雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
もう現地チケットは完売ですが、配信で是非見てみてください。私はもう一度見ます
今、俺は1人だ。誰の助けも、借りることはできない。
だが、それでも……出来ることはある。
入江診療所は開業中だ。俺が診察、あるいは雛見沢ファイターズのことで相談がある、なんて言って入江さんに話しかけに行くのは客観的にはそれほどおかしなことじゃない。
山狗がそれを見咎めて、村人の前で何か俺に危害を加えるなんて、無理な話。俺を締め上げたところで、何も出てこない。梨花も、入江さんも富竹さんもきっと尻尾を掴まれていない。最初に俺が標的になるはずがない。
俺は、今の自分にできる限り、平然を装って診療所の扉を開いた。
まだ8時過ぎだというのに、診療所には何人かの人がいる。村の爺さん婆さんが、わいわいと喋っているところだった。何かを待ってるわけではなく、ただ待合室のクーラーを求めて居座っているみたいだ。
言うまでもなく、この村のほとんどの家にクーラーはない。入江診療所にはそれがあるので、ちょっとした人気の場所になるわけだった。
「あら、おはよう。雄星くん、今日は学校は休みなの?」
ドアを開けると、診療所のカウンターから俺に声がかけられた。鷹野さんはいつものように柔和な笑顔で俺を出迎えた。その目は、普段から変わりないものだ。
「あ、鷹野さん。おはようございます。学校に行く前に、ちょっと確認したいことがあって……」
「あらそうなの。今はちょうど空いている時間ですし、入江先生をお呼びしましょうか?」
「え、ええ。来週の雛見沢ファイターズの練習のことで、入江先生に聞きたいことがあるんです。亀田くんが来るらしいんですけど……」
と言うと、鷹野さんはほんの少し考え込んだ様子を見せて、思い出したように言った。
「確か、全国で活躍してるピッチャーが練習を見てくださるんですってね。入江先生も楽しそうにその話をしていたわ。ほら、どうぞ。入江先生は書類の整理をしていらっしゃるところよ」
俺を手招きして、診察室へと呼ぶ鷹野さん。
この様子なら、鷹野さんは、俺たちが彼女に対して持っている疑惑には気づいていないのではないだろうか?それなら、話は早い。
怪しまれない程度に入江さんとちょろっと話して、とっとと学校に行く。それなら、誰も危ない目になんて遭わない。俺も、みんなも。
「お邪魔します。入江さん、おはようございます」
「おはようございます。どうかしましたか?あの後、頭の怪我にお変わりはありませんか?」
入江さんはいつもと同じく、穏やかな顔で俺を出迎えてくれた。
これも監視カメラか何かで見られているんだろうか?もしもそうなら、聞きたいことをそのまま聞くのは、リスクが大きすぎる。入江さんにだけ伝わるような言い方を考えてから話を切り出した。
「あぁ……今のところ大丈夫そうです。今日話したかったのは、以前お話ししていた件についてなんですが……その後、お変わりはありませんか?」
「え、ええ。今のところ順調です。今日いらっしゃったのはそのことについてですか?」
入江さんは目線を逸らして答えた。彼の言葉をどれぐらい信用できるかは分からないが、ひとまず順調らしい。本当は、何がどう進んでいるのか、具体的に聞きたかったが……彼の様子では、それは叶わないらしい。まぁ、仕方がないことだ。
聞きたいことは聞けた。あとは、怪しまれないようにカモフラージュだ。
「はい。悟史くんも亀田くんにピッチングを習いたいって言ってました。あと、岡村くんや富田くんも、普段の練習メニューを教えてほしいとか何とか……みんなには亀田くんが来るって伝えておいても良いんですか?」
俺がそう言うと、入江さんは少し驚いた顔になって目を見開いた。そして、すぐに元の表情に戻って、にこやかな表情になった。
「そうでしたか。そう言ってくれるとこちらも嬉しいです。亀田くんはかなり乗り気みたいですから、学校でも広めちゃってください!新しいメンバーも大募集してますからね。ついでに、新入部員をたくさん呼んでくれちゃってもいいんですよぉ?」
「うちのクラスのほとんどが、ファイターズの存在は知ってると思いますけどね。でも、甲子園ピッチャーの教えを授かれるとなったら、入部したい人もいるかもっすね!」
「ええ、ええ。そうでしょう。あと、こちらのメイド服を着て我々をマネージメントしていただけるマネージャーも募集中ですからねっ!」
入江さんはそんなふうにおどけていた。いや、本人は本気かもしれないが……俺らの秘密の話を誤魔化そうとしてくれてるのだと思った。
「ありがとうございます。それじゃ、みんなにもそんな感じで伝えておきます。学校に行ってきますね!」
「ええ。急げばまだ間に合う時間でしょう。くれぐれも、車なんかには気をつけてくださいね?」
「はい。じゃ、失礼します」
にこやかに手を振る彼に見送られ、俺は診察室を出た。
さっきまで老人たちで賑わっていたはずの待合室は少し静かになっていた。
診察してもらったわけじゃないので、お金は払わなくていいだろうか?俺は受付のカウンターを素通りした。そして、出入り口の扉に手をかけた。
「ねえ」
すぐそばに鷹野さんが立っていた。すぐそばに行くまでそれに気付かず、俺はびっくりして体を震わせた。
「雄星くん?入江先生はなんと仰っていたのかしら?」
「あ、あぁ……万事順調らしいです。みんなにもそう伝えておきます」
「そう。よかったわね。みんな、きっと喜ぶでしょうね?くすくす……」
鷹野さんは意味深に笑った。いつものことながら、ちょっと不気味に感じる。
まさか、気付かれてるなんてことはないはず。あったら、この場で捕まえられてるか、あるいは入江さんとは会わせてもくれなかっただろう。
「ええ。みんな楽しみにしてましたから」
「そう。それはよかったわ。来週なんですものね。みんな、その日が来るのを心待ちにしているんでしょうね」
笑みを浮かべる鷹野さんに、俺は不信感を抱きながらも、一旦その場を離れることにした。もうすぐ始業時間だし、不自然さは少しもない……はず。
「今年の綿流しは、一体誰が消えるんでしょうね?」
外へ出ようとして背を向けた俺に、そんな声がかけられた。
「え?」
「だから、今年の綿流しよ。毎年一人がいなくなり、一人が死ぬ……くすくす、牧野くんは生きていたけれどね。牧野くんは、今年の被害者が誰か知ってる?」
鷹野さんは静かな診療所の待合室の中、不思議なほどに響く声でそう言った。
「……え?」
「雄星くんはオヤシロ様の使いとか、代弁者なんて言われているけれど……今年の犠牲者に心当たりはないのかしら?」
鷹野さんは、小さく首を傾げてどう?と尋ねてくる。
俺の頭は真っ白になった。俺や梨花が鷹野さんの企みに気づいているのを悟っているのか?まさかそんなはずはない。俺と入江さんを合わせることにも躊躇はなかったし。
「た、鷹野さんも……気をつけてくださいね。あんまりオヤシロ様のことを面白半分で言うと、バチが当たるかも……」
「ふふ。私が標的になるかもと言いたいのかしら?まさか。私ほど真摯にこの村の歴史と向き合っている人間はいないわよ?」
俺は微妙な顔でそれに頷いた。時計を見ると、もう学校が始まる時間だった。別に数十分遅れたところでどうということはないが、この場を後にする口実が欲しかった。
俺はとっとと診療所を出て行くことにした。
「すいません!時間が。じゃ、学校行ってきます。さようなら!」
「ええ、さようなら……」
最後まで鷹野さんは影のある表情だった。俺は嫌な予感を覚えながらも、学校まで急いだ。
全力で走った訳ではないが、暑い夏の日に急足で学校に向かったら、それはもう汗をかく。
学校に着いて早々、俺はタオルで汗を拭いた。教室に入ると、すでにほとんどの席が埋まっていた。
「お疲れ様、雄星。用事は済んだのかよ?」
「うん。ちょっとした確認だったんだけど……今の所、問題なさそうだったよ」
「そっか。ならよかったぜ!」
圭一が気を遣って話しかけてくれる。それに返事を返すと、爽やかな顔とサムズアップをくれる。
「そうなんだ。それならレナも一安心だよ。最近の雄星くん、ずっと暗い顔してたからね。みんな心配してたんだよ。だよ?」
「ほんとだよ〜!明日は綿流しなのに、辛気臭い顔してちゃ気持ちよく遊べないってもんだよ。ほら!学校終わったら、明日に備えて部活ね!」
俺の席の後ろからは、レナちゃんと魅音ちゃんがそう言う。そうは言っても、出店の管理を任されてる彼女にはいろいろな仕事があるはず。
「でも、魅音ちゃんは明日の準備があるんじゃ……?」
「それは言わない約束。ちょっとぐらいなら遅れても大丈夫なはずだし……」
「ダメですよ、お姉。お姉は私と違って園崎家の次期当主なんだから。ちゃあんと、責任は果たしてもらわないと〜」
詩音ちゃんが真面目な顔をするその後ろから、沙都子が心配そうな顔で近づいてくるのがわかった。みんなも、沙都子の方を見る。
「……でも、今日は梨花が学校をお休みしておりますのよ?明日に備えて、少しゆっくりする時間も必要ですことよ?」
「あ……」
俺らは揃って梨花の机を見た。梨花の机には何も置かれてない。それを見れば、彼女が今日学校に来てないことは一目瞭然だ。俺と沙都子は、その理由を知っていた。
「どうしちゃったのかなぁ、梨花ちゃん。明日は奉納演舞もあるっていうのに、風邪か何かかな。婆っちゃもきっと心配するだろうし、お見舞いにでも行かないとね。ユウも来る?」
「そうだね。そうしようかな……」
「ついでに、圭ちゃんとレナも来なよ。お祭りの準備には何人人がいたって困ることはないからねっ!」
祭りの手伝いをさせるためかよ!俺らはずっこけた。
とはいえ、複雑な状況にある俺たちが人が沢山いるところで過ごしたいのは事実だ。俺らは魅音ちゃんの図々しさにちょっと笑いながら頷いた。
「おう!俺だって雛見沢村の一員なんだからな。祭りの手伝いぐらい、やってやるってもんさ」
「レナも、頑張ってお手伝いするんだよ?だよっ!」
圭一とレナちゃんもやる気は満々らしい。昭和の子供たちはこうした行事ごとにも熱心で、感心するばかりだ。
「せっかくですし、私もご一緒致しますわ!それで……神社の、一体どこにトラップを仕掛ければいいんですの?」
とぼけたようなことを言う沙都子にみんなは苦笑した。
「罠を仕掛けられちゃあ困るけど、手伝ってもらいたいことは山ほどあるよ!それじゃ、神社で集合ね?私も、着替えたらすぐ神社に行くから!」
「おっけー。梨花もみんながお見舞いに来たら喜んでくれるだろうしね。そういや、今日と明日は魅音ちゃんの家の関係者がたくさん来てんだよね。……ちょっと気まずいなあ」
あはは、と苦笑する園崎姉妹。圭一はきょとんとした顔だった。
「あれ以来、うちの若い衆はユウのことを変に気に入ってるからねー。ま、慕われるってのも悪いもんじゃないよ?」
「慕われてるって感じでもないけどね……」
「うん?何かあったのか?」
「あぁ、うん。これはすごーくややこしい話なんだけど……」
と、俺らがそんなことを話してると、向こうから悟史くんが近づいてくるのが見えた。
「えっとね。詩音が危ない目に遭うところに、ユウが園崎家に乗り込んで……」
「恥ずかしいから、俺がいないところでしてよね。ほら、先生も来るし。座っとこう!」
俺が無理矢理に話を切り上げると、2人は顔を見合わせて優しく笑った。
「ユウくんがそう言うなら。またあとで、語りきれないほどの武勇伝を話しておきますねっ!」
「あはは……語り切れる程度にしておこうね」
茶化す詩音ちゃんと、それを笑いながら宥める悟史くん。もうこの二人のカップル──と言うと二人ともすごく照れるが──も、板についたものだ。
そのころ、知恵先生が教室に入ってきた。ざわざわしていた教室は先生の一声で少しずつ静かになり、朝のホームルームが始まった。
「きりーつ!れーい!」
魅音ちゃんが立ち上がり、言う。
「……古手さんは今日はお休みですか?どなたか事情は聞いていますか?」
「梨花は今日はお休みですわ。昨日からあんまり元気がなさそうでしたの」
「わかりました。また後ほど確認しておきます。では、今日の連絡事項ですが……」
沙都子が上手いこと誤魔化したことで、先生は特に不審にも思わず梨花の欠席を受け入れた。
今日の学校が始まる。気もそぞろなのだが、真面目に受けないと、それはそれで怪しまれる。俺は小さく頭を振り、気合を入れた。