雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第74話

 モヤモヤした気持ちを抱えてトイレを済ませた俺は、すぐに店外で待つレナちゃんの元へ戻ろうとした。

 

 トイレの窓からはタバコの臭いがする。たぶん、あのチンピラが窓を開けてタバコを吸ってるんだろう。で、すぐそばにあるトイレの窓からその煙が入ってくるってわけだ。

 

「そんで、雛見沢の旦那はもう無理なんかい?」

 

 俺はそこで、変な会話と、聞き覚えのある声が聞こえてきて足を止めた。

 男の声だ。雛見沢?正に、俺の住んでいるところだ。

 長居する気はなかったが、その言葉に思わず立ち止まった。

 

「そうねぇ、邪魔が入っちゃって、もうこれ以上引っ張るのは難しいわね」

 

 それに答える女の声。俺はこの声を、どこかで聞いたことがあるような気がした。

 

「なんね、その邪魔っつうんは。ワシが解決出来んのかい?絞ってやったら、もうちょいとは出てくるんとちゃうんかぁ?」

 

「相手は堅気だし、もう完全に私のことは忘れてるみたいだしね。そこの子供にも嫌われて、あんまり突くと面倒ごとになりそう。それよりさ、もっと良いヤマがありそうなのよ」

 

 ……俺は嫌な予感がした。この声、もしかしてリナさんじゃないのか?

 

 リナさんは、レナちゃんのお父さんが少し前まで入れ上げていた水商売の女の人。雛見沢の旦那ってのはつまり、レナちゃんの父のことなんじゃないだろうか?先ほどの金髪のチンピラと組んで、カモにしようってわけだ。……レナちゃんの父には失礼だが、どうして彼があんなにもこの女に迫られていたのか納得がいった。

 

「おぉん、そりゃあ何ね?」

 

「鉄ちゃん、もし乗らないにしても、秘密よ?園崎家の上納金よ。とあるルートで、上納金が収められてる金庫の鍵を手に入れられそうなの」

 

 俺は隠れて聞き耳を立てているのも忘れ、え?と声をあげそうになった。なんでそんなやばい犯罪のことをこんな喫茶店で口にしてるんだ、こいつらは。

 

 めちゃくちゃ馬鹿なのか、あるいは命知らずなのか。成功するかどうかはさておき、こんなとこでする話じゃない。

 

「そりゃあほんまかい?でも、危なくないんかぁ?園崎に楯突いたら、この辺じゃあ生きていけんで!」

 

 男の懸念は尤もだ。犯罪をやったとして、その金を使えなきゃ意味ない。

 

「バカね、金だけ手にしたら飛ぶに決まってんでしょ?上納金さえありゃ、南国に10年はバカンス行けるわよ?」

 

 女はそう言って陽気に笑う。……俺は、この女があのリナさんだとは思いたくなかったが……きゃはは、と軽薄な笑い声を出すその女は、多分俺の知るその人だった。

 

 そんな上手く高跳びできるわけない。いくら昭和の世界だって、そんな生温い出国管理じゃないだろう。一切足がつかなければ、成功するものなのだろうか……?

 

「そんな上手く行くんならぁ、ええけどなぁ……」

 

 男がそう言ったところで、俺はそこで聞くのをやめた。人が近づいてくる足音が聞こえたからだ。俺は手を洗っていたふりをしてその場をやり過ごして、そそくさとトイレを出て行った。

 

 トイレを出て、チンピラの席の前を通る時、リナさんがこっちを見ていた気がした。俺はその視線に何も気が付かなかったふりをして、店外へと急いだ。

 

 俺は外へと出ようとしたところで、1人の男とぶつかった。

 チンピラがいる嫌な雰囲気の店だということもあって、俺は平謝りをしようとしたが、むしろその男の人の方が恭しく頭を下げてくれた。

 

「おっと……これは失礼しました。大丈夫ですか?」

 

 その人は、黒いスーツを着た、厳ついサングラスの男だった。その後ろには、詩音ちゃんもいる。

 

「いえ、こちらこそすみません……って、葛西さん?」

 

「あら、ユウくんじゃないですか。あ、もしかしてレナさんとデート中?」

 

 多分店に入る前にレナちゃんとすれ違ったんだろう。詩音ちゃんの揶揄う言葉に、素直に笑う気分になれなかった俺は曖昧な顔を浮かべて誤魔化した。

 

「詩音さん、野暮なことをいうもんじゃあありませんよ。では、私たちはこれで。失礼しましたね、お二人とも」

 

 葛西さんは落ち着いた口調でそう言って、頭を下げる。下がった頭の耳元に、俺は小さく声をかけた。

 

「葛西さん、ちょっと秘密で話したいことがあるんですが、大丈夫です?」

 

 俺の様子にいつもと違うものを感じ取ってか、葛西さんも小声になった。

 

「……それは内密な話でしょうか?……ここではなんですから、今日の夜……そうですね、今夜の8時くらいに、詩音さんの電話にかけてください。そこで聞きましょう」

 

「ちょっと葛西?雄星くんとなに話してるの?」

 

 俺たちがボソボソ話していると、詩音ちゃんは自分に隠れて何の話をしているのかと唇を尖らせる。

 

「詩音さんが野暮なものですから、これでは悟史くんとの関係も心配だという話ですよ」

 

 葛西さんは誤魔化すように笑いながら言った。

 

「もう、絶対そんな話じゃないでしょ!ま、いいです。邪魔してごめんね、雄星くん。レナさんにもよろしく伝えといてください」

 

「うん、じゃあ、俺はこれで!」

 

 そんなことを言って俺は店外へ出た。そこでは、レナちゃんがむすっとした顔で待っていた。

 

「おまたせ」

 

「ううん。待ってないよ。……せっかくゆっくり話してたのに、災難だったね」

 

「そうだね。ま、まだ時間はあるしね。よく考えたら、スーツなんて荷物になるし、引き取りにはゆっくり行かせてもらおう。俺のおすすめのお店をいくつか紹介するよ!」

 

 俺は盛り下がった雰囲気を楽しい感じにするために、元気よくそう言った。そしてレナちゃんを連れて、俺の行きつけの雑貨屋、洋菓子店、輸入食品店なんかを巡った。結局、目的のスーツを取りに行く頃には夕方になっていた。

 

 

 用事も済んで、俺はスーツの入った袋を抱えながら共に興宮から帰った。

 

 レナちゃんの手には、雑貨屋で買ったいくつかの可愛いアイテムの袋が握られていた。楽しんでくれたようで何よりである。

 

「たまにはお買い物も楽しいね?雄星くん、また行こうね!」

 

「そうだね。建設現場跡で宝探しもいいけど、店に宝探しに行くのもそれはそれで楽しいよ」

 

 俺はレナちゃんに対して、今日のチンピラたちの話をするか悩んだ。リナさんがあそこにいたのは予想外だった。そして俺がこれを伝えると、レナちゃんはまた辛いことを思い出してしまうかも。俺は今日のことは黙っておくことにした。

 

 興宮から雛見沢に入る砂利道を少し歩いたところで、レナちゃんは立ち止まった。

 

「ねぇ、雄星くん」

 

「なに?」

 

「茨城での私の友達は、結局上辺だけの繋がりだった。私は、雛見沢のお友達全員が本当に好きだけど……こんなに親身になってくれるのは雄星くんだけだよ。どうしてこんなに優しくしてくれるの?」

 

 雛見沢症候群に罹っているから……というのも、理由の一つ。あとは……なんでだろうな。レナちゃんが幸せに暮らせる世界でないと、俺たちみんなが不幸になってしまうような気がするっていうのもある。

 

「何だろうね……なんだか、放っておけない感じがするのかも。こう……危なっかしい感じ?」

 

「ふふふ、安心して。私は危ないことなんかしないよ?」

 

 ……レナちゃんなら、リナさんを2度と家に来れないようにするぐらいのことは、容易くやってしまいそうだ。俺が変な想像をしていると、レナちゃんは優しく微笑んで、言った。

 

「ねぇ、私……さっき、雄星くんがすぐに店を出て行こうって言った理由、分かってるよ。リナさんがいたからだよね」

 

 実は、あのチンピラの片割れがリナさんであることに気付いたのは、トイレに行ってからだったが……そこはわざわざ言うことでもないだろう。

 俺は頷いた。

 

「あ……うん。そうだよ。レナちゃんが嫌な気持ちになるかなと思って……」

 

「あの女は、やっぱり金目当てでお父さんに近づいてきたんだよね。それで、私がそれに気づいたら傷付くと思ったんでしょう?ふふ、今更だよ。お父さんとお話しした時に、何となく気づいてたよ」

 

「そうだったんだ。じゃあ、いらない気遣いだったね……」

 

「ううん。その気持ちはとっても嬉しかったよ?ありがと、雄星くん」

 

 正面からこんな甘酸っぱいことを言われると、俺もなんて言っていいのかわからなくなる。揶揄うように笑うレナちゃんに対して、俺は恥ずかしいのを隠して、早足でレナちゃんの家へと急いだ。

 

 レナちゃんのお父さんは、言った通り、町内会の掃除を完璧に終わらせて、コーヒーで一服しているところだった。俺は今日買ってきた洋菓子をいくつかレナちゃんのお父さんにも振る舞って、夕方ごろに家に帰った。

 

 

 その日の夜。俺は、今日あったことを葛西さんに電話した。

 

「もしもし、牧野雄星です。詩音ちゃんのお宅ですか?」

 

「はい、間違いありません。葛西です。どうも、雄星くん……どうしました?」

 

「それが、ちょっと葛西さんの耳に入れておきたいことがありまして……」

 

「あなたほどの方がそう言うとは、どうやら、只事ではなさそうですね。どうぞ、お話しください。メモをとっておきます」

 

 葛西さんは俺のことを色々と勘違いしているみたいで、すごく丁重に扱ってくれる。これはいつものことで、少し居心地が悪く感じることもある。ただ、今に限ってはありがたい話だった。

 

「確証がある話ではないのですが……葛西さんは、鉄ちゃん、という名の男と、リナと名乗る女のことを知っていますか?」

 

「……ええ。それほど詳しくはありませんが」

 

 葛西さんは少し経ってからそう言った。

 

「その人たちのこと、伺ってもいいですか?」

 

「普通の人になら話しませんがね……牧野くんなら、いいでしょう。どうやら、深刻な話のようですから」

 

 俺が興味本位で聞いているわけではないことを分かってくれたみたいだった。

 

「男の方は、北条鉄平。雄星くんとも仲がいい、沙都子さん、悟史さんの叔父です。奴は興宮や鹿骨市内に暮らす雀ゴロです。雀ゴロというのは……賭け麻雀で生計を立ててるわけです。代打ちなんかもしてるようですが、それほど収入があるわけではなく、女のところでヒモのような暮らしをしています」

 

 あいつが……沙都子と悟史くんの叔父。

 

 凄く前に一度だけ見たことがあったが、その時は実際に話したりしたわけではない。あんな反社みたいなやつだったとは、思いもしなかった。

 

 ……って、魅音ちゃんも葛西さんもそっち側の人間なんだけど。でも、北条鉄平は明らかに筋の通らない、強請り集りの常習犯のように見えた。あんな半グレを園崎家の人間たちと比較するのは間違いというものだろう。

 

「で、その女というのが……リナという人なんですね?」

 

「ご明察です。その女は、間宮リナと名乗る女です。リナというのは源氏名で……確か、律子というのが本名のようです。彼らは美人局のようなことをして、泡銭を稼いでいる奴らです。間違っても、雄星くんが関わり合いになるような連中ではありません」

 

 葛西さんのその言い方は、暗に、俺にこの件から手を引くようにと言っているようだった。だが、これは俺に関わることというよりもむしろ、園崎家に属する葛西さんに関わることだ。俺は引き下がらず、口を開いた。

 

「確かにそうなんですが……その、間宮リナという女が、変な話をしていてて。たまたま耳にしたので、一応話しておきたいんです」

 

「ほぉ……変な話ですか。聞かせて頂きましょう」

 

 葛西さんの声色が少し変わった。言い表しづらいが、いつもの優しい強面のおじさんではなく、園崎家の用心棒の声だった。

 

「園崎家への上納金が収められてる倉庫があって……で、間宮リナは、その倉庫の鍵のコピーを入手したと言っていました。それを使って、上納金を盗んで、海外へ高跳びをするつもりだとか何とか言ってました」

 

「……それは本当ですか?いつ、どこで?」

 

 葛西さんは俺の言葉に食いついた。こんな話、何で俺が知っているんだ、と怪訝に思っているみたいだ。それも当然。まさか、俺だってあんな筒抜けの場所で秘密の会話をしてるとは思わなかった。

 

「今日、喫茶店でお会いしましたよね。あの時、小さく聞こえたんです」

 

「まさか、こんな話を彼らは喫茶店でしていたんですか!?そんな馬鹿な」

 

 信じられないような声が受話器からは聞こえてきた。俺だって、信じられなかった。

 

「本当にそんなことをするのかはわかりません。何かの悪い冗談かもしれません。ただ、万が一のことがあったら、と思って連絡しました。一応、頭に入れておいて頂けたらと思います」

 

「わかりました。金庫の鍵を作らせた業者がありますから、そこから話を聞いてみることにしましょう。貴重なお話をありがとうございます。本当かどうかはわかりませんが……ふ、私が入店した時、彼らが顔の色を変えた理由がわかりました」

 

 話はもうそろそろ終わりになりそうだった。しかし俺は、もう一つ伝えておかないといけないことがあった。

 

「すみません、最後に」

 

「どうかしましたか?」

 

「もしこれで、その2人が悪いことを企んでいても……その、せめて痛めつけるだけにして欲しいです。殺さないで欲しいんです」

 

 電話口の向こうからは、何も聞こえてこなかった。葛西さんは俺の言葉の意味を考え込んでいるようだ。

 

「……」

 

「俺が密告したことによって、2人の人間が死んだとなると……俺は強い罪悪感を感じます。これは俺のエゴなので……もし、そうするにしても、絶対に俺に伝わらないようにしてくれませんか」

 

 少し経ってから、葛西さんはようやく返事をした。

 

「……もちろん、本当にそんなことをしでかすかはわかりませんから、命に関わるようなことはしません。雄星くん、ご安心頂いて構いませんよ。要件はそれだけですか?」

 

 俺を安心させるようなその言葉だった。ヤクザの世界は、きっと甘くはない。それを本当に守ってくれるのかはわからない。とはいえ、約束してくれたのは確かだ。俺はそれを、信じてみようとは思った。

 

「はい。では、失礼します」

 

「妙な連中の話を聞いて、お疲れかと思います。今日はゆっくり休んでください」

 

「そうさせて頂きます。葛西さん、お時間を作ってくれてありがとうございました」

 

「いいえ、こちらこそ。では、失礼します」

 

 そう言って葛西さんは電話を切った。

 

 ……今日はいろんなことがあった。とにかく、怖い大人とよく遭遇する。運が良いのか悪いのか、どっちかは俺にはわからないが、最近は退屈しないことばっかりだ。

 

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