願いを抱いた小さな歩みの先で、世界の理を視る“六眼”が動き出す。
最強の術師・五条悟、護る鬼・伊吹酒々井、そして願い手・因幡幸。
この夜、交わることのなかった存在たちが交わり、
一つの火花が未来へと繋がっていく。
“護りたい”と願う小さな祈りが、
“護る”ために在る存在と繋がる夜の物語です。
夜の高専は静かだった。
霧が低く漂い、外灯の灯りが滲んでいる。
風が冷たく、冬の気配が張り詰めた空気を揺らしていた。
(夜の匂いは、変わらんのう。)
伊吹酒々井は歩を進める。
赤い髪が風に揺れ、霧がその足元を撫でていく。
夜霧は酒々井の領域であり、棲家でもあった。
この霧の中でなら、音も匂いも“嘘”を吐けぬ。
(さて、六眼の若造……いや、あやつももう“年若い”とは言えんか。)
(六眼の視線は、隠せぬ欲も偽れぬ理も見透かす。厄介な眼よのう。)
足を止めると、校舎の影に男が立っていた。
白髪、無造作な髪、黒い目隠し。
六眼の使い手――五条悟。
「ん? 君、誰?」
片手をポケットに入れ、飄々とした声で笑う。
その態度の奥に潜むのは、底知れぬ“力”の匂い。
「伊吹酒々井じゃ。」
「ほう、鬼が名乗るとはね。」
五条の目元が笑っているのが分かる。
「で、鬼が高専に何の用?」
酒々井は霧の中から一歩踏み出す。
「頼みがあってのう。」
五条は面白そうに肩を揺らす。
「僕に頼みごとする鬼ってのも珍しいね。」
「……この世界に、“救うべき命”がおる。」
「その命を繋ぐために、わしは“準備”をしておる。」
「その準備に、お主の協力が必要なのじゃ。」
五条はポケットから手を出し、頬を掻いた。
「救うべき命ね。……鬼が救いなんて言うとは。」
「わしら鬼は“欲”の化身じゃ。」
「欲の果てに“救い”を求めることもある。」
「それを笑うなら笑え、五条悟。」
霧が夜気を揺らす。
五条は黙り込み、夜空を見上げた。
「……その“救うべき命”ってのは、子ども?」
「ああ。まだ小さき願い手じゃ。」
「この先、呪術師の理とは別の道で生きる子じゃ。」
五条は鼻を鳴らし、視線を酒々井へ戻した。
「僕に何をしろって?」
酒々井の金の瞳が夜灯に反射して光った。
「家入硝子殿に話を通してほしい。」
「その子が呪霊と対峙し、術式の火で己を傷つける時が来る。」
「その時、その子を癒してほしい。」
「呪術師の理で動くのではなく、“生きる者”として救ってやってほしい。」
五条は顎に手を当てて笑った。
「……面白いこと言うね、君。」
「僕は“最強”だけど、その子を守る約束はできないよ。」
「けど――」
目隠しの奥で、その瞳が光ったような気がした。
「硝子には話を通しておく。」
「彼女も、君の言う“救う”ってやつには興味があるだろうし。」
酒々井は小さく笑った。
「礼を言う。」
「一つだけ聞かせてよ。」
五条は両手をポケットに戻し、歩き出しながら振り返った。
「君はその子を守るために動いてるのか?」
「それとも、欲のために動いてるのか?」
夜風が吹いた。
霧が渦を巻き、赤髪が揺れた。
「どちらもじゃ。」
酒々井は笑った。
「その子を救うことがわしの“欲”であり、その欲がその子を救うことにもなる。」
「わしは鬼じゃ。欲を隠すつもりはない。」
五条は肩を揺らして笑い声を上げた。
「――そういうの、嫌いじゃないよ。」
「それでええ。」
酒々井は踵を返し、霧の中へと消えていく。
「この夜は冷えるのう。」
霧の奥で、五条の笑い声が遠ざかっていく。
「またね、鬼のおじさん!」
酒々井は歩きながら空を見上げた。
群青の夜空に、一番星が瞬いていた。
(小さき願い手よ。)
(お主の道は、必ず護る。)
(その笑顔が消えぬように――)
霧が夜の街へと溶けていった。
酒々井の背中を風が撫でる。
胸の奥で「パチン」と火花の音が鳴った気がした。
それはあの小さき願い手が灯す火の音と同じで、
酒々井は小さく笑みを浮かべた。
お読みいただきありがとうございました。
この第3話では、幸の祈りを支える鬼・酒々井と、
最強の呪術師・五条悟が交わる“夜の霧”を描きました。
護るために在る者と、護りたいと願う者。
二つの想いが交わるその瞬間こそが、幸ルートの未来へと繋がる大切な一歩です。
次回【間章 第4話『母の眼、娘の眼』】では、
母と娘の絆、祈りと愛が交差する静かな夜を描きます。
理子ちゃん助けたいですか?
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