雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
次の日、梨花ちゃんは1人で俺の家に来た。
「雄星、来ちゃったのです」
俺は笑った。梨花ちゃんもにやりと笑った。出オチである。
梨花ちゃんは自転車を家の横に停めて、ちょっと疲れた顔で額に汗を浮かべている。今日は気温は高くないが、雲ひとつない晴れだ。俺の家にまで来るのは、きっと暑かったに違いない。
「ほら、取り敢えず座らせて。今日は暑くて敵わないわ」
「いいけど……」
言うが早いか、彼女は家へと上がり込んだ。平気な顔で靴をぽいぽいっと脱ぎ捨てて、廊下へと向かった。靴がばらばらになっていたので、俺はそれを揃えてからそれに着いていった。
「一体何の用事?」
居間に案内しようとしていたところ、梨花ちゃんは階段のところで立ち止まった。
「もちろん、今後の相談よ。沙都子は今日は用事があるみたい。ほら、大事な話だから、あんたの部屋に行くわよ?」
「お、おう……」
梨花ちゃんは平気な顔で俺の部屋に向かう。もう俺がこの部屋で過ごすのは寝る時ぐらいなので、かなり綺麗に整頓されている。突然の来訪者は予測出来ていなかったが……多分綺麗なはず。
梨花ちゃんは遠慮なく俺の部屋のドアを開けて、部屋に入る。俺が差し出した座布団に腰掛けて、ため息をついた。
「ありがと。いきなり押しかけて悪いわね」
「一体どうしたの?何かあったの?」
「あんたも昨日ので気づいたでしょう?入江は、来週以降の予定まで考えてる。私には、私が死んだ後のことはわからないけど……入江が自分の死を偽装するつもりなら、必要以上に先の予定を立てたりなんかはしないはず」
「そうだね。ってことはつまり、梨花ちゃんは入江先生に自分のことを話そうと思ってるのかな?」
「ええ。入江のことを信じてみようと思う。そして、入江が敵じゃないなら……」
梨花ちゃんはそこで言葉を止めて、こっちを見た。
「富竹さんの予防薬をすり替えてるのは、鷹野さん……ってわけだね」
「ええ。信じたくないし、本当かどうかはわからないけど……鷹野が全ての黒幕だというなら、説明はつく。綿流しの日に富竹を殺し、次の日に入江を殺し、そして最後には私を殺す……きっと山狗はすでに鷹野の手の内で、私を守ろうとはしない」
梨花ちゃんは悲しい顔で言った。
梨花ちゃんにとって鷹野さんは、長い間、自ら守ってくれる存在だと思っていた人なのだ。それが、実際は自分を狙う敵そのものかもしれないと判明したのである。ショックは大きくて当然だ。
それは俺も同様だ。俺は鷹野さんに命を救われている。あの日、俺が間宮リナに殺されそうになった時、鷹野さんが俺を見つけなければ俺は死んでいた。叔母に刺されたときだってそうだ。
もちろん、あそこで事件が起これば、今後の診療所の動きにも支障が出るから、というのはあるかもしれない。しかし、俺は鷹野さんや診療所の人間に、二度も命を救われているのは確かだ。
「……俺は梨花ちゃんの判断を信じるよ。それで、入江さんにはすぐに事情を伝えるの?」
彼女は寝転んで天井を見上げてから、今後の展望を語った。
「まずは、富竹が症候群を発症しているところから攻めてみるわ。もちろん鷹野の名前も出して、説明をする。信じてくれるかはわからないけど……」
「きっと大丈夫だよ。……入江さんなら、きっと信じてくれる。信じないにせよ、富竹さんが発症しているのは事実だしね」
「入江の後は、富竹よ。入江が信じてくれたら、次は富竹に伝える。できれば、2人とも一緒に話をしたいわね」
そこで言葉を区切った。そして俺の方へ目を向けて、悲しい顔で言った。
「……それで意味がなかったら、貴方には一緒に死んでもらうことになるわ」
「ふふ。そう言われるとちょっと気が引けるけど……どのみち、梨花ちゃんが死ねばみんな死ぬんだろ?道連れ上等だよ」
俺は口ではそう言ったが、本当に覚悟が出来ていたわけじゃなかった。
俺は梨花ちゃんとは違って、何度も繰り返す命を持っているなんて思っちゃいない。今の俺が死ねば、次はどうなるのかなんてわからない。少なくとも、またこの雛見沢に戻ってくるとは思えない。
「雄星。あなたには……本当に感謝してるわ。私たちの推測がどの程度正しいかはわからないけど……貴方がいなければ、ここまで真相に至ることはできなかった。だから、ありがと」
俺の頭の中をよそに、梨花ちゃんは少し恥ずかしそうな顔で言う。俺は何だか申し訳なくなって、素直に頷くことができなかった。
「まだ、感謝されることはしてないよ。何も解決はしてない。本当に鷹野さんが黒幕なのかもわからないしね。……さぁ、そうと決まれば2人をどうやって呼び出すか、相談しよう」
俺が謝意を受け入れなかったのに対して、ちょっとむすっとした顔になった梨花ちゃんは、小さくため息をついてから、もう一度寝っ転がった。
天井を見上げて、梨花ちゃんは小さな声で言った。
「それも大事だけど……ねぇ、貴方はどうして私を助けてくれるの?」
梨花ちゃんはどうやら、一旦迫る脅威に対する話は置いておいて、お喋りをするつもりみたいだった。
どうして俺が梨花ちゃんを助けるか。それはちょっと考えただけでは答えを見つけられない問題だった。
俺が答えられずにいると、梨花ちゃんはさらに続けた。
「普通の人間だったら、私が何を言おうが信じたりしないわ。ほら、私にしか見えないオヤシロ様がいる、なんて……馬鹿みたいでしょ?」
梨花ちゃんは自嘲するように言った。
彼女を襲う脅威が、はっきり言って荒唐無稽なのは確かだ。普通の人間なら、彼女を見守る存在である羽入のことも、雛見沢症候群のことも、小さな子供の微笑ましい空想だと思うに違いない。
「そんなことない……とは言えないけどさ。でも、俺自身、みんなとは違う境遇だからさ。だから、不思議なことも信じられるってだけだよ?」
「それだけじゃないわ。私を助けようとすれば、貴方にも危険が及ぶ。それなのに、なんで私を助けてくれるの?」
「それは……ほっとけないからだよ。俺も梨花ちゃんにはお世話になったし……」
俺がそう言うと、寝転がっていた梨花ちゃんは表情を変えた。少しの怒りを感じるような顔で、起き上がって言った。
「あー、それ!やめてよね。梨花ちゃん、っての。他人行儀で、上から目線な感じで、どことなくムカつくわ。呼び捨てにしてちょうだい」
彼女はピシッと俺の方を指差す。
「え、でも……」
「いいから。ほら、呼んでみなさい?」
「り、りか……」
「ふふん、よろしい」
何だか満足そうな梨花ちゃん。……じゃなくて、梨花。100年生きてるとは言うが、こんな子供みたいなやりとりも楽しめる、楽しい女の子だ。きっと、漫画かなんかでこういうやりとりを見て、やってみようと思ったに違いない。
俺らがそんなやりとりをしていたその時、チリンチリン、とけたたましい音を立てて呼び鈴が鳴った。
俺が窓から顔を出して外を見ると、そこには2人の女の子がいた。魅音ちゃんとレナちゃんだ。
「おーい!ユウ、いるー?今から興宮に行くんだけど、来るー?沙都子は用事らしいけど、圭ちゃんは先に向かってるの。どーする?」
「突然ごめんね?ほんとは先に電話しようと思ったんだけど……」
魅音ちゃんは澄ました顔で、俺に手を振る。レナちゃんはちょっと申し訳なさそうな顔で、控えめに笑っていた。
「ちょ、ちょっと待ってね!……り、梨花。どうする?行く?」
「……行く」
どことなく不機嫌そうな梨花ちゃんは、小さく頷くと、ゆっくりと立ち上がって、部屋を出た。
「ほんと、空気の読めないやつ……」
階段を降りている時、梨花はぼそっとつぶやいた。確かに、魅音ちゃんはちょっと空気が読めない瞬間もあるが……そこまで言わなくても。
家を出ると、レナちゃんと魅音ちゃんがこそこそと何かを話し合っているのが見えた。俺と梨花ちゃんの顔を見比べて、魅音ちゃんは早口で喋り出した。
「あ、ははは……2人とも、遊んでたところ悪いね。私の親戚のおじさんがさ、興宮でおもちゃ屋さんをやってるのは知ってると思うんだけど……今日、ちょっとしたゲーム大会をするんだよ。2人も、よかったら来ないかな、って……」
俺はその早口に思わず笑ってしまった。確かに、大事な話だったが、そこまで気を遣わせてしまうほどでもない。
ちらりとレナちゃんと梨花の顔を見ると、2人とも、ちょっと笑っていた。
魅音ちゃんはあまりにみんながにこやかにしているので、頬を膨らませて不満を露わにした。
「ちょっと、何笑ってんのさ!邪魔して悪かったよ。でも、こんなに真っ昼間からいちゃついてるなんて思わないでしょー?」
「ははは……いちゃついてたわけじゃないよ。ね、梨花?」
「そうなのです。ちょっと、お喋りをしていただけなのです……」
俺が梨花のことを呼び捨てにしたので、2人は結構驚いた顔をした。今まで、もう6年ぐらいは一緒にいて、下の名前を呼び捨てで呼んだことなんてなかったし、その驚きも当然かもしれない。
俺は改めて恥ずかしい気持ちになって、梨花の方を見た。梨花も、ちょっと恥ずかしそうにそっぽをむいていた。
「ありゃぁ……これはおじさんたち、本当にお邪魔虫だったみたいだねぇ……」
「ごめんね?魅ぃちゃんには、あとでちゃんと叱っておくね」
「いいんだって。ほら、早く行こう。圭一が待ってるんだよね」
結局俺たちは興宮で夕方まで遊んで帰った。梨花も最初はちょっと機嫌が良くない感じだったが、次第に晴れやかな顔になっていった。
家では完全に監視されてるような状況で、この子が少しでも心を休ませることが出来るのは学校で過ごす時間や、みんなで遊んでいる時だけだ。
結局、入江さんと富竹さんにどうやって伝えるかは話し合えなかったが……まだ少し、時間はある。もうじきに迫る綿流しに備えて、俺は休んだ。