の雲が空を覆っていた。蕎麦屋に入るまでは暑いぐらいの日差しだったのだが、ゆっくりとご飯を食べているうちに、空は曇り空だ。
「あれ、もしかして雨降ってきた?」
「そうかもね。沙都子、大丈夫かな」
魅音ちゃんの独り言に、俺が言う。
「商店街からなら、もう家についてる頃じゃないかな。私、今日は傘持ってきてないんだよねー」
「私も。いつもなら折りたたみ傘を持ってるんだけど……今日は、始業式の準備で持ってくるの忘れちゃった」
「俺は持ってるよ。もしもっと降ったら、貸すね」
俺の言葉に魅音ちゃんはすかさず反応して、
「いいねぇ、そうなったら、3人で相合傘するぅ?あっ、ユウ!今、早く雨が降って欲しいなって思ったぁ?」
「思ってねーよ!そん時は、2人に傘を貸してから、俺は走って帰るよ」
「そんなぁ、遠慮しなくて良いのに〜」
魅音ちゃんの助平モードが始まったところで、俺たちはいつもの水車小屋に行き着いた。
「おっと、私はここまでだね。じゃあみんな、また明日!」
「うん。魅音ちゃん、またね」
「魅ぃちゃん、またあした!」
俺とレナちゃんは魅音ちゃんと別れ、家へと歩いた。
世間話の中で、レナちゃんのことを聞く余裕はなかった。それに、俺の中には一抹の恐怖もあった。
レナちゃんは、今でこそ快活で可憐な女の子だが、元は心を病んでいたわけだ。これは俺の邪推だが……今でもレナちゃんは軽度の雛見沢症候群を患っているんじゃないだろうか。
梨花ちゃんからはレナちゃんのことを聞いてないが、この町で起こる悲しいことのほとんどは雛見沢症候群が原因だ。
かつて交わした手紙に書かれていたオヤシロ様の声が……というのはかなり重度の発症をしていたのだろう。梨花ちゃんに聞いた話では、一度重度の発症をしてしまった人間は一生完治しないとか何とか。
今のレナちゃんが落ち着いているのは確かだが、それがいつまで続くのか、何のきっかけで悪化してしまうかなんて誰にもわからない。
俺が余計なことをしてレナちゃんがおかしくなってしまったり、他の人に危害を加えてしまったら……そう考えたら、下手なことはできない。それは、レナちゃんのためにも。
友達として、助けになりたいのは山々だ。でも、それに無神経に触れることは出来ない。今のレナちゃんに、辛いことが起こっているとしても。それを打ち明けるかどうかは本人次第なのだ。
「あっ……雨、降ってきちゃったね」
レナちゃんがボソリと呟いた。大粒の雨が、レナちゃんの肩に音もなく弾けた。爽やかなセーラーに、小さなシミができた。
「ほら、使って。俺、こっから近いから」
俺はすかさず折り畳み傘を取り出した。持ち手を突き出すようにしてレナちゃんに差し出す。レナちゃんはおずおずとそれを受け取って、傘を広げた。
相合傘みたいになると、彼女は嫌な気分になるかもしれない。俺はそう思って一歩身を引いたが、レナちゃんの方からこちらに足を踏み出し、俺の半身に傘を差してくれる。
「ほら、一緒に入ろ?」
「う、うん……」
何とも言えない雰囲気に、少し黙った。もう、レナちゃんの抱えてることについて聞くのは諦めていた。
「ねぇ、雄星くん」
その時、俺はあれこれと考えてぼーっとしていた。それに気づいたのか、レナちゃんはいつのまにか俺の前に回り込んで、立ち止まった。上目遣いで俺を見上げていた。俺はレナちゃんの一個下だが、身長的には俺の方がちょっと高い。自然と、見上げるような形になる。
俺はその表情にドキッとしたが、気にしてないふりをして、首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いつも、気を遣ってくれてありがとね。でも、レナは大丈夫だよ。私は今、本当に、幸せなの」
それは、可愛らしいもので頭がいっぱいの、いつものレナちゃんというよりも、悩みを抱える竜宮礼奈ちゃんの顔だったように見えた。
俺は自分が考えていたことを見透かされたのを悟り、笑って誤魔化した。
「はは、何のことかな……お礼を言われるようなことは何も」
レナちゃんは、「隠さなくていいのに」と言いたげに微笑んで、俺の目を見つめた。その目に狂気の色はなく、理知的で聡明なレナちゃんの本心のようだった。
「前に、悩み事があったら誰かに相談してみるといいって言ってたよね。……私も、決心ができたら話すよ。だから、ちょっと待っててね」
俺は無言で頷いた。この子も、まだ中学一年なのに複雑な環境に置かれて。それでも成長して、頑張ってるんだ。
みんなは子供じゃない。俺がどうにかしなきゃと悩むようなことはなく、成長して、挫折や悲しみを乗り越えていくものだ。俺は浅はかな自分を情けなく思った。
そんな俺を、彼女はいつものように引っ張ってくれる。俺と歩幅を合わせて歩いてくれるレナちゃんは、可愛らしく首を傾げて、言った。
「ねぇ、雄星くん。レナね、最近ダムの建設現場の跡地によく行くんだ」
「そうなんだ……何のために?秘密基地でもあるの?」
「あはは、今は秘密基地はないけど……そういうのもいいね。また作ってみようかな。えっと、それでね。ダムの建設現場って、不法投棄されたものが残ってて、中にはかぁいいものがあったりもするんだよっ」
「なるほど、宝探しか。いいね!どんなモノがあるのかはわかんないけど……使えそうなものとか、レナちゃんが気に入るようなものもありそうだね」
「えへへ、そうなの!それで……」
そう言って笑うレナちゃん。レナちゃんの話の続きも気になったが、道行く先に見える一台の車が、俺の思考を邪魔した。
見覚えのあるセダンだった。タイヤ周りが田舎の砂利道の砂埃で茶色く汚れたその車は、何度も見たことがある……特に、綿流しの日の前後なんかに。
「ごめん、レナちゃん。ダムの跡地、また連れてってよ。楽しみにしてるからさ」
「今日はダメなのかな?……かな」
ちょっと悲しい顔でレナちゃんは言う。雨が降っている、というのもあるが……俺は向こうに見える車を指さしてその理由を語った。
「あの車、知り合いの警察の人のやつだと思うんだよね。俺の家の前に停まってるし、きっと何かの用事なんだと思う。レナちゃんに迷惑をかけたら悪いから、今日はやめておくよ。ごめんね」
レナちゃんは真剣な顔でその車を見つめた。何か嫌な記憶でもあるのか、複雑な表情を浮かべて俺の言葉を聞いていた。
しばらくして、レナちゃんは儚い笑みを浮かべながら頷いた。
「うん、わかった。その時を楽しみにしてるね!」
俺はその表情を見て、とっても申し訳ない気持ちになった。
俺たちは俺の家の前に着いた。レナちゃんの家も俺の家の前を通るので、その車とすれ違うことになる。流石にまるっきり無視をすることはできない。
別に大石さんと話したいわけじゃないが、何だかんだ言っても世話になっているし、なかなかしつこい人だし、無視したらどうなることか。
俺の姿を認めて、車から恰幅の良い男が出て来る。
彼は大石蔵人さん。俺とは何年か前の綿流しの祭りの日からずっと面識がある。隣町の興宮からたびたび雛見沢に訪れては、様々な事件を調査している。
そうそう、魅音ちゃんたち園崎家の暗部をよく知っているらしく、いつだって疑いの目を向けているのも特徴だ。彼は、かつては俺や死んだ両親のことも疑っていたが、最近はそれほどでもないみたいで、むしろさまざまな出来事に対して意見を求めてくることもあった。
「お〜やおや。雄星さんはまだ小学6年生ですよねぇ。この年で園崎魅音さん、古手梨花さん、北条沙都子さんに続いて4人目ですかぁ?これは感心しませんねぇ」
大石さんはいやらしい笑みを浮かべて俺を揶揄った。
だいぶ待っていたのか、ちょっと疲れていた顔をしていた。始業式が終わってから部活動もしたしご飯も食べに行ったし、学校終わりを待ち構えてずっと張り込んでたなら、長いこと待ってくれてるだろう。
レナちゃんも一緒だと、大石さんが彼女に変な絡み方をして嫌な気持ちにさせたり、迷惑がかかったりするかもしれない。先にレナちゃんには家に帰ってもらおう。
「やめてくださいよ、大石さん。じゃ、レナちゃん。またね!この人は俺に用があるみたいだから、話して来るよ。また明日も一緒に学校行こうね!」
「うん、またね、雄星くん」
レナちゃんは大石さんの言葉をほとんど無視して、小さく会釈だけをした。そして、早歩きでこの場所から立ち去った。男物の黒い折り畳み傘を持つその影は、次第に小さくなっていく。
話したくないというオーラを醸し出していた。こういうところ、流石だ。
「で、用事はなんですか?次の天皇賞の勝ち馬を知りたいとかっすか?」
今年の天皇賞・秋は、メジロ牧場の悲願叶って、メジロティターンが親子二代制覇を達成する……というのは一旦置いておいて。俺は早速、要件を聞いた。
「んふふふ、それも大変気になりますがねぇ。雄星くん、あんた大変なことをやったみたいですから。そっちの方が気になるかなあ」
大変なこと……というと、園崎家に立ち入った一連の騒動だろうか。大石さんはそう言って、いやらしい目つきで俺を舐め回すように見る。ペースに呑まれると、変なことを口走ってしまいそうになる。俺は平然と答えた。
「あれ、今までご存知なかったんすね。ま、立ち話もなんだし……家に入ってくれていいっすよ。茶くらいは出しますんで」
「まだ勤務中ですから、それはちょっと気が引けますねぇ。私行きつけの喫茶店でお茶でもどうです?経費で落とせますから、何を食べてくれても良いですよ」
そう言って大石さんは笑う。車のドアを開けて、入るように促す。
これはいつもの大石さんの会話術みたいなもので、車の中や喫茶店、その他どこでもいいが自分のテリトリーに相手を連れて行こうとしてるように思える。最初に俺を揶揄ったのも、多分会話の主導権を握るためか何かなんじゃないだろうか?
大石さんは老獪な刑事で、普通に会話をしていれば絡め取られてしまう。別にやましいこともないからいいけどな。
「俺、みんなでさっき飯食ったとこなんで、腹は減ってないんすよね。それじゃ、家の中まで入んなくていいんで、店の中でおしゃべりとかにしましょうか」
俺は車には入らず、お店のシャッターを開けた。開けるのは久しぶりだが、空気の入れ替えくらいはたまにやってるので、人を入れて話が出来るぐらいには綺麗なままだ。
それくらいならいいか、と大石さんは渋々頷いて、俺に着いて来てくれた。大石さんは店の中の椅子にどっかりと座った。額には少し汗が浮かんでいる。
長い間俺を待ってたのかもしれない。まだ9月だし、車のエアコンがあっても日差しが当たるところは汗ばむぐらいの暑さになるだろう。職務ご苦労様です、と言ってあげたいぐらいだ。言わないけど。
俺は荷物だけを家の中に置いて、カウンター側の腰掛けに座った。扇風機もつける。外からの生ぬるい風も一緒になって、俺たちに当たる。静かに降るにわか雨が、心地の良いBGM代わりだった。
「あなたがた、始業式が終わってから長い間何をしてたんですかぁ?なかなか待たされましたよ」
くたびれた顔の大石さんはそう言ってタオルで額を拭う。
「部活動っすよ。それと、みんなで飯食ってました。商店街の入り口ぐらいにある蕎麦屋、美味いんでおすすめっす。……で、大石さんは何処まで知ってるんですか?友達の家のことなんで、何でもかんでもお話しするわけにはいかないっすけど。どんなことがあったかくらいは……」
本題に入る。大石さんも真剣な表情に切り替わり、俺を見つめた。
「いつも単刀直入で助かりますよ。私が知っているのは……園崎家には園崎魅音さんの他、園崎詩音さんという双子の妹がいたということ。そして、その詩音さんが園崎家に尋問されているところにあなたが乱入して、それを解決したと聞きました。これって、本当のことなんですかあ?」
「うーん、俺が解決、ってのは、違うと思いますけどね。だいたい合ってると思います」
俺が頷くと、少し驚いたような顔で大石さんは手帳に何か書き込んだ。
「んふふふ、知ってますかぁ?村の中には、あなたにオヤシロ様が乗り移って、古手梨花さんと共に雛見沢で権力を恣にする園崎家を絞った……なぁんて、言う人もいるらしいじゃないですか」
大石さんは思い出したように言った。確かに、そんなことを言ってる村人もいる。大石さんがそれを信じてるとはとても思えないが、俺をつつくために口に出した感じだ。俺も笑って答える。
「もしそうだったら、かっけぇっすけど……俺がオヤシロ様の化身なら、沙都子、梨花ちゃんの両親が死んでんのは何だって話っすけどね」
「全くです。……正直ね、この話、私は半信半疑だったんですよ。分かりますか?私の知る園崎は、こんなことをした人間を生かしてはおかない。許すにせよ、何かしらの罰を与えてるはずだと思うわけです。でもあなた、指は全部残ってるしなあ……」
大石さんは小さくため息を吐いて何かをメモる。その顔は、落胆というか、嫌な想像が外れて安堵しているというか……悲喜交々な表情だった。
「今大石さんがおっしゃったことは全部真実ですよ。オヤシロ様がどうこうってのは脚色だけどね。ちなみに大石さんは誰かからこのことを聞いたんですか?」
「ウチにも情報源がありますからねぇ……具体的にどこからとは言えませんがね。信頼できる情報源ですよ」
信頼できる情報源とは、大方、事情通の村人か園崎家の内部に内通者がいるとかだろうな。園崎家も一枚岩ではないらしい。詩音ちゃんの処分一つとっても、賛成派と反対派に分かれていた。
魅音ちゃんはあんまり自分の家のことを語りたがらないし、俺から事情を聞くことはないが……園崎家の内部にも大石さんに協力する人がいるということなんだろうな。
「じゃあ、信じてもらうしかないっすよ。……それで大石さん、結局綿流しの日の一連の事件に圧力をかけてるのが誰なのかはわかったんすか?」
俺は後半のその言葉を、小声で伝えた。あんまり大きな声で話せる内容じゃない。梨花ちゃんからも診療所のことは探るなと言われてるし。
ただ、大石さんは立場が違う。
警察という権力構造の中で活動する大石さんであれば、本当に危ないところに行き着く前に危険を察知できるだろう。
俺は入江診療所が雛見沢症候群のことについて研究をしていることを知っている。そこで、色々とダーティな仕事が行われていることも。入江診療所の裏で何者かが暗躍しているとするなら、大石さんという公権力で働く人間が、そのことだけでも突き止められないかと考えていた。
「何者かがいるのは確かです。今の所、それが園崎家なのか他の何かなのかはわかりません……お役に立てずすみませんね。しかし、何やらきな臭いものは感じます。あなたの言うとおり、園崎が直接祟りに関係しているわけじゃないのかもしれませんねぇ……」
「魅音ちゃんや詩音ちゃんの友達の俺からすると、そう思ってくれるのはありがたいっすね」
「今年の祟りはあなたに起こりました。しかしあなたは生きていた。……私たちも馬鹿じゃないですから、園崎の動向と、あなたの身辺は監視をしてました。とはいえ、ずっと監視をつけておくわけにもいきません。退院してから1週間も経てば、園崎からすればいつでも殺せる状態だったんですよ」
「いやいや、ちょっと待って。俺に監視をつけてた?そんなの聞いてないっすよ」
大石さんは、少し気まずそうな顔で言う。本当なら、言いたくなかったという表情だった。
「んふふふ、黙っていて申し訳ありませんね。ずっとではありませんよ?どこかで園崎の人間に危害を加えられるようなことがあれば、私たちも困りますから。大目に見てください」
「俺は餌だったってことですか?」
「嫌な言い方をしますねぇ……参考人だというだけですよ。もちろん、あなたの身に危険が迫るようなら守ることも職務のうちです。しかし園崎の動きはなかった。今年の祟りは園崎家が主導したものではないという見方がうちの署でも主流でした」
「てことは、大石さんはそう思ってなかったってわけですか?」
「まぁ、今回の出来事が発覚するまではそうでしたよ。しかし、あなたが園崎の重要な会議に乗り込んだのに無傷で返されている。これは大きなことです。園崎があなたを疎んでいるなら、その場で対処すればいい。園崎家の私有地に入れば、身寄りのない子供1人を煮るなり焼くなり皮を剥ぐなり、どうとでもできます」
大石さんは敢えてきつい言い方をしたようだった。そして、俺が黙っているので、さらに続ける。
「しかし、園崎はあなたを無傷で返した。ということは、あなたは園崎家から疎まれてはいない。……今年の祟りのターゲットを決めたのは、園崎家ではないのでしょうね」
そう言って大石さんは小さくため息をついた。何かを諦めるような、そんな声色だった。
「なら、それで良いじゃないっすか。来年に備えましょうよ」
俺はそこで話が終わりだと思い、話を切り上げて家の中に入ろうかと席を立った。もう、外のにわか雨も止んでいた。俺たちも、だいぶ話し込んでいたみたいだった。
その時、大石さんはゆっくりと口を開いた。
「そうですねぇ……もう一つ。これはあなたが聞くと不愉快になるかもしれません。だから……聞きたくないと少しでも思ったら、そこで止めてください」
「あはは、今更何を。俺がピュアな子供だったら辛くなるようなこと、大石さんには何回も聞かされてますからね。今更っすよ」
大石さんは俺の返事をわかっていたかのようだった。顔色ひとつ変えず、頷いてから話し始めた。
「いいんですね?では話しますが……あなたのお友達のことです。すでに分かってると思いますが……あなたのお友達グループの多くの方が祟りの関係者と言えますよね」
「そうですね。みんな被害者っすけどね」
「そうです。何か、手掛かりがあるのでは、と皆さんの事情について調べてみたのですよ。そこで……先ほどあなたが一緒にいた、竜宮礼奈さん。彼女についても、少し調べてみたんです」
そこで大石さんは言葉を区切った。難しい表情で手帳をパラパラとめくり、何かの記述を探しているみたいだった。
探していた記述を見つけたのか、手帳を捲る手が止まる。大石さんは俺の目を見つめ、確かめるように言った。
「……竜宮礼奈さんは、今年雛見沢に引っ越して来ましたよね。以前通っていた学校でどんなことがあったかご存知ですか?」
「いいえ。全く知りません」
大石さんは、彼らしからぬ真面目な表情で俯いた。どこか申し訳ないような表情に見えた。
「では言いましょう……竜宮礼奈さんは以前通っていた学校の、仲がいい男子生徒数人をバットで殴打し、大怪我を負わせました。さらに学校中の窓をバットで破壊して回ったのです」
「……」
あのレナちゃんが、暴行に器物損壊……流石に想像も出来ていなかった。友達の強烈な過去を聞き、俺は何も言えないでいた。
「彼女は重度の自律神経失調症と診断され、投薬治療とカウンセリングをされることになりました……そこで、彼女がどんなことを話していたか、想像が出来ますか?」
彼は深刻そうな表情で、俺に問いかけた。
「……オヤシロ様のこと、でしょう?」
んふふふふ、と大石さんはいつものやらしい笑みを浮かべた。
「ご明察です。竜宮礼奈さんは精神科医とのカウンセリングの中で"オヤシロ様の祟り"を経験した、雛見沢に帰りたい、と。そう仰っていたそうです」
俺が何も答えないので、
「……結局、オヤシロ様の祟りとは何なんでしょうね?私は園崎家が裏で糸を引く連続殺人だと思っていました。しかし……」
大石さんは、この世にオヤシロ様が本当にいるわけではないですよね?と言いたげだった。まさか、警察がそんなことを言えない。そういう彼のプライドで、意地でも口には出さないのだろう。
レナちゃんの話を出したのは、オヤシロ様の祟りは人為的なものではなく、本当に神懸かり的な何かによって引き起こされている可能性があると思ったからなのかもしれない。
大石さんがそんなことを信じるとは到底思えないが……あまりに不思議なことが起きすぎて、その原因を超常的なものに求めるのは無理もなかった。
俺はその原因を、その答えを、知っていた。
全て、雛見沢症候群が原因なのだ。しかしそれを彼に伝えることはできない。もし話せば俺たちはきっと無事ではいられないからだ。
「なるほど、わかりました。レナちゃんのことについても、オヤシロ様の祟りのことについてもね。ま、過去に何があろうとレナちゃんは俺の友達っすよ。誰でも反抗期ぐらいあるっすから。俺がバットでぶん殴られたら、そんときは助けてくださいよ」
「それくらい可愛いものなら良いんですがねぇ……牧野さん、あんたも気をつけてくださいよぉ?あなたはまだまだ子供ですけどね、私はあなたのことを頼りにしているんですから。見てないところで鬼隠しに遭っちゃあ困りますよ」
「いや、大石さんの見てるところで鬼隠しに遭うのもごめんですけどね」
大石さんはヘラヘラした顔で頷いた。
「んふふふ、お互い気をつけましょう。では、私はこれで。それじゃ、良いお年を〜」
そう言って大石さんは店を出ていった。後には俺だけが残された。
外から吹いた風で、家の中の風鈴がちりんちりんと涼しげな音を鳴らす。
もう夏も終わりだ。今年の夏は色々あったが、その分楽しいこともあった。こんな生活を続けるために、俺もこれから頑張んないと。
まずは、梨花ちゃんを生かす。そのためには何ができるだろうか……そもそも昭和58年の6月に、誰が何のために梨花ちゃんを殺すのかは全く掴めていない。
梨花ちゃんを狙う何者かがいるのか、あるいは単なる私怨や通り魔的犯行なのか?梨花ちゃんは、このことは毎回絶対に起こる出来事で、今までどんなことをしても逃れられなかったと言っていた。
やはり、単純なものじゃない。もっと根深い理由や、準備があって実行されているはず……。
俺は何度も考えたことをもう一度頭の中で反芻しながら、シャッターを閉めるためのフックを探した。開けるときは持ちあげるだけで良いんだが、勢いよく上げすぎて、手では届かないところまで上げてしまったからだ。
「どーこに置いたんだっけな〜」
俺は独り言を呟きながらあたりを探す。もしかして、外に出しっぱなしなのかな。俺はそう思って、店の外に出た。
「あっ!」
俺の家の裏手に、見覚えのある茶色の髪の毛が見えた。レナちゃんだった。レナちゃんは、申し訳なさそうな顔をして両手に傘を握りしめていた。そうだ、俺が貸したやつ。家に帰ってすぐなのに、わざわざ返しにきてくれたんだろうか。
小さな声でなければ多分聞こえるくらいには、店の壁は薄い。ってことは……聞こえていても、おかしくない。
「俺と大石さんの話、聞こえちゃってた?」
「う、うん。最初の方は。ごめんなさい……」
レナちゃんはそう言って頭を下げた。図らずも、盗み聞きするようなことになったのを謝っているみたいだ。
しかしあまり動揺はない。彼女が取り繕ってるのでなければ、自分の過去のことを知られたことは分かってないみたいに見える。
レナちゃんは自分の過去について、みんなにはあまり語ろうとしない。それは多分、こうした自分の経験を良いものだと思っていないからだ。彼女が話しても良いと思った、そのときに語ってくれたか、あるいは自分のやったことを墓まで持っていく決意をしていたのだろう。それを、他意はないとはいえ、俺は偶然知ってしまったのだ。
「レナちゃん。俺は大石さんと一緒にオヤシロ様の祟りを騙る毎年の事件について調査してる。って言っても、大層なことをやってるわけじゃないんだけど……」
「そ、それがどうかしたのかな。……かな?」
可愛らしく小首を傾げるレナちゃん。特に変化はないが……。先ほど聞いたことを、俺は正直に伝えることにした。知られたくもないはずの、彼女の過去を知ってしまったのは事実だ。
「無神経なことをしてしまって本当にごめん。俺はさっき、大石さんにレナちゃんの過去のことを……その、茨城の学校で起こったことを、聞いちゃった。自分から聞いたわけじゃないけど、話を聞いたのは事実だから……本当に申し訳ない」
「え……」
レナちゃんの表情は一瞬の驚愕を表したあと、先ほどまでの可愛らしい表情から一変した。
真剣な顔で、じっと俺の目を見つめながら口を開いた。
「……雄星くんは、どう思った?私が、やったこと」
「何とも思わないと言えば嘘になる。でもね……理解できる」
「嘘だ。本当に理解できるの?雄星くんはオヤシロ様に話しかけられたことはないよね?私の身に何が起こっていたのかも、きっと、わからないよね……」
レナちゃんは少しずつヒートアップしていく。俺はその言葉を素直に受け入れた。
「わかんないよ」
「なら……!」
レナちゃんは、一歩、俺の方に詰め寄った。拳が、か弱く握られていた。怒りや戸惑いに隠れた、彼女の恐怖が伝わってくるようだった。俺は動じず、レナちゃんの言葉を遮って言い返した。
「でも!……今のレナちゃんがそんなことをしないのは俺にもわかるよ。ねぇ、レナちゃん。オヤシロ様に見られてるときって……何だか自分が自分じゃないみたいになるんだよね。俺もそうだったよ」
レナちゃんは黙って俺の言葉の続きを待った。
「両親が死んだ後……両親が亡くなった原因は梨花ちゃんにあると思った。冷静を欠いた俺は梨花ちゃんを問い詰めた。梨花ちゃんは俺のことを否定したりしなかったから、俺はそれ以上の疑心暗鬼に駆られることはなかった。」
少し間を置いた。
「でも、そこではぐらかされたりしたら……俺は多分おかしくなってたと思う。大きな出来事の原因って、案外ちょっとしたことだと思うんだよ。俺に起こったことも、レナちゃんのも……ちょっとしたボタンの掛け違いってやつだよ」
「そう……なのかな」
レナちゃんは小さく頷き、考え込んだ。それは自らの行いについて、自問自答しているかのようだった。
「レナちゃんが前の学校でやったことを肯定するつもりはないよ。でも俺は、誰がそうなってもおかしくないとも思う。俺や他のみんながそうなるかもしれないし、誰が悪いっていうものでもないんじゃないかな」
レナちゃんは沈黙を貫く。射抜くようなその目は俺の言葉の真偽を確かめるみたいだった。少しの居心地の悪さも感じるが、全く嘘はついてない。
「そう言ってくれるなら……私は、雄星くんを信じてみる。……これ、返すね。ありがとう。明日も、一緒に学校行こうね」
貸した傘を俺に手渡して、レナちゃんはにっこり笑った。
「うん。信じて。俺も明日はゆっくり行くから、レナちゃんもゆっくり来てよね。どうせ魅音ちゃんがちょっと遅れてくるよ」
そう言ってレナちゃんを笑って見送った。
レナちゃんの悩みが全て解決したとは思わない。しかし、自分の過去に対する気持ちの整理は少しくらいついたのではないかと俺は感じた。レナちゃんは心なしか、晴れやかな顔で俺に手を振った。
区切りが付かずに長く書いてしまいました。
誤字修正、感想などいつもありがとうございます。本当に助かっております。仕事が落ち着き次第、そろそろ感想の返信もさせて頂きます。