雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
結局、あれ以来一度も古手梨花ちゃんとは会っていないまま、時が流れていった。
良くない印象を持たれているかもしれないが、そこは小学一年生だ。これから話したりする中で、きっと仲良くなれると信じている。
それに、今年は悟史くんの妹の沙都子ちゃんも入学して来る。
ややこしい家庭なのは、古手梨花ちゃんだけじゃない。
ダム戦争のことで、現在北条家は村の中で複雑な状況下にある。
北条家の両親はダムの建設に好意的な立場をとっており、そのことで村からは半ば村八分の状態にされていた。
村の中で少しでも和を乱すような奴がいれば、そいつを村全体で見せしめにするというやつで……北条家はある種のスケープゴートとして槍玉にあげられているのだった。その北条家の長男である悟史くんもきっと様々な気苦労をしてるに違いない。
さらにもう一つ。悟史くんの話に聞くところでは、沙都子ちゃんは両親に反抗するのだと言う。
親や村人に怒られるときには彼の陰に隠れて助けを求めるらしく、責任感の強い悟史くんはそれを律儀に助けてやるわけだ。妹が悪いとか、そういうわけじゃないが……大変には違いない。
園崎家の魅音ちゃんもダム反対派の急先鋒を担う立場上、最近は悟史くんとは少し疎遠になりつつある。北条家は孤立しており、その子供達である悟史・沙都子兄妹も微妙な立場にあるというわけだ。
可哀想なことだが、子供というのはこういうのに意外にも敏感だ。大人が「いないもの」としている北条一家は、子供もそれを真似して近づこうとはしないことがあった。
俺の両親も死守同盟の重要なポストを担っている。詳しく聞いたことはないが、恐らく園崎家の当主ともかなり近い付き合いのように思える。両親からも、北条家の思想は村を乱すもので、あまり関わり合ってはいけないという趣旨の言葉を聞いている。
普通の子なら両親の言葉で彼らの立場を察して、北条兄妹を仲間はずれにするのかもしれないが、中身は大人を自負する人間がそんなことをしてたまるものか。
俺の両親も好きで北条家を村八分にしてるわけじゃないはず。村の総意に逆らえないだけだと思いたい。
何より、園崎魅音ちゃんと違って俺は死守同盟にそれほど関わっていない。両親に同盟への意見をそれとなく聞かれても、「メジャーデビューする時に、レーベル側に嫌がられるかも」なんて冗談でかわせば、無理に意見を聞かれることは無くなった。
もしも俺が暇そうなら抗議活動に誘われたのかもしれないが、放課後は遊びか、ギターの練習で忙しくしている。呼ばれるのは宴会や集まりのちょっとした余興で弾き語りをすることぐらいだった。宴会の席でも、音楽が好きなだけで難しいことはわからない風に振る舞っていたのが功を奏した形だ。
俺はその立場を生かして、微妙に孤立しつつある悟史くんと学校でも気兼ねなく話していた。俺がやんちゃな妹さんとも仲良くなって、いつも疲れた様子の悟史くんの代わりに面倒を見てやりたいところだ。
今日は雛見沢分校の入学式だった。新入生を前にして賑やかに騒ぐ子供達を、先生が宥めている。
「じゃあ、書いてある通りの席に座ってください。わからなかったら先生に聞いてくださいね!」
ぼーっと考え込んでいると、どうやら自己紹介が終わっていたようだった。考え込むと周りが気にならなくなってしまうのは俺の悪いところだ。
我が雛見沢分校でも、毎年数人の卒業生が出る。その関係で、俺は一年生の時の位置とは違う場所に席を変えていた。
今の俺の席は、教室の中では右前。入ってすぐなのはいいが、本を読んでいる時に人の往来が気になったり、魅音ちゃんを筆頭に、友人に後ろからイタズラをされたりするのが難点といったところだ。
みんなの前で自己紹介を終えたらしい2人の少女が自分の机を探しながらこちらへ歩いて来る。
金髪のショートカットに、黒いカチューシャを着けているのが北条沙都子ちゃんという悟史くんの妹らしい。これまで悟史くんから聞いていた通り、天真爛漫で、どこか危なっかしい感じの子だった。
そしてもう1人の女の子が古手梨花ちゃん。村中から愛されるアイドル的な子で、特に老人連中からは村の守り神であるオヤシロ様の化身か生まれ変わりかとでも言わんばかりに崇められている。
俺は先日この子と微妙な空気感で会話をして、それが後を引いていないか少し心配でもあった。
彼女らが自分の机の方へ歩いていくのを見る。その時、梨花ちゃんがこちらに一瞥をくれる。その目は前に見た暗い目つきではなく、みんなのアイドルの目をしていた。
梨花ちゃんがにこりと微笑んだのに対して、俺も大袈裟に笑って返す。よかった。無視されたりするほど嫌われてはないようだ。
梨花ちゃんと沙都子ちゃんは俺の後ろの席で立ち止まった。
かたや村の権力の一端を握る少女、もう片方の子も悪戯好きで大人たちをもトラップにハメるとか。そんな子達が俺のすぐ後ろに座っているというのは、いい心地ではない。
先生は一旦何かの用意があると言って教室を出て、教室には一気に喧騒が訪れる。
また前と同じように、少しの自由時間があるらしかった。俺はいつもの通り、新入生2人にこちらから自己紹介をすることにした。
椅子を後ろに向けて、俺の真後ろに座る2人の少女に声をかける……前に、悟史くんを呼ぶとしよう。
「おーい、悟史くん。妹さんを紹介してよ」
大きな声で俺は悟史くんを呼ぶ。
「え、うん。いいよ。そっちにいくね?」
悟史くんは照れたような人懐っこい笑みを浮かべながら、こちらへと歩いてくる。その顔には、やはりどこか疲れた雰囲気を感じる。
小学3年生なのに、村の悪意を引き受けながら生きる辛さは俺にはわからない。しかし、少なくとも俺がいるところでは辛い思いをして欲しくはなかった。
沙都子ちゃんが俺の顔をちらりと見て、やっぱり悟史くんの方に向き直して不安そうな顔で言う。
「にーにー、このお方がお話しに出てきたユウくんですの?」
「そうだよ。ユウは面白い子で、音楽が大好きでおしゃべりなんだよね」
悟史くんはニコニコと笑みを浮かべて俺に繋ぐ。
「そうだよ。沙都子ちゃん、俺は2年の牧野雄星。これからよろしくね。俺は面白い子で、音楽が好きでギターをやってて、頭も良くて、運動も出来て友達も多いと評判だよ?」
悟史くんは俺の言葉に言い過ぎだよ!と笑いながら言う。この中だと、運動は……この村の基準だとすごく出来るわけではないかもしれない。でも、他は本当だと思う。中身が違うんだからそれは当然のことで、誇るようなものではないが。
「ほら、沙都子。こんな感じで、ちょっとふざけてるけど、ユウは良い奴だからさ。挨拶してあげて?」
「わたくしは、ほ、北条沙都子ですわ。にーにーから、色々と話を聞いていて……その、賑やかで優しい人だと」
「おいおい悟史くん、俺の前ではそんなこと言わないのになぁ。本当はそんなことを妹に言ってるなんて、水臭いぜ」
照れ臭そうな顔をする悟史くんの背中をぱしぱし、と叩く。むぅ、と返す言葉がない様子の悟史くんだった。
「沙都子、ユウにはトラップを仕掛けても良いからね」
悟史くんは笑いながら俺を指差す。
沙都子ちゃんが親しい人にちょっとした罠を仕掛ける趣味があるのは聞いていた。もう少し幼い頃は可愛らしいものばっかりだったが、少しずつ危ないトラップも作るようになったということらしい。
しかし沙都子は黙って、俺の方をじっと見ていた。どこか睨むようなその目は、何か俺が気に障ることをしてしまったのか、と考えさせられる。
これは俺の予想だが……仲の良い兄貴を男友達に取られてしまったように感じているのではないだろうか。少し悪い気もするが……仕方ないことだ。いつまでも兄妹が一緒にいられることはない。そのうち、兄離れしないといけないわけだし。
だけど、その拗ねたようなまなざしを見ていると、なんだか申し訳ない気持ちが強くなってくる。
「沙都子ちゃん、これからよろしくね?」
俺の差し出した手を、フン、と鼻を鳴らして乱暴に握る沙都子ちゃん。すぐに仲良くなるのは難しいかもしれない。でも、上手くやればきっと何とかなるだろう。
そんな俺たちを、無言で見守っているのが沙都子ちゃんの横に座る古手梨花ちゃん。何か言いたげな表情で俺たちが話すのを見ていた。俺はそれがなんだか寂しそうに見えて、思わず声をかけた。
「梨花ちゃんも、これからよろしくね。悟史くんも、ほら。梨花ちゃんに自己紹介」
俺は少し躊躇ったが、梨花ちゃんも話に巻き込むことにした。鬼ヶ淵死守同盟の御歴々にも尊重される梨花ちゃんと悟史くんが少しでも仲良くなれば、悟史くんを取り巻く環境は良くなるかもしれない、と思ったのもある。
呆けた顔の悟史くんは素っ頓狂な声を出した。
「え?」
「いや、せっかく隣の席なんだしさ。それとも、梨花ちゃんとはすでに仲がいいの?」
「いや、そんなことないけど……」
悟史くんは躊躇いがちに梨花ちゃんの方を見る。梨花ちゃんは「にぱー☆」と無垢な笑みを浮かべている。彼も勇気を出して、梨花ちゃんに笑いかけた。
「ぼ、僕は北条悟史。今四年生で、この沙都子の兄。梨花ちゃんもこれからよろしく。沙都子とも、ぜひ仲良くしてあげてほしい」
「もちろんなのですよ。こちらこそ、よろしくお願いしますなのです」
梨花ちゃんは俺たちの挨拶を受け入れて、仲良くしてくれようとしている。それを理解し、俺は少し安心をした。
そんなところで、ちょうど鐘の音がなった。悟史くんは残念そうに眼を閉じてから、沙都子と梨花ちゃんに手を振ってから自分の席へと戻っていく。
沙都子ちゃんはその背中を寂しそうな顔で見つめ、梨花ちゃんは薄い笑みをそのままにぼーっとしている。
これから、何年も同じ教室でやっていくのだ。もしも初日の印象が最悪で9年間も仲良くなれなかったらとっても悲しいことだ。ひとまず仲良くなれそうだ、と安心した心地で授業に臨むことにした。