『呪われし幸福 ― 因幡の系譜 ―』   作:夕神 仁

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眠れない夜の続きの話です。

前回の『祈りの渦へ』で世界中の“願い”を感じ取った幸が、今度はその中でもひときわ強く、切実に輝く“生きたい”という願いに触れます。

小さな灯火が胸に灯る夜。まだ小さいけれど、その火は確かに未来へ繋がるはずで――。

幼き幸の決意の始まり、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。



間章『祈火』

いつの間にかまぶたが重くなり、夜の静寂に溶けるように眠りに落ちた――

 

 

 

 

 

 ――熱い。

 

 まるで胸の奥に火が灯ったような、それでいて泣きたくなるような、奇妙な熱だった。

 

その夜、布団の中で小さく丸くなっていた因幡幸は、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

暗いはずの視界は、白く霞んでいた。

 

 

 

――夢だ。

 

 けれど、それはただの夢ではなかった。どこか現実のようで、けれど世界の輪郭が曖昧に揺れている。夢の中、幸は見知らぬ廊下を歩いていた。白く、長く、先が霞んで見えない。誰かが、向こうに立っている。小さな肩を揺らして、目を伏せて。

 

 「……いやだよ」

 

 その声は震えていた。少女のようだった。

 

 「……生きたいんだ、あたし……まだ、いきたい……」

 

声が、幸の胸に刺さる。見たこともないはずのその子の姿が、なぜだか、とても近くに感じられた。

 

 幸は歩み寄ろうとする。けれど、廊下の床が、ぐにゃりと歪む。

 

 ──これは、夢じゃない。

本能が告げていた。

 

 

 

そのとき。

背後に、ふわりと夜霧のような気配が現れる。

 

「小さき願い手よ」

 

 

 

 

背後で声がした。

 

振り向くと、赤い髪と金の瞳を持つ鬼――伊吹酒々井が立っていた。

 

夜の衣をまとい、月明かりのように柔らかく、けれどどこか異質な気配を纏っていた。

 

夜の霧のように柔らかく、どこか冷たく。

 

でも、その瞳だけは優しかった。

 

 

 

 「願いの奔流。祈りの渦。世界を焦がすほどの強き“想い”。──あの子のそれは、異質じゃ。まるで……」

 

 言葉を切り、酒々井は天井を見上げた。

 

 「まるで、抑止の理をも灼き切る“火”のようだ」

 

幸は、目の前に立つ少女に目を戻す。

 

 泣いていた。誰にも届かないまま、ただ生きたかったと叫ぶように。

 

 ──どうして、そんなに泣いてるの?

 

 幸の小さな手が、そっと伸びる。

 

 まだ届かない。でも、その手は迷わなかった。

 

 「……助けたい」

 

言葉を零した瞬間、胸の奥が熱くなった。

 

ずくん、と音がするほど痛くて。

 

吐き気が込み上げ、意識がぐらりと揺れる。

 

 

 

「……う、あ、っ……!」

 

 

 

苦しくて、苦しくて。

 

でも、それでも。

 

 

 

「わたし……あの子を、助けたい……!」

 

その瞬間、胸の奥で火が灯った。

 

小さな灯火が、夢の中の白い廊下を照らす。

 

 

 

「……くく、良いな、誠に欲深い」

 

酒々井の声が遠くで笑う。

 

けれど、その声はどこか誇らしげで。

 

 

 

夢が崩れる。

 

白い廊下が砕け散る。

 

目を開けた時、幸はうっすらと汗をかいていた。額に手を当てた母が、心配そうに覗き込んでいる。

 

 「熱……出てるみたいね。風邪かしら」

 

 幸は小さく首を振った。

 

 「ううん……ちがうの。これはね……」

 

 言葉の続きを、幸は飲み込んだ。

 

 今はまだ、うまく言葉にできない。ただ一つ、胸に刻まれていた。

 

──あの子を、助けたい。

 

 それは、最初の“選択”だった。

 

 彼女が、世界に抗う決意をした、その始まりの夜。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

“願い”を感じ取るだけだった幸が、初めて「助けたい」と自分の意志で手を伸ばし、火を灯す。

これが彼女の物語の第一歩であり、世界に抗う“選択”の始まりでもあります。

次回からは、彼女がこの夜に触れた“願い”に向き合っていく物語が始まります。

良ければ次話もお付き合いください。

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