雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第93話

 ……遅い。

 

 古手梨花は友人の帰宅を待つ中、その一心だった。

 

「……祭りの手伝いに夜まで居残ることなんてあるかしら……?」

 

 梨花が今居候している家に住む、牧野雄星。彼は一度家に帰った後、祭りの手伝いに行ってくると言って家を出ていった。

 

 夕方ぐらいには帰ってくる。人が多いところにいた方が安心できるだろうし、梨花もどう?

 

 梨花はそんなふうに言われた。

 

『1人だと寂しいから、行かないで』……そんな言葉が思い浮かんだが、言わなかった。自分が行くと、雄星の家にいる意味がなくなる。誘いは断った。

 すると彼は、梨花が行かないなら行かない、と、言い出す。そう言われると、何だか自分がわがままを言っているみたいで、ちょっと嫌だった。気にしないでいいから、と、彼のことを送り出した。

 

 外は少しずつ暗くなっている。こんな時間まで居残って準備をしなければならない理由を考えては、胸騒ぎが止まらなかった。

 

 綿流しの前の土曜日は、何度経験しても慣れない。綿流しの日を境に、誰かが死んだり、部活メンバーとの関係が破局したり、あるいは誰かが凶行に及んで祟りだなんだと騒がれたりするのだから、梨花にとって楽しみな日ではない。

 

 梨花はぼーっと空を眺めた。虚空から、半透明の少女が現れる。彼女の親友であり家族である、羽入だった。

 

「あぅあぅ……きっと、みんなで部活でもして遊んでいるのです。心配することはないのですよ……?」

 

「えらく楽観的ね。いい?あいつが帰ってこなかったら、私は……!」

 

 多分、死ぬ。頭ではそう言おうと思ったが、口には出来なかった。その事実を認めたくはなかった。

 

「……もしこの世界がダメだったとしても、きっと雄星ともまた会えるのです。だから……」

 

 羽入は言い淀んだが、言いたいことは梨花には伝わった。今回の世界でダメでも、次がある。だから、あんまり期待しすぎるな、と言いたいのだ。

 

「だからこの世界でダメでも諦めるなって!?どうしてそんなに他人事なの!?7月を迎えるためには、あいつの力が必要不可欠なのよ!」

 

「あぅあぅ……ぼ、僕はそんなつもりは……」

 

「いいわ。あんたにも探してもらおうと思ったけど、自分で行く。ここで手をこまねいてるだけじゃ、何も変わらないわ」

 

「り、梨花ぁ……」

 

「私はもう傍観者じゃない。自分で選択して、未来を掴むの!」

 

 困ったような顔を浮かべる羽入を尻目に、梨花は家を出た。

 

 

 

 昼までの暑さは鳴りを潜め、夕方の村にはぬるい風が吹いていた。

 梨花は空を見上げた。雲で青空が隠された鉛色の空が、まるで自分の気持ちを表しているかのようだった。

 

「行かなきゃ……」

 

 梨花はそう呟いた。何処に行くのかは決まっている。自分の家、古手神社だ。

 

 雄星が何処で何をしてるかなんてわかりっこないが、少なくとも最後にそこを目指したことは分かっている。

 

 梨花は小さな歩幅でとぼとぼと歩き出した。自転車もないので、神社までは30分近くかかる。

 

「全く。見つけたら、説教してやるんだから……」

 

 梨花は自分の懸念を紛らわせるように独りごちた。しかし、不安は無くならない。

 

 もしも、帰り道で山狗に襲われていたらどうしよう。

 そんな最悪の想像は簡単にできた。神社から家に至るまでの道は長い。中学生の男の子1人を攫うことなんて、山狗にかかれば難しいことではないはずだ。

 もし攫われていたら……きっと無事ではあるまい。

 

 梨花の両親は山狗と鷹野によって計画的に殺害された。それも、研究の邪魔になるというだけの理由で。

 

 鷹野が何の目的で自分を殺そうとしているかは梨花にはわからないが、いずれにせよ、雄星が富竹や入江と繋がっていることがバレたら、彼はきっと殺されてしまう。

 

 焦りに足を早めた。気がつくと、神社へと至る階段と診療所が見えてきた。

 

 梨花は神社の階段を急いで駆け上がった。すれ違う村の人間たちが驚きながら梨花を見送った。

 時には声をかけられることもあったが、梨花はそれをも無視した。

 

「あれ!梨花ちゃんか。どうしたんだよ、そんなに急いで?」

 

 神社の境内に至る少し前で、何度も聞いたことのある声に呼び止められた。その声に、梨花は足を止めた。

 

「圭一……」

 

 その声は、圭一のものだった。彼は汗だくでタオルを首にかけて、疲れた顔だ。

 

「今日は具合が悪くて学校を休んでたから、お見舞いに行ったんだけど……外に出てたから返事がなかったんだな」

 

「みぃ……実は、そうなのです。昼ぐらいから元気が出てきたので、ちょっと用事で外に出ていたのですよ」

 

 梨花がそう言うと、圭一の疑問は解消されたらしかった。

 なんだ、そうだったのか。そんなことを言いたげな顔で圭一は頷いた。

 

「なんだ。さっきみんなで心配してたとこだったんだぜ。ま、何にせよ、梨花ちゃんが元気でよかったよ」

 

 梨花は圭一のその言葉に、少し引っかかった。

 

「みんな……みんなって、誰が来てくれたのですか?」

 

「え?みんなだよ、みんな。魅音にレナに、雄星に沙都子。今日は詩音と悟史は昼から忙しいみたいだけど、学校で心配してたんだぜ?それに……」

 

「雄星も?今、みんなは何処に行っているのですか?雄星は近くにいるのですか?」

 

 梨花は圭一の言葉を遮るようにして言った。普段はおっとりしている梨花がそんなふうに喋るのは珍しいので、圭一は少し面食らった。

 

「えぇと……雄星はもう帰っちまったぜ。何でも、家に帰らないと心配させちゃうから、って……青い顔して、どうしたんだよ?」

 

「いつ!?いつ、雄星と別れたのですか?」

 

 梨花は血相を変えて圭一に迫った。

 

「え?いや、1時間前ぐらいだよ。もう家に着いてる頃だと思うぜ?」

 

 梨花はその言葉を聞いてすぐに、踵を返して階段を降り始めた。後ろから圭一が何か言っているのが聞こえたが、耳には入らなかった。

 

「一体どうしたんだ?梨花ちゃん……」

 

「お疲れ〜!こんな時間まで残ってくれるとは、圭ちゃんは中々働き者だね!って……どうしたの?そんな階段の途中でぼーっとして」

 

 圭一は後ろから声をかけられた。その声の主は魅音だった。

 

「さっき梨花ちゃんが下から来たんだけどさ。雄星は近くにいるか、って聞かれて、1時間前に帰ったって言ったら、血相を変えて飛び出して行っちゃったんだよ」

 

「なぁるほどねぇ……圭ちゃん、深く考えちゃあダメだよ。恋する乙女には、いろんなことがあるもんだからねっ」

 

「あ、あぁ。その……やっぱり2人は、付き合ってるのかよ?」

 

「いやぁ、そこまでではないと思うんだけど……仲良いってのは、間違いないね」

 

「お、おう……弄ったりするのは良くないよな?」

 

「うーん、どうだろ?ま、雄星は昔からあんな感じだから、あんまりみんなは気にしてないけどね。ほら、行こ?向こうで、町内会のおばちゃんが飲み物を配ってくれてるよ」

 

 遠慮がちに聞く圭一に対して、魅音はあっけらかんとそう言い切って、圭一を集会場に誘った。

 

「しっかし、汗かいたな〜。久々にこんなに体を動かしたぜ。スポーツドリンクでも飲みたい気分だよ」

 

「そんなに気の利いたもんはないかもしんないけど、麦茶なら沢山あるよ!出店の調整も一段落したとこだし、おじさんも一緒に一服させてもらっちゃおうかな〜!」

 

 2人はそんなふうに会話して、神社の集会所へと向かった。

 

 集会所でお茶をもらった2人は、色々と会話をした。そして、圭一が何かに気づいたような顔をして言った。

 

「そういえば魅音、いつも着けてるピストルは今日は持ってこなかったのか?ま、祭りの準備にはいらないか」

 

 魅音はいつも、モデルガンを肩にかけていた。それはコーディネートなのかどうか微妙なところだが、間違いなく人の目を引くものだった。

 

「あれ、ほんとだね。どこかに置いてきちゃったかなぁ。力仕事もするし、何かの拍子にぽろっとこぼれ落ちちゃったかもしんないね。改造してる、いいやつなのになぁ……」

 

「おいおい、大丈夫なのかよそれっ!」

 

「はっはっは、モデルガンだからね。せいぜい、ちょっと火を吹くぐらいでさ。人を傷つけたりはできないようになってるよ」

 

「お前、気をつけろよな。警察のお世話になりたかないだろ?」

 

 魅音は曖昧に笑った。

 

 

 

 

 何者かが、神社の木の影に隠れていた。トランシーバーに向かって、小さな声で発言した。

 

「こちら鶯4。RはM宅に潜伏中かと思われます。……やはり、R宅は無人。いつでも作戦は決行可能であります」

 

「こちら鶯1。鷹野三佐の助言通り、監視を早めたのは大正解だったな……すぐに計画の実行準備に取り掛かれ」

 

 隠れていた何者かは速やかに撤収の準備を始めた。身につける作業服のその懐には、テーザーガンが備わっていた。

 

 毎年の綿流しの日の夜、オヤシロ様の祟りは人間によって実現する。それが、今年も行われるのだ。

 

 

 

 

 こんなこともあろうかと、梨花は、自分の自転車の鍵だけは持ってきていた。

 梨花は神社の下に停めていた自転車に乗り、村中を探し回った。

 

 しかし、何処に向かっても雄星の姿は見当たらない。どこの誰に聞いても見ていないと言う。

 

 仕方なくもう一度神社に戻って、設営をほとんど終えて、休憩していた大人たちにも色々と話を聞いた。だが、結局昼過ぎ以降に雄星とあった人間はいないと言われた。

 

 皆、ニヤニヤと楽しそうな顔で雄星のことを話した。いつもなら笑って受け流すようなその揶揄が、今日はたまらなく腹立たしかった。

 

 

 梨花は途方に暮れた。彼が行く可能性のある場所は全て探した。だが、彼は何処にもいない。

 

 辺りはすっかり暗くなっていた。梨花は一旦雄星の家に帰ろうと、暗闇の中をとぼとぼと歩いていた。神社に近いこの辺りは、まだ少し明かりがある。

 

「……一体、どこに行ったっていうのよ……?」

 

 梨花は一人、虚空に向かって呟いた。それに応えるものはいなかった。

 

「私は……私はこんなにも無力なの?雄星が学校に行って、帰ってきて、祭りの準備に行くのを止めなかったから……それだけで、もう終わりなの?あいつは何処かへ消えて、帰ってこないの……?」

 

「あぅあぅ……り、梨花。元気出して欲しいのです。もしかすると、家に帰ったらひょっこり雄星がいるかも……」

 

 ふわふわと浮かびながらそう答える羽入に、梨花は声を荒げて反応した。

 

「そんなわけないでしょう!?この雛見沢で人がいなくなるってことは、つまり……死んだってことに違いないのよ!あいつは、私のせいで……私が巻き込んだから、死んだ。こんなことなら、私も一緒に行って、私も一緒に殺される方がマシだった。なんで、こんなことに……」

 

 崩れ落ち、涙をこぼす梨花を見て、羽入はかける言葉が見当たらなかった。気を遣ったのか、あるいは気まずくなったのか、どこかへと消えていった。

 

 

 暗い村道を歩いた。誰もいない、牧野家がだんだん近づいてきた。行く先を照らすものはただのひとつもなく、虫の声が響くだけだった。

 

 ……もしも。もしも雄星がちゃんと帰ってきていたら。

 私は明日の朝、みんなを集めるつもりだった。

 

 圭一、レナ、魅音、沙都子、悟史、詩音……。みんなで、机を囲んで、すべてを打ち明ける。あるいは、打ち明けるのは祭りの境内の中だったかもしれない。とにかく、全てを伝えようと思っていた。雛見沢の真実も、祟りのことも、そして明日起こる、全てのことも。

 

 その上で、どうすれば未来を変えられるのかを、みんなで一緒に考える。あるいは、もう困難を乗り越えたのだとみんなに伝え、安心させる。

 

 それが、最後の賭けになるはずだった。

 雄星が隣にいてくれたなら、きっと私も臆せず言えたはずだった。

 

 ──でも、もうその未来はない。

 

 たった一つの言葉。「行かないで」と言えなかった私の弱さが、すべてを壊した。

 未来を変えるために必要な希望を、私は自分の手で手放してしまった。そして、そんなふうな間違った選択は、これでもたくさんあったのだろう。 

 

「……こんなはずじゃなかったのに」

 

 声が震え、涙が頬を伝う。

 足を止めたら立ち尽くしてしまいそうで、無理やり歩き続ける。

 前に進めば進むほど、心の中は闇に沈んでいった。

 

「そうだ、警察……警察よ!大石なら、雄星のことを信頼してくれていた。きっと分かってくれるはず!」

 

 梨花は羽入を置き去りにするようにその場を後にして、雄星の家へ向かった。

 

 電話を手に取り、興宮署の番号を入力する。はやる気持ちを抑えながら電話のコール音を聞いた。

 

「はい。こちら興宮署です。どういったご用件でしょうか?」

 

「……大石蔵人さんはいますですか?彼に伝えたいことがあるのです。雛見沢の……綿流しの祭りの件といえばわかるはずなのです。呼んでいただけませんですか?」

 

「大石ですね。承知しました。少々お待ちください……」

 

 受話器からは、保留音が聞こえた。やけにのんびりしたメロディが、梨花にとっては不愉快に感じられた。

 

「はいどうも。こちら、興宮署の大石です」

 

「大石!古手梨花なのです。雄星が……雄星が……!」

 

「誰かと思えば古手さんですか。落ち着いてください。一体、何があったんです?」

 

「牧野雄星が、行方不明なのです。えっと、ボクは雄星の家に遊びにきていて……祭りの準備に行くといって家を出てから、まだ帰ってこないのです。けれど、神社にいた人は昼過ぎには帰ったと言うのです」

 

 電話口の大石は、大きな声を出した。

 

「そんなまさか……!まだ何処かを散歩してるとかではないんですか?私も明日の警備のことで打ち合わせがありましたから、昼頃に神社に行きましたよ。ずっと集会場の中だったから、雄星くんとは会ってませんがね」

 

「ボクは2時間ほど村の中を探し回ったのです。雄星と出会ったと言った人は誰もおらず、祭りの設営を手伝った人たちだけが彼を目撃したと言うのですよ」

 

「……そりゃあ、穏やかな話じゃありませんね。我々警察がいる神社の周辺で犯行に及んだということでしょうか。全く、舐められたもんだ……!」

 

「とにかく、急いで捜してほしいのです!」

 

「ええ。もちろんです。くそ、今年の祟りは1日前からだなんて。そうならそうと言って欲しいもんですなぁ……!今すぐ車を何台か回します。古手さんは安全なところに身を隠していてください」

 

「安全なところ……」

 

 安全なところなんて、ない。そう答えたかったが、やめた。

 

「ええ、安全なところですよ。牧野くんが誰に、どうして狙われたのかはわかりませんが……心当たりがないこともありません。入江診療所かもしれません。牧野くんは以前から、祟りの犯人として診療所のことを疑っていた……古手さん。どうかご用心を!」

 

「は、はいなのです。……僕のおうちの周りには、ほとんど人が住んでいなくて、怖いのです。今日は、ボクは誰かのお家に泊まらせてもらいますです」

 

「そうですか、それがいいでしょうね。そうですなぁ……あなたのお友達の、園崎魅音さんなどはどうです?あの大きな邸宅であれば、どんな人間にも手出しは出来ないでしょう」

 

「……考えてみますです」

 

 小さな声で返答をした。

 

「ええ。……今の段階で、最後に雄星くんを見かけたのは一体誰か分かりますか?そこから何処に消えたか探してみることにしますよ」

 

「お願いしますです。今日、神社で祭りの設営をしていた人たちの多くが雄星のことを見かけたと言っていたのです」

 

「分かりました。まずは神社に行ってみることにします。もし何かあれば、また連絡をお願いしますよ」

 

「はい。もう切りますです」

 

「あぁ、そうだ!一つ、サプライズがあったのですが……今はそれどころではありませんね。では、ご無事を祈っておりますよ!」

 

 がちゃり、と乱暴に受話器を置く音が聞こえた。梨花は大きなため息をついて、その場に座り込んだ。

 

 くたびれた様子で、梨花は居間に体を投げ出した。

 

 警察を呼んではみたが、彼らに何が出来るのだろうか……?考えてみることにした。

 

 今までにも、綿流しの日から数日の間で警察を呼んだことはある。だが、結局自分は死ぬし、警察が頼りになったことはない。

 むしろ、大石は他の人間たちを疑心暗鬼にするばかりで、惨劇を招くことすらある。

 

 梨花は受話器を置いた後、深く息を吐いた。

 

「……サプライズ、ね」

 

 その言葉の意味を考える余裕もなかった。

 

 ただひとつ、警察の力を借りられることは確かだ。胸の奥にほんの少しだけ──砂粒ほどの期待が灯った気がした。

 

 だが次の瞬間、梨花の心の奥底から声が囁く。

 ──知っているでしょう?

 どんなに警察に縋っても、今まで一度だって救われたことなんてなかったじゃない。

 

 梨花はぎゅっと目を閉じた。この世界も、きっと同じだ。未来は変わらない。雄星も、そして自分も、もうすぐ……。

 

 そんな、絶望的な思いが胸の内を覆った。

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