「普通に生きたい」――その小さな祈りは、春の風に乗り、夜風に溶けて。
そして夜明け前の縁側で、小さな祈火を灯した少女の胸を揺らします。
今回は理子視点で“生きたい”と願う祈りの物語をお送りします。
教室の窓から春の風が吹き込んでいた。
天内理子は頬杖をつきながら、前の席で笑い合う友達を見つめていた。
笑顔の輪の中で、自然に笑える自分でいたいと思った。
(……もうすぐ、この日常が終わるんだ)
頭ではわかっている。
自分が“星漿体”であること。
もうすぐ“天元”と同化しなければならないこと。
「……バカみたいだよね」
小さな声で、自分だけに聞こえるように笑った。
その笑みが、震えているのがわかった。
本当はもっと、こうして笑っていたかった。
友達とふざけ合って、授業を抜け出して、屋上でジュースを飲んで。
どこにでもいる“普通の女の子”として、生きていたかった。
でも、それは叶わない。
もうすぐ終わる“普通”だと、知っているから。
前の席の友達がこちらを振り返り、笑顔を向けてくれる。
「理子、また放課後ゲーセン行こーね!」
「……うん、行こっか」
笑顔で返した。
でも、その声が小さく震えたことに、自分でも気づいていた。
⸻
夜。
制服のままベッドに座り込み、理子は膝を抱えていた。
カーテンがひらりと舞い、月の光が一瞬だけ差し込む。
夜風が肌を撫で、頬に貼りついた涙を乾かしていった。
「……生きたいよ」
声に出した瞬間、胸の奥が痛くなった。
「まだ死にたくない……もっと、笑っていたいのに……」
「普通に生きたいだけなのに……どうして……」
涙が止まらなかった。
枕を抱きしめ、声を押し殺して泣いた。
誰にも聞かれないように、必死に泣いた。
(五条先生……夏油先生……)
護ってくれている二人の顔が浮かんだ。
二人がいるから、私は今、生きている。
でも、この先に待っているのは“終わり”だけだ。
“護られているけれど、救われてはいない。”
「護られている間は生きていられる。でも、その先は……誰も救ってくれないんだ。」
月の光がカーテン越しにわずかに揺れる。
夜風が吹き込み、また涙を乾かしていく。
⸻
「生きたい……」
最後に残ったのは、その言葉だけだった。
胸の奥で小さな灯が揺れているように感じた。
泣きすぎて熱くなった頬に、夜風がそっと触れる。
その風の中で、微かに、誰かの声が聞こえた気がした。
泣き声のようで、祈りのようで。
「……誰か……いるの……?」
問いかけても、部屋は静かなままだった。
でも、その時。
理子の“生きたい”という祈りが夜風に乗り、
夜明け前の縁側で、
小さな少女の胸の火を揺らしたことを、
理子はまだ知らなかった。
その祈りが、世界を少しずつ変えていくことになるとも、まだ知らなかった。
読んでくださってありがとうございます。
第2話は呪術廻戦 星漿体編IFルートで、天内理子視点から“生きたい”という願いの切実さを描きました。
本編で語られなかった「護られているけれど救われてはいない」という想いを、祈りとして世界へ放つ理子の姿を伝えられていたら嬉しいです。
次回は再び幸視点に戻り、祈りを拾った少女が街へ歩き出すお話となります。
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