雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第90話

 

 ぴんぽーん、とチャイムの音が鳴った。俺は突然の音に体を震わせて、飛び起きた。

 

 外はまだ明るいが、もう遅い時間だ。一体誰が来たのだろうか?

 

 普段だったら、すぐに玄関まで行ってドアを開ける。でも、今の状況ではそんなことはとてもじゃないができない。もしも玄関先にいるのが、俺たちを追ってきた山狗だったら……ドアを開けたが最後、家に押し入られ、梨花共々殺されたりする可能性だってある。

 

 ぴんぽーん。もう一度チャイムが鳴った。誰だか知らないが、用件ぐらい言ってくれればいいのに。

 

 俺は起き上がった。台所からは料理を続ける音が聞こえてくる。梨花はきっと出られない。というかそもそもここは俺の家だし、俺が出ないとおかしい。

 

 ぴんぽーん。さらにもう一度チャイムが鳴る。

 

 俺はますます不信感を強めた。普通、2回もチャイムを鳴らして声が返ってこないなら、一旦諦めたり、声をかけたりするんじゃないだろうか。

 

 ぴんぽーん。玄関へ歩いて行くまでに、もう一度音が鳴る。

 俺は不信感を超えて恐怖心を感じてすらいた。開けて、山狗がいたらどうする?

 

 梨花から聞くところによると、山狗は小此木造園という造園会社をダミーにして活動をしているらしい。ならば、その関係者が2、3人ほど俺の家の玄関先にいても、度を超えて不自然というわけではない。

 

 俺の家の近くで大人がコソコソしていたらきっと村人も不審がるだろうが、堂々とチャイムを鳴らしていて不審に思う人は少ないだろう。

 

 俺はそんなことを考えながら、その場に突っ立っていた。玄関に向かうべきか、あるいは居留守を決め込むべきか。

 

 うちの家はチェーンなんて気の利いたものはない。開けて、山狗が立っていれば最後。俺はすぐさま取り押さえられ、家の中で料理をしている梨花もただでは済まないだろう。

 

 梨花に相談しに行くか?そんな考えも思い浮かんだが、相談したって意味はない。もしも山狗だったとして、助けを呼ぶことなんてできない。

 

 入江さんや富竹さんの電話番号は知らないし、警察に電話したところで、ここまで来るのには相当な時間がかかる。第一、俺の言葉だけを根拠にここまで来てくれたりはしないだろう。

 

 ……魅音ちゃんなら、どうか?魅音ちゃんなら多分信じてくれるだろう。でも、いくら園崎家とはいえ、政府の機関と事を構えて平気なわけはない。というか、魅音ちゃんは個人的に俺のことを信じてくれるかもしれないが、大人たちまで俺たちに力を貸してくれるかは微妙なところだ。

 

 色々と考えたが、詰まるところ、助けを求めるところはないわけだ。

 

 俺は扉の前に誰かいないかを、外から確認しに行くことにした。料理をしているのは外からでもわかるだろう。しかし複数人いることを気取られるのはまずい。足音を消して、静かに二階へと向かった。

 

 階段を登る最中、何やら外から男の声が聞こえた。聞いたことがあるような、ないような。ともかく、確認してみないと開けられない。

 

 そうこうしているうちに、チャイムは鳴らなくなった。

 

 二階の自室の窓をこっそりと、ほんの少しだけ開けた。玄関先を見る。……誰もいなかった。

 

 俺は安堵に心を撫で下ろした。誰かのいたずらだったのだろうか?もしそうならちょっと悪趣味だが、少なくとも命の危機が差し迫っているわけではないのは確かだ。

 

 俺は安心して一階に降りた。来訪者の用事が何かはわからないが、とりあえず帰ってくれたみたいだ。

 

 一度玄関まで行ってみるも、外には人の気配はない。静かにドアを破って入ってきていることもない。

 

 さっきから台所からは出汁のいい香りがしている。腹も減ってきた。一旦このことは忘れて、晩ごはんにさせてもらおう。皿の用意ぐらいはしないといけない。

 

 俺は先ほどまで人がいたであろう玄関に背を向けて、台所へと歩き出した。

 

「あら、起きたのね。さっきのチャイム、何だったの?」

 

 俺がちょっと居眠りしてたことを知ってるらしい。そして、何度もチャイムが鳴っていたことも。

 

「あ、あぁ……出たんだけど、誰もいなくてね。山狗がいたらどうしようかと思ってたところだったから、安心したよ」

 

 彼女を安心させるための、嘘だった。

 俺は玄関先には出てない。ただ、時間をかけて上から確認して、その頃にはいなくなっていただけだ。単に、近所の人なんかが家に来て、返事がないので帰っただけなのかもしれなかった。

 

 だが、不安に思わせる意味もない。ただ、何となく罪悪感を感じて、目は合わせられなかった。

 

「ふふ、もしそうなら私たちは絶体絶命だったわね。きっと大丈夫よ。綿流しの日よりも前に死人が出ることは、雛見沢症候群の影響がない限りあり得ないわ」

 

 梨花は余裕そうにそう言って、鍋から味噌汁をよそった。もちろん二つ分だ。今日の献立は味噌汁に鶏もも肉のみぞれ煮。大根サラダもついていて、バランスが良い感じだ。

 

「豪華だね。やっぱり、梨花は料理がうまいよ」

 

「褒め言葉は食べてからでいいわ。ほら、運んでちょうだい」

 

 口では素っ気なく言うものの、ちょっと嬉しそうな顔になった梨花は、俺にいくつかの皿が乗ったお盆を渡した。

 

 コップやら何やらを居間のちゃぶ台に運んで、座る。向かい合わせに梨花が座って、お互いに手を合わせた。

 

「「いただきます」」

 

 そう言って俺らは食事を始めた。お料理教室だ何だと言って、沙都子と梨花との3人でご飯を食べる機会はよくあるが、俺と梨花だけでご飯を食べることはそんなに多くない。何となく、新鮮な感じがした。

 

「いよいよね……」

 

 誰に言うでもなく、梨花がつぶやいた。綿流しのことを言ってるに違いない。

 

 彼女は古手家の巫女として、奉納演舞を執り行うという大事な役目がある。命が狙われているからと言って、簡単に休めるものではない。

 

 もっとも、全てを話せば綿流しの祭りぐらいは中止に出来るかもしれないが、梨花は全てを明かすことを望んでいない。

 そのため、自分の命の危機が迫っているというのに、村の寄り合いでの奉納演舞の練習なんかにも、真面目に付き合っているのだ。

 

「命を狙われてるのに祭りの準備はちゃんとやってるんだから、梨花は偉いね」

 

「家にいて何か出来ることもないしね。1人で家にいたら、どうしても自分の死について考えてしまうのよ。監視されてるのも気分が悪いし、それなら外に出た方がマシだわ」

 

 嫌なことを思い出したように、うんざりしたような顔で言う。わざわざ今言わなくていいことだったかもしれない。

 

「ごめん。嫌なことを思い出させたみたいだね」

 

「いいのよ、別に。今始まったことじゃないし、慣れてるわ。何もわからないまま恐怖に怯えるよりも、敵の正体ぐらいはわかった今の方が、断然マシよ」

 

 梨花は意外にもあっけらかんとした感じだった。格好よくそう言い切った。

 

「かっこいいこと言うね……」

 

「ふん。思ったことを言ったまでよ」

 

 梨花はクールな顔でお茶を一口飲んだ。俺がぼんやりその顔を眺めていると、突然梨花は眉間に皺を寄せ、怒ったような顔であらぬ方向を指さした。そっちは、三つ目の座布団を置いてるところだ。

 

「あんた、うるさい!こういう時ぐらいは気を遣って黙ってなさい!」

 

 きっと、羽入に何か揶揄われたのだろう。

 

 いつもは大人っぽく振る舞う梨花が、子供みたいに拗ねた口調になるのが面白くて、俺は少し笑った。

 

「羽入はなんて言ってたの?」

 

「知らない!ほら、ご飯は作ってあげたんだから、紅茶の一つぐらい淹れなさいよ」

 

 俺が聞いても、むくれた顔でそっぽを向く梨花。やっぱりこの子は大人ぶってはいるが、可愛いところがある。きっと、クールに決めたセリフを羽生に揶揄われて怒ってたんだろう。まだ、ボソボソと羽入に何か悪態をついている。

 

 そんな彼女を見て微笑ましい気持ちになりながら、席を立った。もちろん、紅茶を淹れに行くためだ。

 

「今日はどんなのがいい?」

 

「甘い香りのを頂戴。お茶請けは何でもいいわ」

 

 不満げな顔のままだが、ご要望はちゃんとあるらしい。

 

 甘い香りの紅茶……マルコ・ポーロなんかはどうだろう。

 マルコ・ポーロとは、フランスの紅茶専門店マリアージュ・フレールの定番のフレーバーだ。バニラのような甘い香りの奥に、花とフルーツが香る、そんな紅茶なのだ。つい最近手に入ってからは、気に入って飲んでいた。

 

 俺はキッチンでいつものように紅茶の準備をして、ティーポットとカップをお盆に載せて居間に戻る。

 

 梨花はなんだか照れ臭そうな顔をしてテレビに向かっていた。俺と目が合うと、彼女はすぐに目を逸らして紅茶の入ったティーポットとクッキーに目を向けた。満足げな顔になった。

 

「お待たせ。今日はマルコ・ポーロっていう紅茶にしてみたよ」

 

「変わった名前ね」

 

 彼女は小学6年生で勉強をストップしてるし、東方見聞録のマルコ・ポーロを知らないのかもしれない。

 ぼーっと琥珀色の水面を眺める梨花をよそに、俺は紅茶を注いだ。甘い香りが居間に広がった。

 

 梨花はカップを手に取り、憂いを帯びた顔のまま、まだ熱々の紅茶に勢いよく口をつけた。

 

「あつっ!」

 

 熱さに悶える梨花はカップから慌てて唇を離した。

 

 さもありなん。いつもの梨花なら、みぃ、としょんぼり鳴くところに違いなかったが、大人っぽい梨花は恥ずかしそうな顔で俯くだけだった。

 

 あんまりじろじろ見られたら恥ずかしいだろうから、俺は何もなかったように茶請けのクッキーを齧った。その様子を見て、梨花はなんだか不服そうに頰を膨らませた。

 

「もう!あんたはあんたで、何か言いなさいよ!」

 

「えぇ?意外とドジで、そんなとこも可愛いなぁ、とは思うけど……あんまり気にされたら梨花の方が恥ずかしいでしょ?」

 

「その、大人の気遣いみたいなのが癪に障るのよ。全く!」

 

 口ではそういうものの、その怒ったような口調が照れ隠しなのは誰の目にも明らかだった。俺は羽入が座る用として置いておいた座布団の方を見て、笑いかけた。

 

「こんなに楽しい友人がいたら、羽入も退屈しないだろうね」

 

 俺がそう言うと、梨花は少しの間、きょとんとした顔になってから、にっこりと笑った。

 

「ふふ、どうかしら……そうだといいわね」

 

 梨花は、目には見えない無二の親友の方を見て、優しく笑った。その顔はとても晴れやかだが哀愁たっぷりで、惹きつけられるような表情だった。

 

 俺がその横顔をずっと見つめていると、梨花は俺の視線に気づいた。一瞬目が合って、梨花は恥ずかしそうにクッキーを齧った。

 そんなこんなで俺たちは優雅なティータイムを終えた。

 

 その後も、しばらく俺たちは居間で時間を過ごした。

 こっちの人格の梨花は、大人っぽい口調だが、結構おしゃべりだ。きっと、羽入といつも話しているのが影響してるんだろうと思う。

 

 ぶっきらぼうに喋るし、自分のことを100年生きてるとか魔女だとか言うが、梨花はその実ただの可愛い女の子なのである。

 俺が上から目線に、微笑ましく見守ってる感じを出してしまうのも悪いとは思うが、本当に、凄くいい子だ。

 

「今度はお風呂ね。ほら、あんたの家なんだからあんたが沸かしてきなさい」

 

「へいへい」

 

 この頃になると俺もだいぶ砕けて喋っていた。

 

 最初は本人を前にすると、「梨花」と呼び捨てにするのもちょっと躊躇いがあったが、こっちの梨花はかなり踏み込んで喋ってくる。俺も当然の成り行きとして、呼び捨てが自然になるのだった。

 

「で、風呂の順番だけど……」

 

「何?変なこと言い出すんじゃないでしょうね?」

 

 梨花はすぐに反応した。

 

「いや。そんなつもりないけど……どっちから入るか、決めてくれていいよ」

 

「何の配慮よ?」

 

「女の子は身支度に時間がかかるから先に入りたいって言う子もいるけど、ゆっくり入れるから後がいいって言う子もいる……らしいんだよね。どっちがいい?」

 

 俺がそう言うと、明らかに勘違いした様子の梨花は眉を顰めた。

 

「あんた、沙都子にレナに……とんだ節操なしね!」

 

「バカ!ちげーよ。一般論だよ、一般論!」

 

 一般論というか、前世の記憶なんだが、その辺はわかってほしいところだ。

 慌てる俺だが、梨花は揶揄う良いネタを思い出した、というように嫌らしく笑った。

 

「ふん、本当かしら?沙都子だけじゃなくレナも、あんたの家の風呂事情をよぉく知ってたわよ……?」

 

「なんで知ってんだよ!」

 

 俺は面白おかしくそう突っ込むが、答えは簡単だ。レナちゃんも俺んちの風呂に入ったことがあるから。それを言うとまた変な感じになるので、そこは黙っておいた。ほんと、楽しい子だ。

 

「それで、どうする?」

 

「じゃ、先に入るわ。準備はよろしく」

 

 そんなことを言って、梨花はごろんと居間に寝転んだ。

 

「はいはい、女王様。フェロモンがどうのこうので俺も従うしかないっす」

 

「ふふ、そうよ。私は女王感染者なのだから、黙って従いなさい?」

 

 ノリノリでそう言う梨花。多分この子はどこに生まれても男を手玉に取ってるんだろうな。

 

 結局俺が風呂を沸かし、梨花はご苦労様とばかりに一番風呂に与った。しっかりパジャマも持ってきていたらしい。可愛い寝巻きに身を包んで、ほかほかの状態で戻ってきた。

 

 俺もさっさと風呂に入った。男の入浴なんざ誰も興味はないので、割愛する。

 

 俺が風呂から上がると、梨花は居間にはいなかった。どこにいるのかと探るまでもなく、2階でどたばたと音が聞こえた。俺に黙って2階に行っているらしかった。

 

 俺も2階へと上がり、梨花を探す。

 最初に両親の部屋を見るも、誰もいない。あとは洗濯物を干してる部屋と俺の部屋だけ。洗濯物の部屋には人が寝られるようなスペースはないので、必然的に選択肢は絞られる。

 

「遅かったわね。勝手に布団を敷いてるわよ?」

 

 梨花は平気な顔で俺の部屋の窓際で黄昏ていた。それほど広くない俺の部屋には、既に2枚の布団を敷かれている。流石にぴったりくっつけられてはいないが、ちょっと緊張を感じるような、近い距離感だ。

 

「どうしたの?部屋は余ってるし、もし両親の部屋が嫌なら俺がそっちでも……」

 

「いいのよ。そういう気分なの」

 

 梨花は小さく首を振ってそう言う。その目はどこか震えるようで、心細さを感じているみたいだった。

 

 それを見て俺は悟った。梨花は綿流しの日が来ることを、今まで続いた平穏な日常が突如として終わりを告げることを、誰よりも恐れているのだ。

 

 1人で寝れば、いつ何があるかもわからない。俺の部屋は何度も来たことがあるにせよ、両親の部屋のような知らないところで寝るとなると、その心細さもより大きくなるだろう。

 もしかすると今日たくさん喋っていたのも、その緊張や恐怖を忘れるためだったのかもしれないとすら感じた。

 

「梨花は……実は想像を絶するほど寝相が悪いとか、あったりする?」

 

「あるわけないでしょ!」

 

「そっか。じゃ、横で寝ようか。扇風機をもう一台持ってくるね?」

 

「ええ。そうしてちょうだい」

 

 そんなわけで、俺たちは同じ部屋で────布団は互い違いの向きで、間に扇風機を挟んでいるという但し書きがつくが──寝ることになった。

 

 少しの身支度をした後、俺たちは早めに電気を消した。

 

 この雛見沢村には、外の明かりはほとんどない。電気さえ消せば、もう部屋の中は暗黒に包まれる。月明かりだけが室内を照らしていて、目を凝らせば何か見えるというぐらいだ。

 

 俺たちは無言だったが、外からは虫やカエルの鳴き声だけが聞こえてきた。夏の風物詩というやつである。普段は寝苦しい暑さだが、今日は案外涼しいので、快適に過ごせた。

 

 俺はすぐそばに女の子が寝ているのも忘れて、すぐに眠りにつきそうだった。そこで、声がかけられた。

 

「ねぇ、まだ起きてる?」

 

 梨花から話しかけてきた。もうすでに微睡の中にいた俺はその声で目を覚まして、どうにか返事をした。

 

「あぁ……うん、何とかね。どうかした?」

 

「絶対に、死なないでね……お願い」

 

 切実なその声で、俺は意識がはっきりした。現実味がなくて、俺は現状を正しく理解してるわけではないのかもしれない。

 

 梨花は、漫画か映画のセリフみたいなことをすごく真面目に言った。それはきっと、迫る危機が現実そのものであることをわかっているからだろう。

 

「もちろんだよ。全部終わったら、みんなで旅行でも行こうよ。ね?」

 

「うん。行きたいところなんて数えきれないくらいある。だから、私だって死ねないわ……!」

 

「きっと上手くいくよ。ほら、寝よう?」

 

 そう言うと、不満そうな声色になって、言った。

 

「私は学校は休むからいいの。まだ、話に付き合いなさいよ」

 

「仕方ないなあ。何か、話したいことある?」

 

「……あんまり、ないけど」

 

「そっか」

 

 そんな梨花の言葉に俺は少し笑って、真っ暗な天井を見上げた。

 

 しばらく、沈黙が続いた。でもそれは、決して気まずいというわけじゃなくて、心地の良い静寂だった。外から聞こえてくる虫の鳴き声が、間を埋めてくれているからかもしれない。

 そんな中で、彼女がつぶやいた。

 

「こうしてると、私も普通の子供みたいね」 

 

 少しの間を置いて、続けた。

 

「何も背負わずに、ただ遊んで、笑って、どうでもいい話をして……そんなふうに生きてみたかった」

 

 彼女の声は、儚かった。慰めにもならないようなことは、言いたくはなかった。ただ、率直な俺の思いを伝えた。

 

「綿流しを乗り越えれば、全部叶うよ。次の月曜になれば、梨花はただの女の子。何も背負わなくていいんだよ」

 

「そうかしら、ね」

 

 梨花はそう言ってから、黙った。

 もう寝るのかと思って、俺もしばらく何も言わなかったが、小さな声で彼女が言った。

 

「私ね、あなたに謝りたいことがあるの」

 

「何?」

 

「私は、いつも……偉そうな態度をとっているけれど。実際には、私は何にも出来ない。全部、あなたに頼ってばかりなのよ」

 

 梨花にしては珍しい、弱音を吐くような言葉だった。

 

「そんなこと──」

 

「あるの。私はね、自分で頑張るとか、諦めたくないとか言うけど……沙都子みたいなアイデアもないし、運動も出来ない。あなたみたいに賢くもなければ、気遣いも出来ない。それなのに、素直に甘えることだって出来ない……可愛げのない、嫌な女の子なの」

 

 梨花は、震えるような声でそう言った。

 

「梨花。俺は、梨花に頼られるのは嬉しいよ。それに、ぶっきらぼうなのも照れ隠しだってわかってるしね。……とにかく、梨花が幸せでいてくれたら俺はそれが一番だよ」

 

「……それはどうして?なんで、私のことを助けてくれるの?」 

 

 返事に困る言葉だった。どうして梨花のことを助けるのか?それは、俺にもわからないことだった。彼女が助けを求めている子供だから?それとも、大切な友達だから?

 

「そんなの俺もわかんないよ。ほら、明日も学校だから。早く寝よう?」

 

「……ばか」

 

 梨花は、消え入るような声でそう言って、俺に背を向けた。それから、小さな声で、羽入と何かを話しているのがうっすらと聞こえた。

 

 それは聞かないことにして、静かに寝入った。

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