雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
先生の握るハンドベルが鳴って、午後の授業が終わる。途端に教室は騒がしくなって、先生は苦笑しながら言った。
「はーい、まだ終わりではありませんよ。ホームルームのお時間ですよーっ」
知恵先生が言うと、教室の喧騒は少し穏やかになる。俺は先生のお話は上の空で、これからのことを考えていた。
俺たちに出来ることはやったつもりだ。
賽は投げられた。あとは、入江さんや富竹さんが俺たちにとって良い決断をしてくれるかどうか、というのみ。
しかし、人事を尽くして天命を待つ、というのは穏やかな気持ちではいられない。本当にやれることはないのか。今からでも、魅音ちゃんに相談して力を借りるべきなのでは?いろんな考えが思い浮かぶ。
入江さんが本心で俺たちのことを信じていなければ……すぐに全てを鷹野さんに話していて、家に帰った途端、山狗の人間たちが待ち構えていることだってあり得る。梨花や沙都子の前では格好をつけたことを言って、一番覚悟が出来ていないのは俺自身なのだ。
今まで、知らず知らずのうちに危険に足を踏み入れたことは何度もある。沙都子の叔母に殺されそうになった時も、園崎家の地下牢に立ち入った時も、鉄平や間宮リナに殺されそうになった時も、いつだって俺は危険の存在に気づいていなかった。
……そうそう、梨花と梨花のお母さんと一緒に、診療所の前で山狗と出会った時もそうだ。あの時、梨花のお母さんが何か重大な秘密を俺に話していたら……3年目の祟りは俺に降りかかっていたかもしれない。
富竹さんは、恐ろしい薬物を注射されているのに気付かず、鷹野さんと楽しく談笑している。自らが危険であることに気付かなければ、恐怖など感じない。
しかし、自分の喉元にナイフが突きつけられれば、誰だって死の恐怖を感じる。
俺は沙都子とともに、梨花に向かう危険を打ち払おうとしている。力加減ややり方を間違えてしまえば、その矛先は俺たちに向かう。
梨花に突きつけられているのは、冷たい銃口だ。山狗と鷹野さんたちから放たれようとしている鉛の弾から、梨花を守ろうとしているのだ。
失敗すれば……死ぬ。それ以外に結末は思いつかない。
ふと顔を上げると、先生の話はいつの間にか終わっていた。みんなはぞろぞろと帰宅している。
「さようなら、ですわ!」
「また明日なのです」
今日は部活はなしだ。梨花は、奉納演舞の練習があると言って部活を抜けた。
梨花も沙都子も、そそくさと教室を後にする。ここに長い間いると他の子供達に何か被害が及ぶかも、と思ったのかもしれない。
「おーい、雄星?何ぼーっとしてんだよ。ほら、もう帰ろうぜ」
と、隣の席の圭一はもう立ち上がっていた。
圭一とレナちゃんは、2人とも不思議そうな顔をして、カバンを片手に俺のことを待ってくれていた。
「ん?あー……うん。そうだね。俺もすぐ帰るんだけど、ちょっと用事があるから少し残るよ。レナちゃんと魅音ちゃんと、先に帰ってて?」
「おいおい、どこから話を聞いてなかったんだよ?魅音は今日はお祭りの手伝いがあるから、急いで神社の方に向かうって、さっきそう言ってたろ?……用事なら仕方ない。俺はレナと帰るぜ」
なるほど、昼間にそんなことを言っていたような気もする。ぼーっとしていて、変なことを口走ってしまったのを悟って少し恥ずかしくなり、小声で返事をした。
「うん。ごめんね……?」
「……もしも、何か大変なことがあるならさ。相談しろよな!」
圭一は振り返り、照れくさそうにそう言って教室を出て行った。レナちゃんは最後まで無言で俺のことを見て、圭一について帰路についた。
彼はきっと、俺を気遣ってそんなことを言ってくれたんだろう。だが……このことを相談できるわけがない。
梨花は結局、この事情を俺と沙都子以外の誰にも話していない。それは多分、巻き込みたくないからという一心なのだ。俺や沙都子が勝手に広めて、彼女の決意を穢すわけにはいかない。
俺も梨花も沙都子も、友人たちを巻き込みたくないのは同じなのだから。
山狗はきっと容赦はしない。どうせ、梨花が死ねばみんな殺されてしまうのだ。作戦がもしも露呈したなら、目撃者を消すことに躊躇いはないに違いない。
俺は一人、荷物を片付けて家に帰った。
一人で帰るのは久しぶりじゃないが、今日はいつもと違った。入江さんのことがある。山狗が俺のことを付け狙っていないとも限らない。俺は辺りを見回し、警戒しながら歩いた。
いつもと何ら変わらない田舎道だが、俺は虫の音にも、風に揺れる草にも驚き、車が横切る時なんかは誰が乗っているのかとジロジロと運転席を見た。
今の所、不審な人物もいなければ、危ないことも起こっていない。
雛見沢症候群が進行した人間は、こんなふうに日々を過ごしているのだろう。存在を知らなければ、俺だってもっとおかしくなっていたかもしれない。
大丈夫。今のところ、俺は大丈夫。俺はまともだ……。
「あら、牧野くん!今日は一人なんかい?」
学校を出て10分ほど。商店街を過ぎるところで、道行くお婆さんが話しかけてきた。
「わぁっ!?あ、はい。そうなんです。今日はたまたま……」
俺は肩を震わせてそれに反応した。気を張りすぎて、目の前から来たおばあちゃんの声にすら驚いたのだ。
変な顔をしているお婆さんを見て、俺は恥ずかしくなった。心を落ち着かせ、平常心で頷いた。
「人気もんの牧野くんが一人で帰るなんて珍しいねえ。昔はギターを背負って聞かせてくれたもんやけど、最近はあんまりやってないんかい?」
そう言われて思い出した。このおばあちゃんには、昔ギターを弾いて聞かせたこともあった。
最近は趣味に使う時間もだいぶ減った。この1週間を何とか乗り切れれば、またやってもいいかもしれない。
「そうですね……ちょっと今は忙しいんですけど。でも、また発表したいですね!」
「うんうん、待っとるからねえ」
そう言ってお婆さんはゆっくりと道を歩いていった。やはり、何の変哲もない帰り道だった。一人寂しく帰る中でも、村人は温かく見守ってくれていた。
それからは、人と出くわすことも少なかった。軽く会釈を返したりすることはあるが、やはり特に変化はない。安心することはできないが、入江さんが俺たちのことを疑って、鷹野さんに情報を共有して、その結果俺たちが狙われるなんてことはなかったようだ。
俺はここまで疑心暗鬼に駆られている自分を鑑みて、実際には入江さんのことを信頼出来ていなかったことに気づいた。
そこからまた少し歩いて……いつも俺とレナちゃんが待ち合わせているところで、人影が見えた。
その人影はこちらに気づくと、おーい、と手を振ってこっちに歩いてくる。
俺はその見覚えある人影に、恐る恐る近づいていった。レナちゃんだった。
「雄星くん、また会ったね。こんにちは!」
「うん。こんにちは、レナちゃん。どうしたの?こんなところで……」
「ちょっと心配なことがあって、それを確認したかったんだ」
すぐそばまで来たレナちゃんは指先で髪の毛をいじりながら、どこか遠くを見るようにして言った。その顔は、どう話を切り出そうか考えているように見えた。
どうやら真面目な話みたいなので、俺は近くの柵に腰掛けて、ちょっと考えてみた。レナちゃんも側に座った。
彼女の心配事とは何なんだろうか。
何だかわからないが、何かをすれば確認できるようなことらしい。つまり、勉強がどうとか、将来のことがどうとかではないはず。
すぐに思いつくのは父親に関してのことだが……間宮リナのことは一旦解決した。俺が半殺しにされたことは言ってない。鷹野さんが間宮リナにどう対処したかは知らないが、きっとヤツは行方不明だろう。
……となると、やっぱり俺にはレナちゃんの心配事はわからない。
俺がレナちゃんの顔を見て首を傾げると、レナちゃんは何故か楽しそうに笑った。
「雄星くん、覚えてる?」
「何を?」
「私が転校してきてすぐ……オヤシロ様の祟りについて、雄星くんに聞いて、色々と教えてくれたよね」
「あー……そんなこともあったね。それが、どうかした?」
レナちゃんは俺にほんの少し顔を近づけて、言った。
「今週末、綿流しのお祭りでしょ?もしも今年も何かあったら、とっても悲しいなって思って……雄星くんは、今年の綿流しのことについて何か知ってる?」
知ってる。俺は今年の綿流しで何が起こるかについて知ってるが、そう言えるわけがない。平然とした顔を装い、言った。
「い、いや……知らないけど。きっと、何事も起こらないよ。今までの事件は個別に解決してるしね。今年は大丈夫だよ」
「ほんと?それなら嬉しいけど……」
レナちゃんはそう言って優しく笑った。よかった、信じてくれたのだろうか……?
「嘘だ」
彼女は優しい瞳でそう言ってから、さらに続けた。
「嘘だよね。雄星くんは、絶対に何かを知ってる。それで、多分困ってる。でも、そのことをレナや魅ぃちゃんには伝えようとしない」
「いや、そんなこと……」
「最近はいつも3人でいるし、梨花ちゃんと沙都子ちゃんは知ってるんだよね。でも、レナたちには伝えられない理由がある。違う?」
言い淀む俺の目を見て、レナちゃんは言い放つ。目を逸らすと、今度はレナちゃんの手が俺の頬をそっと触れる。生温い風が吹く。冷たい手がひんやり気持ちいい……じゃなくて、否定しないと。
「ち、違うよ。2人は関係ない」
レナちゃんは優しく笑いながら言う。
「それも嘘。あのね……私は雄星くんや梨花ちゃんたちを問い詰めたいわけじゃないの。雄星くんは、この前私に言ってくれたこと、覚えてる?」
レナちゃんとは何度も話している。一体どれのことだろう……俺が思い出していると、その少しの時間も与えないつもりらしいレナちゃんが答えを出した。
「辛いこと、悩み事があったら友達に相談するべきだ、って。言ったよね。レナは、雄星くんのお友達じゃないのかな?」
「そんなことない!!でも……」
言えばみんなを不幸にしてしまうのだ。みんなのことを大事に思っているからこそ、言うことはできない。
俺には、仲間達を巻き込む決心は出来なかった。口を固く閉ざした俺に、レナちゃんは小さくため息をついて、悲しげに笑った。
「ごめんね。でも、私はいつでも話してくれるのを待ってるからね?」
レナちゃんはそう言って立ち上がった。俺はその寂しそうな顔を見て、深い罪悪感を覚えた。
だが、これはみんなのため。みんなを巻き込まないためなのだ。
俺は寂しい顔をしたレナちゃんを見て、返す言葉がなかった。
レナちゃんは自嘲するような笑みを浮かべて、一人家に帰った。