雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
次の日の朝。やはり梨花が作ってくれた朝食を食べて、そろそろ学校に向かう時間だった。
今日が、綿流しの前日。もちろん梨花も学校に行かなくてはならないのだが、山狗を警戒しないで学校に行くというのは、いささか不用心だ。
とりあえず梨花は外出をせずに、俺の家で引き篭こもって過ごそうという話になっていた。
「もしも監視されていたら、昨日、私が家を出てから帰っていないのは山狗も承知してるはず。そろそろ私のことを捜索し始めるころかもしれないわね……」
真剣な顔の梨花が言った。
「自転車も神社に置きっぱなしだし、俺の家に来たのは夜でしょ?尾行されてるとかでもなければ、簡単に場所がわかるとは思えないけど……」
「そうね。誰とも会ってないし、誰にもつけられてないはず。この家に盗聴器が仕掛けられているとか、カメラで監視されてるとか、そんなことがなければ私の居場所は確実に把握されてはいないと思うんだけど……」
彼女の顔は、不安そうだった。できることならここにいてあげたいのだが、そうすればかえって怪しまれるだろう。
もしも梨花の行方を探す山狗がクラスの子供達に、「古手梨花さんはどこにいますか?」なんて聞いたら、「分からないけど、友達の牧野くんも一緒に休んでますよ」とか答えてしまうかもしれないし。
「ならよかった。俺も、ここに留まっていたいけど……俺が家を出ないのは不自然だよね。だって、学校だし……」
そう。今日は綿流しの前日で、土曜日なのだが、この時代の小中学校は土曜日も授業をしているのだ。
「ええ、仕方ないわ。私が休むことは、沙都子には伝えてある。あんたは何食わぬ顔で学校に行って、私がいないことに驚くのよ」
「やってみるけど……レナちゃんあたりには気付かれそうだね」
「気をつけて。私のことが山狗にバレるかどうかだけじゃないわ。山狗も学校の中まで監視の目を広げてはいないだろうけど、あなたはマークされてるかもしれない。助けてもらってばかりで悪いけど、あなたに何があっても……私は助けられない」
梨花は俯いて、小さな声でそう言った。
「ま、きっと大丈夫だよ。俺の置いてる小説でも読んで待っててよ。こっちこそ、心細い思いをさせてごめんね」
「……別に、あんたのせいじゃないわ。でも、寄り道しないで帰ってきなさいよ」
「うん。もちろん」
「じゃあ、行ってらっしゃい。私はもう上に上がっておくわ」
梨花はそう言うと、立ち上がって二階へ上がって行った。
当然のことだが、今日も富竹さんからも、入江さんからも、連絡は来ていない。となると、何も捜査は進行していないのか、あるいは俺たちの言ったことをまるっきり忘れてしまったのか……?
それはわからないが、とにかく、先行きは不透明なままだった。こうなると、何とかして捜査の進捗を確認したいという気分にもなる。
やはり不安は拭えない。ただ、学校に行かないというわけにもいかない。
居間に一人残された俺は、黙々と学校へ行く準備をした。今日、何の科目があったかすらも覚えてない。宿題とかあったんだっけ?いや、どうでもいい。一旦学校に向かえば何とかなる。
時計を見ると、もうすぐいつもの待ち合わせ時間になろうとしていた。俺は、急いで家を出た。家を出たあと、俺は不意に後ろを振り返った。後ろ髪引かれる思い、というやつのようだった。
「おはよう、レナちゃん」
「うん、おはよう、雄星くん。今日はゆっくりだったね!」
いつもの待ち合わせ場所で、俺はレナちゃんに声をかけた。
俺とレナちゃんはかなり早い時間に集合して、結局圭一と魅音ちゃんに待たされて学校に着くのはちょっと遅い、というのがいつものパターンだ。確かに彼女の言う通り、今日の俺は、いつもよりは遅い到着だった。
「あはは。ごめんごめん……みんな待ってるよね。行こっか」
「うん、行こう」
俺とレナちゃんは二人で通学路を歩き始めた。歩き始めてすぐに、レナちゃんが言い出した。
「ねぇ、昨日の夜、雄星くんは何してたの?」
「え?」
「実は、魅ぃちゃんと、圭一くんと一緒におうちに行ったんだけど……電気はついてるのに返事がなかったの。だから、何してたのかなって……」
「あ、あぁ!あれ、レナちゃんと魅音ちゃんだったのか……ご、ごめんね。チャイムは聞こえてたんだけど、実はちょうどお風呂に入ってて出られなかったんだよ」
「ふーん……そうなんだ。なら、仕方ないね」
レナちゃんはあっさり引き下がった。
嘘を嫌う彼女のことなら、もう少し問い詰めてくるかと思ったが、何も朝から嘘か嘘じゃないかの言い合いをするのは不毛だし、そんなものかもしれない。
恐る恐る、レナちゃんの顔を見た。ほんの一瞬、こちらのことを探るような目をしている気がして、胸がざわついた。
俺はそれ以上彼女の顔を見ることができなくて、ずっと歩く先だけを見ることにした。
彼女は雛見沢症候群なのだろうか?……いや、多分、そうではない。おかしいのは、きっと、俺の方だ。
俺がみんなを守らなくてはならないのに、死の恐怖でおかしくなってきてしまっているのだ。
大丈夫。きっと大丈夫。俺はまとも。少なくとも、自分が発症しているかも、と思える程度には自らを客観視できているはず……そんなふうに、頭の中で唱え続けた。レナちゃんが話してくれる言葉は、ほとんど頭に入ってこなかった。
すると、またしてもレナちゃんが俺の視界に入ってきた。俺は少し驚いて、体を震わせた。
「だ、大丈夫?体調、悪い?」
「あ、あぁ、うん。大丈夫。気にしないで」
レナちゃんは俺の額を触って、熱がないかを確認した。その手がひんやりと冷たくて、俺は冷静になれた。
ただでさえ危険な状況なのに、俺までおかしくなってどうするというんだ。まだ中学生の友達に気遣われて、少し恥ずかしい心地になった。
しばらくして、圭一が待つ石垣に着いた。既に圭一は到着していて、遠くから俺たちに手を振っていた。
「おはよう、二人とも。今日はゆっくりだな。待ち合わせ場所に誰もいなくて、時間を間違えたかと思って、ヒヤヒヤしたぜ」
「おはよう。俺が寝坊しちゃったんだよ。レナちゃんをお待たせしちゃったんだけど、圭一は待った?」
「いいや。ちょうど今来たとこだよ」
「そっか。良かった」
微笑むレナちゃん。
「付き合いたてのカップルみたいな言い方だね」
「その場合、誰と誰が付き合いたてなんだよ?」
俺が茶化すと、圭一はニヤニヤした顔で乗ってきた。
「誰だろ?どっちだろ……?」
「ちょっと圭一、レナちゃんを揶揄わないでよ。うちのレナはそういうの、お断りしてますんで〜」
「おいおい雄星、お前はレナの何なんだよ?」
冗談めかした口調で、圭一が言う。
「そっちこそ!」
恥ずかしそうな顔で赤面するレナちゃんを挟んで俺たちはそんなことを話していた。
「レナちゃん。そこは、私のために争わないで!って言ってくれないと」
「そうだぜ。俺たちはレナを巡って争ってるとこなんだぞ?」
黙ったままの彼女に俺たちが言う。
「わ、私のために争わないでほしいな……?」
恥ずかしそうにぼそりと呟くレナちゃんを見て、俺と圭一は顔を見合わせて小さく頷いた。かわいい。内心では「何言ってんだこいつら」って感じなのだろうか?朝から、変なノリに付き合ってくれて感謝だ。
「あっははは!なになに、朝からレナをからかって遊んでんのぉ?おじさんも混ぜてよ!」
いつの間にか、魅音ちゃんの待つ水車小屋のところまで来ていたらしい。俺たちはおはよー、と口々に声を掛け合ってから、この変なノリに魅音ちゃんも入るのを認めた。
「ダメだ!レナは誰にも渡さんっ!」
圭一の言葉に、魅音ちゃんも張り合う。
「いやいや、レナと私は親友だからねえ。君たち男の子のそれよりも高尚な、同性同士でしか気づき得ない真の友情、愛情というものがあってだね……」
このころになると、レナちゃんは恥ずかしそうに俯くのみだった。
俺はレナちゃんの必殺技ゲージが溜まり始めているのを承知しているので、あんまり口は出さないことにした。相槌を打ったり、笑うだけ。
「それにさぁ、圭ちゃんにレナのことを満足させることができるのかなぁ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、魅音ちゃんは圭一を見た。
「ま、満足って、一体何のことだよ?」
「それはねぇ……」
魅音ちゃんは手をわきわきさせながらレナちゃんに近づく。俺は何が起こるか悟った。魅音ちゃんは痛い目を見たいらしい。
「2人とも……こんな朝から変なこと言っちゃダメなんだよぅ!」
「お、俺はとばっちりだーっ!」
レナちゃんの必殺技ゲージがマックスになった。目にも止まらぬ早さで"れなぱん"が放たれる。
地べたに倒れ、青空を見上げる2人。レナちゃんの綺麗な手からは煙が出ているような気すらしてくる。
「いてて……今回は見切れたと思ったんだけどねー。まさかあれがフェイントだなんて思いもしなかったよ」
「み、魅音……今、俺らは何の話をしてたんだっけ?」
2人は呆然と空を見上げるのみだった。
恐れをなした俺がレナちゃんの方に目を向けると、にこりと優しい微笑みが帰ってきた。俺は勘弁してくれたらしい。
「多分、思い出さない方がいいと思うよ。ほら、行こう」
「お、おう……」
俺の言葉に頷いてから、圭一はふらりと立ち上がって、カバンを拾い上げた。魅音ちゃんも、服についた汚れを払って歩き出す。
複雑かつ切実な事情を抱えている俺だが、今だけはそれを忘れて楽しい日常を過ごすことができる。梨花がこの部活動を100年間の楽しみにしていたのも頷ける。
「そういえば、ユウは昨日は何してたの?レナと圭ちゃんと一緒に料理のお裾分けをしに行ったのに、なかなか出てこないからさー!」
「あ、あぁ。さっきもその話をしてたんだよ。お風呂に入ってて出られなかったんだ。ごめんね?」
「なぁんだ。じゃあ、仕方ないね。昨日はさ、レナがうちに来て一緒に料理をしてたんだよ。婆っちゃも、おはぎを手作りしてくれてね。圭ちゃん、どうだった?美味しかったでしょ!」
「あぁ、めちゃくちゃ美味かった。あれって、手作りの餡子なのか?舌触りが滑らかで後味もすっきりしてて、あんなに美味いおはぎはなかなかないぜ。雄星、残念だったな!」
「そりゃあ残念だね。お魎さんのおはぎはほんとに美味しいからね……」
おはぎがあれば、昨日の食後のティータイムはもっと素晴らしいものだったに違いない。いや、料理のお裾分けもあるって言ったっけ。昨日、ドアを開けていれば……晩御飯に3人も招き入れて、ちょっとしたパーティみたいになっていたのかも。
あの時、俺がドアを開けなかったことを後悔した。でも、仕方ないよな。なんせ、開けて山狗が立っていたら今までの全ての意味がなくなるのだから。
「あるぇ〜?圭ちゃん、ちゃんと全部のおはぎ食べたぁ?」
魅音ちゃんはニヤリと笑った。これはきっと、悪巧みをしてる顔に違いない。
それなら、圭一が何か嵌められたのかというと……そうでもないらしい。圭一は平気な顔で、昨日のことを思い出している様子だ。
「いや?食べてないけど……そりゃ、一晩で5つもおはぎなんか食べられないだろ。昨日は両親がいなかったからな。夜に2つ食べて、朝にも一つ食べて、今日残りを食べるつもりだぜ。それがどうかしたかよ?」
「いやぁ、何にも?」
「……って、あれか!レナが作ってくれたおはぎはどれか当てるってやつか。わりぃわりぃ。忘れてたぜ。明日には全部食べてるからさ、明日答え合わせしてくれよな!」
「ま、それならよろしい。明日は綿流しだからね!罰ゲームだって、いろんなのが出来るよ。それも、村中のみんなの前でねっ!」
魅音ちゃんはそれはもう楽しみそうな顔で言う。
綿流しの日は○凶暴闘なんて言って、みんなで出店を回って騒ぐのが俺らの伝統だ。圭一も聞いたことがあるのか、複雑な表情になる。
「それを聞いたら行く気が失せてきたような……」
「当たってたらご褒美もあげるよ!それなら圭ちゃんも楽しみになってきたんじゃない?」
「圭一くん。圭一くんも、綿流しには一緒に来てくれるよね!」
「おう、もちろんだぜ。ご褒美も、罰ゲームも、別に部活がなくたって、みんなと遊べるのが楽しいからなっ!」
晴れやかな顔でそう言う圭一。その言葉を聞いて魅音ちゃんも嬉しそうだった。
「そうこなくっちゃねぇ!綿流しの日には梨花ちゃんの奉納演舞もあるし、ユウのギターは……今年はあるんだっけ?」
「ないね」
「ないらしいけど。とにかく、大盛り上がりってもんよ!」
「あー、確か、雄星はギターをやってるって言ってたな。あんまり聞いたことないけど……昔は祭りの余興なんかもやってたわけか」
「うん。俺も昔は村の音楽少年だったんだけどねぇ……」
俺が言うと、
「今じゃ、女の子と遊ぶのに夢中だもんね〜!」
魅音ちゃんがそう茶化してくる。そんなこと言ったって、同年代に女の子のほうが多いんだから、仕方ない。
「ちょっとやめてよね。それは昔からのことだからね」
おどけて見せると、みんな笑った。
「あっはっは!確かにそうかもね!詩音もレナも、もっとちっちゃい頃からユウとは知り合いだったみたいだし」
「あはは……レナは雄星くんのギター、聞いたことないし……また機会があったら聞きたいかな。かな?」
「それなら、綿流しの日の夜にでも披露するよ」
特に練習してる曲とかはないが、ビートルズの簡単な曲とかならいつでも弾けるだろうし。梨花の危機を超えた暁には、何だって弾いてやりたい気分だ。
「へぇ、そりゃあ楽しみだな。期待してるぜ!」
「昔々、ユウのギターはそりゃあもう年寄り連中に気に入られてたんだよ。最近披露してくれないって残念に思ってる人も多いらしいよ」
「そんなにハードルを上げられちゃあ困るけど……そう言ってくれると嬉しいね」
なんて言っているうちに、学校へと向かう坂道が見えてくる。何の気なく辺りを見回すと、古手神社への階段が見えた。
そして、その反対側には、入江診療所。
いつもと何ら変わらないその光景を見て、一つの考えが思いついた。
今、入江さんと接触できないだろうか。
今はまだ朝だが、もう診療所は開業している時間だ。今から入江さんに接触して、例の話がどうなっているのか、聞くことはできないだろうか。
危険極まりないのは俺だってわかっている。しかし……富竹さんと入江さんが調査をしてくれている中、このまま受け身の形で何か起こるのを待つだけでいいのか?そんな焦りが俺の心にあった。
山狗や鷹野さんだって、俺らが疑っていることにすら気づいていないかもしれない。富竹さんと入江さんはともかくとして、俺らはまだ何もしていない。梨花だって綿流しの前に何かが起こることはあり得ないと言っていたし。
決して無謀な挑戦ではないはず。
「みんな、ごめん。ちょっと用事を思い出したから……行ってくるね!」
「え?ちょ、ちょっと!何言ってんのさ。今から学校なんだよ!?」
「すぐ戻るから。みんなは先に学校に行ってて!」
「雄星くん?どうかしたのかな。かな?」
「どうしちまったんだ?用事っつったって……」
みんなからは口々に不審がられるが、そこは仕方ない。全てが解決したら、きっと全てを話すことができるだろう。
俺はみんなに背を向け、診療所の方へと歩き出した。
「雄星くん」
最後に、レナちゃんに声をかけられた。
「その用事、どうしても、話せないことなのかな」
その言葉に俺は逡巡した。
この場で言うことは簡単だ。しかし、彼らが俺たちを助けてくれようとしたところで、その力が本当に俺たちの助けになるのかはわからない。
園崎家を動かせる魅音ちゃんはまだしも……レナちゃんも圭一も、一般人だ。
彼らを巻き込みたくない。それだけでなく、巻き込む意味もない、と思う。
「うん。ごめんね。もうすぐで全部解決するはずなんだ。だから、ちょっと待ってほしい」
「……そっか。じゃあ、綿流しの時には、絶対に教えてね」
少し悩んだが……俺は頷いた。明日には、全てが終わっているはず。まさか、人の目がある、祭りの最中に仕掛けてくることはないはず。祭りには、入江さんや富竹さんも来るはず。そこで、全てが決まっている。もしも危ないことがあれば、その時こそは警察や園崎家の力をお借りしよう。
「う……うん」
「約束だよ?雄星くんとレナの、約束」
「わかった。明日の朝……綿流しの祭りの前に、みんなに話すよ」
「……魅ぃちゃん、圭一くん。行こ!」
レナちゃんは、小さく息を吐いてから、頷いた。
魅音ちゃんも圭一も納得いっていない表情だったが、レナちゃんが促したことで2人は歩き出した。
俺はそんな3人を遠目で見送り、診療所へと歩き出した。