雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第87話

 

「……彼らの言う通りだ。山狗たちの活動資金がこれだけで賄えるはずがない。去年からの工作費用の辻褄が合わない……」

 

 富竹は一人、ホテルの一室で資料をめくっていた。

 

 理由はもちろん、古手梨花たちからの告発である。と言っても、富竹は話を聞いただけでその話を信じたわけではなかった。

 

 彼は自衛隊員であり、機密部隊の監査という重大な役割を担う人間だ。いくら何年かの付き合いがあるとはいえ、子供の言葉を鵜呑みにして、それだけを根拠に捜査をするわけがない。

 

 監査役として、山狗や入江たちがどのような活動・研究をしているかは詳細に把握しているつもりだが、去年の今頃からの帳票をよくよく調べてみれば、少しの違和感を感じ取れた。

 

 去年、上層部から入江機関の縮小が決定されてから、自衛隊に属する特殊部隊の山狗は、3年の期間を待たずして、雛見沢からは徐々に撤収する手筈だった。そのため今の入江機関には、思うように動かせる人員の余裕はないはずだ。

 しかし、実際には、梨花の監視や民間人への対処にも人員が動いているというわけだ。計上されている費用は、指示通りに削減しているのにも拘わらず、である。

 

「鷹野さん……君は、本当に……?」

 

 富竹にとって鷹野三四は、紛れもなく大切な人と呼べる存在だ。共に趣味を楽しみ、彼女が落ち込んでいれば慰める……そんな関係でありたい。だからこそ、彼女にかけられた疑いを晴らしたかった。

 

 彼らが言うような残虐な行為に、鷹野が手を染めるとは考えたくはなかったが、富竹は少し前から彼女の様子がおかしいことには気づいていた。

 

 ちょうど1年ほど前、鷹野の後援者としてサポートを惜しまなかった小泉という男が死んだ。彼は政財界でただならぬ権力を持ち、まさしくフィクサーとして活動していた。

 

 "東京"でも絶大な力を誇った彼の死後、雛見沢症候群研究に対しての風当たりは厳しくなった。

 

 鷹野は尊敬し、頼りにしていた小泉の死にショックを受けた。そしてそれからすぐに、小泉の支援を失った入江機関の縮小が決定した。

 

 当初は研究の成果を全て抹消し、即時の研究中止を求められたのだ。そこから、富竹の交渉の結果、3年間という猶予が設けられた。とはいえ鷹野としては納得がいかないようで、怒り心頭だった。

 

 富竹は、鷹野が様々なコネを使って上層部に掛け合ったのを知っていた。そして、"東京"の上層部がその鷹野の嘆願を一笑に付したことも。

 

 あれから鷹野は、しばらく不安定な時期を過ごした。富竹も不機嫌な鷹野には気を揉んだし、富竹自身、何とか研究を続行できないかと上層部に掛け合ったりもした。

 結果は芳しくなかったが、必死の訴えの結果、即時の研究中止は免れて今になるわけだ。

 

 そして、富竹が鷹野に感じる違和感はそこにあった。

 

 かつては、鷹野は研究が進まなければ武力行使や山狗による工作をも辞さなかった。強行な手段に訴えて研究を進めていた彼女が、今では研究の中止についての不満は露わにしない。終了の目処が立っている研究を無理矢理に進めたりすることもなく、粛々と業務をこなすのみだ。

 

 それが何故なのか気になっていても、聞くことは出来ていなかった。

 

 昨日子供達から聞いた話が──"東京"の勢力に唆され、何年も解体を進めてきた雛見沢症候群研究という爆弾に火をつけるということが──その答えだというなら。

 鷹野をそこまで追い詰めてしまったのは、無力な自分に違いない。自分が悩み事を相談されるような人間になれていたら、こんなことにはならなかったはずなのだ。

 

 富竹はそんな責任感を胸に、診療所の帳票をさらにめくった。

 

 彼はしばらくの間、入江機関から東京への報告書や帳簿を読み込み、結論を出した。

 

 やはり、鷹野さんは何かを企んでいる。それがなんであれ、看過することはできない。

 

 自分が好意を寄せていた女性が、裏で何を考えていたのか?それは富竹にはわからなかったが、東京には一報を送ることを決断した。

 

 とはいえ、東京が一枚岩ではないのも確かだ。誰に、どのように、何を報告するのか。富竹は慎重に考えながら、資料をめくった。

 

「……ここも、引き払った方がいいかもしれないな」

 

 富竹は小さく呟いた。荷物をまとめて、自分にあてがわれたホテルの一室を引き払う準備をし出した。

 もはや、ここも安全ではない。電話さえあれば、何でもいい。入江との連絡はつかなくなるが……自分が死ねば、全ての意味がなくなるのだから。

 

 

 

 一方、入江は診療所の薬品棚を探っていた。

 

 急いで薬品を検分する手に、額から汗が一粒落ちた。そのことが入江に、焦っていることを自覚させた。

 

 富竹さんが口実を作って、今は山狗の目を避けている。しかし、それがどの程度続くのかは分からない部分がある。今、こうしている最中にも山狗が戻ってきて、自分に声をかけはしないだろうか?

 

 入江の胸中はそんな心配でいっぱいだった。

 入江は、自分のことを器用な人間だとは思っていない。もしも今、山狗が戻ってきて、薬品を検分している理由を鷹野に問い詰められたとして、そこでボロを出さない自信はなかった。

 

 一瞬にも、永遠にも感じられるような時が過ぎて、入江はようやくある薬品を手にした。

 

 それは雛見沢症候群の進行を予防するための薬品だった。いつもと変わらず、決まった本数が冷蔵庫に並んでいる。

 

 そこで入江は少し前に行った、入江機関の定期検診のことを思い出した。

 

 定期検診は一斉に行われる。東京からの連絡員である富竹も例外ではなく、診療所の職員が見守る中で富竹の予防接種が行われていたのである。

 あの時、自分は何の疑いもなく、鷹野が富竹に注射するのを見ていた。もちろん、ラベルは確認した。間違いなく予防薬のラベルが貼られていたはずだが……。

 

 あの時、鷹野さんはこの棚からH173を出し、何食わぬ顔で富竹さんに注射したのかもしれない。であれば、元々あった予防薬はそのままになっているか、何処かに隠されているかのどちらかだ。

 

 入江診療所では、医療廃棄物の処理……特に、使用後の注射器なんかの回収は月に一度くらいしか行われない。富竹が予防接種をしたのは、ほんの数週間前のことだ。なら、まだ廃棄物は回収されていないはず。そして、廃棄物の管理をしているのもまた、鷹野。

 

 もしかすると、本来注射されるはずだった予防薬が、廃棄されているのかもしれない。

 

 そう考えた入江は急いで廃棄ボックスの設置されている場所へと向かい、

 手袋を嵌めた。使用後の注射器が収められた箱を開けて、中を確かめる。

 

「これは……」

 

 そこには、中身が入った状態の注射器が収められていた。ラベルは貼られたまま、そのまま廃棄されていた。封も切られていない。

 そんなことは本来あり得ない。まだ使用期限の残る薬品を廃棄する理由など、どこにもない。

 

「……そうか……!鷹野さんは、ラベルを偽造したH173を予防薬に仕立てて、並べていたんだ……!」

 

 注射器を普通のゴミ箱に入れたり、個人的に処分したりするのは難しい。最終的に処理するのは外部の業者だし、もしもそういった杜撰な処分が発覚すれば、医師免許は停止され、きっと"東京"からも重大な処分を下される。

 

 恐らく、鷹野は予防薬のラベルを偽造して、H173に貼付した。そしてそれを、何食わぬ顔で富竹に注射した。そして、本来注射するはずだった予防薬は、「不要な証拠」として廃棄に紛れ込ませたのだ。

 

「これは、大きな証拠になる……!」

 

 これを富竹さんに伝えれば、大きな根拠になりうる。

 鷹野さんが偽造したラベルなのであれば、正規のロットナンバーとは食い違いが発生するはず。時間はかかるかもしれないが、専門家に確認すれば、絶対に何かを掴むことが出来る。

 

 問題は、どのように富竹さんを呼ぶかというところだ。富竹さんの所在は知っているが……診療所の電話を使うわけにはいかない。

 

 ともかく、証拠は確保するべきだろう……。置いてある使用後の注射器に手を伸ばして……途中でその手を止めた。

 

 これは鷹野さんの犯行を示す確かな証拠だ。

 だが、もしも鷹野さんが廃棄ボックスを検分するなら、間違いなく、自分の行動に気づく。こんなことが可能なのは、自分だけしかいない。もしも鷹野さんがそれに気づけば、自分はどうなるか……。

 

 入江の額からは、一筋の汗が滴り落ちた。しばらく手を伸ばしたままでどうするか悩んで悩んで……決断した。

 

 注射器を手に取り、懐へしまった。そして、診療所を出て、近くの公衆電話へと向かった。

 

 富竹から、何かあればここに連絡して欲しい、と伝えられた電話番号があった。今日見つかったことを、報告しようというわけだった。

 硬貨を何枚か入れて、ダイヤルを回す。

 

「……どうしてだ?どうして、出ないんだ……!?」

 

 しかし富竹は、電話には出なかった。

 まさか、もう山狗たちに捕えられている……?そんな、最悪の想像も頭をよぎる。

 

 とにかく、一旦は診療所に帰らなければならない。

 入江は白衣を振り乱して、一心不乱に診療所へと走った。

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