『呪われし幸福 ― 因幡の系譜 ―』   作:夕神 仁

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星漿体として「生きたい」と願った少女の祈りが、夜風に乗って届けられた。

それを拾っただけでは救えないと知った小さな“祈り手”は、初めて“助けたい”と強く願う。

その想いは、世界の理に挑むための小さな火種となり――。

今回は幸と酒々井の“覚悟”の回です。


第3話『幸と鬼』

 

夜が明けきる前、まだ冷たい風が縁側を撫でていた。

 

因幡幸は、その場に座り込み、小さな手を胸の上で握りしめていた。

 

胸の奥の火が、夜風に揺られていた。

 

 

 

(わたし……このままじゃ、ダメだ)

 

理子の声がまだ耳に残っていた。

 

泣きながら、それでも「生きたい」と願う声。

 

その声を拾っただけで、助けられるわけじゃない。

 

ただ感じて、涙を流して、それだけで満足なんてできない。

 

 

 

(あの子を……助けたい)

 

 

 

小さく息を吐いたそのとき、気配が降りる。

 

 

 

「迷っておるのう、小さき願い手よ」

 

 

 

赤い髪が朝の光に淡く照らされる。

 

金色の瞳の“鬼”、伊吹酒々井がそこにいた。

 

 

 

「おにさん……」

 

 

 

呼びかけると、酒々井は口元を緩めた。

 

 

 

「救いたいのか?」

 

 

 

幸はうつむき、小さく頷く。

 

「うん……助けたい。でも……どうすればいいのかわからない」

 

 

 

「お主は、あの子の“祈り”を拾った。それだけで十分ではないのか?」

 

 

 

「十分じゃないよ」

 

胸の奥の火が強く脈打つ。

 

「護られてるだけじゃ救われないって、あの子の祈りが言ってた……」

 

「護られるだけの命なんて、生きてるって言えないよ……」

 

 

 

幸の瞳が潤む。

 

「わたし……わたしは、“生きたい”って願うあの子を、本当に生きさせてあげたい」

 

 

 

酒々井の目が細められ、朝の光がその瞳の奥で揺れる。

 

「だが、それは“理”を越えることになる。あの子は星漿体、天元と同化する運命じゃ。それは世界の均衡のために必要とされておる」

 

 

 

「それでも……」

 

幸は顔を上げ、酒々井の金の瞳を見つめ返した。

 

「わたしは、助けたいんだ」

 

声が震えた。

 

でも、その言葉には迷いがなかった。

 

 

 

しばし沈黙し、風に揺れる髪をなびかせながら、

 

酒々井はくくっと笑う。

 

 

 

「……よいのう、小さき願い手よ」

 

 

 

その声はどこか嬉しそうだった。

 

 

 

「お主が本気で願うのなら、その願いの強さ次第で“因果”に干渉できるかもしれん。お主が持つ“まじない”は、呪いと同じでありながら、それを超える力じゃ」

 

 

 

「……“理”を変えられる?」

 

 

 

「可能性はある」

 

酒々井は淡く笑った。

 

「だが、その代償は重い。お主の命、魂、運命、全てを差し出す覚悟が要る」

 

 

 

幸は拳を強く握った。

 

胸の火が熱く、苦しく、でも暖かく灯る。

 

「それでも、いい。わたし、覚悟する」

 

 

 

酒々井は満足そうに目を細める。

その金色の瞳は、朝の光に淡く揺れていた。

 

「ならば、その“欲”のままに進め。お主が望むなら、ワシは力を貸そう」

 

 

 

「ありがとう、おにさん」

 

幸は小さく笑った。

 

 

 

その笑顔は、幼い少女のものなのに、

 

どこか、大人びて見えた。

 

 

 

朝の光が縁側を照らし、

 

小さな手の中で、祈りの火が揺れていた。

 

それはまだ、小さく頼りない灯火だったけれど、

 

確かにそこに在り、

 

世界を変えるための決意の証だった。

 

 

 

その灯火が、この世界の理に挑む小さな狼煙になることを、

 

幸はまだ知らなかった。




読んでくださってありがとうございます。

第3話は幸が「助けたい」という想いを“覚悟”へと変える、大切な回でした。

護られているだけでは救えない命を、本当に生かすために。

世界の理に挑む決意を固める小さな少女と、それを見守る鬼。

次回、第4話では“世界の抑止”が動き始め、彼女たちの前に最初の試練が立ち塞がります。

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引き続き、よろしくお願いいたします!

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