雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第96話

 少年は1人、暗闇の中に身を潜めていた。

 

 外は暗い。ひぐらしのなく声だけが静かに、森の中にこだました。

 彼は、確かに手に握る、拳銃の引き金に指をかけ、何者かが通るのを待った。

 

「俺ならやれる。俺ならやれる……」

 

 ぼそぼそと、譫言のように呟いた。

 

 彼が目を覚ましたのはほんの数十分前。我慢出来ないほどの痒みに悶え、自分の喉を掻きながら、伏して、チャンスを待った。

 

 しばらくして、1人の男が通りがかる。

 

 こんな暗闇では、茂みの伏せている人間に気づけるはずもない。男はゆっくりとした足取りで、ライトを片手に持ち、周囲を捜索していた。

 

 こんな夜に、神社の裏山を歩いている、作業服の男……明らかに、堅気の人間ではない。おそらく、彼女を追う人間の一味だ。

 

 少年はチャンスを待った。そして、男が背を向けた瞬間、一気に立ち上がる。

 

「動くな!俺は銃を持っている。殺されたくなければ、両手を上げろ!」

 

 男は驚いて、声が聞こえた方にライトを向けた。その手には、彼の手には似合わない、重厚感のある大きな拳銃が握られていた。

 

「早く手を上げろ!あんたを殺したくはない。聞きたいことがあるだけだ!」

 

 少年の目は血走っていた。山狗の男は、彼のその剣幕と、手に持つ凶器に少し怯えた表情を見せた。

 

 男は、その少年が雛見沢症候群の末期発症者であることを知っていた。

 

 彼はしばらく前に、山狗によって確保された。

 長時間の尋問を経て、H173を投与をされた後、村の外れの用水路に捨てられた。発狂して事態を撹乱するか、あるいはすぐ自殺するだろうと思われた彼だったがーーぎりぎりのところで正気を保っていた。

 彼は祭りが終わる頃に目を覚まして、死の危険を顧みず、神社の方へと向かったのだった。

 

 自分に向けられた銃口を見ながら、山狗の男は思考を巡らせた。

 

 ここで意地を張る意味はない。今、自分が負け戦に身を投じていることは十分理解している。こんなことで命を失うのは、ごめんだった。

 大人しく、両手を挙げた。

 

「……わ、わかった。撃つな。これでいいだろう」

 

「片手で、腰についてるホルスターを外せ。そして、こっちに蹴ってよこせ。そうすれば、命は助けてやる」

 

 両手を挙げる男に、少年は声を荒げてそう言う。

 

 山狗も、やすやすと拳銃を落とすつもりはなかった。自分を睨みつける少年の方を見ながら、考えた。

 

 この場で、拳銃を抜いて撃ち殺すことは、おそらく、可能である。

 しかし、拳銃弾では人は即死しないことがほとんど。

 死ぬ前に、彼が手に持つ拳銃から報復の弾が放たれる。となれば、あとは銃の腕の勝負。

 戦闘職ではないとはいえ、自分は訓練を受けた身。素人に負ける気はしない。

 が、この至近距離では、相手が全弾を外すとはとても思えない。今は実践用の装備ではなく、村の作業員の格好をしている。腹部にまぐれの一発でも被弾すれば、死の危険がある。今の診療所で治療をすることは難しいからだ。

 

 仮に、一瞬で彼を殺害出来たとして……番犬部隊が出るなんて噂もある。そうなれば作戦が成功する可能性は極めて低くなる。

 自分がここで彼を殺したら、その分、後に背負う罪が重くなるだけだ。

 

 しばらく沈黙して考えた後、男は決断した。

 

「わかった。撃たないから、あんたも撃つな。……いいな?」

 

「あぁ。約束する」

 

 少年の言葉に男は頷き、ホルスターを外し、その場に置いた。

 

「まだ信用できない。その銃から離れろ。早く!」

 

 少年は震える手で握る拳銃を突きつけたまま、叫ぶようにして言う。

 山狗は、怪訝な顔をしたままでその場から後退りした。

 

 すると少年は、銃を山狗へ向けたままでゆっくりと歩いた。拳銃に近づくと……一気に走って、そのホルスターから飛び出た拳銃を拾った。

 

 それまで持っていたものを明後日の方向に投げ捨てた。そして、拾った拳銃のスライドを引いて、山狗に向ける。

 山狗は咄嗟にテーザーガンを取り出して、引き金を引こうとする。しかし、彼の人差し指は間に合わなかった。

 

「ありがとう。じゃ、さよなら」

 

 そう言って、男の体目掛けて何度か引き金を絞った。唖然とした表情のまま、男の体に無数の穴が空き、地面に倒れ込んだ。

 

 雄星は、男の死骸にしばらく銃口を向け……動き出さないのを確認した上で、頭にもう一発、鉛玉をくれてやった。頭蓋に大きな穴が空いた死体は、ぴくりと反射で動いて血を吹き出した。

 そのあとは、無惨な亡骸が血を大地に流すのみだった。

 

「魅音ちゃん……おかげで、生き延びられたよ」

 

 彼は小さくそう呟き、地面に倒れ伏した男の体をまさぐる。

 

 すぐに見つかったテーザーガンと、ベストに格納されていた拳銃の弾薬をポケットにしまった後、彼は死体を蹴って転がした。血に濡れた作業着を乱暴に剥いだ。

 

「でかいのは持ってない、か」

 

 不満げにそう呟き、血でべとべとになった男の作業着を、私服の上から羽織った。

 すっかり暗くなった山奥で、少年は1人歩き出した。

 やはり、ひぐらしだけがなき続けていた。

 

 

 

 

 時計の針が12時を過ぎて、さらにしばらく時間が経った頃だった。

 

 夜まで続いた綿流しの祭りの余韻は、もうすっかり消え失せた。

 

 神社に所狭しと広がっていた出店も、奉納演舞のためのステージも、もう撤収していた。業者に返却するために綺麗に片付けられたテントが、境内にいくつか残っているのみだ。

 

 そんな人っ子一人いない古手神社の境内に、場違いなエンジン音を響かせて、一台のワゴン車が停まった。中から作業服を着た数名の男が出てくる。

 

「……本当に、ここで宜しいので?」

 

「ええ。そうね、オヤシロ様に最も近いところにしましょう。賽銭箱の前とかね。くすくす……梨花ちゃん、少し我慢してね」

 

 鷹野の言葉に、作業服の男は顔を顰めながら頷いた。

 

 山狗も好き好んで残虐な行為に手を染めているわけではない。仕事だと割り切ってやっているだけであり、上司の残虐趣味には辟易していた。

 

 2人の男の手によって、ワゴン車の中から、拘束された1人の少女が担ぎ出される。古手梨花だった。

 

 彼女は意識を失った状態だが、その目には涙の跡がくっきりとついていた。

 山狗は気の毒そうな目でその少女の顔に一瞥をくれた。やるせない表情で神社の賽銭箱の前にその体を横たえる。

 

 ワゴン車のトランクから持ってきたロープを、梨花の手足に乱暴に巻きつける。その手首にはロープが擦れて出来た真っ赤な傷が痛々しく残った。

 

 しかし、そんなことは山狗や鷹野にとって問題ではなかった。何せ、今からもっと残虐なことをするのだから。

 

 数分で全身を賽銭箱の前に固定された梨花は、既に目を覚ましていた。口には猿轡が嵌められており、そこから声にならないくぐもった呻きが漏れていた。

 

「うぅー!うぅーっ!」

 

「くすくす……ごめんね。私たちは急いでいてね。大声を出されては少し困ってしまうのよ。とは言っても、誰がここに来たとしても、死体袋が一つ増えるだけだけど……ね」

 

 泣き叫ぶ梨花の声を聞いた鷹野は愉快そうな、しかし虚しさを感じさせる笑みを浮かべた。

 

 山狗たちは、携えたナイフで梨花の衣服を切り裂いた。梨花はすぐに身ぐるみを剥がされて、全裸になった。

 これも、鷹野の趣味の"腸流し"の準備だった。

 

「今宵、オヤシロ様の巫女によって、本当の綿流しが復活する。それを実行するのは、私。私こそが、神になるのよ……!」

 

「うう……っ!」

 

 梨花は屈辱に歯を食いしばった。気丈な態度を見せることが鷹野を楽しませていることを感じて、彼女の心にはますます怒りが募った。

 

 とはいえ、もはやどうすることもできない。梨花は、自分にだけ見える何かをじっと見つめて、少しずつ覚悟を決めていた。

 

「鷹野三佐、時間がありません。すぐに終わらせて、診療所へと向かわなければ……」

 

「そうね。手早く済ませるわ」

 

 鷹野はそう言って、手に持った鋸の様なものを天高く振り上げた。

 

 梨花は目を閉じて、歯を食いしばった。すぐに訪れる痛みに備えて。そして、この世界であったことを確かに覚えておくために。

 

 残酷なほどに明るく輝く月が、全てを見下ろしていた。

 

 ぱん。

 目を瞑り、覚悟を決めた彼女の耳に、小さな音が遠くで聞こえた。

 

 梨花は言葉にならないような痛みを覚悟したが、いつまで経っても痛みはこなかった。その代わりに、何か温かいものが体にかかった気がした。

 

 梨花は恐怖に震えながらゆっくり目を開けた。鷹野の着る服の胸の部分に、赤い汚れがあった。よく見ると、それは血のように見えた。

 

 最初、彼女は自分の頭がおかしくなったのかと思った。

 しかし、目を凝らしてみても、見えるものは変わらない。鷹野が口を開けたままその場に倒れ込み、口と鼻から血を流しているのが見えるだけだった。

 

「なに、何?何が……」

 

 鷹野は掠れた声で小さく呟いた。

 

 ぱぱぱ、と気の抜けた発砲音が何度か鳴った。

 

「緊急事態発生!繰り返す、緊急じ……ごぼっ!」

 

 周りにいた数名の人間達は、何者かの襲撃によって致命傷を受けていた。

 ワゴン車に乗ったままだった数名の男は、乱暴にバックして車道へ飛び出した。もはや、彼らに抗戦する意思はないようだった。

 

 縛られたままの梨花は動く限り首を回して辺りを見たが、もう近くには誰も立っていなかった。

 

「うーっ!ううぅー!」

 

 誰かが助けに来たのだろうか?もしかして、大石?

 

 いや、それならこんなに躊躇なく発砲しないだろう。もしや、富竹が呼んだ番犬部隊?それだったなら、もっと早く来てくれればいいのに。もっと早ければ、友人達は死ななくて済んだかもしれないというのに!

 

 そこからも、断続的に発砲音と風切り音が鳴った。一撃で人を殺しうる弾丸が自分の近くを飛んでいることを実感して、梨花は恐怖に震えた。

 

 ーーどうか自分に当たりませんように!

 

 そんなことを願う自分の浅はかさに情けない気持ちになった。

 先ほどまでは、早くこの残酷な世界から解放して欲しいとまで思っていたのに。

 生き物というのは、喜んで自分の死を受け入れる様にはできていないらしかった。

 

 誰かが土を踏み締める足音が聞こえた。その足音は、だんだん近づいてくる。動かしづらい首を懸命に動かして、その方向を見た。

 

 そこには、見知った少年がいた。

 

 見慣れないぶかぶかの作業服に身を包み、手には短機関銃と、腰のベルトには拳銃が収められたホルスターが二つ。予備の弾倉を胸ポケットに入れて、服のところどころには真っ黒になった血痕が染み付いていた。

 

「梨花……助けに来たよ」

 

 彼はそう言って、照れたような表情で笑った。

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