雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第84話

 

 さらに次の日。俺と梨花ちゃんはまず、入江さんに相談をしにいった。

 

 入江さんを誘い出す方法は見つかっていないままで、野球のことなんかで呼び出そうとも考えたのだが、その日はたまたま入江さんが学校に来ている日だった。話を切り出すのは容易だった。

 

 話をするなら、1人よりも2人。2人よりも3人の方がいい。俺と梨花は、沙都子を伴って保健室に向かった。入江先生に相談をするためだ。

 

『鷹野さんが梨花の命を狙っている。山狗はすでに鷹野さんに掌握されており、監査役であるはずの富竹さんは予防注射に細工をされており、すでに軽度の雛見沢症候群を発症している』

 

 そんな梨花の話は、入江さんにとっては寝耳に水だったらしい。

 

「そんな……鷹野さんがそんなことを企むはずがありません!彼女は、誰よりも雛見沢症候群の根絶を願っている。あの人の研究への熱意は、本当に……尊敬に値する。研究を放棄して、全てを台無しにするようなことをするはずがない……!」

 

 声を荒げて反論する入江さん。梨花の説明は、笑い飛ばしたりはされていないにせよ、今のところまだ信じられてはいないようだった。

 そして、入江さんは梨花に厳しい目を向けた。

 

「というか、古手さん。あなた、2人にも症候群のことを伝えたんですか!?」

 

 梨花はバツの悪そうな顔で黙った。

 

 俺らが症候群のことを周りにバラしてしまえば、山狗が俺たちのことを消すだろうし、それこそ入江さんの責任問題にもなりうる。

 梨花が独断で俺たちに秘密を明かしたことに対して、入江さんには大きな戸惑いがあるようだった。

 

「勝手に秘密をみんなに伝えたことは謝るのです。でも、ボクは、死にたくない。この世界で、まだ生きていたいのです……」

 

 泣きそうな顔でそう言う梨花。その顔は悲痛そのものだった。

 

 普段の彼女が子供らしい振る舞いをする時は、演技が入っていることがほとんどだが、言っていることが嘘というわけではない。

 入江さんもその顔から、彼女の真剣さを悟り、安易に否定しようとはしない。唇を固く結び、しばらく考えた後に口を開いた。

 

「……そのことは一旦置いておきましょう。前にもお伝えしました通り、雛見沢症候群の研究は数年で打ち切られるのです。しかしその時間さえあれば、根絶が可能だと、我々は考えています。現に、今では予防薬も治療薬も出来ています。あとはこれの精度を高め、コスト面や摂取方法をブラッシュアップして行くだけなのです。それなのに、鷹野さんがそんなことをするはずが……」

 

 梨花が攻めあぐねているのを見かねて、俺は口を開いた。

 

「入江さん。鷹野さんが、梨花のことを狙っているのは、研究を台無しにするとかではなくて……何か違う理由があるのではないですか?」

 

「え……?」

 

「俺だって、鷹野さんのことは信じてます。でも、入江診療所のバックには巨大な組織がついているんですよね。本人の意思じゃなくても、誰かを人質に取られてとか、何かの報酬を提示されて、とか……あり得ないですか?」

 

「まさか、そんな……」

 

 入江さんは何か思い当たるところがあるのか、しばらく黙った。

 そこで、ここぞとばかりに梨花が言った。

 

「入江……診療所に帰ったら、こっそり富竹のことを検査してあげてほしいのです」

 

「それはどういう意味ですか!?彼は定期的に予防薬を摂取しています。それに、彼は雛見沢に常駐しているわけではありません。雛見沢症候群を発症するはずはない……!」

 

「もしも富竹が、雛見沢症候群を発症していたら……ボクの言うことを信じてくれますですか?」

 

 沈黙する入江さん。畳み掛けるように、梨花が言う。

 

「鷹野はきっと、富竹に雛見沢症候群の発症が進行するお薬を注射しているのです。山狗や鷹野には黙って、富竹の検査をしてあげて欲しいのです」

 

「まさか!どうして古手さんがその存在を知っているのかは分かりませんが……あれは……H173は、全て破棄しています。上からの指示で、雛見沢症候群の軍事利用への研究は完全に抹消したんです」

 

「監督は、それをしっかり確認しましたの?」

 

 ずっと黙っていた沙都子が言う。入江さんはすぐに返答した。

 

「ええ。私は確かに、注射器も、薬剤も、破棄用のボックスに入れました。一つも残さず!」

 

「であれば、そのお薬は一体誰が捨てたのかも、ご存知ですわよね」

 

 入江さんは少し考えて、青い顔になった。

 

 きっと、そうした薬物の管理をしているのは鷹野さんなんだろう。入江さんは、薬物を医療廃棄物の箱に入れるところまではしたが、それが実際にどうなったかは見ていない。鷹野さんなら、それを密かに何本か保管しておくことぐらいは出来るに違いない。

 

 あまりにも思考が顔に出る入江さんを見て、かつて梨花が言っていたことを思い出した。梨花は入江先生のことを隠し事のできない人間だと言っていた。俺もその人物評は正しいと思った。

 

「入江……ボクの言ったこと、少しは信じてくれましたですか?」

 

「……ええ。最初はあり得ないと思いましたが……一切の可能性を否定することはできません。診療所に帰ったら、山狗にも鷹野さんにも隠れて富竹さんの検診を行うことにしましょう。もし発症の進行が見られたら……富竹さんにも相談します。その時は、あなた方を呼ぶつもりです」

 

 梨花はその言葉を聞いて、強く頷いた。

 

 彼女はこれまで、何度もこのことについて入江さんや他の人間に相談した、と言っていた。しかしそれが本当に信じられたことはなく、それどころか梨花本人が雛見沢症候群を発症しているのではないかと疑われたことすらあったという。

 

 入江さんが心の底から俺たちの話を信じてくれたのかはわからないが、ひとまず笑い飛ばされたりするようなことはなかった。俺も一安心出来た。

 

「入江……ありがとう。ありがとうなのです……!」

 

 万感の思いがこもった梨花の感謝は、入江さんには少しの戸惑いを持って受け入れられた。しかし、その顔が冗談などではなく真剣そのものだということを悟ると、入江さんも真面目な顔になった。

 

「古手さん。私は……あなたがこれまで果たしてきた、雛見沢症候群研究に対する献身に、本当に感謝をしています。このことは、内密に調査をさせて頂きます」

 

 入江さんはそう言ってから、しばらく黙った。その顔は、やはり今告げられたことのショックを受け止めきれていないように見えた。

 

「監督。梨花のお話を信じてくださって、ありがとうございますですわ。私たちだけでは力不足でも、監督が助けてくれるのでしたら百人力ですわ!」

 

「入江さん、ありがとうございます。俺らも、何事もないことを祈っています」

 

「ええ。私だって、心の底からそう願ってます。みなさんの言うことも、理解はできたつもりです。ただ、少しだけ……心を整理する時間を、頂けませんか?」

 

 入江さんは、苦しそうな顔で俺たちから顔を背けた。それはきっと、今まで何年も共に働いてきた同僚を疑うという、苦渋の決断を迫られた彼の葛藤を表していた。

 

 俺たちはその顔を見て何も言えず、静かに保健室を後にした。

 

「入江さん……本当に信じてくれたかな?」

 

「もちろんですわ。監督は、ああ見えて意外と芯は強いタイプなんですのよ?」

 

「……少なくとも、出来ることはやったはずなのです。あとはしばらく待って、富竹がどうなっているかを知るだけなのです」

 

 俺たちは真面目な顔をして教室に戻った。教室では、いつものように子どもたちが騒がしくしていて、先程までとの空気感の違いを感じる。

 

 まとまった席に配置されてる俺たちが席に戻ると、すぐに話しかけられた。圭一だった。

 

「なぁなぁ、雄星。3人で一体何の話をしてたんだよ?」

 

「え、あぁ……あれだよ。俺と沙都子で、梨花に料理を習ったりしてるんだけど……今度はいつ集まるか、とか。そんなことを話してたよ」

 

「えぇ、そうなんですわ。梨花は、次は肉じゃがを教えてくださるんですわ。もし私たちが作ったら、是非お弁当に入れてご馳走して差し上げましてよ?」

 

 沙都子が俺にフォローをくれる。圭一は、へー、と気の抜けた返事をしてそれに答えた。

 

「そうなんだ。レナも楽しみだな」

 

 圭一の後ろから、レナちゃんが現れた。

レナちゃんなら俺の嘘を一瞬で見破れるかと思って、顔を向けることはできなかった。今のところ、セーフらしい。

 

 俺は安心した心地で学校の授業に臨んだ。

 

 あとは、入江さん次第だ。

 富竹さんが今のうちから鷹野さんのことを警戒してくれれば、きっと梨花ちゃんの今までの経験とは違うことが起こるはず。それが俺たちに良い方向に向いてくれることを祈るのみだ。

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