雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
その日の昼過ぎ、梨花と沙都子が俺の家を訪れた。要件は明確だった。
「雄星。今すぐ、神社に来て欲しいのです」
「監督と富竹さんが来てくださるそうですわ」
真剣な眼差しをした2人は、単刀直入に本題に入る。
「今の神社には、村の人がたくさんいますのです。入江も実行委員の用事があるし、富竹はその風景を撮影するという名目で、怪しまれずに神社に来れるみたいなのですよ」
「ってことは……富竹さんはやっぱり雛見沢症候群に罹患していたってこと、だよな」
梨花は、ゆっくりと頷いた。
俺は普段着の上に上着を着て、家を出る準備をした。
蒸し暑い夏の日、空は嫌に明るかった。俺たちはほとんど無言で自転車を漕いで、神社へと向かう。
みんな、これからの話が梨花の運命を左右するほどの重大な出来事であることはよく分かっているようだった。
神社にはそこかしこにテントや設営中の舞台があり、とうとう祭りがすぐそこに迫っているのを感じる。祭りの準備に追われる大人たちがあちこちを駆けずり回っていた。暑い中、ご苦労なことである。
「おー、雄星くん。今日は準備を手伝いに来てくれたんかい?」
「そんな感じです。ちょっと呼ばれてるんで、それが終わったら行きますね!」
境内にいたおじさんが話しかけてきたのに対して、俺は笑顔を作って応じた。彼は境内に設営されたテントで涼んでいるところだった。
「おう、そうかい。待っとるでな!」
おじさんはそう言って缶ビールを呷った。まだ日も落ちてないってのに、酒なんて飲んでいいのか?まぁ、この村がルーズなのは今に始まった事ではない。気を取り直して、先に行く2人のところへ急いだ。
「ほら、こっちなのです。入江と富竹が待っているはずなのです!」
梨花はそう言って、祭具殿の方へと俺たちを誘った。どうやら、そちらで待ち合わせているらしい。
山狗が俺たちを監視しようにも、村人に見られたら怪しまれる可能性だってある。今日は村人は大勢いるし、怪しまれるたびにその村人を消せるほどの権力はないはず。
中に入らなくたって、祭具殿の近くなら山狗も簡単には近づけないだろう。梨花や俺たちはまだしも、不審な男が祭具殿をうろついていたら村人たちは誰何するに違いない。ちょうどいい場所なのかもしれない。
「今日ばかりは祭りの準備をする人たちが頼もしく思えるのです」
「いくら山狗でも、こんなに多くの人の中じゃ力を発揮出来ないだろうね」
そんな会話をしながら、神社の境内を抜けて行った。すぐに、ひっそりと佇む建物が見えてきた。ふと沙都子の方を見ると、彼女はちょっと怯えた顔で口を固く結んでいた。
彼女としては、あまりいい思い出はないところだ。俺は黙って彼女の頭を撫でた。照れくさそうに沙都子は笑った。
祭具殿の近くに、大柄な男と白衣を着た細身の男が立っていた。富竹さんと入江さんだ。
俺たちが近づくと、2人はこちらに振り向いて、俺たちのことを呼んだ。
「雄星くん、古手さんに沙都子ちゃん!お待ちしてましたよ」
「どうしてこんなところへ?神社の方でも話は出来るんじゃ……」
富竹さんがそう言うと、梨花はどこかうんざりしたような口調で言った。
「神社やボクの家には、すでに山狗の監視がついていてもおかしくないのです」
「ちょっと!山狗のことは部外者には……あ、そうか。ここにいるみんなは、すでにいろいろなことを知っているんだったね」
富竹さんは焦ったような顔でそう言ってから、複雑な面持ちで俯いた。小さくため息をついてから、さらに続けた。
「入江所長から、僕の体の状態について聞いたよ。……正直に言って、信じられない。先に、聞いておきたいんだ。どうして、梨花ちゃんは僕が雛見沢症候群に罹患していると……?」
「オヤシロ様が教えてくれたのです」
梨花ちゃんが富竹さんの目を見て、真面目な顔でそう言った。
はぐらかしたみたいで、富竹さんは嫌な顔をするかと思ったが、そんなことはなかったらしい。富竹さんはその言葉に納得した表情になった。
「君はオヤシロ様の生まれ変わりとすら言われている。女王感染者なのであれば、雛見沢症候群を発症している人間のことを感じ取れるのかもしれない……」
「まさか。女王感染者についての仮説は様々あるが、そんなことが報告されたことは……」
入江さんは眉根を顰めて首を振る。しかし梨花は言葉を続けた。
「以前も、同じようなことがありましたのです。雄星と沙都子の両親が事故に遭われた時、雄星は雛見沢症候群を発症していた。入江、違いますですか?」
梨花は、自分の話の説得力を高めるためにこの話をしているはず。俺が下手に口を挟むのは良くないと判断して、一旦黙っておくことにした。
「……その通りかもしれません。検査をしたわけではありませんが、雄星くんがご両親を看取ったあと……私は雄星くんが症候群を発症している可能性があると考えて、診療所で休むように言ったのです」
今思い返してみれば、確かにそうだった。北条兄妹はすんなり家に帰されたが、俺だけはちょっと引き止められて、診療所で仮眠を取らないかと言われたんだった。
申し訳ないと思って断ったが、もしあの時俺が診療所で寝ることを選んでいたら……一体どうなっていたのかは、わからない。
「オヤシロ様は全てお見通しなのですよ。にぱー⭐︎」
「そのことについてはまた後日、じっくり話を聞かせて頂きましょう。尤も、雛見沢症候群の研究が今後も続けられるなら、という但し書きが必要ですが……」
梨花はにっこり笑ったが、真剣な顔の入江さんはそれをあっさり受け流した。梨花は、心外そうな顔になった。
梨花の笑顔がこれほど無視されることは少ない。ちょっと面白くて、俺が口元を緩ませると、俺のそばにいた梨花は後手に俺の腰をつねった。
俺たちがそんなやりとりをしている中、富竹さんはその表情をさらに険しいものにして、口を開いた。
「とにかく……鷹野さんが、僕を殺そうとしているだなんて……信じられない。いや、信じたくない……!」
絶望したような表情で富竹さんは言った。彼と鷹野さんは俺たちから見ても、お似合い……とはいかずとも、とっても親密なカップルに見えた。それが、鷹野さんは富竹さんを殺そうとしている、だなんて……俺たちからしても、意味がわからない。
「まだ、鷹野さんが原因だと決まったわけじゃないです。でも、もしも本当にそうなら、俺たちにはわからない理由があるんだと思います」
「わからない理由って言ったって……鷹野さんがそんなことをする理由なんてあるはずがないよ」
「鷹野は……雛見沢症候群の研究が中止されることに、大きなショックを受けているのではないですか?そして、その弱ったところを誰かにつけ込まれている。そんなことは考えられませんですか?」
梨花の言葉に対して、富竹さんは声を荒げた。
「梨花ちゃんが死ねば、この村の人全員が死ぬんだ。そんなことをして誰が得するって言うんだい!?」
「少なくとも、この村に、ボクを殺して得をする人間がいないのは確かです。でも、"東京"にはいる……"東京"の人間の中に、入江機関の失脚を目論む人間がいるとすれば、鷹野を唆して、ボクを殺す動機もありますです」
梨花ちゃんのその推理は、俺と沙都子も聞いたことがないものだったが……あながち間違っていないらしい。その推理を聞いて、入江さんと富竹さんの顔は、半信半疑のような疑わしい表情から変わった。
「……取り敢えず、話は聞こう。動機は一旦置いておいて、梨花ちゃんは、鷹野さんがどうやって僕を殺すと思っているんだい?」
「鷹野は多分、綿流しの日の夜に富竹を呼び出して、そこでH173を投与しますです。そして、L5の状態になった富竹を村の外れに放置する。富竹はそこで、錯乱状態になって死んでしまうのです」
富竹さんは、梨花の言葉を口を挟まずに聞いていた。苦虫を噛み潰したように、梨花が伝える自分の運命について考えていた。
「た、鷹野さんが、僕にそんなことを……」
「ボクも、鷹野がそんなことをするなんて思いたくはないのです。でも、そうなってしまうというお告げを聞いてしまったのです……」
富竹さんは黙った。しばらくして、決心が出来たように、ゆっくりと語り出した。
「それを丸っ切り信じるとは、言えない。でも……梨花ちゃんの心に少しでも疑いの心があるなら、それを晴らさなくてはいけないのは確かだ。梨花ちゃんは、それほどに重要な人間だからね」
富竹さんのその言葉に、入江さんも頷く。
「入江先生、帰ったら、山狗には内密に薬品棚の中身を検分してみてください。もしも資料と実際の個数が合わないようなものがあれば、リストにまとめてあとで報告を。そして、私に予防接種をお願いします」
「もちろんです。いくら鷹野さんが薬品の管理をしているといえ、私が薬品棚を触っても不審に思われることはないはずですからね」
富竹さんと入江さんが会話をする。今の所、俺たちの話を受け入れてくれているようだ。
「2人とも……!ボクの話を信じてくれるのですか!?」
富竹さんは、苦々しい表情で笑った。
「ははは……本当は、信じたくないけどね。鷹野さんの疑いを晴らすためにも、資金の流れや薬品の在庫管理、あとは山狗の指揮系統についても調査をしてみるよ」
「富竹……くれぐれも、気をつけて欲しいのです。予防接種をしても、次にH173を投与されたら……」
梨花は心配そうな顔で富竹に告げる。富竹は、眉をぴくりと動かしてそれに反応した。
「富竹さん。昼間にも申し上げましたが……あなたの進行度はL3-です。予防接種をしても、H173を投与されれば、依然危険な状態であることに変わりはない。危ないことがあれば、すぐに身を隠してください」
L3-というのは雛見沢症候群の進行度のことだ。L3を突破すると格段に危険度が高まり、L4で命の危険が生じる。おそらく、富竹さんはかなり際どいところにいる。何かの拍子で症状が進行すれば、元の生活に戻るのはかなりの時間を要するだろう。
「ええ。危険を感じたら、すぐに番犬に連絡をします。もしも山狗が敵になったとしても、番犬が到着すれば問題はありません」
「番犬というのは?」
俺が聞く。富竹さんは小さくため息をついた。話したくはないが、話さなくてはならない、という表情だ。
「はぁ……本当は教えてはいけないことなんだけど、ここまで来たら仕方がないね。番犬部隊とは、このようなリスクに対処するためにある戦闘専門の特殊部隊なんだ。工作要員も含まれる山狗と違って、重火器の使用や航空支援なんかも認められている。山狗もそれは分かっているから、僕が番犬を呼んだ時点で降伏するはずだよ」
「では、それを今すぐ呼んでくださりませんの?」
沙都子が何の気になしにそう言うが、富竹さんは苦笑した。
「それは流石に無理だよ。まだ何も証拠がない。どう間違っても、憶測だけを根拠に呼べるような戦力じゃないからね。鷹野さんがH173を悪用した証拠が見つかったり、僕が彼らに危害を加えられたりすれば呼ぶことが出来る。まずは証拠を集めないといけないんだよ」
そんな部隊を証拠もなしに呼んでしまっては、富竹さんはとんでもない処分を受けるだろう。俺たちの勝利条件は、鷹野さん、ないし梨花を殺そうとする何者かの尻尾を掴んで、それを富竹さんが上司に報告することだ。
富竹さんが、左遷されたり、上層部からの信頼を失えば、手立てはない。彼こそが俺たちの頼みの綱なのだ。
「富竹さん……どうか、死なないで。貴方だけが、俺たちの頼りなんです……!」
富竹さんは俺の言葉に、真面目な顔で頷いた。
「あぁ、分かっているよ。僕はこう見えても、自衛隊で教官をしていたんだ。君たちに危険が及ぶようなことは、絶対に防いでみせる」
いつもはどこか頼りない雰囲気を滲ませる彼だが、今は力強く拳を握って俺たちを安心させてくれた。
彼の言葉だけで安心出来るとは言い難いが、彼の信頼を得ることが出来たのはとても大きなことに違いなかった。
彼らが神社を去ろうとする時、俺はその背中に一つ声をかけた。
「富竹さん。先日の、間宮律子さんの件ですが……あれは山狗の方ではどう処理されたのでしょうか?」
「ど、どういうことだい?それは。そんな話、僕は聞いていないけど……」
富竹さんは惚けた顔をした。
「ちょっと、どういうことですの?まみやりつこ?また知らない女性ですこと?」
「……詳しく話して欲しいのです」
2人も俺に聞いてくる。参った。危ない目に遭ったと言うと、2人にも会わせる顔がない。
「え、えっと……その人は、レナちゃんに関係してる人で……レナちゃんのためにもあんまり話さない方が……」
「レナさん?レナさんのことと、ユウが富竹のおじ様に言ったことがどう関係しておりまして?」
「間宮リナが悪い奴で、レナがそれに困っているのは私も知っているわ。で、それがどうしたっていうのかしら」
言い淀む俺に、2人は少しずつにじり寄ってくる。観念して全てを話すことにした。
「レナちゃんの父親が……悪い女の人に騙されてたんだよ。その悪い女の人が間宮リナっていう人で……実は、北条鉄平と親密な関係にあったみたいなんだよ。それで、鉄平が逮捕されたあの日、俺は診療所の近くで間宮リナに襲われたんだよ」
「はぁ?それでなんであんたが襲われるの?」
「それが……俺がレナちゃんの相談に乗ったことがきっかけで、レナちゃんのお父さんは間宮リナとの関係を絶ったんだけど……どうしてか、間宮リナはそれを知ってて、逆恨みされてたみたいなんだよ」
あぁ、そう。と、納得のいったような表情を浮かべる梨花。その顔を見るに、レナちゃんの家庭を巡る一連の出来事は、梨花の想定内だったらしい。
「全く……あいつは厄介ごとしか持ってこないわね。分かったわ。で、山狗がどう関係するの?」
「実は、そこで武器を持った間宮リナが襲いかかってきて……俺はそこで、鷹野さんに助けてもらったんだよ」
沙都子が驚いたような顔になって、俺に言う。
「えぇっ!?あのあと、そんなことがあったんですの?そんなの聞いてませんわよ!?」
確かに、これは沙都子と別れて1時間ぐらいの話だ。一難去ってまた一難というか、つくづく厄介ごとに巻き込まれているな、と今になって実感する。
北条鉄平に追いかけ回されたあと、間宮リナに石でぶん殴られて……今は特殊部隊を敵に回してるんだからな。
黙って危険な人間に手を出すな、という意味だろう。怒ったような顔でこちらをじっと見つめている梨花と、心配そうな顔で唇を硬く結ぶ沙都子をよそに、富竹さんが言った。
「それで……鷹野さんが、山狗を使ってその女性から雄星くんを助けたということかい?」
「そうだと思います。間宮リナは診療所に空き巣か何かをしようとしていたみたいで……俺に見咎められて、俺の方に向かってきました。首を絞められていたところで、鷹野さんが俺を助けてくれたんです。ただ……俺はすぐに逃げたので、その後どうなったかはわからないんです」
「そうか……分かったよ。もしも、鷹野さんが独断で山狗を動かして民間人に対して何かを行ったなら、本来なら僕にも報告をしてもらう必要がある。そのことについても、こちらで調べてみることにするよ」
富竹さんはそう言って、帽子を被り直した。
小さく息を整えて、入江さんと一言二言情報を交換したあと、2人は祭具殿の前から去っていった。
……正直に言って、あまりに上手く行き過ぎている気がした。ほんの少し、彼らが本当に俺たちの言葉を信じてくれたのか?という疑念が残った。
「ちょっとあんた!また危ないことに首を突っ込んで、こんな大事な時に何考えてんのよ!……」
梨花は呆れたような顔で、俺にくどくどと説教を垂れた。危険なことに首を突っ込むのなら私に相談しなさい、といういつものやつだ。
とはいえ、その言葉は俺を思ってのことなのは理解している。素直に受け入れた。沙都子は心配そうな顔で俺の頭を撫でた。
しばらく話した後、みんなで神社の境内の方へと戻った。梨花はステージを設営する村人の姿を見て、何かを思い出したように目を見開いた。
「忘れていましたのです。今日は夕方から、奉納演舞の練習を実行委員の人に見て貰う約束があったのです。ボクは一旦、神社に帰るのです」
「あら、そうですのね。では、私とユウはお祭りの準備でもお手伝いしてきますわね。梨花、頑張ってくださいませ!」
「ボクも早めに練習を終わらせて、2人に合流できるようにしておきますです。2人とも、ふぁいと、おー。なのです」
久しぶりに聞く梨花のいつものセリフに、俺と沙都子は顔を見合わせて笑った。
梨花がいつもの調子を取り戻しているのを見て、俺たちも少し落ち着けた。
俺らが社務所の方へ戻ってすぐに、梨花は町内会のおばさんたちに囲まれた。何を話してたの?と、俺らの話題に興味津々の様子。
梨花は苦笑しながら俺たちに手を振った。「ちょっと頑張ってきます」とでも言いたげで、微笑ましい気持ちになった。
「さぁ、梨花の練習が終わるまでは一緒にお手伝いですわね!」
「そうだな。いこーぜ」
俺らはそんな感じのことを言って境内のテントの方へ向かう。一仕事するとしよう。
綿流しの祭りは、もう数日後だ。それまでに、富竹さんがなんとかしてくれることを祈るのみだ。