雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺らが富竹さんと入江さんに全てを伝えたあと、数日が経った。
綿流しの祭りが明後日に迫る中、いまだに2人からの連絡はない。
あれから彼らと話す機会もない。不安感は拭えないというのが正直なところだ。彼らがなんとか真相を暴いてくれていることを祈りながら、俺は普段通りの日々を過ごしていた。
普段と違うことといえば……今日から梨花が俺の家に泊まることだろうか。
「お邪魔するわよ」
なんて言って、梨花は俺の家に上がり込んだ。いつもの、大人っぽい口調だったが、その顔は疲れ切っていた。
すでにちゃぶ台には淹れたてのお茶とお菓子が用意してある。もちろん、座布団もセットだ。羽入の分も含めて、3枚敷いてある。
梨花は慣れた様子で座り込み、ちゃぶ台に頬杖をついて大きなため息をついた。その様子を見て、俺は声をかけた。
「ずいぶんお疲れみたいだね」
「そりゃあそうでしょ。家にいる間は、いつだって監視されてる気分なんだから。奴らも私の日常生活を監視し続けるほど暇じゃないと思うけど、気は休まらないわよ」
いつになくくたびれた顔の梨花は、一息にそう言って俺が差し出したお茶を飲んだ。
「ま、俺の家ではふつーに喋っても大丈夫なはずだよ。梨花が尾行されてなければ俺の家にいることだってわからないだろうし。おれんちは人通りのあるところにあるから、昼間っから山狗がコソコソしてたら隣の人たちが目撃したりするはずだよ」
「それもそうね。にしても、入江と富竹は無事かしら……」
「今の所、続報は来てないね。ただ、何もなかったんだったら、何もなかったということを伝えるために、富竹さんから連絡が来るんじゃないかな。だからやっぱり、何かを見つけて、不用意に俺たちに接触できない状況にあるんだと思うよ」
梨花は小さく頷いた。居間に体を投げ出して、脱力した様子で大きく息を吐いた。
「ここまで来たら、このチャンスをモノにするしかない。今までの、長い長い人生の中で、私は迷路の出口に最も近づいていると確信してる……」
梨花の独白を俺は黙って聞いていた。俺には彼女の苦労を本当の意味で理解することはできない。話を聞いてやることしか、できない。
「鷹野が、山狗が……まさか私の本当の敵だったなんて。私には、少しも思いつかなかった。それに、北条家の村八分のことも、詩音のことも、レナの家庭のことも……あなたは、まるで未来でも見てきたかのように解決してみせた」
梨花は寝転んだままで俺の目をじっと見つめた。ちょっと照れたような顔だったが、感謝の気持ちは伝わった。
「全部、偶然と幸運に助けられただけだよ。俺の行動のせいで両親は死んだし、みんなにもいろいろと迷惑をかけちゃったしね」
俺がそう言うと、梨花は優しく笑って続けた。
「ふふふ、確かにそうね。私がいなければ、あなたは死んでいたかも。でも、あなたが私に希望を与えてくれたのは確か。その感謝は素直に受け取りなさい」
「そうだね。……どういたしまして」
俺の言葉を聞いて満足したらしく、梨花は小さく頷いた。
「全部、あなたのおかげよ。雄星……本当にありがとう。この世界がどうなったとしても、私は違う世界であなたを見つけて、あなたもいる世界で、昭和58年の7月を迎えたい」
彼女は真摯な瞳で俺を見つめた。俺もそれに応えた。
「俺がなんでこの世界に生まれ変わったのか、俺にはずっとわかんなかった。でも、その理由がもし何かあるとするなら……それは、みんなのことを、ほんの少し、助けるためだったんだと思う」
「ふ、もうじき死ぬみたいな口ぶりね」
「そんなつもりはないけど……梨花はどうなの?今年の祟りを生き延びたら、やりたいこととか、ある?」
俺の言葉に梨花ちゃんはすぐさま反応した。
「そんなの、数えきれないほどあるわ。何てったって、100年も待ったんだから!どんなことだって新鮮で楽しいに違いない。夏休みはプールに行って、新しいことを勉強して、中学生になって……その頃には、体も成長するはず。魅音みたいに、受験勉強をするのも楽しみだわ。……みんなと同じ興宮高校で、一緒に遊びたいしね」
梨花ちゃんは、堰を切ったように言葉を溢れさせた。切実な表情だが、その目は希望に溢れていた。まだ困難から抜け出したわけではないが、少なくとも梨花は大きな進歩を感じているらしかった。
しかし俺はそんな彼女を見て、少しの哀れみを感じた。勉強も、中学生になることも、受験勉強をすることも……全て普通の子供が、苦労もなく享受してることだ。
そんな人並みの自由や幸せを得られないまま、数奇な運命に翻弄された彼女は、その迷路から抜け出そうと懸命にもがいているのだ。
俺が温かい目で見守っているのに気づいた梨花は、ちょっと恥ずかしそうに言葉を区切ったあと、唇をとがらせて言う。
「と、とにかく、どんなことがあったっていいの。その全てが初めてのことなんだから。ほら、あんたは何がしたいの?そんなこと聞いてくるからには、あんたも何かあるんでしょう?」
「俺は……みんなに幸せになってほしい。未来の知識を使って、ちょっとした投資でもして、それをこの村に還元できたら嬉しい。あとは……旅行に行きたいね」
「ふぅん、そう。ギタリストがどうのこうのってのはもうやめたの?もし遠くに行くなら、私と沙都子も連れて行きなさいよね」
梨花はそう言ってお茶の入ったコップを傾けた。
「梨花はさ、知らない土地に行ってみたいとかはないの?」
「もちろんあるわよ。私は100年もこの辺鄙な田舎の村に住んでるのよ?女王感染者だっていう理由から、長い時間を雛見沢の外で過ごすことは入江機関から禁止されてるし……早くこんな病気がなくなって、自由に暮らせるようになりたいわ」
梨花はそう言ってため息をついた。確かに、聞いた話では彼女が村から離れたら、雛見沢症候群の患者はおかしくなるらしい。
正直なところ、どこまでそれが本当かはわからないが、入江機関がそういうのなら大きな間違いではないのだろう。
この綿流しの祭りを切り抜けたあと、入江機関が存続できるかどうかはかなり怪しい。入江機関がなくなれば、雛見沢症候群なんて奇病は闇の中に葬り去られるに違いない。
だが、その病自体は残り続ける。楔のように彼女に突き刺さったまま、彼女はこの村から離れることができなくなるに違いない。
彼女はなんだかんだと言って心優しい。この村の人々の精神の安定と、自分の自由を天秤にかけたとしたら、きっと前者を選ぶだろう。
俺はそれをどうにかする方法を思いついたわけではなかったが、ただ健気な彼女を元気付けたかった。
「病気がなくならなくても、きっと大丈夫だよ。ダム戦争でピリピリしてる時でもなければ、新幹線でちょろっと遠くに行くだけなら村人がおかしくなったりしないよ。それに、鷹野さんの悪事が暴かれたとしても、入江機関がなくなるとは限らない。俺がパーっと金を稼いで、入江さんを雇って研究してもらうよ」
「ふふ。それはいいわね」
梨花は小さく笑った。俺の言葉を本気にしてるわけではないにせよ、気遣いは受け取ってくれたみたいだった。
それからも俺たちはしばらく話した。ふと、窓の外を見るともう日が沈むころだった。
取り敢えずつけっぱなしにしていたテレビからは、いつのまにか漫才番組が流れていた。つまらないとも思わない内容なのだが、梨花は心底どうでもよさそうな顔だった。ちょっと気になって、俺は聞いた。
「興味なさそうだね」
「こんなテレビ、もう何十回も見てるのよ?オチも何もかも、分かりきってるわよ」
白けた顔でそう言う梨花。彼女は幾度となく人生を繰り返しているらしいが、その中でも毎回自分が死んでしまう数日間の記憶は色濃く残っているだろう。
「じゃ、来週のこの番組も一緒に見よう。その時は、心置きなく腹から笑えるんじゃない?」
「そうかもね。頼りにしてるわよ」
俺の言葉に対してぶっきらぼうに、しかし嬉しそうに頷く梨花。うーん、可愛い。
俺がまじまじとその顔を見ていると、梨花はちょっと恥ずかしそうに目を逸らして、立ち上がった。
「もう夕方ね。泊めてもらってるんだからご飯の準備くらいはしてあげるわ。ほら、あんたは座ってなさい」
「いいの?」
「あんたに任せると、何が出てくるかわかんないしね。後何度食べられるかわからない食事が、うどんだけじゃあげんなりしちゃうわ」
梨花はそう言ってキッチンへと向かった。どんなものが冷蔵庫に入ってるかは分からないが、梨花は料理が上手だしきっと美味い飯が出てくるに違いない。
俺は寝転んでぼーっと窓を眺めていた。テレビから流れてくる音がBGMのように耳に流れてくるのが心地よい。
もう6時くらいだが、外はまだ明るい。今日は外が涼しい。だからだろうか?6月ともなれば蝉の音がうるさいくらいに聞こえてくるのが常だが、今日は外はそれほどやかましくない。
心地よい扇風機の風と台所から聞こえてくる小気味のいい音に、うとうとしてきた。何か用事があれば起こしてくれるだろう。料理が得意じゃなくても、配膳ぐらいなら出来るし。うん、そうしてもらおう……そんなことを考えながら、俺は束の間の眠りに身を委ねた。