雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第75話

 ある休みの日のことだった。

 

 家で大人しくしていた俺に、梨花ちゃんからの一本の電話がかかってきた。

 

「この前、約束していたのを覚えていますですか?沙都子と雄星に、お料理を教えてあげますです。今からボクのおうちに来て欲しいのです!」

 

 電話はそれだけを伝えると、すぐに切られた。俺はすぐに理解した。……梨花ちゃんは自分に迫る危機の、何かに気づいて連絡をしてきたのである。

 

 俺は読んでいた本をそのへんに置いて、適当な身支度を済ませると、すぐに家を出た。

 6月も下旬に差し掛かる頃だ。日差しは強く、そこかしこで虫の鳴き声が聞こえる。耳が痛くなるような蝉の大合唱をBGMにして、俺は自転車を漕いだ。

 

 俺が神社の大きな階段に差し掛かるころには、すでに沙都子の自転車があった。きっと、俺と同じように電話が来て、すぐに駆けつけたのだ。もう既に上に上がっているらしい。

 つい、気になってその自転車の鍵を見てみる。鍵は相変わらず掛け忘れていた。不用心なやつ。鍵をかけておいて、後で返してやろう。

 

 うんざりするような長さの階段を、俺は急足で登る。

 

 夏にこの階段を登るのは暑すぎるし、冬だったら雪でそれどころじゃなくなる。梨花ちゃんがここに住む理由は、正直わからない。もしかしたら、山狗が警護するためだったりするんだろうか?

 

 階段も半分ぐらい過ぎた頃、神社の上の方から人影が降りてくるのが見えた。最近は年寄り連中も綿流しの手伝いのために神社には集まってる。俺は眩しい逆光で誰だかわからないその人に、自分から声をかけた。

 

「こんにちは!」

 

 間近になってみると、その人は筋骨隆々の男だった。なんだ、知り合いかと安心する。

 

 彼は俺の姿を認めると、その体躯に似合わぬ人懐っこい笑みでこっちに笑いかけてくる。丸いメガネの縁に日差しが反射してきらりと光った。

 

「雄星くんか。こんにちは。今日は暑いねぇ!雄星くんは梨花ちゃんに用事かい?」

 

「そんな感じっす。なんか、お料理教室をしてくれるらしいです。富竹さんも来ます?」

 

「あははは……僕が行くとお邪魔になっちゃうよ」

 

「まあでも、俺らが富竹さんと鷹野さんのお邪魔をすることもありますからね……」

 

 俺が冗談でそんなことを言うと、富竹さんは顔を赤くして、照れたように笑った。

 

「あはは……ぼ、僕と鷹野さんはどんな関係に見えてるのかな?雄星くんが想像するような……」

 

 富竹さんがニヤニヤしながら言った時、その後ろに人影が現れた。富竹さんは嬉しそうな顔で振り向いた。

 

「あら。私とジロウさんは同じ趣味のお友達よ。ねぇ?」

 

 美しい金色の髪を夏の風にたなびかせて現れたのは鷹野三四さんだった。富竹さんを下の名前で呼ぶのはこの村で彼女だけ。ミステリアスな雰囲気を漂わせて、薄く微笑んでいた。

 

 富竹さんは残念そうな顔で振り返った。

 

「た、鷹野さん……戻っていたんだね。そう、鷹野さんは写真に興味があるらしくてね。写真撮影のことを教えたりしているんだよ!」

 

「そうなの。ジロウさんは写真については詳しいのよ。なんていったって、カメラマンですものね。私はまだ初心者で、色々と教えてもらっているところなの。手取り足取り、ね?」

 

 俺は実際に富竹さんはカメラマンではないことを知っている。……心の底にある不信感を隠して、鷹野さんの冗談に対して、にこやかに笑った。

 

「あ、ははは……それほどでもないけどね。神社の上の高台で、一緒に写真を撮ってたんだ。僕たちはもう行くよ。じゃあね、雄星くん」

 

 そう言って富竹さんは階段を下って行った。

 

「雄星くん。また会いましょう。今度は梨花ちゃんのお話でも聞かせてちょうだい?くすくす……」

 

 鷹野さんは階段を下ってきて、俺の顔を覗き込んでそう言った。

 

 まさか俺が彼らの正体をわかってるとは思ってないはず。俺はいつも意味深な彼女の発言は気にしないようにして、手を振った。

 

「はい。みんなの知らない梨花ちゃんのこと、教えてあげますよ」

 

 俺のそばを通り過ぎてから、鷹野さんは立ち止まって俺の方を振り返った。にやりと笑って、小さな声で言った。

 

「そうね。祭具殿のことでも聞いてみてちょうだい。そうだ、祭具殿に入らせてくれるように説得してくれたら、私もこの村の、そして梨花ちゃんの、とっておきの秘密を教えてあげるわよ?」

 

 鷹野さんは踵を返して階段を下っていく。俺たちの会話は富竹さんには聞こえていなかったみたいだ。変な顔をした彼は、鷹野さんをちらちらと見ながらゆっくり階段を降りて行った。

 

 思わぬエンカウントに驚いたが、今のところ問題はなさそうだ。あの2人が信頼できるわけではないが……梨花ちゃんの話では祭りの日には殺されると言うのだ。

 

 彼らには大変申し訳ないが……今のところ、彼らを救う手立ては見つかっていない。何しろ、入江機関の研究者である鷹野さんと、政府機関との繋がりを持つ富竹さんが殺されるのだ。手を下す何者かは、間違いなく普通の人間ではなく、何かの権力に繋がる者だ。

 

 あるいは、山狗が、自らの飼い主を噛んだ結果ではないかと俺は思っていた。山狗という実行部隊の人間たちが、何らかの理由で雇い主である鷹野さんや富竹さんを裏切って、殺害する。その後、梨花ちゃんをも殺害して逃走するというわけだ。

 

 この山狗という部隊は、常に入江機関のために動いているわけではないはず。もっと上の組織からの命令で入江機関を監視していて、梨花ちゃんに危険が迫った時に対応するためにも配備されてはいるが、決して忠誠心を持つ兵士ではないんじゃないだろうか。

 

 ならば、鷹野さんや富竹さんの属する派閥と敵対する人間が、山狗のことを買収して梨花ちゃんたちにけしかける、なんてのはそんなに違和感はない。現に、梨花ちゃんは守られてないと聞くし。

 

 彼らに綿流しの日のことを伝えずに見殺しにするのは、道徳的には許されることではない。しかし……俺は2人よりも、梨花ちゃんの方が大切なのだ。

 

 と、考えていると梨花ちゃんの家の前まで来た。相変わらずインターホンなんかはないので、玄関口をノックする。

 

 すぐさまドアが開いて、沙都子が現れる。

 

「早くお入りなさいまし!今日は梨花の大お料理教室ですわ!」

 

 沙都子はやけにはしゃいでそう言った。ちょっと、違和感を感じた。

 

「そりゃあ楽しみだね。お邪魔しまーす」

 

 梨花ちゃんの家はいつものように綺麗に整えられていた。

 

 ちゃぶ台の上には、小さなテープのようなものが置いてあった。梨花ちゃんはその前に複雑な面持ちで座っていた。

 その顔は確かに、大事なことがあったということを雄弁に物語っていた。

 

「雄星、ようこそいらっしゃいましたのです。お料理を教えてあげますのです!」

 

 早速本題に入るのかと思いきや、梨花ちゃんは真剣な顔のままで、しかしいつもの可愛らしい口調で言った。

 

 どういうことかわからず、俺は梨花ちゃんの方を見たが、梨花ちゃんはこっちを見て小さく首を傾げた。

 

「でも梨花、冷蔵庫には食材があんまりなくってよ?」

 

 と、沙都子。梨花ちゃんは困ったような口ぶりで、

 

「本当なのですか?みぃ……困ったのです。それなら、食材を買ってきて、雄星の家でお料理教室をするのです!」

 

 俺はわざとらしい2人の言い方に、なんとなく意味がわかってきた。

 

 彼らは、今ここにいる俺たち以外の誰かにこの話を聞かせている。

 

 恐らくだが、もはや梨花ちゃんの家ですら秘密の話をするのが危険になるような、何事かが起こったのだ。俺も調子を合わせることにした。

 

「ま、俺んちの方が台所広いしね。3人ぐらいなら並んでお料理出来るよ?」

 

「確かにそうですわね。そうと決まれば、早く行きましょうですわ!」

 

 家に入ったばっかりの俺は、すぐさま梨花ちゃんの家を出て行った。ちゃぶ台の上に置かれていた小さなテープは、梨花ちゃんが黙ってポケットに入れた。

 

 そのテープのことについても気になったが、俺は黙っておいた。多分、ここで聞けば2人のこれまでの会話の意味がなくなってしまうに違いない。

 

 神社の境内を抜けて、階段に差し掛かる。夏の昼下がりの日差しが俺たちに降り注ぐ。梨花ちゃんは少し不愉快そうな顔になって、俺の影に隠れた。

 

 神社の階段を降りた後、2人は緊張状態から解かれたように息を吐いた。

 

 安心するのはいいが、どこで誰が何を見ているかはわからない。取り敢えず今は、お料理教室のフリを続けることにした。このまま俺の家に直行して秘密の話をするよりは、どこか人気のあるところを通ってからの方がいいだろう。

 

「商店街にでも寄っていこうぜ」

 

 そんなことを言って、商店街の方へ向かった。俺たちは村の人たちに揶揄われたりしながら、いくつかの食材を買って俺の家に向かった。

 

 

 

「ただいま〜」

 

「お邪魔しますのです」

 

「お邪魔いたしますわ!」

 

 俺たちは広さだけはそこそこある俺の家の居間に集まった。購入した食材は一旦置いておいて、まずは先に大事な話を聞こうとしていた。

 

「ここなら多分、大丈夫なはずなのです……!」

 

 梨花ちゃんは、大きな安堵のため息をついた。先ほどまでは気丈に振舞っていた沙都子も、心なしか、気を抜いた顔に変わった。

 

「一体、何があったんだ?」

 

 梨花ちゃんは黙ってポケットに入れていたテープを取り出した。指に挟んで見せつけるように、俺たちに差し出した。

 

「……ボクはここ最近、毎朝家を出る時に玄関の扉に小さなテープを貼っていましたのです。これは、何者かがボクの家に入っていないか確かめるためなのです」

 

 そこまで聞いて事情を察した沙都子が声を上げる。

 

「まさか……」

 

「今日電話をしたのは、これが理由なのです。今日学校から帰ると、そのテープが外れていたのです。これはつまり、ボクが不在のうちに何者かが家に入っていたことを示していますです。……さっきは2人が察してくれて良かったのです。ボクの家で秘密の会話をするのは、もはや危険なのですよ」

 

 うんざりしたような顔でそう言う梨花ちゃん。

 ということはつまり、普段梨花ちゃんを警護しているはずの山狗が、梨花ちゃんの家に侵入した、あるいは何者かの侵入を許した、ということだ。

 

「流石に俺の家にまで監視の目が届いてることはないはずだし、ここでなら秘密の会話もできる。ただ、あんまり大きな声で話すのは怖いね」

 

「そうですわね。いつここに目をつけるかはわかりませんわ。……私の家にはにーにーがいる。にーにーを巻き込んで危険な目に遭わせたくはありませんし、ユウには悪いですけれど、秘密の会話をするのはここだと決めた方がよろしいですわね」

 

 俺も頷く。梨花ちゃんからはまだ話があるようで、テープをテーブルの上にそっと置いて、さらに話を続けた。

 

「それと、もう一つ。沙都子が仕掛けてくれたトラップが一つ作動していましたのです。神社の上から、下までの電話線が通っているところに、人間が通った跡があった……これは恐らく、電話も盗聴されていると仮定した方が安全なのです」

 

 納得出来るかもしれない。梨花ちゃんが過ごしてきたいくつもの世界の全てで、犯人は梨花ちゃんを追い詰めている。そのためには、盗聴くらいはやってるだろう。大切な友達が本当にそんな目に遭うとは、うすら寒い心地になった。

 

「あぁ、あのトラップだと、しっかり痕跡が残りますわね……あらかじめ符号を決めてて良かったですわ。料理教室は本当にずっとやっておりますし、電話で話してもそんなに不審でもないはずですわ」

 

「その通りなのです。沙都子のトラップに感謝なのですよ」

 

 梨花ちゃんは、そう言って笑った。しかし、やはりどこか無理をしている感じがした。

 

「それにしても、そんな状況なのに、綿流しの日に梨花を家に居させるのはあまりにも危険ですわね……」

 

「梨花ちゃんがいいなら、俺んちに泊まりなよ。今日からでもいいよ?」

 

「……雄星には危険が及ぶかもしれないのですが……いいのですか?」

 

 梨花ちゃんの目がこちらに向く。いつもより頼りないその視線は、冷静さの裏に助けを求めるような、弱々しさがあった。

 

「もちろん。今更だよ」

 

「お待ちなさいませ。私のトラップが作動してすぐに住処を移してしまうと、梨花が敵の存在に気付いたことが向こうに伝わってしまうかもしれませんわよ。……犯人が綿流しの日まで犯行に及ばないとするなら、住居を移すなら、綿流しの日の前日。早くとも、2日前くらいにした方がいいですわ!」

 

 沙都子は言う。確かにそうかもしれない。盗聴器があるにせよないにせよ、梨花ちゃんのことを監視している何者かがいるのは確かだ。みすみす梨花ちゃんがその脅威に気づいていることを知らせる必要もないだろう。

 

「……その通りかもしれませんです。雄星。綿流しの前日と当日、それから2、3日くらい……ボクと一緒に危険な目に遭ってもらいますです」

 

「臨むところだ。ここまで来れば、一蓮托生ってやつだよ。……そうだ。今日、言おうと思ってたことがあった」

 

「何かしら?」

 

「綿流しで犠牲になるはずの鷹野さんと富竹さん。彼らが死ぬということは、恐らく"東京"と山狗が梨花ちゃんの殺害に関わってるってことだよね」

 

「そういうふうに予測していましたわね。それが何かありましたの?」

 

「……この2人を救えたら、梨花ちゃんを狙う人間の計画が頓挫するという可能性は、ない?」

 

 梨花ちゃんは考え込んだ。恐らく、今までの記憶の中を思い返して、何か手掛かりはないかと探しているのだ。

 

「……可能性はあるわ。私が知る、全ての世界で……2人は死ぬ。それも、全く同じ死因で。鷹野は、山奥でドラム缶に詰め込まれ、焼死体になって見つかる。富竹は重度の雛見沢症候群を発症したかのように、喉を掻きむしって、死ぬ」

 

 梨花ちゃんの口調は大人びたものに変わった。

 

「2人を説得できれば、その未来を回避できる可能性はあるんじゃないのか?」

 

「もちろん、私だって考えたことはある。しかし、2人に死の危険があると伝えても、子供の戯言だと切り捨てられるだけよ。意味なんかないわ」

 

「……鷹野さんを動かすことなら、多分出来るよ。それにはオヤシロ様の許可がいるかもしれないけど……」

 

「オヤシロ様の許可、ですの?」

 

 沙都子は訝しげにそう言うが、梨花ちゃんはすぐに意味がわかったらしく、ニヤリと笑って頷いた。

 

「祭具殿ね。そこは確かに考えたことがなかった。祭具殿に入れてやるとか、祭具殿にあるものを一つぐらいくれてやるとかで、鷹野は動くかもしれないわね。鷹野を説得できれば、多分富竹も何とかなる。やってみる価値はあるかもね……」

 

「やろう。実は今日、梨花ちゃんの家に向かう時に2人に会ったんだよ。で、鷹野さんが言うには、祭具殿に入れるよう説得してくれれば、梨花ちゃんの秘密を教えてあげるわよ、だってさ。どーせ碌なことじゃあないだろうけど、梨花ちゃんの秘密も気になるし」

 

「ふん、私に秘密なんてないわよ。定期検診は日曜日だけど、綿流しの前は私も忙しいから、変則的なスケジュールになる。明日、診療所へ行って鷹野に言ってみるわ。雄星に鷹野を祭具殿に入れるように言われた、とね。それなら、誰も怪しまない。あんたと私の関係は、村中に噂されてるものね?くすくす……」

 

 梨花ちゃんはわざとらしく笑った。沙都子はちょっと居心地が悪そうにして、小さく咳払いをした。

 

「こほん!綿流しまであと1週間もありませんわ。出来ることはどんなことでも、やってみるしかありませんわね」

 

 沙都子はこの場を取り仕切るように、そう締めくくった。

 

 

 俺たちはそれから、ちゃんとお料理教室を開いた。

 

 今日は、肉じゃがを作った。教室とはいうものの、俺は具材を切るばかりで、ほとんど2人が作って、3人で食べるだけだ。

 そのあとは、いつものように紅茶と甘いものを俺が振る舞った。日々を窮屈に暮らしている梨花ちゃんが、少しでも心を休められていればいいのだが。

 

 夕方になって、2人は家に帰っていった。怪しまれたらダメだ。心配だからと言って、俺たちが梨花ちゃんの家についてくわけにはいかない。

 

 自分が暮らしているその場所を敵に監視されているかもしれないのに、梨花ちゃんは気丈に振る舞っていた。

 俺はその姿を見て、何としてもこの子を救うと覚悟を新たにした。

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