雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第67話

 そうして俺たちは建設現場に行き、いくつかのアイテムを掘り返した。ポリレジン製の置物だとか、謎の看板だとか、きっと家の軒先に並ぶんだろうという品物だ。

 

 俺もだいぶレナちゃんのことが分かってきて、何がかわいい判定されるのかを理解してきたつもりではあるのだが、古いポストがかわいいものだという判定基準にはどうしても納得がいかない……。

 

「あー、今日は楽しかったね。手伝ってもらったら、こんなにもたくさんかぁいいものを掘り返せるんだねっ!」

 

「ま、ヒョロいけど男だしね。流石にこれぐらいは」

 

「あはは……そんなことないよ。レナよりもずっと力持ちで、とっても助かったんだよ?……だよ」

 

 そんなふうに少し話して、あとはもう帰るだけ、というムードだった。

 

 

「ねぇねぇ、こっちこっち。ほら、雄星くん。入ってみて」

 

 宝探しが一段落したあと、俺はレナちゃんの秘密基地だという隠れ家に招待してもらった。フレームだけが綺麗な状態で残る廃車をうまいこと利用した基地だ。

 レナちゃんは助手席の扉からすいすいと中に入って行き、後部座席に広がる、寛げるスペースを指さした。俺は、外からその中を見てみた。

 

 シートが完全になくなっている車内の空きスペースに、拾ってきたマットレスを引き、その上に綺麗なビニールシートを引いてベッドを形作っている。

 

 屋根のところにもシートをかけることで雨からも内部は守られているらしい。黒く塗りつぶされたシートにはいくつかの点が手書きで書かれており、夜になって下からライトで照らせばまるでプラネタリウムみたいにもなりそうな、そんな創意工夫を感じる。

 

「ほら、雄星くんも入って良いんだよ?」

 

 気に入った物が手に入って上機嫌なレナちゃんは、マットレスの空いているところをぽんぽんと叩いて、俺を中に誘ってくれる。くれるのだが……。

 

「嬉しいけど、服が汚れちゃってるからさ。せっかくの秘密基地を汚すのも悪いし、俺は外でいいよ」

 

 一汗かいて疲れているし、本当なら俺も秘密基地に入れてもらいたいところだったが、今日の作業で俺の服は汚れていた。せっかくの秘密基地を泥で汚すわけにはいかないので、俺はその辺に落ちてたドラム缶を横倒しにして、そこに座った。

 

 すると、少しして車の中からレナちゃんが出てきた。レナちゃんは無言でこちらへ向かってきて、すぐそばで立ち止まる。そして、ドラム缶に座る俺の肩を叩いた。

 

「な、なに?レナちゃん……」

 

 俺は色んな意味でドキッとした。何か気に触ることを言っただろうか?そんなつもりはなかったのだが……。

 

 レナちゃんは、ゆっくりと手を俺の目の前に差し出した。俺は困惑した。……どういう意味だ?

 

「うふふ、前のお返しだよ!」

 

 ぎゅっと、思ったよりも強く、レナちゃんは俺の手を握った。

 

 にっこりと笑って、俺の腕を掴んで引っ張っていく。前のお返しってのは、きっと俺の家での出来事のことを言ってるんだろうと思った。

 あの時俺は、雨に降られてびしょびしょになったレナちゃんを家の内に入れた。レナちゃんはそのお返しとして、服が汚れた俺を自分の秘密基地に入れてくれたらしい。

 

 レナちゃんの言葉を聞いて、俺は少し安心した。彼女に誘われるままに、車の中へと引き込まれていく。マットレスの幅は人2人が入るには少し狭いぐらいだが、俺たちの体がそんなに大きくないから、十分収まるサイズだ。

 

 しかし広いわけではない。思わずドキドキしてしまうような、近い距離感。……精神年齢が大人という俺の誇りはどこへやら、中学生の女の子にドギマギさせられっぱなしである。

 

「ねぇ、雄星くん」

 

 俺が変なことを考えていたその時、不意に声をかけられた。俺はちょっとびっくりしたが、落ち着いた風を装って答えた。

 

「なに?」

 

「私の過去のこと、みんなに黙っててくれてありがとね」

 

 いつもより静かなレナちゃんはそう言った。"レナの"ではなく、"私の"過去。今ここにいるのは、レナちゃんじゃなく、礼奈ちゃんなのだ。

 

「そんなの、当然だよ。俺にだって魅音ちゃんにだって、触れられたくない過去の一つや二つあるよ。魅音ちゃんは一つや二つで済まないだろうね」

 

 俺はちょっと茶化した。言ってから、真剣な話なのに冗談を言って気を悪くしたら悪いな、とも思ったが、レナちゃんは笑っていた。気分を害してはないらしかった。

 

「あはは……そんなこと言っちゃうと、魅ぃちゃんに失礼だよ?」

 

「そうだね。魅音ちゃんはすごく良い子だからね。人にはいろんな側面があって……別に全てを曝け出さなくたっていい。それに、人は変わるものだからね。昔のレナちゃんと今のレナちゃんは、きっと全然違うよ」

 

「そうだね。魅ぃちゃんも、他のみんなも……本当にいい人ばっかり。そんなみんなに囲まれて、私は本当に、幸せ者なんだよ……」

 

 レナちゃんはマットレスに倒れ込んで、天井を見上げてそう言った。その顔は何か諦めたような、現状に妥協したような、そんな顔だった。

 

 俺はその顔を見て、かつてレナちゃんが暗い顔をしていたことを思い出した。お父さんが帰ってくるのが遅いから、どうのこうの。きっと何か事情があるんだ。

 ちょうどさっき見た、洗面台の3つ目の歯ブラシ、化粧道具……あれが原因なんじゃないか?

 

「レナちゃん……」

 

「なぁに?」

 

「辛いことがあったらさ、俺じゃなくてもいいから、誰かに話してみたほうがいいと思うよ」

 

「……」

 

 レナちゃんは目に見えて、沈んだ顔になった。俺が辛いことを思い出させてしまったみたいで、申し訳ない気持ちが湧いてきた。

 

 レナちゃんは、マットレスに倒れ込んだまま、俺の目をじっと見つめた。冷たい口調で言った。

 

「茨城の学校に行ってた時、私は雄星くんに相談をしたよね。……しばらくは、一生懸命に返事を書いてくれてた。でも、私が本当に辛かった時、雄星くんは飽きて返事を返さなくなっちゃった」

 

「それは違う。俺は、ずっと返事を書き続けてた。ちゃんと送った。それが宛先不明で帰ってきたことは、一度もない。全部、届いてるはずだよ」

 

 俺は毅然と答えた。俺は、レナちゃんから返事がなくなっても手紙は書き続けた。毎月、同じ日に送り続けていた。それは、確かに届いているはず。

 

 レナちゃんは、俺の目を見た。俺は怯まずに、その目線を見つめ返した。彼女は少したじろいで、言葉に詰まったような感じだった。

 

「……そんなわけないっ。私だって病院にいる時、手紙がいつか届くのを期待して、たくさん、たくさん手紙を書いたよ。でも、一つも返事は来なかった!私は知ってるんだ。口ではどう言ってても、本当は、友達が辛くたって、みんなどうでもいいんだ……」

 

「俺はその手紙は受け取ってないよ。……お父さんに、確かめた?」

 

「何を?」

 

「退院してから、俺の手紙が来てないか、お父さんに一度でも聞いたことはある?」

 

 レナちゃんは、ハッとした顔になる。さっきよりも小声で、俺の言葉に答えた。

 

「な、ない……だけど、お父さんが隠すようなことは……」

 

「今の元気なレナちゃんなら、そんなことはしないと思う。でも、レナちゃんが心身を不安定にして、入院してる時のことだよ」

 

 レナちゃんは俯いた。もしかしたら、入院中のお互いの手紙は、何かしらの理由で届いていなかったのかも、というわけだ。

 本当にそんな理由で手紙が届いていなかったのかは俺にはわからない。しかし、今はそう言い切った方がいい、と思った。俺は、少しの疑いもなく、そう言い切った。

 

 やがて、泣き出しそうな声でレナちゃんが呟いた。

 

「私だって……誰かに相談したいよ。でも、みんなに話したところで、きっと解決なんかできない。自分の問題は、自分で解決するしか……」

 

「何でもかんでも、辛いことが相談して解決するとは俺も思わないよ。でも、少なくとも気持ちが楽になったりはするよ。自分が思ってることは、実は思い込みだったり、案外大したことじゃなかったり、別の解決策があったりするかも」

 

 レナちゃんは黙ったままだった。

 

「俺が詩音ちゃんの事情を解決する時、俺が事前にみんなに相談しておけば、危険な綱渡りをすることはなかった。俺の両親が死んだ件だって、もしかしたら、何とかなったかも……とにかく、1人で悩んで、いい事なんてないんだよ」

 

 レナちゃんは目を瞑った。俺の両親がいないことを、レナちゃんはとてつもなく悲しいことだと受け止めているからだろう。

 

「……俺は、レナちゃんの過去の過ちを止められなかった。手紙のやり取りをする中で、俺は多分、当たり障りのないようなことしか書いてなかった。遠くにいる友達だったし、手紙のやり取りでしか関わることはないと思ってたからね」

 

「うん……」

 

 レナちゃんは、悲しげな目で頷いた。

 

「レナちゃんが思い詰めて、事件を起こしたのは……あの時から友達だった、俺のせいでもあるのかもしれない」

 

「……そんなことない。でも、ありがとう……そこまで私のことを考えてくれてるのは、本当に嬉しい」

 

 レナちゃんが顔を上げると、その目は力強さを取り戻していた。レナちゃんは薄く笑って、俺に顔を近づけた。

 

「ふふふ、雄星くんは、何でこんなに私のことを気遣ってくれるんだろ?気になるけど……今はいいや」

 

 ぷいっと顔を背けて、彼女は続けた。

 

「じゃあ、私の悩み事。雄星くんには話してみるね」

 

 そしてレナちゃんは語り出した。

 

「私の家庭環境は、知ってるよね。お父さんだけが私の唯一の家族なの。私だけは何があってもお父さんの味方でありたいって、そう思ってる。でもね……最近、お父さんは水商売の女の人に入れ上げてるの」

 

「これは本当は言っちゃダメなんだけど……母との離婚調停で、お父さんは多額の慰謝料を受け取ってる。だから、働かなくても暫くは生きていけてるの。でも、そのお金をその女の人に注ぎ込んで、もう何百万円にもなってる」

 

俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。

 

「普通なら、お父さんが愛する相手を見つけたことは喜ぶべきことのはずだよね。でも、私はそうは思えない……派手な化粧で、言葉遣いも荒くて……あんな奴が私たちの家族という領域に立ち入ってくることが、耐えられないの。家での居場所がないように感じて……私が心を休められるのは、ここだけ」

 

 レナちゃんは、寂しい顔で車内の天井に貼られたプラネタリウムを眺めていた。

 

「部活動は楽しいよ?でもそれは、一時の楽しさに過ぎない。辛いことをほんの束の間、忘れさせてくれるだけなんだ。辛いことを解消してくれるわけじゃ、ないんだよ……」

 

 レナちゃんの独白はつまり、父親の再婚相手候補とうまく行っていないということらしい。

……小学生の多感な時期を家庭の不和で辛い気持ちで過ごしてきて、今度は中学生になって父親が水商売の女にハマるとは。本当に、複雑な境遇に生きてる子だ。

 

「それが今の悩み事。雄星くんはこれを聞いてどう思った?」

 

 レナちゃんはどこか諦めたような顔で、そう言った。

 

「俺は……レナちゃんが心配になった。それに、ちょっとレナちゃんのお父さんに腹が立った」

 

「お父さんは悪くないよ。お父さんも1人の人間で、幸せになる権利がある。離婚してるんだから、新しい愛を見つけることはダメなことじゃない!受け入れられない、私が悪いの」

 

 俺の言葉を聞き、レナちゃんはムッとした顔で俺に反論する。

 

「子供の意思を無視してまでか?レナちゃんの気持ちはどうなるんだよ。俺、さっき洗面台で見たよ。あの歯ブラシや化粧道具は、その水商売の女の人のやつだろ?中学生の子供がいるのに、水商売の女を家に泊まらせるなんておかしいだろ」

 

「おかしくない。2人は大人だし、大人の付き合いをしてるだけ。雄星くんに私たちの何がわかるの?私のお父さんを悪く言わないで!」

 

「俺にはわかんないよ。でも、レナちゃんは怒っていいだろ。確かにレナちゃんのお父さんには幸せになる権利があるよ?でもそれはレナちゃんもおんなじだよ」

 

「私は幸せだよ!幸せ。お父さんがいて、みんながいて……今より辛い思いをしたこともある。雄星くんも、梨花ちゃんも、ご両親を失ってる。それに比べたら、こんなの……辛くも何ともない!」

 

 だんだんヒートアップしていくレナちゃんは、自分に言い聞かせるみたいに、そう言う。しかしその顔は、とても幸せな人間のそれではないと思った。

 

「俺や梨花ちゃんと比べるって?悩みを抱えて、それを誰にも言えずにいるレナちゃんより、俺たちの方が幸せだよ。俺たちは親がいなくても、その葛藤を乗り越えた。レナちゃんは乗り越えてなんかない。辛さの原因を自分に求めて、自分の幸せに妥協して、諦めてるだけだよ」

 

「じゃあどうすればいいの!?どうしたら解決するの?」

 

「今言ったようなことを、お父さんに言おう。言わなきゃ、お父さんにもきっと伝わんないよ」

 

「そんなのわがままなだけだよ!言っても意味なんかない。それに、たった1人の家族が、私より、あの人のことを優先したら……私、耐えられないよ……」

 

 レナちゃんは泣き出しそうな声でそう言った。

 両親の離婚のこともそうだったのかもしれないが、彼女は、何でも責任を自分に求める傾向があるみたいだった。誰よりも気配りが出来て聡明だからこそ、雛見沢症候群の症状も進行したのかもしれない。

 

 俺は言い返しながらも、どこか冷静な心持ちで声を荒げるレナちゃんを見た。

 

「そんときは俺んちに来なよ。俺がレナちゃんの家族になるよ」

 

 俺は強く言い切った。少しして、俺は吹き出した。

 

「あはは……いや、笑ってごめんね。ちょっと、自分のセリフにツボっちゃったよ。こんな、軽薄な男みたいなことが言いたかったわけじゃないんだけど……」

 

 レナちゃんも俺の言葉にウケたらしく、ちょっと笑った後に大きく息を吐いた。

 

「俺たちは、まだまだ我儘を言っていい歳だよ。不満は思ってるだけじゃ伝わらない。レナちゃんのお父さんが、水商売の女を自分の娘よりも優先する人だとは、俺は思わないけど……思ってることを全部、お父さんにぶつけてさ。もし伝わんなかったら家出してきなよ。俺も魅音ちゃんも、沙都子も梨花ちゃんも、みんなレナちゃんを受け入れるよ」

 

「本当?」

 

 横並びの俺から顔を背けて、マットレスに伏せたレナちゃんが言った。

 

「あぁ。絶対だよ」

 

「そっか……うん、わかった。そうだね。私、お父さんにちゃんと伝えたことはなかった。態度で示すだけじゃなくて、勇気を出して、言ってみるね。もしダメだったら、雄星くんの家の一部屋、借りるからね」

 

 そう言ってレナちゃんはイタズラっぽく笑った。俺は笑って頷いた。

 

 明るいレナちゃんの裏にある竜宮礼奈ちゃんの人格も、良い子には違いなかった。

 

 俺は彼女の抱える悩みを少しでも和らげることができたのだろうか?それはわからない。しかし不満を口にすることで、ほんの少しは楽になったと思いたい……。

 

 湿った雰囲気になった俺たちは、どちらから言い出すでもなく車から出た。

 今日集めた宝たちをブルーシートに包んで、2人で持ってレナちゃんの家に運んだ。不法投棄されたものばかりで汚れているので、2人で協力して洗い流すことにした。

 

 レナちゃんの家の庭のホースを使って、汚れを水に流す。年頃の子供みたいに水を掛け合って遊んだりして、持ってきたものが全て綺麗になる頃には、太陽はすっかり沈もうとしていた。

 

「ふぅ、こんなもんでいいかな。見てよ、このカエルの置物。汚れを流したら、全然顔が違くない?俺らが鼻だと思ってた黒いやつ、ただの汚れだったんだよ」

 

「あはは、そうだね。でも、こっちの方がかわいいよ。きっとカエルさんも綺麗にしてくれて喜んでるはずだよっ!」

 

 そんな感じのことを話しながら、俺は手を洗うために家にお邪魔した。一番最初は俺を家にあげることを躊躇っていたレナちゃんだったが、今ではそんなに気にならないみたいだった。

 

 レナちゃんがブルーシートを倉庫に片付けると言うので、俺は先に家で手を洗わせてもらっているところだった。たまたまレナちゃんのお父さんが通りがかり、俺に気付いた。

 

「あれ、雄星くん、まだ礼奈と遊んでたのか。仲良くしてくれてありがとうね」

 

「いいえ、こちらこそです。礼奈ちゃんが俺たちの中で一番良識があって、俺たちのストッパーになってくれてますから。むしろ助かってます」

 

 と言うと、

 

「あはは、そうかなぁ。……娘と仲がいい男の子となると、父親としてはちょっと複雑な気持ちになるけどねぇ。でも、雛見沢に戻ってきてからは仲のいいお友達も沢山いるみたいで、嬉しい限りだよ」

 

 娘が仲良くしていたら嫌な男の子だと思われるような振る舞いはしていないつもりだ。少なくともネガティブな感情は抱いていないみたいで助かった。

 

「ちょっとお父さん。雄星くんはそういうお友達じゃないよ?」

 

 そこでレナちゃんが入ってきた。その言い方がなんだか面白くて、

 

「そういうお友達って、どういうお友達?」

 

 俺がそう聞くと恥ずかしそうに笑った。

 

「……知らない!ほら、手を洗い終わったんだったら、リビングに戻ってて?」

 

 と言って、手を洗いに行った。

 

 俺とレナちゃんのお父さんは目を合わせて苦笑した。こうして見てると、そんなに悪い人には見えないんだが……純粋で、優しい人だからこそ、巧妙な女の人に丸め込まれやすいのかもしれない。

 

 

 出してもらったお茶を啜っていると、そのうちにレナちゃんが戻ってきた。

 

「レナちゃん、おかえり。遅くなるとあれだし、もうそろそろ俺は帰るよ。今日はほんと、楽しかったよ。ありがとね。レナちゃんも色々あると思うけど、頑張ってね」

 

「うん。私もとっても楽しかった。今日は色々ありがとう。私、頑張ってみるね。あと……手紙のことも、ね」

 

 レナちゃんはそう言って俺を玄関まで見送ってくれた。俺は目を合わせて頷いた。

 

「お邪魔しましたー」

 

 俺が玄関から出ると、レナちゃんも外まで出てきた。

 偉く律儀だな、と俺は感心した。レナちゃんは俺を手を振って見送ってくれて、俺も手を振り返してレナちゃんの家を後にした。

 

 俺が自分の家の方に足を向けたとき、不意に遠くからクラクションの音が聞こえた。俺もレナちゃんも、その音が聞こえてきた方を見た。

 

 この村でクラクションの音が聞こえるのは珍しい。車の通行量が少ないこともあるが、お互いに人見知りであることが多い村民たちは、いちいちクラクションなんか鳴らさずに窓を開けて声をかけたりする。

 そもそも、みんなのんびりしてるし、車の通行量は少ない。クラクションを鳴らすようなことはほぼない。

 

 音の方向からは、唸るようなエンジン音が近づいてくる。薄明るい薄暮の時間に、似つかわしくない強いヘッドライトが遠くに見える。

 

 こっちに向かってきているんだろうか?この村でそんなに豪勢な車を持ってる人間といえば、俺は園崎家が真っ先に思いつくが、園崎家の人なら、こんなに目立つようなことはなさそうに思える。

 

 レナちゃんには何か心当たりがあるのだろうか?同じ方向を見る彼女の横顔を見ると、レナちゃんはあの廃車の中で見たような冷たい目をしていた。

 

「レナちゃん?」

 

「あ、うん。何かな?」

 

「あのバイクのこと、知ってるの?」

 

「……」

 

 態度が物語っていた。あのバイクはきっと、レナちゃんの父の交際相手が乗ってるんだろう。

 

 レナちゃんは俺を追い越して、早足で歩いて行った。どういうつもりだろうか?俺もそれに着いていく。

 

「私が家まで送ってあげるね。ほら、行こ?」

 

 と、レナちゃんはこちらに顔も向けずに言う。いつもにない早歩きで家の前を離れようとする彼女の顔はこちらから見えない。が、その表情は予測できる。嫌なことを思い出して、悲しい顔になっているに違いなかった。

 

 俺は黙ってその背中を追うことにした。レナちゃんが何も言おうとしないので、俺たちは黙ったまま道を急いだ。

 歩き始めて少しすると、そのバイクのヘッドライトがこちらを向いていた。

 

 眩い光がだんだん大きくなる。レナちゃんはそれがすぐそばに来てもそのバイクに顔を向けなかったが、俺たちの前でバイクが立ち止まると、観念したかのようにため息を吐いた。

 

 そのバイクに乗る女がヘルメットを外してみせて顔を覗かせた。その女の人は露出度の高い格好で、ピンク色みたいな派手な髪色をしていた。

 

「やっほー、礼奈ちゃん。隣の子はボーイフレンド?礼奈ちゃんも隅におけないわね」

 

 その言葉は多分その人のユーモアだったんだろうが、今の礼奈ちゃんはくすりともしなかった。俺は気まずい空気になる前に口を開いた。

 

「はじめまして。礼奈ちゃんのお知り合いですか?僕は牧野雄星と言います。礼奈ちゃんの友達です」

 

「あら、雄星くんね。初めまして。私は礼奈ちゃんのお父さんと仲良くさせてもらってるの。リナよ。よろしくね?」

 

 人当たりのいい笑顔でリナさんは笑う。お水の女の人だけあって、懐に入ってくるような、気安くて親しみやすい笑みだった。

 

「リナさんですね。よろしくお願いします」 

 

 俺らが話していると、暗い顔をしていたレナちゃんは思い出したように明るい顔に変わった。

 

「リナさん、こんばんは。今、雄星くんをおうちまで送っていくところだったんです」

 

「そうなの。私はちょうど、お父さんのところに行くところよ。じゃ、若いお二人のお邪魔はしないようにするわね。チャオ〜」

 

 リナさんは陽気に振る舞って車を発進させた。その赤い車が見えなくなると、レナちゃんはもう一度ため息をついた。

 

「あの人が、例の?」

 

「……あの人のことはいいから、行こ」

 

 俺はその言葉を聞いて、やっと分かった。レナちゃんが急に俺を家まで送ると言った理由は、きっとリナさんと家で鉢合わせたくなかったからなのだ。

 

「そう?じゃ、いいか。……そうだ、レナちゃん、暇なら俺のご飯作ってよ」

 

 多分、レナちゃんが俺を家まで送ってすぐに帰ると、そこにはリナさんと父とが2人きりになっているだろう。……2人は、「大人な関係」なわけで……まさか、こんな夕方からおっ始めるとはとても思えないが、レナちゃんにとって居心地の良い空間であるわけがない。

 だからと言って、レナちゃんの方から俺の家で時間を潰すような提案だってし難いだろう。

 

「でも、お父さんが……」

 

「お父さんも大人でしょ?それに、リナさんもいるんだし、ご飯ぐらいなんとかするはずだよ。それに、なんでもかんでもやっちゃあ、良くないよ。それよりも、料理の出来ない可哀想な子供のために、腕を振るってほしいよ」

 

「ふふ……確かにそうかもね。何でもかんでもしてあげることが優しさじゃないもんね」

 

 レナちゃんは納得してくれたみたいで、その後、俺の家で晩御飯を作ってくれた。普段の俺なら絶対に食べられない、手の込んだ温かい料理に舌鼓を打ち、お返しにお菓子と紅茶を振る舞った。

 

 

 夜になると、レナちゃんは憂鬱そうな顔で帰った。俺はそれを送って、彼女を家に帰した。

 

 もう時刻は夜だ。流石にレナちゃんが俺の家に泊まるのはどうかと思う。念の為、俺は先にレナちゃんの家に電話して、今からレナちゃんが帰ることを伝えた。

 

 レナちゃんも梨花ちゃんと同じように、みんなの前では自分を取り繕って生きている。でも、そのどちらの人格も素晴らしく出来た子だと俺は思う。

 もしも今のレナちゃんが雛見沢症候群が進行するとしたら、それは多分俺が原因だろう。そうなれば、今日使ったあの大きなナタが有効活用されてしまうかもしれない。

 俺は、レナちゃんのお父さんが賢明な判断をしてくれることと、そして手紙のことを覚えてくれていることを祈った。

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