本日は 【間章『祈りの渦へ』】 をお届けします。
小さな願いが、いつか世界を変える祈りへと繋がる。
そんな“始まりの夜”を、静かに描きました。
主人公・因幡幸が「祈る」ということを選ぶ、その小さくも大切な決意。
この物語を通して、皆さんの心にも小さな火が灯れば幸いです。
間章『祈りの渦へ』
その夜、眠れなかった。
怖い夢を見たわけでも、どこか痛むわけでもないのに、胸の奥がずっとぐるぐるしていた。
熱くて、苦しくて、泣きたくなるのに、不思議と怖くはなかった。
思い出すのは、あの夜のこと。
裏山の祠で出会った“鬼”――赤い髪、金色の瞳で笑う影。
「願えば、叶うぞ。その代わり、お前が引き受けるのじゃがな」
その言葉の意味は、まだよくわからない。
でも、あの夜から、自分の中に“なにか”が棲みついている気がしていた。
その“なにか”が、今、静かに揺れている。
布団の中で小さく体を丸め、呼吸を整えようとする。
でも、息を吸うたび胸の奥が熱くなり、吐くたびに冷えた夜気が頬を撫でていく。
障子の向こうで虫の声が鳴き、遠くで犬の声が微かに響く。
夜は深く静かで、世界が寝息を立てているようだった。
だけど自分だけが、その世界から置き去りにされている気がした。
「……なんで、眠れないんだろ……」
自分に問いかけても、答えは返ってこない。
目を閉じても、胸の奥で何かがかすかに揺れ続ける。
その時だった。
声がしたわけじゃないのに、確かに響いた。
たすけて
いやだ
しにたくない
こわい
でも、生きたい――
「……っ」
思わず布団の端をぎゅっと握りしめる。
涙がじんわりと滲むのに、不思議と怖くなかった。
「……どうして、こんなに……かなしいの……?」
夜風が障子を揺らし、月明かりが差し込む。
赤い髪が月光をはじき、金色の瞳が夜を映す。
伊吹酒々井がそこにいた。
「感じるか、小さき願い手よ」
その声は夜の静けさに溶けて、それでいて焚火のようにあたたかかった。
「強くて、深くて、時に歪む。それが“祈り”じゃ。見えるか、世界が」
幸は、こくんと頷く。
胸に流れ込む“誰かの想い”は、泣きたくなるほど熱くて、それでいて大事なもののように思えた。
息を呑む。
目を閉じると、見える気がした。
泣いている誰か。
怖がっている誰か。
それでも――生きたいと願う誰かの声。
「……助けたい」
呟いたその声は小さくて震えていた。
だけど、指先は迷わず夜へ向かって伸びていた。
「……助けたい。だけど……私なんかに、できるのかな……」
酒々井の瞳が細まり、金の奥で赤が淡く滲む。
夜風が障子を鳴らし、月光が揺れる。
「くく……さてな、小さき願い手の“欲”のままに」
その声は優しく、それでいて試すようでもあった。
その瞬間、幸の肩から力が抜け、小さく息を吐く。
伸ばした手の先で“誰か”の涙に触れた気がした。
触れられたわけじゃないのに、それでも確かにそこにいた。
泣きながら、それでも生きたいと願う声があった。
「……もう一度、まじないを使いたい。わたし、もう一度……」
その瞬間、胸の奥に小さな灯がともる。
指先まで熱が広がる感覚がした。
でもそれは苦しくも痛くもなく、むしろあたたかかった。
夜は、深かった。
それでも、その夜だけは違った。
世界はまだ知らない。
この夜、一人の少女が“祈り”で世界に手を伸ばしたことを。
その火は、小さくてか細い。
けれど確かに、そこにあった。
そして今も、消えずに静かに燃えていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
『祈りの渦へ』は、本編へと続く“祈りのはじまり”の物語です。
夜の静寂の中で感じた小さな痛みと、怖さよりも強い“助けたい”という想い。
幸がこれから歩む道は、決して簡単なものではありませんが、
その一歩が確かに未来へ繋がると信じています。
感想・ブクマ・評価など励みになりますので、お気軽にお寄せくださいね。
次回【間章『祈火(いのりび)』】もお楽しみに。
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