『呪われし幸福 ― 因幡の系譜 ―』   作:夕神 仁

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「生きたい」と願った声を、ただ護るだけでは救えない。

だからこそ因幡幸は、伊吹酒々井と共に夜を駆け、星漿体・天内理子を救い出すため“理の外”へ踏み込む。

銃声が響く夜、凍りついた時間の中で交わる祈りと祈り。

運命を越えるための小さな一歩を、共に見届けてください。


第8話『願いは理の外へ』

 

夜の東京都内、薨星宮(こうせいぐう)の礼拝堂。

 

その重い扉の向こうで、小さな命が「生きたい」と祈っていた。

 

その祈りの糸を辿り、夜空を切り裂く霧と共に二つの影が到達する。

 

伊吹酒々井の赤髪が夜風に揺れ、腕の中の因幡幸の胸で、白い火が脈打っていた。

 

 

「着いたぞ、小さき願い手よ。」

 

酒々井の低い声が夜の冷気に溶ける。

 

幸は夜気を胸いっぱいに吸い込み、震える手をぎゅっと握った。

 

(お母さん……見てて、わたし、やるから。)

 

(怖い……でも――今、行かなきゃ。)

 

 

礼拝堂の奥。

 

夏油傑が理子に最後の問いをかけていた。

 

「星漿体としての運命、どうする?」

 

理子は微笑みを浮かべていた。

 

「私、やっぱり――」

 

その時だった。

 

夜気が裂ける音と共に、殺意が降り注いだ。

 

伏黒甚爾の指が引き金を引く。

 

パン――!

 

銃声が夜を割く。

 

 

その瞬間、時が止まった。

 

黒い霧が砕け散るように広がり、白い光が夜の闇を裂いた。

 

空間がねじれ、弾丸の軌跡が凍りつく。

 

 

「……間に合ったのう。」

 

酒々井が金色の瞳を細め、牙を覗かせて笑う。

 

「やれやれ、この程度で済ませられるなら、わしも少しは救われるわい。」

 

隣で、幸の胸の火が「バチン!」と火花を散らした。

 

痛みが走る。

 

しかしその痛みは恐怖ではなく、決意の証だった。

 

(この瞬間だけでも――あの子を救う!)

 

 

幸は踏み出す。

 

時の止まった礼拝堂の中へ。

 

理子が笑顔で振り返った、その瞬間に時間が止まっていた。

 

頬に涙の跡が残っている。

 

(怖かったね……でも、大丈夫だよ。)

 

幸はそっと理子の手に触れた。

 

その瞬間、理子の胸から微かな光があふれ、幸の胸の火と絡まり合った。

 

 

「生きたい……まだ、生きたい……」

 

その祈りが確かに届いた。

 

 

「理子ちゃん。」

 

声が、時の止まった空間に響く。

 

理子の瞳がわずかに動き、視線が幸を捉えた。

 

(……誰……?)

 

「大丈夫だよ。わたしが、連れて行く。」

 

 

その瞬間、領域が展開される。

 

黒霧と白光が混じり合い、夜空を覆い尽くす。

 

幸の「祈り」と、酒々井の「忘却」が重なり合う時、世界の理から外れる空間が生まれる。

 

撃たれるはずだった弾丸は消え、

 

伏黒甚爾の存在が霧の向こうで霞む。

 

 

夏油の目がわずかに開き、奇跡のような現象を見つめていた。

 

だがその記憶は、まるで水面の泡のように弾けて消え去った。

 

 

「行くぞ、小さき願い手よ。」

 

酒々井が手を伸ばす。

 

幸は理子の手をしっかりと握り、うなずいた。

 

「うん……!」

 

 

光が収束し、音が戻る。

 

銃声は虚空へと溶け、夜風だけが礼拝堂を吹き抜ける。

 

理子の姿は、その場から消えていた。

 

 

「……あれ、私……?」

 

理子は夜空の下、街の灯りが点のように瞬く高所に立っていた。

 

自分がどこにいるのかも分からず、けれど確かに生きている。

 

幸が笑顔を向ける。

 

「生きてるよ、理子ちゃん。」

 

理子は涙を流しながら、笑った。

 

 

夜の街に、一筋の風が吹き抜けた。

 

その風は冷たかったけれど、

 

確かに、三人の頬を温かく撫でていった。

 

その風が遠くで待つ朝の気配を運んでいた。




お読みいただきありがとうございました。

護られるだけの命ではなく「生きるための祈り」を掴むため、幸と酒々井が理子の運命に干渉した夜。

その行動は、一瞬の奇跡でありながら確かに世界を変える始まりでもあります。

次回は、“理の外”に連れ出された理子が見る世界と、失われたはずのものをめぐる新たな物語を描く予定です。

また次の夜でお会いしましょう。

理子ちゃん助けたいですか?

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