でも“救う”と決めても、どうすればいいのかわからないまま夜が明けました。
それでも幸は、あの子に会うことを選びます。
これは「願い」と「祈り」が初めて交わる朝。
小さな狼煙が、世界に灯りはじめる物語です。
夜明けの街を、春の冷たい風が駆け抜けていく。
伊吹酒々井の腕に抱えられながら、因幡幸は高いビルの屋上に立っていた。
空は群青から白へと変わりゆき、街の灯りがひとつずつ消えていく。
吐く息が白く揺れ、指先がかすかに震えていた。
その視線の先、朝の光に黒髪の少女が歩いていた。
星漿体――天内理子。
その名も、その祈りも、もう知っている。
でも今日、初めて「彼女に会う」のだ。
胸の火が脈打つ。
⸻
(あの子の祈りが、こんなに近くで響いてる……)
風が通り過ぎるたび、祈りの糸が空気に混じり、幸の胸に絡みつく。
昨日までなら、その熱に押し潰され、足がすくんでいたかもしれない。
けれど、もう迷わない。
今日は――声をかけると決めてきたのだから。
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「冷えるのう。」
酒々井が小さく笑い、視線を理子へ向ける。
「行け、小さき願い手よ。」
「……うん。」
幸は息を吐き、震えを抑えるように拳を握る。
酒々井に抱えられ、ひと跳びで屋上から路地へ降り立つ。
アスファルトが朝露で湿って光り、風が運ぶ花の香りが鼻をかすめる。
遠くで鳥の声がかすれ、旗が風に鳴る音がした。
世界が目覚める音がするのに、胸の火は焦げつくように熱い。
⸻
(まだ死にたくない……もっと、普通に生きたい……)
昨日聞いた声が蘇る。
祈りの声は変わらず、細く、震えていた。
でも、それは確かに生きたいという祈りで――
だから幸は、前へ進むしかなかった。
⸻
(わたしが動けば、世界が敵になるかもしれない……)
そんな恐れが一瞬、胸をよぎる。
けれどすぐに打ち消す。
(それでも……わたしは、あの子を助ける。)
⸻
学校の裏門近くへ辿り着くと、制服の裾が風に揺れるのが見えた。
理子だった。
笑顔を浮かべながら歩いている。
でも、その笑顔の奥で泣きそうな声が聞こえた。
その瞬間、胸の火が強く脈打ち、風が小さく渦を巻いた気がした。
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歩み寄ると、理子がこちらに気づき、目を見開く。
黒髪が朝の光に揺れ、瞳がわずかに潤んで光った。
そして――
「おはよう!」
声が弾んだ。
でもその声の奥で、かすかに震える涙の音が響いた。
理子は笑顔を向けながら、
なぜか胸が少しだけ温かくなるのを感じていた。
理由はわからない。
けれど、その温もりが怖さを少しだけ遠ざけてくれるような気がした。
⸻
「おはよう……」
声が震えた。
でも、笑顔を返せた。
その瞬間、理子の祈りの糸が幸の“まじない”と絡みつく。
⸻
(わたし、あの子を助ける……)
⸻
理子は笑顔を向けて、
「またね!」
と軽く手を振った。
門をくぐり、学校へと歩き出す。
幸は立ち尽くしたまま、その背を見送った。
(きっとこれが、彼女に会える最後の日になるかもしれない。)
そう思った瞬間、胸の火がごうっと熱を増した。
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「おにさん……繋がった、よね……?」
酒々井は笑みを浮かべ、赤髪を風に揺らす。
「繋がったぞ。お主の“まじない”と、あの子の祈りはな。」
⸻
胸の火が揺れる。
その火はまだ小さく頼りなかった。
けれど確かに、世界を変えるための狼煙になりつつあった。
風が吹き抜ける。
夜の残滓を洗い流すように、朝の光が街を照らしていく。
その光は白く、冷たくて、それでも温かかった。
⸻
その光の中で、小さな祈りが確かに灯っていた。
それがやがて、理すらも変える炎になるとは、
この時まだ誰も知らなかった。
お読みいただきありがとうございました。
幸と理子が“初めて直接会う朝”でした。
この作品では“救いたい”と“生きたい”が出会い、祈りが繋がる瞬間を大切に描いています。
理子の願いを拾った幸が、これからどのように世界の理へ立ち向かっていくのか。
そして、その祈りがどのように世界を変えていくのか。
ここからいよいよ“理子救出編”本格始動です。
次回もよろしくお願いいたします。
理子ちゃん助けたいですか?
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