雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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以前頂いた、世界一位様のファンアートに彩色と加筆をして頂きました!惨劇を乗り越えた後、みんなで雛見沢分校の前で写真を撮ったみたいな、そんな風な素敵な絵です。是非ご覧ください!


【挿絵表示】


世界一位様、本当にありがとうございます。執筆頑張ります!


第64話

 

 夏休みが終わり、そしてしばらく時が経った。雛見沢は12月にもなれば雪も降り始め、日によっては除雪がしんどいくらいの豪雪に苦労することもある。

 

 今日は寒い冬の日だった。外は雪もちらつき、視界もあんまり良くない。こんな日は家に籠るに限る。

 

 俺は前世の死因からか、寒いのがめちゃくちゃ苦手だ。ストーブをつけてる家の中でも、もこもこの上着を着てるぐらいだ。

 

 今日の晩飯も簡単に済ませた。出汁と醤油で味付けして、適当な野菜や肉を放り込んだあとにうどんを茹でる。

 それだけで一見バランスの良さそうな飯が完成する……少なくとも、俺はそのつもり。適当に胃に詰め込んで、居間でちょっと休憩をしていた。 

 

 テレビをつけてみるが、たいした番組はやっていなくて、すぐに消した。やっぱり本でも読むことにしよう。そう思った。

 今読んでいるのはジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』。ちょっと前から読み進めているのだが、ちょっとよくわからないところもある。……最近は遊んでばかりで、あんまり本を読んでないので、読解力が落ちてるのかも。

 

 テレビの音が消えたあと、部屋にはストーブの音が残る。窓の外から、家の近くの水路で水が流れる音が微かに聞こえてくる。この時期になると、雪解け水が水路に流れ込んで水嵩が増すのだ。

 

 その水音を聞いて、俺は吸い込まれるように眠たくなってきた。雪が降り、屋根に当たる音が、ぽつぽつと聞こえる。

 

 少し居眠りしようかな。もう風呂も入ったし、家事もそんなに残してないし、少し眠ってもいいだろう……。

 

 俺はゆっくり目を瞑り、本に栞を挟んで机の上に置いた。そして、微睡に身を任せた。

 

 

 

 

 

 俺は夢の中で、誰かの声を聞いた。

 

 "ゆーせい、雄星!起きて欲しいのです!"

 

 どこかで聞いたことがある声だった。それこそ、今と同じように夢の中で聞いたような……。記憶は朧げだった。

 

 "あぅあぅ……聞こえていないみたいなのです。困りましたのです……"

 

「いや、聞こえてるよ。どうかしたのかな」

 

 俺は夢の中で目を開けた。そこにはいつか見た角の生えた女の子がちょこんと座っていた。どこかの居間みたいなところで、俺とその子はちゃぶ台を挟んで向かい合っていた。

 

 思い出した。梨花ちゃんの家で寝た時、夢に出てきたんだ。俺はこの子のことをオヤシロ様か、その使いか何かだと思っているのだ。

 

 "それなら良かったのです!実は今、梨花が大変なことになっていて……急いで梨花の家に来て欲しいのです!"

 

 その子は慌てた表情でそう言った。大変なことに?命を狙われてるとか、そう言うことなのか!?

 オヤシロ様?は、慌てた表情の俺を見て満足げに微笑んだ。そして、視界が暗転した……。

 

 

 体をびくりと反応させて、俺は束の間の眠りから覚めた。

 

 梨花ちゃんが危険な目にあってるなら、こんなことしてる場合じゃない。俺はテーブルの上に置いていたコップの水を一気に飲み干して、目を覚ました。ジャケットを外行きのものに着替えた。中はパジャマのままだが、着替えてる暇もない。

 

 玄関に急ぎ、スノーシューズを履いた。登山用みたいな、分厚い手袋を装備する。これくらいないと手袋に雪が染み込んで余計に寒い。

 

 ていうか……危険が迫ってるというなら、武器とか持ってった方がいいのか?いや、俺みたいなヒョロい子供が何持ってても関係ないか?

 とりあえず、急いで梨花ちゃんの家に向かうことにした。

 

 もうあたりは真っ暗。所々にある電灯の灯りは全くもって頼りなく、チカチカと点滅を繰り返してるのが逆に怖い。

 

 砂利道には雪が溶けて出来た水溜まりがいくつもある。その中に勢いよく足を差し出せば、泥混じりの水飛沫がズボンにまで飛び散る。しかしそんなの気にしてる場合じゃない。俺は夜の暗闇の中を駆け抜けた。

 

 道は完全に真っ暗だ。月明かりと街灯だけではとても視界を確保できない。俺の背丈以上に雪が積もっているところも多い上に、舞う粉雪によって視界も悪い。俺は足元に気をつけながら足を動かした。

 

「うおっ!?」

 

 俺は凍った路面に足を滑らせた。顔面から地面にぶつけるような形で転倒する。走っていた勢いのまま、曲がり角の案内表示に肩をぶつける。

 

 あまりの勢いに俺の体が弾むように跳ね返って、地面に転がる。頭はぶつけずに済んだが、とにかく、痛い。積もった雪の中に俺の顔は埋まり、足は雪の下に隠れていた水路に突っ込んだ。冷たい。

 

 スノーシューズには水は染み込まないが、ズボンはそうもいかない。冷たい雪解け水が俺の体を冷やす。どこかに枯れ木の枝か何かが刺さって、痛みも走る。

 血が出てるかもしれない。だけど、こんなことに構ってはいられない。梨花ちゃんが危ないんだ。こんなちょっとした傷、どうってことない。

 

 俺は痛みと寒さを堪えて足を走らせた。向かう先はもちろん古手神社の境内。

 

 冷たい手すりを頼りに、雪を積もる長い階段を越えた。大きな鳥居を過ぎて、俺はとうとう梨花ちゃんの家に辿り着いた。梨花ちゃんの家は神社の境内の端の方にあるが、境内は雪が積もって足の踏み場も少ない。

 

 梨花ちゃんが歩くために雪掻きされていると思われる、細い道を歩く。薄く残った雪の上に、小さな足跡が残っていた。きっと、今日梨花ちゃんが家に帰った時のものだろう。

 

「おーい、梨花ちゃん!大丈夫か!?」

 

 俺は二階建ての小さな小屋に対して、外から声をかけた。しかし、返事は返ってこない。この家に呼び鈴みたいな気の利いたものはない。声をかけてダメならそれ以上に中に呼びかける手立てはない。

 

「梨花ちゃん!悪いけど入るからね!」

 

 俺は大きな声でそう言ってから、梨花ちゃんの家の扉を開けた。大方鍵がかけられているだろうという予想で、力を込めてドアノブを捻った。意外にも抵抗はなかった。

 

 きいきいと耳障りな音を立てて、古い扉が開いた。

 

「梨花ちゃん!大丈夫か!?入るよ!」

 

 俺は部屋の中に叫んだ。返事は普通に返ってきた。

 

「勝手に、入りなさいよ……。そんなに急いで……何をどうしたって言うのよ。……コホ、コホ……」

 

 あまり元気のない声色で梨花ちゃんは返事を返してきた。入っていいらしいので部屋の中に入ることにする。ズボンの泥は払ってきたから汚したりはしないはず。

 

 どうやら、風邪をひいているみたいだった。学校ではそんな様子はなかったのだが、時期が時期だ。

 

「なんか、オヤシロ様の神託みたいな感じで……梨花ちゃんが大変だって言われた気がして。ねぇ、咳をしてるけど……大丈夫?」

 

「ゴホ!ゴホ……はぁ?神託って……あんたも大袈裟ね。ちょっと風邪をひいてしまっただけよ」

 

 いつもなら神託なんて大仰な言葉を使った俺を揶揄うに違いない梨花ちゃんだったが、その目には覇気がない。どうやら体調が良くないのは本当らしい。

 

「そうなの……?なら、いいんだけど。てっきり、誰かに狙われてるのかと」

 

「そんなわけないじゃない。何かあるとすれば来年の6月って、いつも言ってるでしょ?ほら、早く帰りなさいよ」

 

 しっしっ、と俺を追い払うような仕草をする。

 

「つっても、流石に風邪引いた友達をそのまま置いて帰るのはなぁ」

 

「ごほ、お、恩着せがましいわね。あんたに何かできることがあるのかしら?」

 

 挑発するような顔でこちらを見る梨花ちゃん。相変わらずの憎まれ口だ。とは言っても、もう慣れたものだ。今は梨花ちゃんは弱っているみたいだし、もはや可愛らしいとすら思えてくる。彼女の強い口調が強がりなのは知っている。

 

「ま、おかゆぐらいは作ってやるよ。頼まれちゃったからねえ」

 

「……誰によ」

 

「オヤシロ様だよ。多分ね」

 

 俺はそう言い残してキッチンへと向かった。料理なんて普段はやらないが、流石にお粥ぐらいは作れるだろ。

 

 

 

 

 

 

「あんまりおいしくない。もうちょっと家で練習しなさい」

 

 悪態を吐きながらドロドロのお粥を口に運ぶ梨花ちゃん。彼女はこたつに篭って、脱力している様子だ。

 俺は立ったまんまでそれを見守る。お粥なんかに料理の得手不得手が出るとは思えないが……。実際、梨花ちゃんやレナちゃん、沙都子が作ればもっと美味しいのかもしれない。

 

「はいはい、悪かったよ。ほら、りんごも磨りおろしたから、食べなよ。喉の痛みには蜂蜜が効くってよく言うでしょ?」

 

「ふん、りんごを磨りおろして、蜂蜜をかけるくらいはあんたでもできるでしょうね……」

 

 文句を垂れながら、スプーンを動かしてりんごを口に運ぶ。その様子を見れば、悪く思ってないのはなんとなく伝わる。

 

「あははは、そうだね、そうだね」

 

 俺はニコニコ笑って返した。梨花ちゃんは思っていた反応が返ってこなかったのか、俺に対してムッとした表情を見せるが、少しして観念したように小さくため息をついた。

 

「はぁ……いいわ。素直に言うわよ。ありがとう。あんたがいないと、きっと私は何も食べずに寝てたわ」

 

「ま、気にすんなって。困った時はお互い様だよ。薬はある?探してあげようか?」

 

「薬はもう飲んでるからいいけど……っていうか、なんであんたの服はそんなに汚れてるの?」

 

 それまでは俺の格好にまで目が届いてなかったのかもしれない。俺も自分のドジを知られて少し恥ずかしい心地になったが、正直に伝えた。

 

「いやぁ、それが……ここに来るまでに急いで来たからさ。結構痛い転け方をして、水路にハマっちゃってね。家は汚してないと思うから安心して」

 

「そんなに急いで来てくれたわけね。ありがと。……その、1人で、ちょっと心細かったわ」

 

 意外にも梨花ちゃんは優しい表情で俺を見つめた。

 梨花ちゃんは俺に対して、一つ座布団を寄越した。座れ、ということらしかった。

 

「そう言われると照れるね。……ねぇ、オヤシロ様が俺の夢にちょくちょく出てくるんだけどさ。梨花ちゃんはやっぱり、オヤシロ様と会話とかできるわけ?」

 

「そう!それよ!なんであんたはこいつのことがわかるの!?あんたもしかして、今も見えてるなんて言わないでしょうね?……ごほ、ごほ!」

 

 梨花ちゃんは俺の言葉に、驚きを隠さずに反応した。大きな声を出した反動からか、咳き込む。俺はその背中をさすって、お茶を入れてあげた。

 ゆっくりそれを飲んで、深呼吸したところで、俺はその言葉に答えた。

 

「いや、今は見えてない。だいぶ前のことだけど、そこに気配を感じたこともあったね。いつも梨花ちゃんがちゃぶ台に二つ座布団を敷いてるのは、来客のためじゃなくて、きっとそこに誰かがいるからなんだよね」

 

「そう……もう、だいぶ長いこと、誰にも言わないことにしていたけれど、あんたなら信じてくれるかもしれないから、言ってみるわね」

 

 そこまで言って、梨花ちゃんは一度言葉を区切った。それは、意を決したようだった。その瞳は、どこか恐れを感じているみたいに震えていた。

 

「私には、羽入が……"オヤシロ様"が見える。皆が言うところのオヤシロ様は、私の近くにいて、みんなのことを見守っているのよ」

 

 梨花ちゃんは不思議なことを言った。その顔は、信じてもらえるかどうか不安なのか、俺のことを上目遣いで窺っていた。

 

 俺は、その不思議な話を疑う気はなかった。だって、俺も実際に何度も声を聞いてるんだ。それに、そもそも俺自体が訳の分からない経緯でこの村の子供に生まれ変わったのだ。

 今更、神様がいたって驚かない……いや、驚きはするが、納得は出来る。

 

「その子……角が生えてる女の子で合ってるかな。俺は偶にその子と夢で出会うんだ。そして、何かを俺に伝えてくれたりもする……今日も夢で、"梨花が大変なのです!"って言われたからね。危機が迫ってるかと思って急いで来たんだよ」

 

 梨花ちゃんは驚いた顔をして、小さく頷いた。

 

「う、うん……あんたは、つくづくよく分からないわね。この子は村人が言う、オヤシロ様みたいなものよ。たまに、羽入の気配に気づいたり、羽入が立てた物音が聞こえたりする人間がいるのはわかっていたけど……どうしてあんたの夢にまで出てくるのかしら」

 

「どうしてだろうね。俺がその、はにゅーちゃん?はにゅーさん?の声を聞いたのは確か……両親が死んだ時だったよ。事件が起きたのはオヤシロ様の祟りのせいだって言う悟史くんたちを俺が強く否定した時にね。"その通りなのです!"って」

 

 落ち着いた様子で、梨花ちゃんはお茶を一口、口に含んだ。はぁ、と熱っぽい息を吐き出して、言った。

 

「あんたが私のことを疑っていた時ね。……思い返せば、あの時は肝を冷やしたわ。あんたが末期発症した場合にどうなるのか、全くわからなかった。せっかく初めて現れたあんたという最高のコマがいるのに、2年目の祟りの時点でコンテニューしたくはなかったし」

 

 コンテニュー。コンテニューというのはつまり、次の世界へ向かうということだろう。"最高のコマ"という言い回しはちょっと気になったが、それは飲み込んで、俺は答えた。

 

「そうだね。俺はあの時、重度の雛見沢症候群を発症してたんだと思う。変な幻聴を聞いたんだと思ってたけど……それはきっと、羽入の声だったんだね」

 

「待って!……あんた、今は気配は感じられないと言ったわね。なら、この声も聞き取れてないってことよね」

 

「うん。何か言ってるの?……通訳してくれればおしゃべりは出来そうだね」

 

「"あの時は、雄星が僕のことを信じてくれてとっても嬉しかったのです!"だって。その時は鮮明に聞こえて、今は何も感じ取れないのね。何が原因で、声が聞こえたのかしら……」

 

 梨花ちゃんはそこまで言って、それからは黙って考え込んだ。俺も頭の中で、いつから羽入ちゃんの声が聞こえたのか、気配を感じたのか思い返す。

 やはり、それは俺が精神的に参った、両親の死以来だ。それからは、ストレスがかかった時とか、緊張してる時とかに感じることがあった気がする。……つい数ヶ月前の、園崎家の敷地を隠れて進む時も、そうだったのかも。

 

 そこで、俺は"オヤシロ様の声"に関する、他の事例を思い出した。

 

「…茨城で発症したレナちゃんも、オヤシロ様の声を聞いたって言ってたね。羽入ちゃんはレナちゃんに話しかけたことはあるのかな」

 

 梨花ちゃんは少し黙って、一見すると誰も座っていない座布団へと目を向けた。

 

「"ボクのことは呼び捨てでいいのです!もちろんレナにも話しかけたことはありますですよ!"ですって。……これは知らなかったわね。というか、どうやってあんたはそんな遠くまで行ったのよ……ごほ、ごほっ!」

 

 大丈夫?と聞くと、梨花ちゃんは少し辛そうな顔で頷く。俺の推論を言ってみることにした。

 

「雛見沢症候群を発症した人間は、羽入の気配や声が感じ取れるようになって、特に症状が強ければ強いほど、それが顕著になるということかもしれないね」

 

「……ということは、羽入の存在を上手く使えば雛見沢症候群の発症レベルがわかるってことね」

 

「それは凄いね。羽入はいつも学校に着いてきて、お喋りしてるの?今のところ、誰かが気配を感じ取ってることはなさそうだよね。俺たちの友達は、大丈夫そうかな」

 

「みたいね。羽入、これからは怪しい人の周りで騒ぎなさい。そして反応を私たちに教えること。良いわね?……っていうか、羽入!今気づいたけど、あんたが発症者に付き纏うのが、症状を進行させる原因なんじゃないの!?あんた、責任取りなさいよっ!」

 

 疲れた顔でちゃぶ台に頬杖を突く彼女は上体を起こし、俺の反対側の座布団を指差してそう言った。それからも、俺の見えない存在とわーわーと言い合ったあと、思い出したように咳をした。

 

「けほ、けほっ!雄星、よくやったわ。今まで羽入のことを誰かに言ったことはなかった。異常者扱いされるだけだったし、私の実の両親さえも、存在を否定した。両親以上に、羽入が私の親代わりだったというのに……でも、あんたには話してよかったわ」

 

「これで、俺たちの中に1人でも変な声を聞いた人間がいれば、雛見沢症候群を発症しかけていると探知できるね」

 

「そうね。この世界では、仲間たちが発症することは恐らくないでしょうから、それはいいんだけど……」

 

 梨花ちゃんは剣呑な目を俺に向けた。

 俺はもう、帰る準備を始めていた。彼女はそれを見咎めて、こちらに指をさす。

 

「あんた、もう帰る気?」

 

「え、まぁ……俺がいると落ち着けないでしょ。ちょっと暗いけど、ゆっくり帰るよ」

 

「そんなの気にしなくていいわよ。沙都子がいなくて暇だし……ちょっと残りなさい」

 

「でも、風邪なんでしょ?休んだ方がいいよ。やっぱり、あんな寒いのに雪合戦なんかするから……」

 

 数日前に、俺たちは部活動の一環として裏山で雪合戦をした。俺は寒いのが嫌いなので重装備のタンクとして戦ったが、梨花ちゃんや沙都子は軽装だった。冬によくそんな格好で外で遊べるものだと感心したが、やっぱり体は相当冷えてたんだろう。

 

 俺があの日の梨花ちゃんがはしゃいでいたことを掘り返すと、彼女は少し恥ずかしそうな顔をして笑った。

 

「この年に、沙都子があんなに嬉しそうにしてるの、初めてなのよ……悟史がいて、詩音がいて、レナがいて……そこに、元気な沙都子がいるなんて、今でも信じられない。……あんたに懐き過ぎてるのは引っかかるけどね」

 

 その梨花ちゃんの顔は、年相応の笑みに見えた。100年の魔女と自らを標榜する梨花ちゃんだが、その本質はただの悪戯好きの女の子なのだ。俺はそれを再確認した。梨花ちゃんがこんなふうに笑える日がいつまでも続けられるように、俺は頑張らないといけない。

 

「そうだね。でも、来年以降もそれは続く。梨花ちゃんも絶対に殺させない」

 

「……そう言ってくれるのは嬉しいわ。なら……またいつもの話をするわよ」

 

 いつもの話……というのは梨花ちゃんが何故、誰に、どのように殺されるのか、という相談だ。俺たちは何度もお互いの家でこのことについて話し合っていた。その中で、俺たちはある程度の結論に辿り着いていた。

 

「前までのおさらいね。

 一つ。まず、毎回決まった時間、日程に殺されることから、怨恨や偶然による殺害ではなく、計画的な犯行だと考えられる。

 二つ。山や興宮へと逃げても殺害されることから、個人による犯行ではなく集団による組織的な犯行だと考えられる。

 三つ。女王感染者である私を殺すということは……雛見沢症候群について知らない人間、あるいは雛見沢症候群に感染していない外部の人間が犯行に及んでいるのではないか……そんな感じだったかしら」

 

「そうだね。それらを全て満たす人間がいないから困ってるんだよね〜」

 

「その通りね。今までこの3つの前提の中で考えていたけれど……何か、前提から違うのかしら」

 

「一つ目、二つ目は事実を元にした考察だから、かなり確実に思えるよね。となると、三番目かな。三番目は動機に関する考察だしね。この際、動機がどうかという部分は置いておくしかないね」

 

 これは今、梨花ちゃんに起きている現実のことで……推理小説のようにあらかじめ登場人物として出てきているとも限らない。もしも梨花ちゃんすらも知らないような謎の人間が犯行をしているとすれば……想像したくもない。

 

「そうね。一と二を満たしている人間すらも、ほぼいない。この村の人間で可能なのは……」

 

「園崎家と……診療所だよね」

 

 俺の言葉と同じ結論に至っていたらしく、梨花ちゃんは無言で頷いた。

 

「……園崎お魎を筆頭とする園崎家の人間は、私に対して悪感情を抱いていないはず。それに、毎回山狗を掻い潜って私を殺すことができるかと言うと……そうは思えない。

 なら、診療所しかない。けれど、診療所の人間こそ私が死んではならない理由を知っている。三つ目の動機の話に戻るって訳ね……」

 

 俺は沈黙していた。診療所のこと、診療所の裏にある組織について俺は詳しく知らない。憶測で話すのは多分、梨花ちゃんを混乱させるだけだ……。

 

「ねぇ。梨花ちゃんが話して良いと思うなら、診療所の裏にいる存在を聞いても良いかな」

 

「あら、まだ話していなかったかしら。"東京"という組織よ。あまり詳しいことは私も知らされていないけど……政治家や政財界の大物たちによって組織されていて……他国との紛争や諜報活動のために、雛見沢症候群を利用しようとしているらしいの。診療所……本当の名前は入江機関というけれど、そのスポンサーをしている。症候群の特性や私のことも知ってるはずよ」

 

「なるほど……」

 

 詰まるところ、陰謀論の悪役みたいな秘密結社が本当にあって、そこが雛見沢症候群の研究を軍事転用しようとしているわけだ。だからこそ、入江診療所は多大な権力を使えるのだろう。

 

 俺がその情報を元に頭の中で考えを巡らせていた時……梨花ちゃんはハッとした顔で布団から立ち上がった。

 

「梨花ちゃんが死んでしまうのは、入江機関にとっては取り返しのつかないミスなんだよね。そんな、ミスをして欲しい人間がいたりするのかな」

 

「そうよ!きっと、"東京"は一枚岩じゃないわ。診療所の人間が失脚してほしいと思う人間もいるはず……なら、私を殺すのは、東京から送られてきた刺客なのかもしれないわ。きっと、私が死ねば診療所の人間はその責任を取らなければならない……それを期待している人間がいるんだわ!」

 

「あり得るね。その……言いにくいかもしれないけど。梨花ちゃんは、自分が死んだ後には雛見沢の人間全員がおかしくなるって言ってたね。入江機関は、そうなった場合、何かの方法でそれに対処出来るはず……だよね?」

 

 正直に言って、梨花ちゃんが死んだ瞬間に雛見沢の人間が全員おかしくなるというのはちょっと信じがたい。梨花ちゃんに言いはしないが、入江診療所がどういう想定をしているのかは気になった。

 

「そのことについては、入江たちも確証はないみたいよ。海外の似たような事例を元に考察しただけとか言ってたわ」

 

「じゃあ梨花ちゃん、辛いと思うけど、自分が亡くなった後、どうなるかを入江診療所の信頼できる人間に聞いてみて欲しいな。これはただの勘だけど、他の人たちよりは入江さんの方が信頼出来そうだよね」

 

「そこは私も同意ね。わかった。入江なら多分、誰にも言わずに教えてくれるはず。入江にはいくつか貸しもあるしね。……何でも相談してみるものね」

 

 梨花ちゃんは一旦落ち着いて、こたつの布団に横になった。顔も少し赤くなっていて、やはり具合は悪そうだ。

 

「今日のおしゃべりはこんなもんにしとこう。ほら、早く寝て。また明後日から学校があるんだからさ!」

 

 そう言って俺が立ち上がると、

 

「……は、羽入がまだ帰っちゃダメって言ってるわ。あんた、今日は泊まっていきなさい」

 

 どこか言いづらそうな表情で、梨花ちゃんは言う。

 

「ええ?羽入ちゃんが?うーん、俺は良いけど。梨花ちゃんは嫌じゃないの?」

 

「べ、別にどうってことないわ。話し相手が1人増えるだけよ。ほら、あそこの押し入れに布団があるから、向こうを片付けて敷きなさい」

 

 梨花ちゃんは布団に顔を埋めて言った。羽入ちゃん……じゃなくて、羽入がそう言ったんなら、いいのか?俺は声を聞き取れないので、梨花ちゃんの通訳越しで喋ることしかできない。

 

 俺は梨花ちゃんの変な態度に疑問も感じつつ、言われた通りに、山側にあるもう一つの部屋を片付けて布団を敷いた。中にパジャマを着ていてよかった。

 

「何か用事でもあるの?」

 

 そう言うと、梨花ちゃんは空いた座布団の方へ一瞬、目を向けた。何かを少し考えてから、もう一度言った。

 

「そうね……私の体調が……心配なんじゃない?ほら、飲み物持ってきて」

 

「へいへい」

 

 俺は体調不良の梨花ちゃんのため、お茶汲みに徹する。ま、羽入が俺を頼ってくれたんなら応えてあげないとな。

 

 しばらくして俺たちは寝床についた。

 話し相手になると言っても、側で寝るのもおかしな話だ。半分開けた襖を挟んで違う部屋に寝転ぶ俺は、うとうとしながら梨花ちゃんと話を続けた。

 

「……私の話ばっかりして、あんたのことを聞いたことはあんまりなかったわね。何か話しなさいよ」

 

「何かって言ったってなぁ……俺のことなんてだいたい知ってるでしょ?」

 

「鈍いわね。あんたの、前世とやらの話よ」

 

 ちょっと恥ずかしいような気がして、気後れする。とはいえ、聞かれて答えられないようなものではない、はず。

 

「あぁ……俺の記憶では、前世の俺は……大学生だった。地方の国立大に通ってて……あれ?」

 

 そこで前世のことを思い出そうとして気づいた。記憶が定かではないのだ。

 

「どうかした?」

 

「いや、何でもない。忘れてることが多かっただけだよ。確か……塾の先生か何かのバイトをしてたよ」

 

「ふぅん、だから勉強を教える時は得意げなのね」

 

「上手じゃないかもだけど、慣れてはいるでしょ?」

 

「まあね。にせん……何年に生きていたと言ったかしら」

 

「あれ、いつだっけな……2020年?そんぐらいだと思うけど……具体的な年は忘れちゃったよ」

 

「あら、私の方が何倍も長生きね」

 

 ちょっと嬉しそうな声で梨花ちゃんはそう言う。

 と言っても、本当に梨花ちゃんが100年以上も生きた人間の精神性に達しているかというと、そうでもない。中学生になったことがないのだから、仕方ないというものだろう。

 

 きっと、子供時代を何度繰り返しても、大人にはなれない。そう考えればとっても可哀想な境遇だ……。俺が梨花ちゃんの境遇を考えて黙っていると、梨花ちゃんの方から口を開いた。

 

「そうだ、その世界では雛見沢症候群や、それに類する病は知られていないのかしら」

 

 確かに真っ当な疑問だ。俺が病気のことを知ってれば、梨花ちゃんを取り巻く状況を打開する助けになるかもしれない。……でも、前世ではそんな病は聞いたことない。俺が寡聞なだけかもしれないが、そんな奇病があるなら面白おかしく取り上げられてそうだし……やはり知られてないのではないだろうか。

 

 寄生虫が宿主の行動を操るという事例は、いくつかある。

 カマキリの腹に寄生するハリガネムシという細い寄生虫が、カマキリを操って水の中に連れて行き、産卵するとか何とかってのは知ってるけど、それは多分この世界でも知られている事実だろう。

 

「そうだね。人間の思考に影響を与える寄生虫ってのは、聞いたことないな。俺はそもそも雛見沢という土地も知らなかった。この村みたいな、合掌造りの風景は見たことあるけどね」

 

「ふーん……あんたの世界のその土地はどんなところなの?」

 

「地名は忘れちゃったけど……世界遺産に登録されてて、世界中から観光客が来てるって聞いたような」

 

 ただの世間話が始まる。たまにはこういうのもいいよな。

 

「そう……なら、あんたの世界の園崎家は今以上の大金持ちになってるんでしょうね」

 

「あははは、そうかもね……。でも、多分とんでもない数の人が来て大変だと思うよ。あの祭具殿は荒らされまくってるかもしれないし、みんなの家もぱしゃぱしゃ写真を撮られたりするかも」

 

「私は祭具殿なんかどうでも良いけど……この子からするとそれは傍迷惑な話ね。それに、普通に生活してるだけなのに写真を撮って面白がられるのは……あまり愉快じゃないわね」

 

 梨花ちゃんは気だるげな声でそう言う。この子というのは、きっと羽入のことなんだろう。

 

「で、あんたはなんで死んだ訳?私みたいに死ぬ瞬間の記憶はなかったりするのかしら」

 

「いや。結構覚えてる。確か誰かを助けるために、冬の川に飛び込んでそのまま……」

 

 ここまで聞こえてくるような大きなため息の声が聞こえた。

 

「あんたの人騒がせな自己犠牲精神はその時からってわけね。それに私たちが助けられてるのは事実だけど……もうあんなことやめなさいよ。あんたが死んだら、きっとみんなおかしくなっちゃうんだから」

 

「もちろんわかってるよ……」

 

 そこで話が途切れた。真っ暗な部屋に、梨花ちゃんが独り言か、羽入と会話する声だけがぼそぼそと聞こえた。

 雪が降る今日のような日は、外も全く静かだ。静寂に包まれたまま、そのうちに眠くなって、目を閉じた。

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