雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺たちがその日、梨花ちゃんから聞いた話は信じられないものだった。
今まで聞いていた、雛見沢症候群のこと、"女王感染者"という話だって俺と沙都子は大きな衝撃をもって受け入れた。しかし、それに加えて、こんなにショックを受けるようなことを聞くなんて思っていなかった。
「ま、まさか、監督がそんなことするわけありませんわ……梨花、その話は本当でして?わたくし、とても信じられませんわ……」
梨花ちゃんは忌々しげな顔で頷いた。梨花ちゃんだって、信じたくないはずだ。
自分が死ねば、自衛隊という国家権力の力によって、雛見沢村の住人全てが殺害される……そんなこと、想像をすることも出来ない。
「残念ながら、本当のようなのです。ボクは、診療所の裏にある組織がどれほど大きいのか知っていますです」
「でもさ、そんなの不可能じゃない?雛見沢村だって、1000人以上の村人がいるはずだよ。それを全員、殺すだなんて……」
「ガスを使うらしいのです」
「ガス?そんなの、どこに……」
沙都子は小さな声でつぶやいた。この村に、凡そ、殺人ガスが隠せそうな場所なんて存在しない。俺もそう思った。だが、俺の記憶の片隅に、古い記憶が蘇った。
「まさか……谷河内?」
梨花は、重々しい顔で頷いた。梨花も、谷河内の採石場のことは知っているらしい。
「谷河内、谷河内というと……あの、ほとんど誰も住んでいない山奥のことですわよね?」
「ああ。あの時、沙都子はまだ小さかったよね……数年前、俺と魅音ちゃんと友達たちで、曰く付きの採石場に行ったことがあるんだ。そこで、俺たちは作業着を着た男に、今すぐにここを出ていけって怒鳴られた。たぶん、あれが……」
「山狗に違いないのです。そこに何があるのか。僕にはもう、想像がつくのです……」
俺の言葉の続きを、梨花ちゃんが続けた。
「あの時、温泉みたいな匂いを感じたけど……それが多分、俺たちを殺すためのガスなんだろうね」
「ほ、本当なんですの?」
沙都子は話についていけないと言う様子で、しばらくはぽかーんとした顔のままだった。だが、俺たちがあまりにも深刻な顔をしているので、それが嘘ではないのだと悟ったらしい。
「梨花の警護をしているのは、それほどまでに強引な口封じをする人たちですのね。……2人が私にこの話をしたがらなかった理由も分かりますわ」
「……ボクも、そんなことをする連中だとは思ってもいなかったのです。研究に邪魔な人間を殺めることはあっても、雛見沢症候群を発症する可能性があるというだけで、無関係な村人が殺されるだなんて……」
「でも、そんなに秘密を保持する能力がある人たちが、どうして梨花ちゃんの警護に失敗するんだろうね?」
俺は、ふと思いついた疑問を口にした。
話に聞くところでは、山狗、ないし"東京"は、雛見沢症候群の研究や、秘密保持に尋常ではないコストをかけている。1人の少女の命に1000人以上の命運がかかっているのだから、当然なのかもしれないが……そもそも、容赦なく村人を抹殺する準備をしていること自体が、おかしな話だ。
それで、どうして梨花ちゃんは一度も山狗に助けてもらったことがないのか?考えたことがないわけではなかったが、結局結論は出ない。
「確かにその通りですわね。梨花はその予言の中で、山狗に助けを求めたことや、助けてもらうことなんかは、出来そうになかったんですの?」
梨花ちゃんは悲しい顔になって、言った。
「……ないのです。一度も、山狗が助けになったことはないのです」
一度も、という言葉に沙都子は可愛らしく首を傾げた。ただ、疑問があるのは俺も同じだった。
「なんでだろうね。採石場の警備にすら人を配備できて、さらに秘密を知った人間を消すことができるほどの組織が、どうして梨花ちゃん1人すら守れないんだろう」
そこで、沙都子が小さな声で何かを言った。
「その、山狗……本当に信頼してよろしいんですの?」
「少なくとも、ボクの生活が山狗に支えられているのは事実なのです。だけど、彼らが命を賭してボクのことを助けてくれるとは……」
「……梨花、もしかしたらの話を致しますわ」
沙都子は、気の毒そうな顔で梨花ちゃんを見据える。梨花ちゃんは何の話か分かっていないようだったが、俺には何となく分かった。
「梨花は、山狗には守られていないのではありませんの?」
梨花ちゃんは、聞くなり、座布団から立ち上がって反論した。
「そんなっ……彼らからすると、ボクが死ぬことは絶対に避けなければならないことのはず。そんなことは、あり得ないのです!」
「入江先生や、鷹野さんからするとそうかもしれませんわ。けれど、梨花が死ぬことで、得する人間が1人もいないとは、考えられませんわ。損をする人がいれば、得する人がいるのが世の常。例えば……何人いるのかは分かりませんけれど、山狗を買収するとか?とにかく、山狗を絶対の味方だと考えるのは、よした方がいいと思いますわ」
あくまで冷静な沙都子に、梨花ちゃんは言葉を失った。少しの間、目を瞑って考えてから、口を開いた。
「……確かに、沙都子の言う通りなのです。ボクを一番殺しやすいのは、ボクを監視して、行動パターンを知り尽くしている、山狗なのです……!」
言葉を区切りながら、慎重にそう言う。梨花ちゃんは恐怖に身を捩るように、震えた手で湯呑みを握って、口にしようとした。沙都子はその手を両手で掴んだ。
「山狗とやらが頼りにならなくたって、私たちがいますわ。心配しないで良くってよ、梨花!」
梨花ちゃんは、沙都子の気休めの言葉は耳に入っていないようだった。ショックのあまり、何も言えないままで、俯いた。
長い間信じ続けてきた、自分を警護してくれるはずの山狗が、実は自分を殺す張本人だったのかもしれない、という話が出てきたのだ。無理もない。
「まだ、本当にそうかはわからないよ。でも、その可能性があるってことは、頭に入れておいた方がいい」
梨花ちゃんは少し経ってから、顔を上げた。その顔は、恐れを乗り越えているみたいだった。
「そうね。山狗も、小此木も、鷹野も、富竹も……入江も。信頼は、できない。私が信頼出来るのは、沙都子、雄星。あなたたちだけよ」
梨花ちゃんは自嘲するようにそう言った。しかし、諦めて死のうなんてつもりは少しもなさそうだった。
小此木、という人間の名前は知らないが……名前を呼んだ順番からして、山狗の関係者だろう。梨花ちゃんは、"東京"の関係者を、一旦全員信じないことに決めたらしい。顔馴染みである入江さんや鷹野さん、富竹さんが梨花ちゃんの命を狙うなんて想像もつかないが……用心をするのに越したことはない。
ただ、本当に自衛隊の特殊部隊が相手になると、どうやって梨花ちゃんを守ればいいのかは見当もつかない。
もしも山狗が本当に敵なのであれば、梨花ちゃんや俺たちを殺す方法なんて百通りはある。沙都子が周囲にいくらトラップを仕掛けようが、何人かの男がこの家に押し入って、消音器付きの拳銃を2、3発撃つだけで俺らは全員死ぬ。
今更ながら、俺はとんでもない方に首を突っ込んでいることを、そして、それに沙都子も巻き込んでしまったことを、ほんの少し、後悔する気持ちが芽生え始めていた。
……しかし、梨花ちゃんが悪いわけじゃない。むしろ、彼女が死ねば俺たちも殺されるのはわかったのだ。むしろ、彼女にはなんとしてでも生きてもらわないと困るわけだ。
沙都子は、安心させるような温かい笑みを浮かべて、不安げな梨花ちゃんの肩を撫でた、
「私たちだけではありませんわ。梨花、私たちには心強い仲間たちがいるではありませんの」
「あ……」
沙都子は多分、魅音ちゃんやレナちゃん、部活メンバーを巻き込んでしまおうという話をしているのだ。
確かに沙都子の言う通りだ。レナちゃんや圭一、悟史くんは正直、一般人だが……魅音ちゃんや詩音ちゃんは、違う。何とか説得できれば、安全なところに匿ってくれるかも。そうだ、あの地下のバンカーなら多分、見つかりはしないだろう。でも……巻き込んでいいのか?という話がある。
「……確かに、そうなのです。ボクの決心が出来れば、きっとみんなに打ち明けたいのです。でもそれは、まだ早い気がしますのです。いつ、誰にこのことを話すかは、ボクに任せてほしいのです」
「当然ですわ!」
俺たちはそれからも色々と話をしたが、何も有効な策は出てこなかった。
相変わらず、トラップを仕掛けるとか、いろいろ聞き込みしてみるとか。それぐらいしか出来ない。取り敢えずは何か変化が起こるのを待って、それに対応するしかないという後手後手の策を取るしかなかった。
昭和58年6月は、まだ始まったばかりだった。