雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第80話

 次の日、俺は頭の怪我を診てもらいに診療所に向かった。痛みはそんなに残っていなかったが、頭の怪我っていうのは後が怖い。

 

 実は脳のどこかしらを損傷していた、なんてことがあれば、祟りがどうこうとか関係なく、死の危険もある。この年齢で、後遺症に苦しむのも辛い。

 翌日の学校をお休みして、俺は入江診療所に行くことにしたのだ。

 

 平日昼間の入江診療所は、村の老人たちでごった返していた。ここが村人に歓迎されてるのは、こういうところもある。

 

 前世で年寄りたちがショッピングモールのカフェでおしゃべりをしていたように、この村の年寄りの集まるところは古手神社の集会場か、入江診療所。神社の階段を登るのがしんどい人らが診療所に屯してると見た。

 

「あら、雄星くんやないのぉ。具合でも悪いんかい?」

 

 待合室で暇をしてる様子のおばちゃんが話しかけてくる。確か名前は……何だったかな。覚えてないのがバレないように、あんまり長話はしないように決めた。

 

「いや、実は家の階段で転けて、頭を打ってしまいまして……1日経っても痛いんで、診てもらおうと思ったんですよ」

 

「それは大変ですわね。入江先生に診てもらった方がいいかしら。少しだけ、お待ちになって?」

 

 突然後ろから声が聞こえた。うわ!と声を出さなかった俺を褒めて欲しいぐらいだった。俺とおばちゃんが会話してる背後に、鷹野さんがいた。

 

 鷹野さんは俺にそっと顔を近づけて、小さく呟いた。

 

「良い子ね……あなたは昨日、沙都子ちゃんと一緒に北条鉄平を懲らしめたあと、すぐに家に帰った。……あのあと、何かあったのかしら?」

 

 ほんの少しの間、俺のことを追求するような目でじっと見つめた。

 

「昨日の夜、トイレに行こうと思って、階段を降りる時に転けてしまって……頭をぶつけました」

 

 俺が素知らぬ顔をしたことに、満足げな顔になった。すぐに元の距離感に戻り、何事もなかったように鷹野さんは微笑んだ。

 

「それは診療所に来て正解ね。頭の怪我は、すぐに症状が出なかったとしても、24時間ほどは症状が急変するケースもある。もちろん、命に関わる可能性だってあるわ」

 

 鷹野さんは真面目な顔でそう言う。

 

「そりゃあ、大変なことや!私より、雄星くんを先に診てもらった方がええねえ」

 

 おばちゃんはそう言って、自分たちの順番を後回しにするように言ってくれた。鷹野さんもそれに頷き、俺はすぐに診察室に通されたのだった。

 

 

 診察室には、既に入江さんが待機していた。キャスター付きのオフィスチェアに背中を預け、俺を待っていた。

 

「どうもこんにちは、雄星くん。今日はどうしましたか?」

 

「入江さん、こんにちは。今日は……その、頭をぶつけてしまって……」

 

「頭を!?それは大変なことです。何があったのですか!?」

 

 頭をぶつけた、というと入江さんは血相を変えて、カルテに何かを書き始めた。

 

 いつもお世話になっているが、やはり彼は凄く誠実な人だ。これが演技だとか、偽りの姿だとか、そんなふうには思えない。

 

 後ろから鷹野さんが現れた。いつものようなお淑やかな笑みで、補足をした。

 

「入江先生。昨日、雄星くんは家の階段から転倒して、手すりかどこかに頭をぶつけたそうなんです」

 

「転倒ですか。それは何段ぐらいの階段でしたか?どのようにぶつけたのですか?言うまでもないかとは思いますが、頭というのは本当に大事な場所です。万が一、何か後遺症などが残るようなことがあってはいけません。詳しく調べさせてください。もし異常があるようなら、大きな病院に行って、精密検査を受けることも視野に入れましょう……!」

 

 入江さんは、焦った表情で俺に捲し立てた。どこか、震えるような声をしていた。

 

 いつも入江さんにはお世話になっているが、俺に命の危機があった時よりも必死な感じがした。自分のことを気遣ってくれているのは分かるのだが、どこか不思議だった。

 

「あの、そこまで大したことはないと思います。ただ、痛みが残っているぐらいで……」

 

「取り敢えず、レントゲンを取りましょう。鷹野さん、準備を。その間に昨日のことを聞かせてください」

 

 鷹野さんは仕方ないものを見るような目で、小さく息を吐いた。黙って別室に行った。

 

 入江さんと2人きりになった診察室で、俺は昨日のことを入江さんに話すかどうか、少し考えた。……鷹野さんがいない今なら、話してもいいのか?

 いや、あるいは、既に入江さんも昨日のことは知っているが、鷹野さんがいなくなった状況を作った上で、俺が昨日のことをポロッと話してしまわないか試してるのか?

 

 俺の頭の中にはいろんな思考が渦巻いた。

 

「……」

 

「どうしました?雄星くん。ひょっとして、意識が朦朧としてるとか!?大丈夫ですか。私の声は聞こえてますか!?」

 

「だ、大丈夫です。思い出してただけっす。……えっと。昨日、沙都子の叔父との一件があって、ちょっと遅い時間に帰って……で、そうだ。帰った時間が遅くて、家の中も暗かったんです。それで、電気をつけないまま階段を降りて……それで転けたんです」

 

 俺の説明を聞いてから、入江さんははぁ、と呆れたようなため息をついた。

 

「そうですか……気をつけてください。階段から転落して大怪我をする方って、案外少なくないんですよ?外傷が原因で何年にもわたる後遺症が残る方だっているんです。まだ雄星くんは若いですが、怪我は誰にでも起こりうるものですからね」

 

「はい……肝に銘じます。俺1人だけの命じゃ、ないですから」

 

「その通りです。あなたが怪我をすれば、沙都子ちゃんや古手さん、悟史くんたちが、どんな気持ちになるか、考えてみてください」

 

 入江さんは大人らしい真面目な顔で、俺に伝えた。その言葉は胸に刺さるものだった。確かにその通りだ。ちょっとした思いつきや、どうでもいいことで自らを危険に晒すもんじゃない。

 昨日のことは、反省しないと。

 

「はい。仰る通りです。昨日のことは、反省してます。もう勝手なことはしません」

 

「おや?……あぁ、北条鉄平さんの話ですか。彼がこの村に帰ってきたと聞いた時は、肝が冷えましたよ。沙都子ちゃんと彼が鉢合わせた時、貴方がいてくれて本当に良かった」

 

 ……思っていた反応とは違った。入江さんが、昨日俺が間宮リナに石でしばかれたことを知っていると思って、そのことを話したつもりだった。きっと、鷹野さん経由で話が伝わっているだろう、と。

 

 でも入江さんは、あくまで鉄平の事しか知らないそぶりを見せた。これが本当なのかどうかはわからないが……沙都子のことを持ち出して俺に感謝するその言葉は、本物のように思えた。

 

「診察とは関係ありませんが……貴方には本当に感謝しています。奴をトラップで捕まえたのは沙都子ちゃんかもしれませんが、沙都子ちゃんに恐怖を乗り越える勇気を与えたのは、紛れもなく貴方ですよ」

 

 入江さんは俺の目を見て、まっすぐにそう言った。俺は何だか照れ臭くて、素直に返事ができなかった。

 

「いえ、それほどでもありませんが……」

 

 診察室の扉にノックがされた。どうぞ、と入江さんが言うと、扉が開く。鷹野さんだった。

 

「準備ができました。こちらへ」

 

「さあ、どうぞ。行ってきてください。すぐ終わりますよ」

 

 俺は鷹野さんに連れられて、レントゲン室に向かった。

 

 

 

「前頭骨に、少し傷がついています。ただ、軽傷です。……眼窩骨なんかが損傷していなくて本当に良かった。後遺症も残ったりはしませんし、外見的にも、傷跡が残るような傷ではありません」

 

 入江さんは、レントゲンの写真を見ながら俺に説明をしてくれた。その説明を聞く限り、石で頭を叩き割られて後遺症で苦しむ、ということはなさそうだ。

 

「そうですか、それは良かった……」

 

「しかし、脳出血などの、見えないリスクがあるのは確かです。もしも、頭痛や、吐き気なんかがあれば……一刻も早くこちらへ来てください」

 

「取り敢えずは、経過観察ということですか?」

 

「ええ。ただ、手すりにぶつけたにしては傷跡が大きいですし、出血もしていますね……手すりになにか、装飾などがついていたりしましたか?そういったものに頭を擦ったりはしていませんか?」

 

 流石お医者さんだ。俺は手すりに頭をぶつけてなんかいない。実際は石を頭に叩きつけられたのだから。ただ、本当のことを話すのはやはり怖い。俺は曖昧な返事を返した。

 

「あぁ、そうかもしれないです……」

 

 微妙な態度をとる俺に対して少し不審がる様子を見せながら、入江さんはまたカルテに何かを書き込んだ。

 

「本当であれば、都会の大きな病院に行ってCTスキャンというものを撮ってもらうべきですが……ここからだと、かなり遠くまで行かなければなりませんからね。現段階で自覚症状がなければ、無理にとは言いません。ただ、くれぐれも気をつけてください。少しでも容体の変化を感じれば、すぐに連絡を。いいですね?」

 

「は、はい……」

 

 久しぶりに大人に怒られるような体験をした。そこからはしばらく無言で入江さんが何かを書き込む時間が流れた。

 俺はその沈黙が何だか気まずくなって、話しかけた。

 

「あの……怪我とは関係ないんですけど。明日の雛見沢ファイターズの試合、久しぶりに見に行ってもいいですか?」

 

「ええ、もちろん。最近は詩音さんはよく来てくれますが、雄星くんたちはあんまり来てくれませんからね……せっかく、皆さんの分のユニフォームもあるのに!」

 

 入江さんはニコニコと返事をしてくれた。

 

「ちなみにそのユニフォームって……」

 

「もちろん、この入江京介監修のメイド服に決まっているじゃあないですか!残念ながら、詩音さんにもまだ着ていただけていないんですよ。雄星くんの一声さえあれば、沙都子ちゃんや、他の皆さんも着てくれるはずです!」

 

 入江さんは、満面の笑みを浮かべて、どこからかメイド服を取り出した。入江さんのメイド好きは、冗談なのか本気なのか分かりづらい……が、多分本気だ。

 

「か、考えときます……」

 

「あ、そうだ。試合の後には、父兄の方々と一緒にバーベキュー大会をするかもしれないんです。ですから、みなさんのこともお誘いしようかと思ってたんですよ」

 

 バーベキューか。長いこと縁がないイベントだが、この村の豊かな自然の中でバーベキューをするのは、それはもう楽しいだろう。まだ野球の試合がどうなるかもわからないが、打ち上げが楽しみになってくる。

 

「そりゃあ、負けられないっすね。最近は興宮タイタンズにも連勝してるって聞いてますよ?」

 

 俺がそう言うと、入江さんは嬉しそうに頷いた。

 

「そうなんです、よくご存知ですね……詩音さんがマネージャーになってから、皆さんのやる気が違いますからね。悟史くんも色々なサポートを受けるようになって格段に成績が良くなりましたし、今の雛見沢ファイターズは、間違いなく過去最強ですよ!」

 

「といっても、ほんの数年しか歴史はありませんけどね……」

 

 俺の言葉に入江さんは笑った。

 

「はっはっは!それを言われては弱いですねえ……おっと、話し込んでしまいましたね。他の患者さんたちがお待ちなので、この辺りにしておきましょう。では、明日。興宮でお待ちしておりますよ!」

 

 入江さんはそう言って小さく手を振った。俺が振り返って診察室の扉を開くと、そこにはやはり鷹野さんがいた。……暇なのか?この人。

 

「お二人は仲がいいですわね。……入江先生?××さんがお待ちです。呼んでもよろしいですか?」

 

「えぇ、大丈夫です。××さんはお喋りしたいだけですけどね。では雄星くん。くれぐれもお大事に」

 

 入江さんは忙しそうに次のカルテを取り出しながら、俺に手を振った。俺もそれに頭を下げて応えた。

 鷹野さんは、口元だけを歪めて笑みを作り、俺と入江さんを交互に見た。

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