雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第70話

 時は少し遡る。

 

 診療所の奥の部屋。そこは入江と梨花にとってはもう慣れた場所だった。梨花は定期検診の折に、入江に対して、聞きたいことがあると言って、奥の部屋に案内された。まだ冬の名残が色濃い頃だった。

 

「古手さん……どうしてそんなことを聞きたいんです?」

 

 入江はそう言ってメモに何かを記入し始めた。

 

 梨花は目を合わせようとしない入江に少し苛立ちを覚えたが、気にしないふりをして話を続けた。

 

「……つい、気になったのです。ボクが死ぬようなこと……例えば、興宮からの帰り道、ボクがふざけて自転車で遊んでいて、自動車に撥ねられたら……?その場合、村のみんなはどうなっちゃうのか。ふと気になっただけなのです」

 

 入江は、やはりそれを聞いても梨花の方に顔を向けなかった。そして、少しの間を置いて言った。

 

「……前にも、少しお話しはしましたね。とても大変なことになります……いえ、正確には、大変なことになると考えられます」

 

「それは、どういう意味なのですか」

 

「雛見沢症候群に類似している脳内寄生虫に関する事例では、集団自殺や暴動を引き起こしたケースが複数あるという話です。……この辺は鷹野さんが詳しいので、鷹野さんに聞いてみてください」

 

「それなら……ボクが死んだとして、入江たちはどうするのですか?村人全員を治療できるほど、治療薬の数はないはずなのです。もしも、みんながおかしくなってしまったら、どうしますですか?」

 

 梨花がそこまで言うと、入江は苦しそうな顔になって黙り込んだ。そしてしばらくの沈黙の後に、言いづらそうな顔で口を開いた。

 

「……古手さん。どうしてそんなことが気になるのですか?あなたに命の危険が及ぶようなことは、絶対に有り得ない。それだけははっきり言えます」

 

 入江は言い切った。

 

 それはきっと、自分を安心させるためなのだということは梨花にも理解できたが……これまでの経験上、入江が言った言葉は何の気休めにもならない、あるいは間違っていることは分かりきっていた。

 

「……ほんの、興味本位なのです」

 

「そうですか。あまり、気持ちの良い話ではありませんから。また、機会があればお話ししましょう……」

 

 入江は周囲を見回した後、小さな声でそう言って、部屋を出ていった。

 梨花は冷めた目で頷いて、日曜日の診療所を後にするのだった。

 

 

 

 その帰り道だった。梨花は雪道を歩きながら、小さな声で問いかけた。

 

「ねぇ、羽入。どうして私が死んだ後のことが、私に言えないのかしらね?」

 

「あぅあぅ……僕にもわからないのです。でも入江は、梨花が死んでしまった後のことを、知ってそうだったのです……」

 

 梨花だけに見える、可愛らしい少女の姿をした存在がふわふわと宙に浮かび、返事をする。こくこくと頷いて同意を示す。

 

「そうよね。あの反応は、明らかに何か特別な対策をとることを示していた。そして、話して欲しいと言われて、悩むそぶりを見せたということは……絶対に言えないことではないはず」

 

「それなら、何度も頼み込んでみるしかないのです。でも……」

 

 羽入は、梨花を気遣うような表情を見せた。しかし梨花はその顔を見て、不機嫌な顔に変わった。

 

「分かってる。あんたはどうせ、何をしたって意味はないって言うんでしょ?……あんたはこの世界を続けたいって思わないわけ?沙都子は家にはいないけど、いつも以上に幸せに生きてる。あんたのことを少しは認識できる雄星もいる。みんなは幸せで、これ以上ない世界なの」

 

 梨花は話しているうちにどんどんヒートアップして、声を荒げた。

 

「赤坂が生きている世界だって、何回に一回あるのか数えるのが難しいぐらいなのよ!?こんなチャンス、きっと、もう二度と無い。もう、チャンスはこの世界しかないのよ……!」

 

 羽入は、梨花のその言葉がむしろ梨花自身を追い込んでいるように思った。6月が近づくにつれて、梨花がいつも以上にカレンダーを気にしているのを羽入は誰よりも知っていた。

 

 その理由は、この世界が"いつ終わるのか"を気にしてしまって、仕方がないからだ。梨花はこの世界の皆が平穏に暮らす一方で、自分の命を狙う何者かの存在には少しも迫れていないことに危機感を募らせていた。

 

「確かにこの世界はボクにとっても心地がいい。ダム戦争はいつもよりは苛烈でなく、村の雰囲気も平和で、梨花のお友達も、みんな幸福に生きている。でも……」

 

 期待して裏切られたら、その時、梨花は……生きる気力を失ってしまうかもしれない。

 そう言いたかったが、羽入は言い淀んだ。

 

「いいわ。あんたがどう思ってても関係ない。私は私なりに足掻くだけよ」

 

 梨花は吐き捨てるように言った。

 

「既にこの世界での収穫はたくさんある。今日のことはまた入江に聞いてみる。沙都子も雄星も、私に協力してくれる。それがどれだけ助けになるのかはわからないけれど……やるしかないのだから」

 

 羽入は悲しい顔になって、やがて姿を消した。梨花は言い過ぎてしまったか、と少し罪悪感を感じたが、すぐに忘れることにした。

 

 

 

 

 そして、しばらく時が経った。それからも梨花は、何度か自分の死後のことについて入江に聞いた。時には、鷹野に聞いた。しかし、その度にそうならないように山狗が見張っているのだ、と返されるばかりだった。

 しかし、梨花は諦めなかった。自分が死ぬことで、誰が、どう得をするのか?それを知ることが、自分の死の原因について迫る大きな一歩だと感じていた。彼らからひた隠しにされればされるほど、何か、大きな変化が起こるのだということを理解した。

 

 

 年度が変わり、圭一が転校し、綿流しの祭りが近づいた6月のこと。入江は仕事で学校に訪れた。

 

「今日は月に一度の定期検診の日ですよぉ〜!」

 

 雛見沢分校では、月に一度定期検診を行なっていた。生徒数が少ないことが幸いして、全校生徒を一度に診ても数時間もかからない。

 そのため、午前中に全ての検診を終えることになっており、子供達からすれば授業がなくなってラッキーだと、快く受け入れられていた。

 

「おはよーっす、入江さん。あ、圭一。こちらは入江さん。村唯一の診療所を開業してる、若いのにすごい人なんだよ」

 

「あー!あの病院かあ。こんな若い人がやってるのか、確かに凄いな……おはようございます。はじめまして、入江さん」

 

「おはようございます、かんとく!」

 

 雄星と圭一、レナが教室近くにいた入江の姿を見て、挨拶をした。圭一は入江とは初対面だったが、お互いにシャイなタイプでもない。軽く打ち解けて、挨拶を交わした。

 

「おはようございます。初めまして、前原さん。私は入江京介と申します。雄星くんにご紹介頂いた通り、入江診療所という診療所の所長をやっています。よろしくお願いします」

 

 そんな友人たちの声を聞いて、教室の中から悟史と詩音も出てきた。

 

「悟史くんと詩音ちゃんも、おはようございます!」

 

「おはようございます、監督」

 

「おはようございますっ、監督。何かと思ったら、今日は検診の日ですか。あっちの学校にはちゃんとした検診はあんまりなかったから、慣れないですね」

 

 詩音はまだこの学校に転校して1年も経っていない。雛見沢分校の子どもたちが定期検診にはしゃいでいるのを、興味深そうに見つめていた。

 

 2人は挨拶を終えると、すぐに教室に戻って行った。

 

 今時、挨拶をするためだけにわざわざ出てくるとは、律儀で良い子たちだな……入江はそんなふうに思って、自らが待機しておく保健室に向かおうとした。そこを、呼び止める声があった。

 

「入江、おはようございますなのです」

 

「あぁ、おはようございます、古手さん。今日は健診ですからね。よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますのです。今年こそは、身長が伸びていると嬉しいのです」

 

「ええ、きっと伸びていますよ。古手さんは成長期ですから!」

 

 梨花は、つまらなそうな顔をして頷いた。

 

 話をそれぐらいで切り上げて、入江は保健室の中に入った。ドアを閉めようと振り向いた時、ドアのすぐそばに梨花がいた。

 

「古手さん?どうかしましたか?」

 

「何だか頭が痛いのです。きっと寝不足なので、保健室のベッドを借りようと思いましたのです」

 

 梨花はそう言って、何食わぬ顔で保健室の中に入ろうとした。その顔色や様子を見る限り、別に疲れてはなさそうだと入江は思ったが、

 

「あぁ、そういうことでしたか。検診の準備がありますが、少し寝て改善しないようなら、私が診ましょう。どうぞ、入ってください」

 

 入江としては、別に断る理由もない。そんなことを言って、梨花を保健室に招き入れた。

 部屋の戸が閉まり切ると、梨花はてくてくと部屋の中へ歩いて行った。その足取りは確かなものだった。

 

 梨花は堂々と椅子に座った。対面するようにキャスターのついた椅子を入江に差し出して、座るように促した。

 

「診療所では話しづらいことだったら……ここで話して欲しいのです。……ボクが死んだ後のことについて」

 

 入江はとうとう観念した顔になった。仕方ない、という顔で口を開いた。

 

「このことについて、詳しく知っているのは鷹野さんですが……どうしても気になるというのなら、お教えしましょう……あまり良い気にはならないはずですが。構いませんか?」

 

 梨花は黙って頷いた。入江は、椅子のキャスターをくるりと回転させて後ろを向いた。それはまるで、己の罪を懺悔するために、懺悔室の壁に向かって話すようだった。

 

「古手さんが万が一亡くなる、あるいは、何らかの理由で村人が集団で末期発症してしまった場合。我々……いや、"東京"はある措置を取る予定です」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で入江は言った。その声には、嫌悪感が滲み出ていた。我々、と言わず"東京"と言ったのはその表れだった。

 

 梨花はそんなことは意にも介さず、その先を催促した。その目は、入江が今までに見たことがないほど、真剣だった。

 

「措置、というのは?」

 

「……ガスを用いて、末期発症した、あるいは末期発症する疑いのある、村人たちを殺害します……そうすることによって、さらなる被害の拡大を防ぐ、というわけです」

 

「……そんなことが……毎回、起こっていたというの?」

 

 梨花は小さく呟いた。入江にはその呟きは聞こえていなかった。しかし、梨花がショックを受けたことは理解できたようで、入江は慌てて補足説明をした。

 

「すみません、血腥い話ですから、あまり聞かせたくありませんでした……しかし何度も言うようですが、絶対にそんなことはあり得ません。治療薬の開発もかなり進んでいますから……あと、数年。数年もあれば、きっと解決しているはずです。村の皆さんの症状が改善すれば、このような措置も撤回させることができます」

 

「あと数年って……入江は、何の根拠でそう言うのですか?」

 

 入江の言葉を聞いた梨花は、責めるつもりは一切なく、そう言った。しかし入江は、苦しそうな顔をしてぽつぽつと語り出した。

 

「……このことは、本当は古手さんには言ってはいけないのですが……あと数年で、雛見沢症候群の研究は打ち切られてしまいます。私は何としてでも、それまでにこの病を根絶します。約束します……!」

 

 梨花は入江の言葉に驚いて、声も出なかった。入江はそんな梨花を見て、気まずそうな表情で立ち上がった。

 

「すみません。私は定期検診の準備があります。古手さん、この話はもう終わりにしましょう。もうすぐホームルームが始まりますよ。古手さんも教室に戻ってください」

 

 入江の言葉は、もうこれ以上話すつもりはないという意思を示していた。しかし梨花は、少しの間、たった今聞いたことに対する衝撃でその場を動けなかった。

 

 梨花は少し経った後、黙って保健室から出て、校舎の裏に行った。自分が今聞いた事実を、受け止めるだけの時間が欲しかった。今のままで教室に戻って、平静を保てる自信はなかった。

 

 倉庫のようなところで、梨花は1人、物思いに耽った。

 

 雛見沢に住む全ての人間の命は……自分にかかっている。

 

 よくわからない理屈で、自分の死後、村人が全滅するという話を入江や鷹野から聞かされてきた。

 実際、自分の中ではそれほど信じてはいなかった……自分が死んだ世界で雛見沢の村民が雛見沢症候群を発症するなんて、いまいち実感が沸かなかった。

 

 しかし、現実は違った。女王感染者だとか、そのフェロモンがどうだとか、外国のいくつかのケースでそういった事実が見られるとか、よくわからないことを根拠として、国の機関が村人を皆殺しにするのだと言う。

 

 信じたくないのは山々。しかし、他でもない入江京介がそう言ったのだ。

 

 彼が信用できなければ、診療所に信頼できる人間なんていない……梨花は、自分の背に重くのしかかる責任に息が詰まった。私が、死ねばみんな死ぬ。……この世界でこそは、私は絶対に死ねない……。

 

 校舎裏から教室に戻る時も梨花は今日聞いた話を頭の中で反芻していた。階段を登り、俯き加減で歩いていたところで、教室から出てきた人影とぶつかった。その衝撃によって、不意に、梨花は現実に引き戻された。

 

「みぃ……」

 

「梨花ちゃんか、ごめんごめん。……って、どうかしたの?顔が真っ青だよ」

 

 梨花は目の前にいる人を見上げた。そこにいたのは牧野雄星だった。梨花は驚いた様子だったが、ぶつかったのが慣れ親しんだ友達だと気付くと、ふっと息を吐いて少しリラックスした。

 

「……何にもないのです。ほら、もうすぐホームルームですから、ボクは教室に戻るのです。にぱー⭐︎」

 

 梨花は、先ほど聞いたことを今すぐに言おうかと、少し悩んだ。しかし短い時間で伝えられることではないのは明白だった。やっぱり黙っておこうと、いつもの笑みで誤魔化した。

 雄星はその微笑みにいつもと違う不自然なものを感じて、思わず声をかけた。

 

「何かあった?」

 

「いや。本当に、なんともないのです。ただ、お腹が空いちゃっただけなのですよ」

 

「……何かあったら、いつでも言ってね」

 

 雄星は、梨花の目をじっと見つめて小声で言った。梨花はその言葉に黙って頷いて教室に戻って行った。その心の中は、不安でいっぱいだった。

 

 今日の学校が終わった後、雄星と沙都子に、伝えよう……。梨花はそう決めて、教室へと戻った。

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