雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第99話

「雄星、ゆーせいっ!起きてください、なのですっ」

 

「……?」

 

 その声が聞こえてすぐに、これは夢だろう、と思った。

 夢だと分かる夢──明晰夢というやつだ。

 

 明晰夢というのは、見やすい人間がいるらしい。そして、人によっちゃその夢の内容をコントロールできるとか。ま、夢なんてものは自分の頭の中で起こっている記憶処理というんだから、当然なのかもしれない。

 

 夢を見ていることを実感するのは、大抵おかしなことが起こっている時。それが、現実的に考えればおかしい、と感じて夢に気づく。

 

 今だってそうだ。俺の目の前に宙に浮いている女の子がいるんだから、これは夢に違いない。

 

「あっ!やっと聞こえたのですね!こんばんはなのです」

 

 優しい笑みを浮かべてふわふわと浮かぶ少女。羽入だった。俺は軽く手を挙げて挨拶をした。

 

「あぁ、こんばんは。羽入、元気してた?」

 

「ええ、ええ!とっても元気なのですよ。雄星が甘いものを梨花に食べさせてくれるので、僕もとってもハッピーなのです」

 

「そっか。一つの食べもので2人喜んでくれるんだったら、お得だね」

 

「そうなのです、そうなのです。だから、梨花にもっと甘いものを食べさせるべきなのですよっ!」

 

 ふんすふんす、と鼻息荒い羽入。あんまりやりすぎると、梨花ちゃんが糖尿病まっしぐらだ。

 と、どうでもいいことは置いておいて……これは多分、俺が緊張してると思って、アイスブレイクのために笑い話をしてくれてるんだろう。

 

 だが、こんなことを話すために俺に干渉しているのではない気がする。早速、何の用事なのか聞くことにした。

 

「ねぇ、今日はどうして俺に声をかけたの?」

 

「あぅあぅ……もう本題に入っちゃうのですか……?いつも話せない分、僕もこんな時ぐらいは雄星とおしゃべりしたいのですよ」

 

 寂しそうな上目遣いで、こちらを見つめる。可愛い。

 

「そう?別に、いつでも話しかけてくれていいけどね。毎日俺の夢に出てきてくれても……いや。それはちょっと恥ずかしいけど、羽入が暇なんだったらそうしてくれてもいいよ?」

 

「あぅあぅ、でも僕みたいな存在に毎晩語り掛けられたら、その……」

 

「俺は話しかけられたら嬉しいタイプだから、安心して。それに……羽入みたいな可愛い女の子に話しかけられて嫌な気になる奴はいないよ」

 

 俺がそう言うと、羽入は黙ってしまう。

 

 変なことを言ってしまっただろうか?羽入が神妙な表情になったので、俺は笑って誤魔化した。

 

「雄星は……この、僕の角を変だとは思わないのですか?」

 

 いつもの無邪気な顔ではなく、真剣な顔で羽入はそう言う。その手は、自分の頭にある大きな角を指していた。

 

 その雰囲気の変化に気づいて、俺も真剣に答えた。

 

「うん。むしろチャーミングなぐらいだよ。……寝る時大変そうだな、とは思うけどね。ねぇ、そのままだと寝返りとか打てないよね。タオルケットとか巻いてるの?」

 

「ふふふ、そんなことを聞かれるとは思わなかったのです。それは乙女のひみつ、なのですっ」

 

 羽入は安心したような顔でうふふ、と笑った。可愛い。俺の周りに可愛い子が多くて、困る。

 

「そっか。なら仕方ないね。今は梨花のことでちょっと大変だけどさ、これを無事に乗り越えたら俺の夢に出てきてよ。梨花の親友なんだったら、俺も仲良くしたいしね」

 

「あぅあぅ!僕も、仲良くしたいのです。何だか雄星とは相性が良いのか、あんまり力を使わなくても言葉を伝えることが出来るので助かるのです」

 

 相性……相性か。羽入は不思議な存在だから、今更驚くようなことでもないか。

 

「ふーん……相性とかあるんだね。その、力ってのを使ったらどんなことが出来るの?」

 

 俺がそう言うと、羽入は待ってましたと言わんばかりに胸を張って返した。

 

「ふふん、よくぞ聞いてくれましたのです。今でこそ力を失いつつありますが、全盛期の僕は本当に凄かったのですよ?人々に加護を与えてあげたり、物理的に世界に干渉したり……そうそう、かつてはボクも実体を持っていたのですよ。えっへん!」

 

「そうなんだ。今は梨花にしか見えないんだもんね。寂しいよね……じゃあさ、どうしたら羽入は力を取り戻せるのかな?」

 

「あぅあぅ……僕のことを信仰してくれる人がもっと増えたら、それが力になるかもしれませんです。でも、それは今のところ夢のまた夢なのです……」

 

 と、困ったような顔を見せる。

 

「そうかな?ま、俺に任せてよ。俺も梨花には世話になってるしね……古手神社を再興してみせるよ!知ってるかもしれないけど、俺は未来から来たんだ。そこにもこの村とよく似た村があって、観光客でとっても栄えてるんだよ。いつ、それほど繁盛するようになるかはわかんないけど……俺も頑張るよ!」

 

 ただの思いつきだが、俺がぺらぺらと喋ると羽入は機嫌を良くした。

 

「あぅあぅ!梨花は古手神社をあんまり大事に思ってなさそうなのに、全く雄星は見上げた若者なのです。僕が加護を与えてあげますですよ!」

 

 羽入は嬉しそうに笑った。本当に俺の言葉を信じてるかはわからないが、俺の言ったことは冗談というわけではなかった。

 

 この村には……まぁ、痛い目も見せられてるが、前の世界ではできなかった様々な体験をさせてもらってる。園崎家の皆さんには感謝もしてるし、全部ひっくるめて、ちょいプラスぐらい。

 

「ありがとう。梨花も神社のことは大切にしてると思うけどね?えーとそれで……本題は何だったのかな?」

 

「あぅあぅ!おしゃべりに夢中で忘れてしまっていたのです。あぅあぅ、えーと、えーと……そうだ!僕が言いたいことは、一つなのです」

 

「一つ……それは?」

 

「雄星はもっとみんなのことを信じるべきなのですっ!」

 

 俺はその言葉にちょっと拍子抜けした。でも、羽入の熱い視線から目を逸らすことは出来なかった。

 

「雄星は、口ではみんなを信じているというけれど、それは嘘なのです。きっと、梨花や沙都子のことだって本当に信じてはいないのです」

 

 さっきまでのほんわかした口調ではなく、大人が子供に説教をするように、間違いを優しく教えてあげるように、羽入はゆっくりと俺に伝えた。

 

「いや、そんなことは……」

 

「雄星が1人で行動をするのは、みんなのことを大事に思っているからこそなのです。でも、自分だけで何でも出来ると考えるのは思い上がりに過ぎないのです」

 

 全てを知っているように語る羽入に、俺は何も言い返すことがなかった。

 

 明日か明後日まで入江さんか富竹さんから連絡がなければ、彼らのところへ1人で向かっていたかもしれない。

 

 俺たちが抱えている事情を誰かに相談しない理由は、しても意味がないと心のどこかで思っているからだ。

 

 ……だって、みんなは子供だ。話して、何とかなるとは思えない。

 

「確かに雄星は、色んなことを知っています。未来から来たというのも、僕は疑っていません。だけど僕は、他のみんなのことだって同じくらい頼りにしているのです」

 

「……信じたのに裏切られるのが一番辛い。僕だってその気持ちが分からないわけではないのです。でも、友達から悩みを打ち明けられず、どうすれば力になれるか考えているみんなの気持ちもわかってあげてほしいのです」

 

 羽入の言葉には、不思議な説得力があった。見た目は可愛い女の子だが、謎の包容力というか、深みのようなものがあるのだ。

 

「……ありがとね、羽入。君との話で、色々と気付かされたよ」

 

「はいなのです。……そろそろ目を覚ます頃なのです。また、お喋りできるのを楽しみにしていますです!」

 

 羽入はそう言って小さく手を振った。俺も、手を振り返した、

 

 

 

 

 ぴんぽーん!家のチャイムが鳴らされた。俺はその音で目覚めた。

 

 何だか聞き覚えがある気がして、俺は奇妙な感覚になった。デジャヴというやつで、ついこの前にもこんなことがあったような……そんな違和感を感じたのだ。

 

 目覚めて、梨花を探す。梨花は、台所で料理をしてくれているところだった。

 

 俺が目を覚ましたことに気づいた梨花は、こちらへ走ってくる。

 

「ゆーせい!ゆーせいっ!」

 

 梨花は、寝転んだ状態の俺に覆い被さるようにして、抱きついてくる。いつもと違うその様子に、流石に驚いた。

 

「ど、どうしたの?梨花……」

 

「どうもこうもない!……怖い夢を見ていたの。みんなが死んでしまって、私は一人で取り残されて……!」

 

 いつも冷静を気取っている、彼女らしくない、取り乱すような様子だった。

 

「わ、わかった。しばらくこのままでいよう。落ち着くまで、ね」

 

「うん、うん……気持ちの整理がつくまで、こうしていさせて」

 

 梨花はそれっきり黙って、俺にしがみついたままになった。俺はされるがまま。彼女の涙で、俺の服の胸元が濡れた。梨花の頭を、優しく撫でた。

 

 ぴんぽーん!そこで、無粋な音が、もう一度鳴り響いた。

 梨花はそれを無視した。まだ、このままがいいらしい。

 

 なら、仕方がない。膝の上で眠る猫を起こせないように、胸にしがみつく梨花を引き剥がすことなんて、俺には絶対に出来ない。

 

「……ずっと、待ってた。ずっと待ってたの……二度と、離れないで……」

 

「うん。どこにも行かないよ」

 

 梨花は、まるで猫がそうするように、頭を押し付けてくる。信頼の証なのは分かる。なんだかくすぐったい。

 

 ぴんぽーん!もう一度、玄関のチャイムが鳴る。

 

 梨花は、ちょっとムッとした顔になった。

 

「もう……!きっとみんなね。……行きましょ」

 

 梨花は俺の胸から離れる。俺も立ち上がって、玄関先へと向かう。

 

 閉まっている玄関の扉を見て、俺はまた既視感に襲われた。俺は不安に駆られて、梨花の方を見た。

 

「梨花……」

 

「開けるわよ。……どなた様なのですか?」

 

 彼女は、何も気にせずドアを開けた。

 そこには、心配そうな顔をしたレナちゃんと魅音ちゃん、それに圭一がいた。

 

「お邪魔するよ……ってあれ?あー……」

 

 魅音ちゃんは、俺と梨花を交互に見比べた。そして、レナちゃんに目を向ける。レナちゃんはふるふる、と首を振った。3人とも、気まずそうな顔で言葉を失った。

 

 考えてることは何となくわかる。俺と梨花が2人でいるところを訪ねてきて、邪魔してしまったのではないかと感じたに違いない。

 

「もしかしなくても、お邪魔しちゃったみたいだね?私たちはこれで……」

 

「あー、いいよいいよ。こんな夜に誰かと思ったけど、どうしたの?」

 

 申し訳なさそうな顔の3人を引き留めて、要件を聞く。

 

「えっとね、実は梨花ちゃん達に倣って、レナと魅ぃちゃんと、圭一くんでお料理教室をしてたの。それで、お裾分けしに回ってたんだよ」

 

「俺もちょっと手伝ったんだぜ。せっかくだから、食べてくれよな!」

 

 確かに見てみれば3人は何かの包みを持っていた。多分、それがお裾分けなんだろう。

 

「そっか。じゃあ、ありがたくいただくよ。さ、上がって!」

 

 みんなは微妙な顔になったが、俺が促すと家に上がり込んだ。

 

「梨花ちゃん、お料理中だったんだね。いやぁ、邪魔して悪いね」

 

 魅音ちゃんは恐る恐るという様子で梨花に聞く。梨花は、珍しいぐらいの仏頂面で応えた。

 

「もうすぐ終わるところだったので、別に気にしなくていいのですよ。あとは盛り付けだけなのです」

 

「そっか。なら、レナたちが持ってきたものも一緒に食べてねっ」

 

 3人は結構本格的なおかずをいくつか持ってきてくれていた。それらも食卓に並べ、ありがたく頂くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 3人は居間に座った。

 魅音ちゃんがレナちゃんに目配せをした。突然、真剣な表情になって魅音ちゃんが言い出した。

 

「ところでさ、2人には何があったの?」

 

「え?何がって……」

 

「これだけ長い付き合いだからさ。流石に気づいてるよ。2人に何かがあったこと。ユウのことだから、きっと大変なことなんでしょ?学校じゃ言えないかもしれないけど、ここならどう?」

 

 いつもの魅音ちゃんなら、茶化すような口ぶりで言うであろうセリフだ。しかし今の彼女は、真剣な眼差しで俺のことを見つめた。

 

「……」

 

 俺は何も言えなくなった。

 

「梨花ちゃん、雄星くん。本当のことを教えて。私たちは、2人の力になりたいの」

 

「ユウがいつも言ってるでしょ?悩みがあったら相談してほしい、って。今言わなくていつ言うのさ。どんな事情を抱えてるかは知らないけど、私たち部活メンバーが手を組んで、乗り越えられないことなんてないんだよ!」

 

「梨花ちゃん、雄星!俺たちのことを信じろ!どんな困難だって、俺たちが助けてやる。約束するっ!」

 

 さっきの、羽入の話を思い出した。……信じるか、信じないか。俺の心は、決まっていた。

 

 俺は梨花の方を見た。梨花は、戸惑いながらも、頷いた。俺も、その目を確かに見て、頷く。

 

 覚悟を決めた様子の梨花は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……わかったわ。全てを話す……私の話を少しでも聞いたら、今更引き下がれないわよ。覚悟は出来てる?」

 

 梨花は可愛らしい口調をやめて、真剣な表情になる。3人はそれに突っ込んだりはしない。長い間梨花と過ごしていれば、普段の可愛らしい口調の時が彼女の全てであるとは誰だって思わない。

 

「もちろん。この園崎家次期当主、園崎魅音!親友の危機に見て見ぬ振りなんてしないよ!」

 

「私も。2人には本当にお世話になってる。私も、力になりたいの!」

 

「当たり前だろ。こっちはあの恐ろしい罰ゲームを乗り越えてんだ。いまさら怖いもんなんてないぜ!」

 

 

 

「……みんなには、全てを話しますです。でも、ボクたちの友達はここにいる4人だけじゃないのです」

 

 梨花はそう言って不敵に笑った。つまり、俺たちの友達全員に話したいということだろう。

 

 

「そうだね。じゃあ、今からみんなを呼ぼうか?」

 

「うん。遅い時間だけど、きっとみんな来てくれるよ!」

 

 レナちゃんはそう言って、俺の家の電話へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「梨花ちゃんが、謎の組織に命を狙われてる!?」

 

 俺の家に駆けつけた沙都子と悟史くん、詩音ちゃん。全員を居間に招いて、梨花はゆっくりと事の真相を語った。

 

 少し窮屈な部屋の中、皆は一様に複雑な表情で沈んでいた。

 

 無理もない。何の変哲もない田舎の村に、どうして政府の秘密結社の危険があるというのか?想像もつかないだろう。

 

「馬鹿みたいな話に聞こえるのはボクだって百も承知なのです。でも、本当のことなのです……」

 

「梨花ちゃまの言うことだし、私だって信じてあげたいです。でも、この村にそんな不審な人間がいたらバレバレです。正直、信じられないかな……」

 

「詩音。僕は梨花ちゃんの言ってることに、心当たりがあるよ」

 

 詩音ちゃんの言葉に、悟史くんが待ったをかける。

 

「えっ?悟史くん、どうしたんです?悟史くんが何でも信じやすいのはわかりますけど、これはいくらなんでも……」

 

「詩音も知ってるよね。ユウに危害を加えた僕たちの叔母や、交通事故にあった僕たちの母親はまだ見つかってない。僕は昔から、この村の裏には、何かが潜んでると思ってたんだ……」

 

 悟史くんが、ゆっくりと、しかし確信を持った声で言う。

 

「その通りなのです。"東京"がやったことは、この村では全てオヤシロ様の祟りだと言って疑問に思われない。その理由は……」

 

「園崎家の仕業だと思われるから、ってことですか。ふん、本当にそんなのがいるなら、良い度胸です。何でもかんでもウチのせいにされちゃ、たまったもんじゃないですよ!」

 

 詩音ちゃんも、悟史くんの話を聞いて、少し納得しつつあるらしかった。

 

「詩音、知ってるだろうけど、園崎家は失踪には何の関わりもない。梨花のお父さんが病死されて、母さんが失踪された時、婆っちゃは必死に探してたんだよ」

 

「ええ、知ってます。でも、こんな村のどこに悪い奴らが隠れてるって言うんです?」

 

「村の人間のふりをしているのです。みんなには覚えはないですか?ダム戦争が始まった頃ぐらいに村に現れて、今では受け入れられている人たち……」

 

「梨花ちゃん、まさか……入江診療所だって言うの?」

 

 魅音ちゃんの言葉に、梨花は無言で肯定の意を示した。普段から入江さんにお世話になっている悟史くんなんかは、立ち上がって驚きの意を示した。

 

「そんなっ!監督はそんな人じゃない。何かの間違いだよっ!」

 

「そう。入江はむしろ、ボクの味方なのです。でも、入江診療所も一枚岩ではないのですよ」

 

「ってことは……鷹野さんが?あの人が、一体何のために梨花ちゃまを殺すなんて言うんです?」

 

「その説明をするためには、雛見沢症候群という病についても話さなくてはならないのです」

 

「雛見沢、症候群……」

 

 レナちゃんが小さく、繰り返した。

 

「雛見沢症候群は、この雛見沢村にだけ生息できる微生物が原因で起こる精神疾患なのです。詳しい理屈はボクには分からないのですが、とにかく脳に何かの作用を起こして、その人を疑心暗鬼に駆り立てるのです」

 

「そ、そんな病気聞いたことないですけど……お姉は?」

 

「私だって知らないよ。でも……そういう人間に、何人か心当たりはある」

 

 魅音ちゃんは、小さな声で呟く。魅音ちゃんの心当たりは、きっとダム戦争の時のことだろう。ダム戦争の時の大人たちは、明らかにまともな精神状態じゃなかった。今では落ち着いている人たちの多くが、当時は苛烈な人間だったのだ。

 

「私とにーにーも、もちろん心当たりはありましてよ」

 

「僕たちの叔母は、多分その病気にかかっていたんだろうね。その……ユウに危害を加える前の半年間ぐらいは、明らかに正常じゃなかった。もっと昔、僕たちが小さい頃には僕たちのことを可愛がってくれていたのを覚えてる」

 

 沙都子と悟史くんも、悲しい顔をして言う。彼らはいろいろな場面で、雛見沢症候群に苦しめられている。

 

「そ、その病気があると何だって言うんだ?」

 

「入江診療所の本当の名前は、雛見沢症候群を研究するために出来た、"入江機関"なのです。だからこそ、この村には不釣り合いな良い設備が整えられている……そしてボクは、その雛見沢症候群の研究に欠かせない人間なのです」

 

「梨花は、"女王感染者"と言って、雛見沢症候群の発症者の、リーダー格的な存在なんだよ。もしも発症した人間だとしても、梨花の近くにいれば症状が緩和される。だけど、女王感染者が死亡した場合、罹患者たちは急性発症に陥る……」

 

 梨花が少し言いづらそうな顔をしていたのを察して、俺が言う。急性発症という聞きなれない言葉に、皆はいまいち意味がわかっていない様子だった。

 

「急性発症っていうと……」

 

「みんなの病気のレベルが跳ね上がり、最悪の場合……村の人たちがお互いに殺し合うような事態に陥ると言われているのです」

 

 梨花が、ゆっくりと言う。信じてもらえるかどうか不安そうなその顔を、みんなが注視した。

 

「そんな!そんなこと、あり得るんです!?」

 

「梨花だって入江診療所でそう言われただけなんだ。とにかく、この雛見沢症候群ってのは政府の秘密機関が何かしらの意図を持って研究してる、ヤバい病気なんだよ」

 

「確かに、そんな病気を意図的に引き起こせたら……軍事的に利用する価値がある。そう思う人間がいたっておかしくないね」

 

 魅音ちゃんが言う。

 

 最初は疑われていた梨花の話も、今となっては真実のものとして受け入れられつつあった。

 

「それで……どうして梨花ちゃんは殺されるんだ?」

 

「そこはボクたちも完全に分かっているわけではないのですが……入江診療所は政府による資金援助を基に活動をしているのです。しかし、最近になってその援助は打ち切られてしまった。研究員である鷹野はそれに大きなショックを受け……自分の人生を賭した研究を、自らの手で終わらせようとしているのだと思いますです」

 

 鷹野さんがそんな凶行に及ぶ動機は、正直なところあまり理解出来ていない。富竹さんや入江さんたちも、鷹野さんの行動を理解出来ているわけではない。

 俺だって鷹野さんには世話になった。この話が全て全くの嘘であれば、そんなに嬉しいことはない。

 

「……動機の部分はまだ分からないけど、入江さんと富竹さんはこれを現実的な話だと認めた。みんなに話して、これが全部嘘だったら後で笑ってくれて良いんだ。でも、しばらくは俺たちのことを信じて欲しい」

 

 俺がそう言うと、みんなは少し顔を見合わせて考えていた。

 その空気に耐えかねてか、梨花が遠慮がちに言った。

 

「みんなを巻き込んでしまって、申し訳ないと思っているのです。でも、ボクを助けて欲しいのです……」

 

 その中で、立ち上がって声を上げてくれる人もいた。意外にも、悟史くんだった。

 

「僕はユウの言うことを信じるよ。ほら、圭一も信じるでしょ?友達が秘密組織に命を狙われてるなんて、男の子なら一番燃えるシチュエーションだしね」

 

「あ、あぁ!その通りだぜ、悟史!雄星も、こんなことを隠してただなんて水臭いぜ。お前だけに良い格好させるかよ!」

 

 圭一も、その悟史くんの言葉に負けじと返した。

 

「にーにー!圭一さん!信じてくれると思っていましたわ!」

 

「もちろんだっての!俺たちが信じなくて誰が信じるってんだ!」

 

 圭一は沙都子を安心させるようにそう言った。

 彼の心に躊躇があるのは感じ取れた。しかし、俺は圭一を信じることにした。

 

 圭一は勢いよく周りを見回した。誰か疑ってるやつはいるか?いないよな!そんな意図を感じた。

 

「あ、ありがとう……みんな。信じてくれて、ありがとう……!私と一緒に、戦ってほしい。みんなが助けてくれたら、きっと私はこの運命に打ち克つことができると思う!」

 

 梨花は、強くそう言い切った。みんなも、それに頷いた。

 

「くっくっくっ……この雛見沢で、我が部を無視してこんな悪事を働こうとはね。きっちりケジメをつけてもらわないといけないねぇ!さ、今からは作戦会議だよ。もっと知ってることを聞かせて!」

 

 それから俺たちは、外が真っ暗になっても作戦会議を続けた。

 

 魅音ちゃんの戦略に、レナちゃんの分析力。沙都子のトラップに、圭一の説得力。詩音ちゃんは冷徹な観察眼を持っているし、悟史くんも柔軟な考えを持ってる。入江さんにも接触しやすい。

 

 大人ぶっていた俺と梨花では出てこないような発想で、みんなは俺たちの敵を打ち破る方策を考えてみせた。

 

 たとえ1人では出来ないことだったとしても、俺たちが力を合わせれば、可能になる。俺は全てをみんなに打ち明けて、話し合って、初めて羽入の言葉の本当の意味を理解したのだった。

 

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