雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
もっと暗い話入れようかと思ってましたが、書くのが辛くなったのでやめて書き直しました
「また、この世界の入江も信じなかった。何よ、あれ……首が痒くなったりはしませんか?って……!私は何も知らない子供じゃないのよっ!」
梨花は診療所から、自分の家に帰るところだった。
日は沈み、外は暗くなりつつある。家を出てきたのは昼頃だったのを覚えていた。
梨花は、思っていたよりもずっと長い時間、診療所で話をしていた。
石ころを蹴飛ばし、憤りを隠さない彼女の姿に、時折すれ違う村人たちからも遠慮のない目線が飛ぶ。
しかし、梨花はそんなことは気にしなかった。
彼女は診療所に行き、"東京"の人間に唆された鷹野が自分の命を狙っているのだ、と告げた。ーーその反応は何とも虚しいものだった。
子供の駄々を優しく見守るように、あっさりと受け流された。
「あぅあぅ、でも、一応は調査をしてみると約束してくれましたのです。大きな進歩なのですよ」
そばに控える羽入が、悩ましげな顔で言う。しかし、梨花はむしろ逆上したように声を荒げた。
「何言ってるのよ。あいつらが調査しても、大した意味なんてない。どうせ鷹野にバレて、あっさり殺される。入江も富竹も、2人とも!それで、私は祭りの日の夜に殺されちゃうのよ。計画が早まったわね、なんて言われてね。あんたも覚えてるでしょ」
「り、梨花……」
「……それに、そうならなくったって、みんながおかしくなっちゃうしね。この世界では誰がおかしくなるのかしら。出来れば、詩音じゃないといいわね」
梨花はくたびれた顔で、ため息をついた。
「そんな言い方、良くないのですっ!一生懸命頑張れば、みんな幸せな雛見沢が……!」
「これ以上私がどう頑張ればいいのよ!教えてよ。……みんなのことは大好き。もしも助けることが出来るなら、助けたいわ。でも、どうにもならないじゃない!私が何をしても、誰かがおかしくなるし、最後には鷹野に殺されるの」
「……」
「わかってる。あんたが悪いわけじゃない……でも、もう疲れちゃった。いつまで経ってもあいつは帰ってこない。ふふ、こんなふうになるぐらいなら、あいつとも出会わなければよかった。希望なんて、抱かなければよかった……」
自嘲するように、そう言う梨花。それに対して、羽入はいつもより真剣な顔をして、まっすぐ梨花のことを見つめた。
「梨花。その、牧野雄星という男の子が今、ここにいたなら……梨花はどうするつもりですか?」
「え?」
「もしもその子がいたなら、梨花は何を頑張るのですか。何をするのですか」
束の間、梨花は言葉を失った。
「それは……分かんない。でも、一緒に頑張る。次は、あいつが家を出ていくのを引き止める。一緒にいてって、そう言う……」
「それで、辛いことを全部その子に任せるのですか。そして、自分は助けてくれるのを、ただ待つだけ?」
「……そんな言い方やめて!私が何をしたって、意味なんてないの。私はただ、長く生きているだけ。小さい体に、頭だって良くない。あんたも、よく知っているでしょう?」
自嘲するように、諦めた顔で笑う梨花。今にも泣き出しそうな顔を見て、羽入は一瞬言葉を失った。
「……違います。僕にもできることがあったように、梨花にも、出来ることがある。それが何か、分かりますですか?」
何かを期待するような顔で、羽入が言う。
「……分かんない。回りくどい言い方はやめて、教えて」
「梨花。その子が一生懸命戦った時。梨花はどう思いましたですか?」
「それは……」
梨花は思い返した。
ありがとう。その言葉だけでは足りないぐらいだった。
あいつは、私のために命を擲った。私のせいで命を落とすその瞬間まで、優しく笑いかけてくれた。
……彼が私を守ってくれるその裏で、彼はどれだけ辛い思いをしたのだろう?
今まで、考えなかったわけではなかった。でも、彼はいつも平気な顔をして、悪態をつく自分を撫でてくれた。その優しさに、甘えていたのだ。
その手の温もりを思い出すと、無性に涙が込み上げてきた。
「それだけじゃない。次は、隣に立って、一緒に戦う……」
「それで、梨花を救ってくれたその子は……梨花がこんなふうに悩んでいたら、どうすると思いますか?」
「きっと、頭を撫でてくれる。それで、元気出して、って……」
「それなら、違う世界の梨花が自分のせいで悩んでいると知ったら、どんな気持ちになると思いますか?」
「……きっと、悲しむと思う。あいつはなんでも自分のせいだと思いこんじゃうから、自分が関わったせいで私が不幸になった、なんて言うに違いないわ」
梨花は思い出した。
彼はあの時、「梨花だけでも幸せに生きて」と言った。でも私は、あの時、彼が救ってくれた命を、自分の意思で捨てた。
そんなこと、彼は望んだだろうか?もしかして私は、世界の誰よりも、彼の気持ちを蔑ろに──
「今の僕は、梨花のことを信じていますです。そしてもちろん、みんなのことも」
彼女らしくない、頼もしい顔をした羽入が、梨花の顔を見て優しく笑った。
あんたがそんなことを言うなんて、いよいよね。
いつものように揶揄おうとして、やめた。
羽入は本気で言っている。この期に及んで、情けない自分から逃げるような真似はしたくなかった。
「梨花!りかぁーっ!どこにいらっしゃいますのーっ!?夕ご飯は出来ておりましてよーっ!」
そんな時、遠くから、自分を呼ぶ声が梨花の耳に聞こえた。顔はもう涙でぐちゃぐちゃで、今更涙を隠す意味もなかったが、顔を隠した。
やがて、沙都子は梨花を見つけて駆け寄ってくる。
「沙都子……そんなに慌ててどうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもありませんわよっ!こんな遅くまでどこに行っていましたの?心配したんですのよ?ほら、一緒におうちに帰りましょう」
顔を背ける梨花の手を、優しく握った。
「梨花。梨花に悩み事があることは、私はよく分かっておりますのよ。泣かないでくださいまし」
「……沙都子。ボクは、ずっと間違えていたのです」
梨花は涙を拭き、ゆっくりと顔を上げて、頷いた。
「いつもボクは誰かに守られるばかりで、いつも待っているだけだった。でも……本当に大事だったのは、みんなと一緒に戦うこと。支えてもらうだけじゃなくて、支えることなのです」
沙都子は少し驚いた顔をしたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「それでこそ梨花ですわ。私も、梨花と共に戦いますわ!」
沙都子は何のことだかわかっていなかった。けれど、親友が悩んでいるのなら力になってあげたいという一心だった。
二人は手を取り合い、そのまま家へ帰った。
「もう夕食の時間は過ぎてしまっていますけれど……温め直しますわ!梨花は座っていてくださいまし……ほら、梨花が落ち込んでいたから、頑張ってクリームコロッケを作ったんですのよ!」
「沙都子、このクリームコロッケ……どこで作り方を習ったか、覚えていますですか?」
「え?うーんと、うーんと……」
「わからないのなら、別にいいのですよ」
「変なことを言いますのね、ほら、お茶ですわ。温かいお茶でも飲んで、一息つけばきっと落ち着きますわよ!」
沙都子は明るくそう言って、梨花にお茶を出した。そして、尋ねた。
「そういえば……梨花。昨日の夜、誰かの名前を私に聞いてくれましたわよね」
「……はい、なのです」
「"ユウ”っていう名前なら、はっきりとは思い出せませんけれど……どこかで聞いたことがある気がしますの」
梨花の胸が、強く脈打った。
「沙都子……その名前を、どこで聞いたのですか?」
沙都子は首を傾げ、困ったように笑った。
「わかりませんの。ただ……その名前を思い出した時、不思議と懐かしいような、温かい気持ちになったんですわ。ふふ、変ですわね」
梨花は息を呑んだ。
雄星のことを覚えているのは、自分だけではなかった。みんなの心の奥底で、彼は生きているのだ。
梨花は、雄星がいなくなってからのいくつかの世界を思い返した。
きっと、そのどれもで私は、その命を真剣に生きようとしていなかった。
彼がいない世界で生きていたって仕方がない。誰に頼っても意味はない。いつかツキが回ってきたら全力を出す、なんて嘯きながら。
けれど、彼はそんなことは望んでいない。
ーーまずは、一つ決心をした。
「今から、変なお話をしますです。沙都子は、笑わないで聞いてくれますか?」
「もちろんですわ。梨花が変なお話をするのは、今に始まったことではございませんもの」
揶揄う沙都子は、その口ぶりに似合わない、優しい表情で梨花の言葉を待った。
「みぃ……沙都子は酷いのです。それで、話というのは……実は、ボクたちには、ここにはいない親友がいるのです」
沙都子は神妙な面持ちで頷く。
「その牧野雄星という男の子は、僕とも、沙都子とも、他のみんなとも仲がいい、大切な友人なのです。彼は一生懸命頑張って、ボクや、みんなのことを助けてくれたのです」
「でも、ある時を境にいなくなってしまった。そして、みんなの記憶の中からも消えてしまったのです」
「……何か、他人事とは思えませんわね」
「沙都子は、こんな変な話を信じてくれますですか?」
「信じるも何も……きっと、本当のことなのでございましょう?……おかしな話だとは思いますけれど、なんだか腑に落ちましたわ。不思議なこともあるものですわね」
悩む沙都子を見て、梨花は確信した。
きっと、みんなの心の奥底には、雄星との記憶があるに違いない。
園崎家の縁側に座り、風鈴の音を聞きながら、レナと魅音は麦茶を分け合っていた。外からは涼しい風が吹き、夏の猛暑も少しはマシに思えた。
近頃自分の頭を悩ませる、父親の交際相手との問題を、魅音に一通り話し終えたレナは、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう、魅ぃちゃん。話して、気持ちが楽になったよ」
「よくこのことを話してくれたね、レナ」
魅音は笑顔で親友の肩を軽く叩いた。レナは、それに頷いて返した。
「だって……魅ぃちゃん。悩み事は、なんでも相談してみるべきだよ、って……言ってくれたでしょう?」
「うーん、私、そんなこと言ったかなぁ?……ま、とにかく!レナが話してくれて嬉しいよ」
魅音はいつも通りの調子で笑った。けれどレナは、その言葉を聞きながら首を傾げた。
ーーあれ?それを言ってくれたのは、魅ぃちゃんじゃないんだったら…誰だったかな……?
レナの胸の奥で、くすぐったいような懐かしさが広がった。
「そういえばさぁ」
魅音が話題を変えるように口を開いた。
「最近詩音がね、悟史と夏祭りでデートする夢を見たんだって。ニコニコしながら私に話すんだよ」
「えっと、詩音ちゃん……あぁ、詩ぃちゃん!双子の妹さんなんだよね。そうなんだ。デートだなんて、とっても楽しそうだねっ!」
レナの顔も自然とほころぶ。
「うん。詩音が雛見沢を堂々と歩けるようになれば、私もすっごく嬉しいんだけどね。……でも、もし実現するなら、婆っちゃに直談判でもしないと無理かもしれないなぁ」
「……」
レナはしばらく魅音の言葉を聞いていたが、ふと胸がざわめいた。
その言葉通り、園崎家に直談判するなんていう、命知らずな真似をする人のことを、どこかで聞いたような気がする。
誰かが、確かにそうしてくれたような。
「もしもそんなことがあったら、私だって詩音の味方だよ。悟史も沙都子も、梨花ちゃんもレナも。みんなで婆っちゃと戦うんだ。婆っちゃはあれでいて子供に弱いからねぇ、きっと許してくれるはず。それでーー」
魅音の脳内にも、いつか経験したことのように、いろいろな風景が思い浮かんだ。
園崎家の地下室。部外者が入ることは叶わない、最奥の広間に、部活メンバー7人が集結して、婆っちゃと園崎家の悪弊に立ち向かう。……あれ?7人もいたっけ。
変な顔をする魅音に、レナが言う。
「それで、帰り道に魅ぃちゃんのお母さんが揶揄ってくるんだよね!」
「あ、ははは……そうだね。私の娘を君にやるーっ!なんて言ってね!」
自分たちが何の話をしているのか、レナにも魅音にもいまいち分からなかった。しかし、2人とも、ある種の共通認識があることは感じていた。
思い出そうとすると霧がかかったように遠のいてしまう。
けれど、彼は確かにそこにいた。自分やみんなにとって大切な、彼の記憶が、静かに目を覚まそうとしていた。
「本日の部活動は、もともと予定してた麻雀……ではなくて、トランプーっ!恐悦至極、悪逆非道の大トランプ大会っ!」
「魅ぃ、意味が全然わかんないのです……」
次の日、部活メンバーたちは部活動の雛見沢分校に集まっていた。
夏休みの期間中なので、校舎の中に人はほとんどいない。グラウンドには何人かの子供たちがボール遊びをしているところで、賑やかな声が教室の中まで聞こえてきた。
「うふふ、魅ぃちゃんは久しぶりの部活で張り切ってるんだよ。ねっ?」
「それなら、なくなってしまった麻雀牌をしっかり探しておいてくださいまし。魅音さんがイカサマに使うために隠したままなのでございましょう?」
「えっへへー!まーね!沙都子はよくわかってるね」
「褒めてはおりませんことよっ」
何故か照れたような顔の魅音に、沙都子が呟く。みんな、声をあげて笑った。いつもと変わりない、部活動の風景だった。
「魅ぃ、今日はトランプを使ったゲームの提案があるのです」
「おー、梨花ちゃんがゲームの提案だなんて珍しいね。なになに?」
「変則ジジ抜きというゲームなのです。ルールは……」
意を決した表情の梨花。その言葉に、皆の雰囲気が変わった。少しの間沈黙が生まれて、何かに気づいたように、各々の目線が交錯した。
「レナ、聞いたことあるかも。ルールはジジ抜きだけど、ジョーカーを入れるんだよね」
梨花の説明を待たずに、レナが言う。
「そうそう。それで、ジョーカーはどのカードとでも組み合わせが出来るんだけど──」
魅音がそれに補足し、
「使った上で負けると、ペナルティがあるんでしたわね」
得意げな顔の沙都子が締める。
「みんな……知っているのですか?」
「知ってるも何も……やったことがあるような気がするね」
魅音が、ニヤリと笑って言った。
「うん。私たちの共通のお友達がいて、みんなでやったような……」
「梨花。このゲーム、誰に教わりましたの?」
全員の頭の中に、薄らと名前が思い浮かんだ。
「それは──」