雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺たちは北条鉄平から逃れ、診療所で電話を借りて大石さんに奴のことを通報した。
聞くところによると、大石さんは何かの犯罪の疑いで北条鉄平と間宮リナのことを捜索していたらしく、すぐに駆けつけてくれた。
大石さんが部下の人間と共に鉄平を逮捕してくれたあと、沙都子は買い物を家に片付けに行った。時間も遅いし、そのまま帰ると言っていた。
炎天下に生鮮食品をしばらく放置してしまった訳だし、もしかしたらダメになっているかもしれないが……当然だろう。
その一方で、俺はしばらく、裏山の入り口で大石さんと話し込んでいた。
「私たちも彼らのことを探していたのですが、まさか園崎の本拠地とも言える村の内部にいるとは。命知らずというか、灯台下暗しというか……豪胆なやつです」
大石さんはそう言って、タバコの煙を吐き出した。もう辺りも暗くなり始める頃だ。夕暮れ時の空に、紫煙が立ち昇る。
「何で警察があいつらを?」
「あの男は雀荘で違法なレートでの賭博を繰り返したり、薬物売買までしたりしていたとか。何でも、匿名通報だったらしいですなぁ……」
「匿名通報?」
「ええ。情報をくれたのが誰かは知りませんがね、誰かさんが頑張ってくれて、令状が出るのがとーっても早かったんですよ。なっはっは!」
大石さんは、その「誰かさん」のことが好きではなさそうだった。
「大石さんは、あんまり探したくなさそうですね」
大石さんは俺の言葉を鼻で笑うようにして、言った。
「そうでもないですよ。我々は市民を守るためにいるんですから。実際、君たちの話を聞く限り、悪い人だったわけですしねぇ」
「俺は、あいつには帰ってきて欲しくないんですが……どれくらいの間この村からいなくなるんですか?」
俺が聞いた。今回のことで、恨みを買ったのは確かだった。これで執行猶予なんてついた日には、その期間に何かされそうだ。
「そうですねぇ、あなた方に暴行しようとしたのは、周囲の村人たちが証言していますから。元々、仁義もないチンピラです……他にも掘れば色々出てきそうですし、少なくとも、あなた方が成人するまでは出てこれないでしょう。あなたのお友達は安心して暮らせるはずです。それに何より……」
「何より?」
「んっふっふ、園崎に睨まれて、のこのことこの村に帰って来れると思いますか?そんな命知らずなら、更生して警官になって欲しいぐらいですよ」
大石さんは、笑い飛ばすように言った。つまり、その匿名通報や令状を出すのに力添えをしたのは、園崎家だというわけだ。
それにしても、暴力的な奴だとは思ったが、まさか薬物とは……それが本当なのかは知らないが、とにかく、まともな奴じゃないのは確かだろう。
「それはよかった……」
やはり、捕まっていればろくなことにはならなかった。沙都子のトラップワークに感謝だ。
先ほどまで警察官の顔をしていた大石さんは、今度は少し砕けた感じになった。呆れたような顔で、俺を諭した。
「よかった、じゃあありませんよ。雄星くん、あんたは本当に危険なことに巻き込まれる才能がありますねぇ……あなたを追っていれば、今年の祟りにも遭遇できそうな気もしますよ」
「ははは……なら、綿流しの日は俺に護衛でもつけてください。もう刺されるのはごめんです」
「なっはっは、一考の余地あり、と言ったところですなぁ……もう遅い時間です。雄星くんは帰ってください。そうだ、うちの若いものに送らせましょうか?」
大石さんは、後ろに控えていた元気そうな若い警察官を指で指してそう言った。だが、俺は断ることにした。このまま車で帰ってしまうと、今日買った飯がおじゃんだからな。
「いいえ、大丈夫です。一旦、荷物を取りに行かないと。沙都子の家の近くに、買い物を置いてきたまんまなんですよ」
「そこまで送っていかせてもいいですが……ま、いいです。気が変わったら言ってください。私はしばらくこの辺りにいますから。じゃ、良いお年を〜」
いつも通りの変な挨拶に会釈を返して、俺はもう一度北条宅の近くまで行くことにした。
俺はしばらく探したが……ない。あの、買い物をした袋がないのだ!今日、俺は沙都子に倹約して、丁寧に生きると言ったばかりだ。それなのに、今日の数千円分の買い物を放置して家に帰るわけにはいかない。肉は腐ってるかもしれないが……今日中に火を通せば、食えないこともないはずだ。
取り敢えず俺は、何故その場所にないのかを考えることにした。
落としたのが、この場所じゃないとか?
そんなことはない。俺は今日のことをよく覚えている。北条宅が見えて、沙都子が立ち止まって、その顔が青ざめていく様を見た。そして、鉄平がこっちに向かってくるその風景は、きっとしばらく俺の頭からは消えないだろう。
あるいは、動物が持っていったとか?
いや、それもないだろう。この辺はちょっとした生き物は出るが、どんな動物だろうと袋ごと持っていくようなことはないはず。
やっぱり、誰かが不審に思ってどこかに持っていったとしか考えられない。取り敢えずは聞き込みだ。俺は近隣の民家を何軒か回って、買い物袋を見てないかと聞いて回った。
伝えられた話をまとめると、買い物袋はずっと近くに置いてあった。道路の真ん中からどけて、もう少し綺麗なところに置き直してくれたという人もいた。しかしその人が動かした場所にもなかった。
……探しても見つからないものは仕方がない。丁寧に生きるがどうこうとかいう話ではなく、見つからないものは見つからない。
俺は一旦諦めて、家に帰ることにした。大石さんに頼めばよかった。俺はとぼとぼと歩き始めた。
もうすっかり辺りは暗くなっていた。ひぐらしが鳴き始めた。どことなく不気味な雰囲気が漂う、暗い夜道を1人歩いた。
今日あったことを思い返す。……沙都子は、自分の叔父という自らのトラウマに打ち勝った。理不尽な暴力に怯える少女ではなく、得意なトラップを生かして恐怖を乗り越えた。
しかし、今日の沙都子のトラップを見ると、梨花ちゃんに迫る敵に対しても、裏山に逃げ込めば何とかなりそうな気すらしてくる。が、それぐらい梨花ちゃんが試してないわけがないか。
結局のところ、沙都子のトラップがいくらクリーンヒットさせて、追っ手を阻んだところで、問題の根本的な解決には至らないのだ。敵はいつまでも梨花ちゃんのことを追ってくるだけだろう。
敵から逃げれば、あるいは敵を打ち倒せばどうにかなるという話ではなくて、脅威が梨花ちゃんに向く状況そのものを改善しないといけないのだ。
では、それはどうすればいいのか?俺には、わからなかった。
梨花ちゃんを狙うそいつ、あるいはそいつらは、梨花ちゃんの家に侵入したり、電話線に細工をしたりすることで梨花ちゃんのことを探っているはず。
犯人をこの村に関係のある者とするなら、やはり怪しいのは"東京"や、診療所の関係者たち。しかし、鷹野さんと富竹さんは綿流しの日には死体で見つかるという。
何度も何度も考えたこの問題。梨花ちゃんが死ねば、この村全体が滅びる可能性があるという話が、事態を一層ややこしくしていた。
そんなことを考えていると、暗い中に、一際大きな建物が見えた。診療所だ。
俺は鉄平のことを通報するために、一度診療所を訪れた。もしかすると、買い物袋を持っていった誰かは、俺が診療所にいると思って、善意で運んでくれたのではなかろうか……?
一度診療所に向かって、俺の買い物袋を知らないか聞いてみよう。もし、誰もいなければそれはそれでいい。"東京"が24時間営業じゃないことをしれてラッキーってなもんだ。
俺はそんな考えを元に、夜の診療所に近づいていった。
だんだん近づいていって、俺は悟った。ここに、俺の荷物が置かれてることはない。
いわずもがな、入り口はすでに閉まっていて、中は暗い。微かに光る、非常灯だけがぼんやりと浮かんでいた。
まさか裏口から声をかけるわけにもいかないし、何より、診療所の裏側にある"東京"と、下手に関わり合いになりたくはない。"東京"も、入江機関も、午後8時を過ぎたら休んでいるらしいということがわかって、一安心だ。
俺は諦めて、とっとと帰ろうと思った。……その、見覚えのあるピンク髪を目にするまでは。
俺が診療所を後にして離れていくとき、裏口の窓でコソコソと何かをやっている姿が見えた。俺はそれをしばらく見つめて、その人影が少し前に何度か遭遇した間宮リナさんであることに気付いた。
彼女は、窓を静かに揺らして、鍵が開いていないかを確認しているみたいだった。
園崎に続いて、今度は入江診療所。危ない橋を渡って金を稼ぐにしても、もっと上手くやれよ……俺はそんなふうに思った。
彼女の姿を視界に捉えたまま、少し悩んだ。俺が声をかければ、彼女は空き巣をやめて帰るかもしれない。逆に、俺が声をかけなければ、きっと犯罪を完遂するだろう。もしかすると、手頃な石で窓を割って、中に入ってしまうかも。しかし、その結末はわかりきってる。
様々な機密情報を管理している入江診療所は、当然セキュリティも完璧だろう。であれば、コソ泥の1人が忍び込んだとしても、すぐにそれに気付くに違いない。
俺の心の中で問題なのは、彼女が殺害されるかどうかだ。
普通の法定手続きに則って彼女が裁かれるというなら、レナちゃんの父の分も裁かれて欲しい。
しかし、秘密を知られそうになった山狗たちに容赦なく殺されるというなら、話は違う。いくら彼女が半グレの仲間で、鉄平の愛人で、レナちゃんの父を騙していた奴でも……死ねばいいとまでは、思わない。
俺は声をかけて彼女に空き巣をやめるように言うか、無視して家に帰って寝るか、ほんの数秒ほど考えた。そして、話しかけることにした。
「すみません!リナさんですよね。何をしてらっしゃるんですか?」
間宮リナの中では、俺はまだただの村の子供のはず。声をかけても、多少変だが、因縁をつけられるほどでもないはず。迷った結果、声をかけることにした。
「え!?あ、あぁ。えーっと……雄星くん、だったかしら?奇遇ねぇ、こんなところで会うなんて……」
驚いた様子の彼女は、顔をひくひくと震わせて俺の言葉に答えた。
「はい。たまたまここを通る機会があって、見覚えのある人を見かけたので声をかけました。お仕事終わりですか?お疲れ様です。僕も診療所に用事があったんですけど、もう閉まっちゃってますね」
「えぇ、そんなところよ。またね、雄星くん」
彼女は明るいお姉さんを装って、貼り付けたような笑みを浮かべた。たった今、診療所の窓にかけていた手をひらひらとさせて、笑っていた。
自分が何をしていたかには全く触れず、俺をやり過ごそうと言うのだ。凄い度胸。
まあ、いい。流石に、今からもう一度空き巣を企もうとは思わないはず。
「ええ、さようなら……」
俺がそう言って間宮リナに背を向けた。
間宮リナがいた方から、静かな足音が聞こえてきた。良かった。空き巣は諦めるつもりらしい。その方がいい。
園崎家の上納金も、診療所の秘密も、最初から触れようとしなければ痛い目に遭ったりはしない。
しかし、その足音がだんだんと早まり、俺に近づいてくる。俺はそれを不自然に感じて振り返った。
「死ねやぁっ!」
そこには「手頃な石」をいつの間にか手に持ち、俺に振りかぶる間宮リナの姿があった。先ほどの笑顔は消えた。眉間に皺を寄せて、目を見開いていた。
「うわぁっ!?」
俺は頭を下げてそれをなんとか躱した。しかし、すぐさまもう一撃が来る。避けられそうになかった。
彼女が手に持つ石が眼前に迫り来る中で、俺は自分の浅慮を後悔した。園崎組の上納金を奪おうとし、診療所を空き巣するような奴が、子供に暴行することを躊躇するはずもなかった。
歪な形をしたそれが、俺のこめかみに叩きつけられた。俺は頭と衝撃で地面に転がった。激痛が走る。砂利や小石が俺の体を引っ掻いた。
どうしよう、逃げないと……しかし、逃がしてくれそうにはない。
地面に体を投げ出した俺は、ゆっくりとこちらに迫る女の方を見た。
リナは。凶悪な笑みを浮かべて、ニヤニヤと笑っていた。
この女は、人を殺すことにそれほど大きな覚悟もいらないらしい。どうやら、ただのチンピラではなく、本物の悪人だったらしい。……あの時、葛西さんに……命は助けてやって欲しい、なんて言わなきゃ良かった。
俺が出会ってきた、好感の持てない人たち……北条の村八分に賛成した意地悪な村人や、発症によって俺を殺そうとした北条玉枝とは違って、こいつは追い詰められれば人も殺められる、そんな人間だったのだ。
「てめぇがチクったことぐらいわかってんだよ……お前がいなきゃ、私は園崎の金を手に今ごろ海外だった。いや、そもそもあのカモに逃げられることもなかった……それが、今や鉄ちゃんまで行方不明で、私は勤め先からもお払い箱で、明日の飯を食うにも困る始末……!とっとと、死に晒せやっ!」
間宮リナは大声を出しながら、地面に横たわる俺の首を絞めた。俺は懸命に足掻く。ジタバタと体を動かし、身を捩り、逃れようとするが……大人と子供の力の差は、どうにもならない。
刹那、俺の頭には走馬灯が走った……ギターでイキってた幼年期時代。沙都子と悟史くんを村八分から救うために村の人たちと対峙し、両親が死んだ。
それからは、梨花ちゃんの秘密を知り、共に祟りを乗り越えようと頑張ってきた。詩音ちゃんの時もなかなか大変だった。
あの時も死にそうな思いをしたが、仲間に助けてもらった。でも今、俺の近くに仲間はきっといない。今回ばかりは、ダメそうだ。
頭に血が滞る。酸素がなくなり、意識がぼんやりしてくる。リナが、意地悪な笑みを浮かべる姿が、俺の瞼に映る最後のものになるとは。……最悪だ。
……梨花ちゃん、ごめん。偉そうなこと言っておいて、綿流しまでに死んでしまうなんて……。
「待ちなさい。そこのあなた、診療所の人間じゃないわね?ここで何をしているのかしら」
朦朧とした意識の中で、俺が自分の死を覚悟したその時、間宮リナの背後から声が聞こえた。
「誰だ!?くそ……ちょっと待ってろ!」
間宮リナは目撃者がいることを悟って、焦った顔でその声の方に向いた。それと同時に、俺の首へとかけていた力もなくなった。
咳き込み、急いで呼吸をする。少しずつ、頭がはっきりしてきた。
俺はなんだか聞いたことがあるような先ほどの声に、驚きと、命が助かるかもしれないという少しの希望を感じて、その声が聞こえてきた方を向いた。
鷹野さんが、診療所の入り口の扉からこっちを見ていた。その冷たい目は、間宮リナに向けられている。
「くすくす……厄介ごとに巻き込まれるのが好きな雄星くん。祭具殿の借りを返してあげるわ。あなたは私に背を向けて逃げ、速やかに家に帰りなさい。そして、この女のことは忘れることね」
「鷹野さん……でもこいつは……」
「いいから逃げなさい。2度目は言わないわよ」
鷹野さんは冷たく言い放った。入江診療所の裏の顔を知っているから、察しの良くない俺でもわかる。俺のことは助けてやるが、間宮リナに対処する方法を見られては困るから、背中を向けて逃げろ、と言っているのだ。
「あ、ありがとうございます、鷹野さん!」
俺はすぐに立ち上がった。俺の弱った体でも、幸い、真っ直ぐに走ることぐらいは出来た。
痛む頭を堪えて、懸命に家までの道を走った。
どれぐらいの時間が経ったかはわからない。俺は気がついたら自分の家の前にいた。そして、玄関先には今日買った買い物袋がそのまんま置かれていた。
誰かが俺の家まで持っていってくれたのだ。沙都子か、騒ぎを聞きつけた近所の村人かはわからない。とにかく、俺が必死に探し回ったのがバカみたいだ。俺はその袋を手に、家の中に入った。
家の中にはいつもとなんら変わらない光景があった。今日あった2回もの危機が嘘のようだった。しかし殴られた頭が痛み、今日のことが現実のことだと思い知らせる。
北条鉄平と対峙したほんの数時間後に、間宮リナに殺されかけるとは……全く、雛見沢の村は危険でいっぱいだ。俺はここ数年で、何度死ぬような思いを経験しないといけないのだろうか。
しかし、それも、きっとあと1週間と少しで終わる。それが俺たちの死で終わるか、あるいは全てを乗り越えたハッピーエンドで終わるかはまだわからない。
今日、俺は鷹野さんに命を助けられた。入江診療所の裏にある存在が発覚するリスクだってある。鷹野さんは俺なんて放っておいてもよかったはず。だが、俺のことを助けてくれた……本当は、鷹野さんや入江さんのことも、味方だと信じたい。
しかし、疑いを全て手放すことは出来ない。
1週間。1週間を乗り越えれば、俺はきっと、みんなのことをもう一度信じることができる。それまでは、疑心暗鬼に駆られるというのも仕方がないことなのかもしれない。
筆者はPC版しかやったことなくて、澪尽し編エアプです。プレイ動画見て補完はしてるつもりですが、なんかあったら感想で指摘お願いします