世界が知らぬまま終わった夜がありました。
救われた命と、忘れられたはずの笑顔。
理が敵になるなら、それでも“救いたい”と願った小さな祈りが、
確かにひとつの未来を繋ぎました。
『呪われし幸福 ― 因幡の系譜 ―』
理子救出編、ここに完結です。
「この夜のことを、誰が覚えているだろうか。」
夜明け前の空は薄い群青で、その奥で星が一つ、また一つと消えていった。
高所のビルの縁に、伊吹酒々井と因幡幸が立っていた。
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赤髪が風に揺れ、金の瞳が夜の残滓を映す。
幸は胸の奥で脈打つ火を感じていた。
(終わったんじゃない。ここから、なんだ。)
怖さも、不安も、消えたわけじゃない。
でも、もう立ち止まらないと決めたから。
(お母さんがくれたこの目で、わたしは見届ける。)
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「おにさん。」
「なんじゃ、小さき願い手よ。」
「私、忘れないから。」
酒々井は目を細め、牙を覗かせて笑った。
「うむ。それでこそ、お主じゃ。」
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あの夜、礼拝堂で起きたことを誰も知らない。
黒霧と白光が重なり合い、世界の理がひび割れた。
撃ち込まれる弾丸が止まり、祈りが現実を書き換えた。
その中で――
天内理子は救われた。
ただしその代償として、世界から“認識”されることを失った。
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街が明るみ始めた頃。
理子は夜風が流れ込む部屋で膝を抱えていた。
机の上のぬるい缶ジュースには水滴が伝い、
カーテンがわずかに揺れている。
(どうして私は、生きているんだろう。)
学校では友達が笑いかけ、
「おはよう!」
数分後、また笑顔で「おはよう!」と繰り返される。
店員も笑顔で対応し、すぐにまた「いらっしゃいませ」と言った。
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(忘れられるのは、怖い。)
(でも――)
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あの夜の光景だけは鮮明だった。
あの中で少女が手を握り、「大丈夫だよ」と言ってくれたこと。
あの笑顔だけは胸の奥で温かく灯っていた。
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夜風が吹き抜ける部屋で、小さく呟く。
「……ありがとう。」
その声は誰にも届かないはずだったのに、
「礼は要らぬ。」
静かな声が闇を割った。
振り返ると、伊吹酒々井が黒霧をまとって立っていた。
その隣で、幸が小さく笑っていた。
「理子ちゃん、生きててよかった。」
理子は泣き笑いになりながら、頬の涙を拭った。
「ありがとう……。」
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高所のビルの縁で夜明けを待つ。
「これで終わりじゃない。」
幸が呟く。
「ここからが始まりじゃ。」
酒々井が金の瞳で夜明けの空を見つめる。
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(この街で、誰も覚えていなくても――)
(私が、忘れない。)
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その頃、高専の屋上。
五条悟が夜空を見上げる。
灰色の雲が薄まり、青が少しずつ滲み出してくる。
「変な夜だな。」
隣で夏油傑がジュースを口に含む。
そのとき夜風が吹き、霧の匂いがほんの一瞬鼻を掠め、
首筋に冷たい感覚が走った。
(何かを忘れている……)
思い出そうとするたび胸が温かくなる。
理由を探すたび、指の間から零れていくような感覚だけが残る。
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「変な朝だな。」
夏油が笑う。
「ああ、ほんとにな。」
五条も笑った。
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夜が終わる。
その夜、祈りは記録されなかった。
誰も覚えていない。
けれど、その夜、一つの命が救われたことだけは確かだった。
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「でも確かにその夜、
世界は小さな祈りを抱えながら――忘れることもできず、
小さな夢を見ていた。」
ご覧いただきありがとうございました。
“護られるだけの命”ではなく、“生きるための命”を取り戻す物語。
世界が忘れ去っても、ひとりでも覚えている者がいれば、それは生きている証になる。
幸の祈りが、酒々井の力が、そして理子の「生きたい」という願いが繋がり、
理を超えて救われたその命は、また新しい物語へと繋がっていきます。
次回からは**“理の外で生きる理子”が歩む日常編、
そして世界の“理”との再接触編**へと物語は進みます。
またお会いできることを楽しみにしています。
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