雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
事態は緊迫していた。俺たちは顔を見合わせて、相談をする。
「魅音ちゃん。やばいよ。このままじゃ……。試しに、俺がいこうか……?」
「ユウが出て、万が一のことがあれば……怪我じゃ済まないんでしょ?ここは私が……」
流石の魅音ちゃんも、この現状を打開するための手立ては思いつかないらしかった。
苦しげな表情で、出て行こうとする……しかし、行ってもどうにもならないことは本人もわかってる。
「なに良いとこ見せようとしてるんですか、お姉!ここは……」
「詩音さん。私が出ますわ!皆さんはそこで私の勇姿を見届けるだけで良くってよ?」
みんな、互いに自分が行くと言って聞かない。しかし沙都子は、覚悟を決めた顔だった。俺たちは、出て行った沙都子のことを、固唾を飲んで見守ることしか出来なかった。
「沙都子……!」
そして、沙都子は散った。しかし、己の不利を悟りながら果敢に立ち向かったその姿は、俺たちの記憶に刻まれたのだった。
「ストラーイク!バッター、アウッ!」
審判役を務める父兄が、それっぽい感じで声を出す。
沙都子は力強くバットを振った。しかし、弾丸のような豪速球を前にしては、流石の沙都子の運動神経でも歯が立たないらしかった。
「あちゃあ……やっぱり、沙都子でもダメかあ……」
「正式なメンバーじゃないとはいえ、うちのエースなんですけどね……」
ベンチで見守る姉妹はそう言った。雛見沢ファイターズに在籍する子供たちの中でも、沙都子は抜けて身体能力がいい。その沙都子が打てないというのなら、やはりあの豪速球は俺たちには攻略不可能……。
討ち取られた沙都子がこちらにとぼとぼと歩いてくる。
「ぐぬぬ……あの、亀田さんとかいう人、ずるいですわ!私たちとは生きている世界が違いましてよ!」
沙都子が悔しそうな顔で相手ピッチャーを指差す。ピッチャーは、勝ち誇った顔でこっちを見ていた。
沙都子の言う通りだ。
その亀田なんとかくんという男は、甲子園に出場経験もあるという県立何とか高校野球部のピッチャーである。
俺らがやっている子供のお遊びの延長のような野球ではなく、甲子園を目指して切磋琢磨する、本物の野球少年なのだ。住んでる世界が、やってることのレベルが違うのである。
亀田くんは高校入学までこの興宮タイタンズに所属していた。俺も、何度か彼のいる試合を見たことがある。今日は、練習に偶々立ち寄ったので練習試合に参加しようと言うことらしい……そんなのありかよ。
手加減してくれてるのか、攻撃には参加してないのが不幸中の幸い。ただ、そのピッチングに圧倒され、俺たちは亀田くんが登板して以来、一度も点数を取ることはできていなかった。じりじりと点差を詰められた結果、序盤のリードは無くなってしまい、今や劣勢にあった。
打順が周り、次は悟史くんの番だった。悟史くんはベンチから離れたところで1人ウォームアップをしていて、俺たちの近くにはいなかった。甲子園ピッチャーに向かっていくその目は、少しも諦めていなかった。
「悟史……やってくれそうな雰囲気だね!」
「もちろんです。悟史くんは、今やうちのエースですから!」
魅音ちゃんと後ろにいた入江さんが、悟史くんを見て言う。
「頑張れーっ!悟史くーん!」
詩音ちゃんも周囲の目を気にせず、大きな声で叫ぶ。悟史くんはその声援が聞こえたのか、照れくさそうな顔ではにかんだ。
そんな2人のやり取りを見て、マウンドに立つ亀田くんは苛立っているような様子を見せた。
……亀田くんの方が野球は上手い。が、悟史くんには可愛いマネージャー兼彼女?がいる。野球に打ち込んできたであろう亀田くんとしては、こんな軟派もんに負けてたまるか!って感じだろう。
亀田くんはその鋭い目つきで悟史くんを見る。悟史くんは、昔とは違う自信のある顔つきで爽やかに微笑んだ。それに一拍置いて、亀田くんがボールを投げる。
軽快な音を立て、ボールがキャッチャーの手に収まる。音を置き去りにするかのような、亀田くんが投げる豪速球。悟史くんは、その速さを見極めるために、見逃さざるを得ない。
俺たちは悟史くんが打席に立っているのを、黙って見守るだけだった。その後も悟史くんはしばらく球を見極めた。悟史くんは2、3回はバットを振ったが、どれもファールになる。
130キロを超えるであろうストレートと、鋭いスライダー。それを投げ分けるだけで、ほとんどのバッターは歯が立たない。そして、極め付けには、彼が興宮タイタンズにいた頃の、いつかの試合で見た、フォーク。この試合では一度も見せていないが、それを亀田くんは最後の切り札として持っているはず。
「ストライーク!バッター、アウッ!」
最後の最後。今までバットが空振ってしまい、彼は凡退ということになった。悟史くんは悔しさを滲ませる顔でこちらへと戻ってきた。
帰ってきた彼をみんなは慰めた。が、悟史くんは少しもへこたれてはいなかった。
「……いつもなら、僕はここで泣き言を言ってたかもしれない。でも、僕は次こそは打てると信じてる。みんなも、そうだよね?」
不敵な笑みを浮かべて、そう言う悟史くん。ふぅ、と息を吐いてヘルメットを外して汗を拭うその姿は、爽やかな野球少年そのものだ。
そこで、キキーッ、とブレーキの音が聞こえた。みんなが誰がきたのかと、そちらに注目した。そこには、自転車に跨り、堂々と現れた前原圭一がいた。
「もちろんだぜ、悟史!俺に任せとけ!」
かっこいいセリフと共に現れた圭一はゴルフクラブを持っていた。それで何を打つというのか!魅音ちゃんたちに揶揄われて、圭一はちょっと恥ずかしそうにそれをそのへんに置いた。
「で、雄星。あの、亀田ってやつの情報はないのかよ?このチームの参謀なんだろ!?」
「うーん……なくはない。俺も、長いこと雛見沢にはいるからね。彼は甲子園にも出場した、県立大島高校でピッチャーを務めるエース。俺は何度かエンジェルモートで見かけたことがある。……もしかすると、悟史くんも、詩音ちゃんもそうなんじゃない?」
「そうですね。確かに言われてみれば、お店で見たことがあるような……」
「僕もなんとなく覚えてるよ。多分ケーキなんかが好きで、上品な甘いものを食べてるのを見たことがあるね」
そこで圭一はベンチから立ち上がった。悟史くんを指差し、力強く叫んだ。
「それだぁっ!あいつを攻略するためには、それしかないっ!」
「ははーん。圭ちゃん、口先だけは達者だからね……何をやるのか、おじさんに話してみな?」
魅音ちゃんはにやりと笑って、圭一の方を見た。圭一はその目線に頷き返し、同じく悪どい笑みを浮かべた。この2人は、こういうところで予想外の策略を思いつくタイプだ。亀田くんのためにも、2人にはこれ以上俺の情報はなくていいだろう。
「あぁ、これは魅音の助けがいるかもしれねえぜ。そうと決まれば、向こうで作戦会議だ!みんな、守備は任せたぜ!俺は魅音と一緒に攻略方法を考えてくるぜ!」
2人の話を聞けば、おそらく正攻法ではなく、賄賂だとか、弱みを使って亀田くんを攻略するつもりらしい。
が、俺はあんまり賛同できない。相手が大人気ないことをしてるとはいえ、悟史くんたちは一生懸命練習をしてきたはず。
悟史くんからすれば、自分があの球を打てるのだという言葉を信じてくれていないようにも思えるだろう……ただ、祝勝会のバーベキューは捨てがたい。悪巧みは2人に任せて、俺は正攻法で亀田くんを攻略する手助けをしようと決めた。
「悟史くん。俺は雛見沢ファイターズのアナリストだろ?亀田くんの特徴をこれまでの打席で絞り込んだ。次の打席では、それを参考にしてみてよ」
「うん。頼むよ。僕は、ちゃんと力を発揮できれば、彼の球だってきっと打てると思うんだよ」
「もちろん。じゃあ、言うよ。彼は……」
彼はストレートとスライダーを投げ分ける。ストレートを主に投げるが、試合の要所ではスライダーで相手を打ち取る。制球は文句の付け所がなく、この余裕ある試合展開ではおそらくミスを待つことは難しい。が、さっきの打席で悟史くんは芯は外していても、何度か惜しいところは見せた。亀田くんも、一切の油断はしていないはず。
「ありがとう。わかったよ。あのスライダーさえなんとかなれば、打てる」
「……それに加えて。亀田くんは、最後の切り札としてフォークを持ってる。もしも、逆転のチャンスが悟史くんの元に回ってきたなら……フォークが来るかもしれない。覚えておいて!」
「……覚えておくよ!もう、行かないと。じゃあ、頑張ってくるね」
そう言って悟史くんはグラウンドへと走っていった。入れ替わりになって、圭一と魅音ちゃんが戻ってくる。
「圭一、どんな悪いことを考えてたんだ?」
「あぁ……ま、見てのお楽しみだよ。沙都子の、最後の打席、楽しみにしてな!」
「圭ちゃんの発想も面白かったけど、あの亀田くんの野球魂にも惹かれたね。"俺は、奴との戦いの決着をつけねばならんのだ、けえぇい!"ってね!」
魅音ちゃんが笑う。
けーい、というのは……圭一のことか。なんかの相談をして、感触は悪くなかったけど、悟史くんとの決着はつけたい、ということらしい。つまり、圭一の策略がうまく行ったとしても、最終的に試合を決めるのは悟史くんということらしい。……頼むぜ。俺たちのバーベキューがかかってる。
そして、試合はしばらくの間何事もなく進んだ。悟史くんは少しずつ亀田くんの攻略を進めるが、点差は縮まらない。興宮タイタンズが二点のリードを保ったまま、9回裏、最後の攻撃がやってきた。富田くんと岡村くんが打席に立ち、見せ場なく終わった。可哀想だが、仕方ない。まだまだ小学生だし。チャンスはこれから、何度だってある。
そして次に圭一が、やけに真剣な顔で打席に出る。……飛び入り参加なのだが、許されたらしい。まぁ、向こうも甲子園ピッチャーの助っ人がいるしな。その辺は緩いんだろう。
圭一と亀田くんはお互い、目配せをしあい、何かを通じ合っていた。亀田くんはいつにない不安定な投球が続き、圭一はフォアボールで出塁した。
「次は私ですわね〜!でっかくホームラン、打って差し上げますわよ!」
これまでこの試合では一点も獲得していない沙都子が、呑気な顔で打席に出る。体に見合わない大きなバットを抱えており、なんだか微笑ましいというか、可愛らしい感じ。
亀田くんはしばらく真剣な表情だった。鋭いストレートを二つ投げ、沙都子は呆けた顔で2回共バットを振る。……何かの演技に違いない。そして、亀田くんは大きな声で言った。
「……俺は野球が好きだ。今日はお世話になった人に、たまたま誘われて投げているが、ここで酷い負け方をして、未来ある君たちが野球を嫌いになってしまうのは俺としても申し訳ない。だから……チャンスをやる!」
沙都子を指さして、笑った。
「最後は、ゆっくり下投げで投げてやる!まずは、打てる楽しさを知ってほしいからな!ほら、行くぞ……」
そして亀田くんは、宣言通り、優しくした投げでボールを放った。
打席に立つ沙都子は急に真剣な表情になり、そのボールを凝視する。そして目を見開き、バットを一閃!バットはボールの芯をまともに捉えて、鋭いヒットを放った!
「なにぃっ!?」
後ろの方で亀田くんのことを見にきていた、野球関係者らしき人物たちが口々叫ぶ。沙都子は、「をーっほっほっほ!」と、高笑いしながら2塁まで進む。ツーベースヒットらしい。
ホームランなら同点になっていた。亀田くんもまさかここまで打たれるとは思っていなかったのか、少し不思議そうな顔で沙都子のことを見ていた。少しして、気を取り直したらしい。まだ、一点も入ってはいないのだ。
だが、問題ない。俺は信じている。悟史くんなら、最後の最後を決めてくれるはず!
昔の悟史くんなら、緊張で震えていたに違いない。だが、今の彼は違う。闘志を漲らせて、バットを軽快に回しながら、気負わずに打席に立った。
「助言は全部、頭に入ってる。みんな、見ててよ?」
悟史くんは余裕のある笑みを浮かべて、亀田くんを見据える。亀田くんは何処か気圧されたように、足の置き場を何度か確かめた。
興宮のグラウンドに緊張が走る。今日、勝つのはどっちなのか?それが、今から決まる!
悟史くんは一球目のストレートから豪快にバットを振った。ボールに掠る。素早く飛んでいった球は、ファールライン外に向かった。
悟史くんは小さく首を傾げ、一度だけフォームを確かめた。
亀田くんは"そうこなくっちゃな"とでも言わんばかり。優しげな悟史くんとは対照的な、獰猛な笑みを浮かべて、二球目を投げる!スライダーだ。!悟史くんは臆せずにバットを振る。
こちらも、ファールだった。かなり大きな音を立てて、ボールはあらぬ方向へと飛んでいく。タイミングはばっちり。あとは、狙いだけのはず。
悟史くんは、こちらを振り返った。俺や詩音ちゃんが待つベンチに、小さく笑みを浮かべた。俺は確信した。彼は、勝つ。
最後の最後、悟史くんを追い詰めた、と少し緩んだ感じの亀田くん。そして9回裏、ツーアウトツーストライク、二塁三塁。わずかなチャンスを信じ、悟史くんはバッターボックスに立った。
亀田くんが振りかぶる。悟史くんはその球を見極めて、気合の入った一振りをぶちかました。
カキーン、と綺麗な音を立てて打球は空を舞った。その球はやがてグラウンドのフェンスを超え、ここからは見えなくなる。……ホームランだ!
ベンチのみんなも立ち上がる。特に、詩音ちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねて、メロメロな顔をしていた。
自分の打った球が天高く打ち上がったのを見て、彼はホームランを確信したらしい。
悟史くんはバットを置いた後の右手を力強く掲げて、歓喜を叫んだ。甲子園ピッチャーの最後の切り札をホームランで返したのだ。その喜びも当然だ。
3人が塁を回って、ニコニコした顔で戻ってくる。特に悟史くんは一層晴れやかな顔だ。
チームのみんなは戻ってきた3人に駆け寄っていく。みんな、口々に3人を褒め称えた。
「くそ……!こ、この俺が……草野球チームに負けるなんて……!」
亀田くんは自分の切り札が悟史くんに打ち取られたのを悟り、悔しさに顔を歪めていた。が、悟史くんは亀田くんの方へ駆け寄っていった。
一体何を言うのかとみんなが固唾を2人を見守る中、悟史くんは微笑みを浮かべて手を差し出した。
「僕が今まで対戦したピッチャーの中で、間違いなく君が一番手強かった。また僕と野球、やってくれると嬉しいな」
亀田くんは、しばらく悟史くんの顔を見つめたあと、観念したように小さく笑ってその手を取った。
「ふん……あんたも、中学生にしては中々やるぜ。望むところだ。次は完封してやる!」
グラウンドは健闘を讃えあう2人を見守る温かい空気になった。そして、甲子園ピッチャーから得点した悟史くんを、どこぞのスカウトたちが取り囲むのであった。