雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
2人の少女が雛見沢分校に入学して、しばらくの時が経つと、ある程度2人はクラスに溶け込み、その性格も何となく知られるところとなった。
悟史くんの妹、沙都子は天真爛漫で、やや向こう見ずなところのある少女。悟史くんと仲が良く、いつも軽口を叩く俺にもある程度気を許すようになった。そうするとちょっとしたトラップが俺に仕掛けられることもあった。
最初は黒板消しとか、チョークの粉とか、転ばせるとかだったりした。しかし、少しずつ画鋲を使った過激なものが仕掛けられるようになり、俺の日常にはちょっとした張り合いが生まれ出した。
正直後を引くような怪我をするものはやめてほしいが、きっとこれは誰かに構ってほしい心の表れなのだと思っているので、付き合っている。取り敢えず、ギターにだけは手を出すな、とは伝えてある。
そしてもう1人の古手梨花。初めて顔を合わせたあの日見せた失敗を詰めてくる上司のような怜悧な瞳は鳴りを潜め、クラスのみんなから可愛がられている。
沙都子とも仲が良く、いつも2人でご飯を食べ、遊んでいるその姿は年相応だが、ふとした瞬間に俺のことを見ているその目は、とても大人っぽい。
古手神社という神社の娘であるということもあり、どこか底知れない雰囲気を持つ。かつて会った彼女の母が言っていたように、いろいろなことが得意だったり、普通の小学一年生なら知らないようなことを知っていたりするのも事実である。
初対面の印象はあまり良くなさそうだったが、それほど嫌われてる訳ではない。あの時のことは、二重人格か、子供の遊びか何かなのだと納得することにした。
そしてクラスには北条悟史と園崎魅音もいる。この2人はダム戦争が過熱する中、どこかぎくしゃくしている。教室の中でこそ仲良く話しているが、教室の外で2人で一緒にいる姿は見ない。しかし、それぞれと俺個人は仲が良かった。
北条家の兄妹と仲良くしていることは両親からはあまり良い顔はされなかったが、まだ俺は小学生である。暗黙の了解が伝わらないなら仕方ない、とある程度はお目溢しをされている。……今の所は。
俺と悟史くんは2歳違いだが仲は良く、読書が好きな共通点と、大人しい悟史くんとアクティブな俺でちょうど良いバランスだった。どこに行くにも一緒とはいかないが、飯はだいたい一緒に食う。たまに魅音ちゃんもお誘いすることもある。デリカシーのない俺が気まずい2人を同席させている、というような状況を作り上げているのだ。
魅音ちゃんとも順当に仲良くなっているところだ。たまに、魅音ちゃんの家で開かれるボードゲームの遊びのお誘いをくれることもある。
他の子供達とも概ね仲はいい。子供達とのコミュニケーションはやや複雑なところもあるが、この村にある子は数も多くない。それぞれの特徴や好きなことなんかをある程度覚えて話せば、仲良くなるのはそれほど難しくなかった。
ある時のことだった。
俺と沙都子、梨花ちゃん、それと数人の小さい子たちはちょっとした遊びで古手神社にいた。
あまり年下の子達の遊びに混ざることは少ない。しかし、特に予定もなければ発表するギターの練習も差し迫っていなかったため、俺は珍しく誘いに応じて、年下グループの遊びに混ざることにした。
この時代のエンタメに対して精神年齢が原因で楽しめないといういつもの懸念はあるのだが、こうした遊びは子供の世話の延長線上にあるものだ。子供の世話は嫌いじゃない。
それに、体に引っ張られているのか、最近は自分の頭も幼くなっているような気すらしていて、体を動かす遊びも案外面白くやれる。
そんなわけで俺たちは彼らの遊び場だという古手神社の境内に来ていた。ちょっとした集まりで来ることは何度もあったが、遊びのために訪れるのは初めてだった。
「ねぇ!かくれんぼにしない?」
しばらく遊んだ後に、かくれんぼをしようと言い出した子がいた。
鬼ごっこでは年下の女の子たちと俺の身体能力に差があるのも事実で、手加減をしながらでないと勝負にならない。子供達が自然と見つけ出したフェアな競技だったのかもしれない。
何せ、かくれんぼなら体が小さいのはむしろメリットだ。俺がこの神社の周りの構造を知らないというのもあるし、せっかくなら俺が鬼をやるよ、と名乗り出た。
「じゃ、隠れてね!」
俺が言うと、子供たちはクモの子を散らすように神社を駆けまわり、各々の隠れ場所に向かった。
子供達が隠れるのを待っている間、俺は古手神社について思いを馳せた。
古手神社は、学校の行き道を逸れた山の中に建っている。
長い階段を登った正面にはすごく大きな鳥居があって、風格を感じさせる。この神社の建立がいつだかは知らないが、100年か200年くらいの歴史はありそうだ。
雛見沢という田舎の村にあって、こんなに大きな鳥居をその頃から作ることができたというミステリーが面白い。
ピラミッドを建設したみたいに、馬鹿でかい木をゴロゴロ転がして雛見沢の村民がここまで運んだんだろうか?ここは高地にある。昔ながらの「コロ」で運ぶのは難しそうだが。うまくやればなんとかなるものなんだろうか?不思議でいっぱいだ。……そろそろ、いいか。
「もーいーかーい?」
もーいーよー、と返事が返ってくる。全員から帰って来たかはわからないが……まあ、別にいいだろ。俺は、子供達が隠れているところを探し始めた。
神社の境内をしばらく探して、ほとんどの子供は見つかった。子供の隠れる場所なんて予想もできないかと思ったが、案外簡単だった。
梨花ちゃんは賽銭箱の裏側に伏せて隠れていて、見つかった時には「みい」と鳴いた。微笑ましくて笑ってしまったが、無表情でじっと見つめられ、なんだか居た堪れなくなった。
あと見つかっていないのは、沙都子だけだった。あと探していない場所は……誰が言うまでもなく、入ってはいけない雰囲気をぷんぷんさせている祭具殿だった。どこまでなら近づいても怒られないかな、とか考えながら、入った人間がいないか確認しようと、周りをくるくる回った。
しばらく見て回って、あることに気がついた。古びた祭具殿の屋根に、誰かが踏んだような足跡のようなものが見えたのだ。
俺はそこで、あの小さな友人のことを思い出した。もうちょっと真剣に観察し、どこかから誤って中に入ってしまうことがないかを調べることにした。
もしもどこか入れるところがあったなら、中に取り残されて誰にも気が付かれないこともあるかもしれない。それに、恐らく祭具殿は神聖視されている場所だ。ただでさえ居場所を失いつつある北条家の人間が入ったなんてことがバレれば、村でどうなってしまうかは想像もしたくなかった。
ふと思い立って、梨花ちゃんにも声をかけることにした。彼女は沙都子の1番のお友達であり、この神社の一人娘でもある。何か力になってくれるかもしれない、と思った。
その梨花ちゃんは既に見つかってしまった友達たちと談笑していたが、俺が焦った表情で声をかけると、不思議そうに首を小さく傾げた。
「いったい、どうしましたですか?」
「それが……ちょっと来て欲しいんだ」
俺と梨花ちゃんは急いで、俺が足跡を見つけた屋根のところまで小走りで向かった。
「もしかして、沙都子は祭具殿の中に入っちゃったんじゃないかな……?」
「もしそうなら、あそこの窓からになりますです。ボクには見えないですが……」
梨花ちゃんはてくてくと歩くと、ある角度から屋根を指差した。そこには格子状の通気口の格子が外れていた。沙都子くらいの体格の子なら中に入れてしまうようにも見えた。
「空いてる。鍵、持ってこれるかな?」
俺がそう言い終わる前に、梨花ちゃんは血相を変えて神社の社務所へと走り出した。俺の予想が当たっている可能性が高いことを悟った。
屋根に登れば入れるような構造の秘密の場所ってなんだよ?心の中で毒づきながら、俺は子供達の元へ戻った。
「みんな!ちょっと悪いんだけど、神主さんと話して、時間を稼いで来てくれない?俺が気になることを聞いてみてほしい。この神社がいつ頃できて、どうやって鳥居を作ったのか聞いてきてよ。きっと教えてくれると思うからさ!」
俺の言葉を子供達は不思議がりながらも、はーい、と素直に神主さんの常駐するところへ歩いて行った。もしも梨花ちゃんが鍵を持ってくるのを咎められたり、沙都子が中に入っていることがバレればおしまいだ。素直な彼らは本当にありがたかった。
俺は再度祭具殿の方へ戻り、通気口の方面目掛けて人目も憚らず大きな声で中に叫んだ。幸いにも、祭具殿はそんなに大きくはない。通気口と入り口は近いところにあるらしかった。これなら中で迷子なんてことはないだろう。
「沙都子!聞こえる!?」
入った場所だと思われる、小さな窓に呼びかける。一度で返事は返ってこなかった。
さらに大きな声で叫ぶ。神主さんはいつも少し離れた社務所の中にいる。子供達がそこで話を聞いてくれてるなら、何か聞こえるくらいにしか思われないだろう。
「おーい!沙都子!大丈夫か!?」
もう一度叫び、今度は小さく返事があったような気がした。俺が外から呼びかけるのはまだしも、よく考えれば、沙都子の声量で外に聞こえる声を出すことは難しそうに思えた。
ここは一旦、聞こえているものだと仮定して言葉を続けた。
「今助けてやるからな!ちょっと待ってれば、すぐに出れるから。何かに触ったり、イタズラとかすんじゃないぞ!」
泣きそうな、小さな声が聞こえたような気がした。俺はその声に反応して、また声を出した。
「入り口の近くまで来てくれ!ちょっと話でもしよう」
しばらく待って、俺は祭具殿の入り口に戻った。中から軽い足音が聞こえた気がした。向こうには沙都子がいる……はずだ。
祭具殿の入り口は如何にも重そうな錠で閉じられている。が、大人なら時間をかければ蹴破れそうだ。それをすれば村中から袋叩きに遭うのは明白だけど。
「沙都子、聞こえるか?」
今度は先ほどよりも小さい声で尋ねる。田舎の神社の物置小屋なんざ大して壁も分厚くない。ドアも、厳重な鍵が付けられてはいるが薄っぺらいものだ。声くらいは簡単に通る。
正直なところ、悪意を持った大人が入る気ならば簡単に入れてしまうだろう。本当に価値のあるものがあるなら、どこか違うところに移しとけ、と言いたくもなる。ま、この村にはそんな罰当たりものはいないか。
「ええ……ぐす。聞こえますわ」
中から沙都子の声が聞こえた。
「今、梨花ちゃんが鍵持って来てくれるはずだからさ。安心して!暗くて不安だろ?なんか、話でもして待とうか」
「え、えぇ。お願いしますわ」
いちいち言いはしないが、沙都子は泣いているらしい。そりゃ、こんなに暗くて陰気臭い建物に閉じ込められたらそうなるだろう。きっと通気口から落ちてしまえば戻ることも難しい。大声を出して泣き出さないだけ、強い子だと感じた。
「中にはどんなもんがあったんだ?その中はさ、梨花ちゃんとその両親以外はきっと誰も知らないんだ。沙都子、お前はすげーよ。でも、入ったらめちゃくちゃ怒られるらしーからさ。梨花ちゃんに感謝するんだぜ?」
沙都子を元気づけるために、陽気な感じで声をかけてみる。とりあえず話ができる状態にあるのはわかった。
「もちろんですわ……あの、中には……オヤシロ様が……」
オヤシロ様とは、この雛見沢村に伝わる守り神。きっと、沙都子にとって良いイメージは少しもないだろう。
北条家は村の裏切り者として槍玉に挙げられている。
多数側の大義名分としては、オヤシロ様や村を見捨てて政府側に寝返ったのだから、虐められても仕方ないというのだ。自分たち家族をいじめるために使われてる偶像になんて、いいイメージなどないに違いない。
「大丈夫だよ。心配なら、あとで梨花ちゃんにお祓いしてもらいなよ」
俺の言葉では恐怖はなくならなかったのかもしれないが、少なくとも泣き声は止んだように思えた。そこに、駆け寄ってくる足音が聞こえた。
神主さんだったらまずい。前でうろついてるだけでも叱られるかもしれない。
「沙都子、ちょっと隠れとけ」
小さくそう言うと、足音の方を振り返った。そこには息を荒げて走ってきた梨花ちゃんがいた。俺は安心して、小さく安堵の息を吐いた。
「ナイスアシストだったのです、雄星。みんなのおかげでなんとかなったのですよ」
きっと、俺が神主さんに子供達をけしかけたことを言ってるんだろう。俺はその言葉にうなずいた。
梨花ちゃんは額の汗を服の袖で拭い、鍵を俺に渡した。どうやら鍵の束はかなり重く、小さな女の子が1人で持つには大変らしい。俺は無言でそれを受け取り、梨花ちゃんがこれを使うのだ、と指す祭具殿の鍵を大きく頑丈な錠前に差し込む。錆びた錠はぎり、ぎり、と擦れる音を出しながら開いた。
音を立てないように注意しながら、祭具殿の扉を開く。ぎいぎいと木が軋む、不愉快な音と共に古い扉が開いた。埃の匂いと古い木材の香りがするが、意外にも中はある程度整頓されているのがわかった。奥の方は真っ暗で、さまざまな何かの道具が置いてある。興味がないわけじゃないが、少し不気味で、あまりじろじろと眺めようとは思わなかった。
そして、その中からはすぐに沙都子が飛び出してくる。もちろん、俺の胸に飛びついてくる沙都子を優しく受け止めて頭を撫でた。俺は兄を奪う存在だとして、いつも沙都子に警戒されていると思っていたので、その勢いに少し驚いた。
外からの日差しが指し、ほんの少し垣間見える祭具殿の中、こんな暗くてじめじめしたところ、頼まれても入りたくはない。
中からは、俺の目線に答えるような気配というか、目線を感じた。思わず、背筋が寒くなった。
「うわあああん!暗くて、怖かった……!」
「大変だったな。お前は1人でよく耐えたよ。俺なら、ビビって逃げようとして、中の物を壊してたかも。梨花ちゃんのお父さんに後で叩きのめされてたかもしれないなあ」
俺の胸に泣きついてくる沙都子を撫でて宥めながら、俺はもう一度施錠を施す。小学2年生の男の俺の力では、鍵の束は非常に重い。鍵を閉め終えると、少し指先が疲れる。
俺が閉め終えたのを確認すると、梨花ちゃんは両手でそれをひったくるようにして手に取り、急いで戻って行った。祭具殿の鍵が少しの間でも無くなっていたことが気付かれたら、きっと梨花ちゃんは罰を受けるのだろう。神主さんへの時間稼ぎは今から俺も行かないと。
「沙都子、後で梨花ちゃんにありがとう、ごめんねって言おうな。俺との約束だぞ。梨花ちゃんが鍵を持って行ったのがバレたら、きっとめっちゃくちゃ怒られるんだ。それをわかってて、お前を助けるために頑張ってくれたんだぜ」
「もちろん。もちろんですわ。ありがとう、にーにー……じゃなくて、ユウ!」
言い間違えたのに気づき、顔を赤らめる沙都子。今まで、きっと兄である悟史に助けられることが多かったんだろう。それで、俺のことを「にーにー」なんて。悪戯好きで小生意気なところもあるが、なかなか可愛いやつだ。
「ん?俺はにーにーでもいいぞ?仕方ないなあ。沙都子がそう言うなら、今日からにーにーは2人体制でやってやろうかな。悟史くんにも言っとかないとな」
「もう!せっかく感謝しているのに……いじわるですわ」
俺の冗談にプンプンと不満を口にしてそっぽを向く沙都子。調子が戻ったみたいで良かった。子供は余計なことに気遣わなくていいんだ。
まるで不思議ちゃんのような形で受け入れられている梨花ちゃんだが、本当は誰よりも聡明だ。先ほども、自分で察して色々と動いてくれた。普通の子供だったら、神主さんを呼んで祭具殿の鍵を開けることになったかもしれない。もしそうなったら……考えたくもない。
それを、北条家の立場などを考えて秘密裏に処理をしてくれたのだ。つくづく、賢い子である。
不法侵入した沙都子にも非はあるが、そもそもオヤシロさまとやらのサンクチュアリがこんなところにあるのが迷惑なのだ。
きっと後50年もして、雛見沢が観光地になったなら、ルールのわからない観光客も神社に押し寄せる。言語がわからない海外の人だったらわからずに祭具殿に入ろうとするだろう。早めに時代に適応しといてほしいものだ。
祭具殿にどんな秘密があるかは知らないが、どこの神社でも入場料数百円を取る宝物館みたいなところに綺麗に収められてるのがフツーだ。ここもそんな風にすれば観光資源になるのに。もったいない。
「一緒に神主さんのとこに行こうぜ。俺はさ、この神社の鳥居がどうやって作られたのかに興味があんだよね!こんな高いところにこんなでかい鳥居なんて、ふつー作らないよな」
俺と沙都子はいつもの調子で神主さんのいる集会場に歩いて行った。
まだ顔に泣き跡は残っていたし、目も真っ赤だった。しかし、もう沙都子は泣いてはいなかった。俺は安心した心地で子供たちの輪に加わった。
神主さんと色々と話をしたその後、俺と子供達はまた境内に集まった。
子供達が神主さんから聞いたのを教えてくれた、この神社の成り立ちや、鳥居がどうこうという話は面白かったが、いまいち要領は掴めなかった。だが、それよりも大事なことを達成できたのだから良しとしよう。
友達と協力して危機を乗り越える。俺の子供の頃はこんな思い出はなかった。文明が進歩し、デジタルが浸透した平成・令和の都会で叶わないことが、この昭和の田舎町で出来るなんて思っていなかった。それとも、俺の前世でもこれくらいの行動力があれば叶ったのかも。今となっては関係のない話だが。
夕方になって、子供達はみんな各々の家に帰って行った。俺の家は近いし、ちょっと神主さんとお話でもしてから帰ろうかな。
そんなことを考えながら境内を見ていると、ちょんちょん、と俺の肩に感触があった。そちらを振り返ると、そこには梨花ちゃんの姿があった。
「今日はお疲れ様。ごめんね、大変なことを言って。俺も沙都子も、本当に感謝してるよ。ありがとう」
「誰も怒られたりしなくて良かったのです。にぱー⭐︎」
梨花ちゃんは満面の笑みを浮かべる。その顔は、かつて見た鋭い目なんか忘れさせるような、可愛らしい笑みだった。
「そうだね。もしも沙都子が見つかったり、梨花ちゃんが鍵を持って行ったのがバレてたらと思うと……ゾッとするよ」
「本当に、そうなのです。沙都子が中に入ったのがバレた時は、ボクはお父さんに何度も叩かれていたのですよ。だから、雄星にもありがとう、なのです」
梨花ちゃんの言い方は変な含みがあった。経験があるかのような口ぶり。
確かに梨花ちゃんには何だか底知れない雰囲気がある。が、今まで過ごしてわかることは、この子はそれを踏まえてもすごく良い子だということだ。友達思いで、視野も広くて気も効く。無邪気な顔をしているが、その実、大人っぽい一面も持つ。
「それにしてもさあ、祭具殿も、何もこんなところになくても良いのにね。次から遊ぶときは、ここじゃなくて他の場所の方がいいんじゃない?子供は、誰にも気は遣わず自由に遊べるのがふつーだよね」
俺の言葉に、梨花ちゃんは怪訝な目をする。俺も子供だ。ちょっと、変な発言だったか。
「……雄星もボクもまだまだ子供、なのです」
小首を傾げて、俺に問いかける。その表情は、さっきの「にぱー」の時とは違った。ちょっと大人っぽいその目線に、問い詰められているような気がした。
「言葉の綾だよ。気にしないで」
「なら、いいのです」
梨花ちゃんは一旦そこで言葉を区切った。
「前に教室で披露していた、『地獄へ道連れ』」
梨花ちゃんはこちらの目を見つめると、無表情で切り出した。
『地獄は道連れ』……というと、クイーンの『アナザー・ワン・バイツ・ザ・ダスト』のことか。
確か、日本ではそういう名前の曲として受容されていたはず。アコースティックギターでも、あの特徴的なベースラインはそれっぽく再現できる。耳馴染みのある曲なので、気に入って練習しているところで……しばらく前、学校の空き教室で練習しているのを梨花ちゃんに見とがめられて、披露したことがあった。
「あぁ、うん。あれがどうかした?」
「あれは、どこで聞いたのです?かっこいい曲だったので、ボクはとっても気になるのです。レコードでも持ってるのですか?」
今度は可愛らしい笑みだった。単純に俺が演奏した曲が気になるから、どこで聴けるのか聞きたいらしい。少し安心したし、テンションが上がった。友達が自分の趣味に興味を持ってくれるのはありがたいことだ。
「そうだね!俺はレコードは持ってないんだけど、興宮で売っていると思うよ?テレビで流れたのを聞いて、耳コピして演奏したり、図書館に楽譜があるやつを演奏したりするんだ。あってるかわかんないけど……」
早口でそこまで言ったところで、俺は梨花ちゃんの目を見た。梨花ちゃんの目は俺を射殺すように注視していた。
「それは……」
梨花ちゃんはそこでいったん区切って、口を開いた。
「嘘なのです」
梨花ちゃんは落ち着いて、しかしねっとりと包み込むような低い声で俺に告げた。なんでだ?俺は焦りを感じた。嘘、じゃ……ないはず。確かにこの世界で聞いたことはないけど、クイーンはもうデビューしてるし。
「いや、そんなはずは……クイーンは1970年代からずっと活躍してる。きっとちゃんと探せばレコードも見つかるよ」
「そんなはずがないのです。だってあの歌は……まだ発売されていないのですよ」
絶句する俺をよそに、梨花ちゃんは続けた。
「昭和55年に発表されるはずの曲を、どうして雄星は知っているのですか?」
俺は何も言い返せなかった。神社の境内には沈黙が訪れた。カナカナカナ……と、ひぐらしの声だけが聞こえてくる。今日に限っては、うるさいご老人方の話し声は聞こえてこない。
別に俺が未来からタイムスリップした、あるいは生まれ変わったことがバレたら危ないというわけではないが……知られたくない事実なのは間違いない。梨花ちゃんの言うことなら、この村の誰もが信じる。そして、この村ではそれが広まるのも一瞬だ。
長い沈黙を破って、俺は口を開いた。
「音楽は出来てすぐに発売するわけじゃないからね。ライブ限定の曲とかもあるし。……仮にそうだとして、梨花ちゃんはどうしてそれを知ってるの?」
「そんなの、聞いたことがあるからに決まってるのですよ」
「そ、そんなの……一体どこで?」
俺が返した言葉は梨花ちゃんの耳に届いてはいるが、返事はない。追及するように、俺の目をまっすぐに見つめていた。
別に悪事を働いたわけじゃないが、思わずたじろぐ。
「ま、まぁいいか。梨花ちゃんの望みは、何?急にこんなことを聞いて……」
「ふふふ……それはもちろん……『地獄へ道連れ』なのですよ」
楽曲の名前を引用して、梨花ちゃんはにぱー、と笑う。俺はその笑みに、触れられないような、神聖なものを感じて黙り込む。
しばらく笑顔を浮かべると満足したのか、続きを話す。
「雄星はきっとボクの同類に違いないのです。別に今すぐ何かしてほしいことがあるわけではないのです。これから先……この村にはさまざまな事があります」
「それは今の、ダム戦争よりも危険なことだってのか?あんな、テロまがいの争いよりも危険なことがこの村に起こるのか?」
同類。……同類?梨花ちゃんが言う言葉に驚きを感じる。
梨花ちゃんが単に変な電波を受信して俺に嘘をついているだけならいいが……俺自身がよくわからない経緯でこの村の子供に生まれ変わった以上、同じような存在が他にいても不思議ではない。いや、もちろん不思議だが、不自然ではない。
梨花ちゃんの目つきも変わる。あの日に見た、「もう1人の梨花ちゃん」だ。冷たい目をしている。しかし、今のところ敵意を向けられてるわけじゃなさそうだった。
「ええ。こんな、結末の決まっている争いなんかは大したことじゃない。これから、数人の犠牲者を経て……ダムの計画は凍結する。大事なのはそれからのこと」
梨花ちゃんは一歩俺の方に踏み出した。
「今日の、沙都子のことには本当に感謝しているわ。あなたがいなければ……痛い思いをしていた。それに、私が痛めつけられているのを見た沙都子の心も傷つくことになったかもしれない。こんなことは初めてよ」
もう1人の梨花ちゃんは、正直な感謝を伝えてくれる。その変貌ぶりと、不思議な言い方に対して驚きの感情でいっぱいだったが、ここは素直に受け取っておくべきだろう。
「俺にとっても、あいつは大切な友達だしな。子供を守るのは当然のことだよ」
「あら。あなたも、私も。まだ子供のはずよ?」
イタズラっぽく笑う梨花ちゃん。
「さっきも言葉の綾だって言っただろ」
俺の言葉に対して、それもそうね、と言って梨花ちゃんは後ろを向いた。少しだけ歩いて、小さな声で言った。
「これは私の独り言だけれど……私は、あなたのことをよく知らない。でも、今の所は私に都合の良いように動いてくれている。あなたのおかげで悟史には心の余裕があるし、沙都子も頼れるにーにーが増えて嬉しそうだし。魅音はあなたが園崎や村の大人たちの思惑に外れて動くことに、いろいろな影響を受けつつある」
さらに続けた。彼女は少し悪ぶったような顔で、くすりと笑った。
「かわいそうな人がもしも、いるとすれば……そんなあなたの行動に言い訳をするご両親くらいかしらね?」
「そうかもな。ま、俺みたいな腕白な子供は大人に迷惑をかけるもんだしな」
「大人のふりはやめたの?」と、俺の言葉をひとしきり愉快そうに笑うと、梨花ちゃんはこちらへ振り返った。いつもの可愛らしい様子に戻っていて、無垢な笑みを浮かべていた。
「話したいことは大体伝えたのです。また何かあれば、頼ることがあるかもしれないですが、そのときはボクを信じてくれると嬉しいのですよ」
そう言い終わった梨花ちゃんは不安そうな表情だった。大人っぽく振る舞ったりもするし、怖い表情もするが、根っこは小さい女の子のままで、変わらないのだろうなと勝手に想像した。
「わかってるよ。君に楯突いたりしないよ。俺だって怖いし……それに」
「それに?」
「可愛い女の子のお願いだからね。地獄までも着いてってあげるよ」
さっきから驚かされてばかりなので、一矢報いてやろうと、少し照れながら言った。俺は、梨花ちゃんの顔も確認せずに振り返って、神社の長い階段を下って行った。引き止める声はなかった。
今の所梨花ちゃんには俺という存在のおかしさは理解されても、それを積極的に広めたり、村から除外しようとする意思はなさそうに思えた。一旦はそれで安心しておこう。
明日学校に行って、みんなから避けられていたらその時はその時だ。