胡蝶の夢、或いは不労所得の夢   作:nyasu

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目は瞼を閉じればいいが、耳は何を閉じればいい

新しい新居のベランダで、私の手元には美味しくもない紙タバコが紫煙を上げていた。

ベランダの手摺に重い胸を乗せて、少し乗り出す。

電子タバコにしてから、どうにも紙の強い香りが苦手に感じる。

吸い過ぎて敏感になってるんだろうか。

 

「逆か……」

 

吸っていても分かるくらいには強烈で、吸わなくなったことで戻っただけか。

だから鈍くて丁度良かった物が、不快に感じる。

要はこれも慣れと言うものなんだろうな。

 

「燃えたな……」

 

強烈な香り、濃いタールの味、鼻と喉を通る煙のヒリつくような感覚。

全てが久しぶりで、すごく不快だ。

日も出てない早朝、肌寒い気温は、3月にしては春を忘れさせるくらいには痛い程に寒い。

 

「日の出だ……」

 

ゆっくり顔を出した温かい自然光の中で、スマホの人工光がチラつきながら通知を知らせてくる。

ただの画像がまるで音を伴うかのように、鬱陶しくて音のない騒音が画面から飛び出すのだ。

忘れるように、いや、忘れたいがために酒を煽る。

君はなぜ酒を飲むと言われて、忘れるためさと言ったのは誰の言葉か。

 

燃えるかなと思ったが、想定はもっと小火だった。

みんな炎上には慣れてたし、私も慣れてた。

だから、そんな燃えないだろうなと思ったのだ。

だって配信はしてないし、呟いただけだ。

 

病院に行く日は、何を着たらいいのか分からない。

そろそろ薬がなくなるから行かないといけない。

いや、そろそろなくなるから、こんなことをしでかしたのか。

ダメだ、何でもかんでも悪いことと自分を結びつけてしまう。

思考がとても、支離滅裂だ。

 

「そっちだったかぁ~」

 

グイッと、左手に持ってたスマホを置いてグラスを煽る。

右手に持ってた紙タバコは、灰皿に押し付けて火を消した。

スマホの通知は、どうせSNSだ。

 

私を燃やしてるのは、私をなんか急に支持していた女達だ。

女と言っても、ネットフェミニストとか言う層だけどね。

私のリスナー、マイメンと名付けた奴らも反応してたけど、そっちは賛否両論だ。

 

私の同人誌を、どう解釈したのか、私にはない読解力で、性を売り物にしている等と揶揄された。

要するに数ある同人誌の中からエロ同人誌を引き当てた訳だ。

まぁ、エロを売りにしてるそれは性的搾取だとか言うのは問題ないとは言えんが、関係ないとは言えない。

 

でも、まさか活動開始からの発言や呟きから引用してきてまで叩いてくるとは思わなかった。

嬉々として煽るリスナーも、流石にマジかよってドン引きするくらいには、久しぶりに大炎上していた。

私の発言が女性蔑視だとか、表現の自由を理由にロリキャラを使って児童ポルノを助長するのはどうかとか、配信で歌って踊ったりして、歌ったり踊ったり配信活動で嫌な思いをしてきた人を軽視しているとか。

 

蔑視も何も女の自分が女について語ってんだからいいだろ、あとロリじゃねぇよ、最後に至ってはそれでも配信しろよ。

とはいえ、女の敵は女とは良く言ったもので、この時代の自称フェミニストさんは過激だった。

まぁ、SNSの影響力が増してきて目立つようになったと言える。

 

「引退説とか謝罪会見とか噂されてるなぁ……」

 

女優が焼酎のCMで歌ったら、あざとくて鬱陶しいとか炎上。

報道番組のCMで当たり前のことなのにやろうって言ってる政治家は遅れてるって意味で、ジェンダー平等とか掲げるのは時代遅れと言ったら、女性のことを考えてないって炎上。

CMを取り消して、謝罪文の流れ、同じようになんじゃないのなんて囁かれてる。

 

 

 

病院に行く格好は白いワンピースだ。

あまり着飾った格好、なんだか気が進まないからだ。

香水も口紅も、アクセサリーも付けれない。

 

炎上に気付いたマネージャーからの連絡、今日は予定があるから終わったら連絡すると返信する。

タクシーで乗り付けた病院は様々な人が行き交う。

共通している事は、身体に何か悪いものがあるということ。

でも、表面上は何も問題なく見える人もいる。

あるいは、身体を悪くしているというのは私が捉えた一面的なもので、ただ付き添いとか見舞いとか、健康な人なのかもしれない。

 

自動ドアはこちらの意思とは関係なしに勝手に開く。

通ると分かっているから、そこに意思は介在しないのだ。

病院に来ているのだから、診察なしに薬を貰えないものだろうか。

そこに医師が介在しないシステム性を求めてはいけないだろうか。

 

システムと言えば、病院の診療もシステマチックだ。

静かな待合室で、電子掲示板、受付、診察室。

全てのものに裏の意味がある。

 

ゆったりとしたソファや観葉植物、暖かい色合いは無機質さをなくして患者を落ち着かせる役割だったり、番号を割り振って番号で呼ぶのは個人名を使わないで刺激しないため、受付が美人なお姉さんは男性の威圧的なイメージを与えないためだろう。

診察室の時間も決まっている、依存させないためなのと、心を割くには限界があるからだ。

 

そう考えたら医者と配信者は似ているかもしれない。

形のない時間と心、寄り添うには限界がある、だって一人だから。

だから、その時間だけ寄り添う事は出来ても、その時間の分だけしか心を割けないのだ。

 

「あっ……」

 

番号が呼ばれる。

名前でないことに少しだけほっとする。

ふと、タバコや酒の匂いがしないか気になった。

診察前に言うべきだろうか、どうして飲んでしまったのだろう。

 

「どうぞ……どうしましたか?」

「あっ、はい……」

 

考えがまとまる前に、席に座ることを勧められる。

医者は、先生は前のカルテを見ながら少し考える。

何度か通った医務室なのに、慣れない景色、まるでこの部屋は入るたびに初めましてと挨拶してくるようだ。

 

「お酒……」

「はい?」

「お酒を、飲酒をしましたね?」

「少しだけ……匂いますか?」

「いいえ、でもやはり飲んだんですね」

「えっ……」

 

思わず硬直して先生を見る。

先生は何もなかったかのように、カタカタとパソコンに何か入力する。

今、私のことカマかけたのか?

 

「タバコは続けてますか?」

「いいえ」

「喫煙歴、なかったはずですよね」

「…………」

「大丈夫です。よくある事ですし、言いたくない事はあると思います。タバコやお酒を飲んだのは、通院が不安だったからですか?」

 

不安、だったんだろうか。

自分でもどうして飲んでたのか、なんで吸おうと思ってたのかは分からない。

 

「分かりません」

「感情的になるような出来事は、なった事でもいいです。もしあれば」

「最近は、ありません」

 

カタカタと、いつもの定期的なタイピング音がする。

音のしにくい、メンブレンやパンタグラフにしないんだろうか。

 

「では、仕事でよくやれたとか、失敗したとか、そういうのは?」

「失敗なら」

「その時、どう思いましたか。もうダメだとか、それともまだ次があるとか」

「やってしまったなと」

 

これは、診断なんだろうか。

いつもの世間話にしては、実に問診形式であった。

 

「診断結果というのは、すごく多面的で、個別出来る物ではないということは理解してもらえますか?」

「病名ということですか」

「そう捉える方もいますが、個人的には人間の傾向と考えています。パーソナリティでもいい」

 

逃げ道のように、パソコンの画面には色々な病名が載っている。

これという診断結果に固定しないためだろう。

 

「極端な結論の出し方、感情的になりやすい、一時的な虚無感、自罰的な傾向、パーソナルな問題だ。そう、病気じゃない」

「病気じゃない?ここは大学病院ですよ」

「あぁ、いえ、語弊があるな。癖でもいい、治る……体質のようなものです」

 

病名というには、酷く曖昧な説明だった。

仮にこの病名だとして、あくまで当てはまりやすく決定付ける物ではないと言う。

決定付けるには、人によっては怒るからリスキーなんだろう。

 

「それで、処方箋は」

「薬は、あまり、オススメ出来ません。酒とタバコもだ、貴方はその、依存性が強いタイプなので……向いてない」

「貰えないということですか?」

「段階的に、量を減らしていきましょう。貴方の抱える問題は、環境の……」

「改善ですか?人間関係や生活習慣の」

「調整ですね、改善というほど今の状況は悪い風に捉えなくてもいいんです……次の通院の予定を決めましょうか」

 

事務的に進められる予約手続き、私も従うように身体が動いて対応する。

でも、私の中では次の通院は行かないというのが決定事項だ。

新しい病院探さないとな。

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