75万人。
すごい数だ、上澄みも上澄みとも言える。
ただ、企業VTuberとしては感覚が麻痺してくるがそれくらい普通に行けるんじゃないという空気感も感じる。
演者というよりも、リスナーからだ。
事務所が群雄割拠していた時代を生き残り、異なる方向性で伸び、今じゃVTuber関連といえばツースリーかフォローのどちらかを知ってる人がいるのが当たり前になってきた。
まぁ、当たり前の界隈というのはVTuberの配信を見る人達にとっては、という話だ。
スタートダッシュさえ良ければ、これから上がる株に投資するように、有名企業にいるからというだけで注目されてリスナー登録される。
今から卒業しますと言って、個人勢として新しくチャンネルを作ったとして、同接の1万人くらいしかリスナーは着いてこないんじゃないんだろうか。
もっとあるかな、まぁ、それもこれも過去の知名度からだろう。
それこそ転生なんかして名前なんか変えてみたら、どうだろう。
最近、チャンネル登録者数の伸びが鈍化している。
登録増加ペースというか、新規の流入がないというか、プラットフォームのアルゴリズムは再生数らしいのを初心者向け配信者の解説動画で見たりした。
理由は分かってはきている。
単純に面白くないからだ。
私が未来の知識を使って、後は狙ってないけど炎上して、企業バフも乗っけて、積み上げてきた数字。
でも未来の知識を有効活用出来なくなってきたし、燃えても界隈的にいつものことだから目立たなくなってスルーされるし、企業バフも大体の人が登録してくれていて新規は多分いないんだろう。
「なんだかなぁ……」
自分が数字なんか気にしたりする理由に心当たりはあった。
企業というデカいバフを失って、それでも再出発する人間を目の当たりにして、そしてそんな人物に言われた言葉が響いてるのである。
今風に言うなら刺さったとか、かな。
「私がやりたいことか」
腹減ったなと、冷凍庫から冷凍うどんを取り出して鍋にぶち込んで水を入れる。
そのままIHの電源を入れて、椅子に座った。
深く、深く、体重を背もたれに預けるように、無駄に広い部屋の無駄に高い天井を見る。
泡銭で建てた部屋で、1人手抜きの昼食を食べる今の私は何してるんだろうか。
やりたいことってなんだろう。
金持ちになりたかったんだろうか、それならもう叶ってしまっている。
もっと根源的な所から突き詰めないといけない。
「俺の最期はなんだ」
きっと、私の原点はその時に願った事なんじゃないんだろうか。
俺はいつ、どこで、死んだんだろうか。
そもそも、本当に俺という存在はいたのだろうか。
ただ、自分が見た未来の情報を架空の男性を生み出して納得する形にしてたんだろうか。
別に死ぬほどブラックだった訳では無い。
年間の残業は500くらいで怒られてたけど、鬱や療養休暇を使うような奴でも無かった。
ただ、不労所得は欲しかった。
でも、こんなのは俺だからじゃなくて、みんな欲しいはず。
高いウイスキー、美味い食い物、欲しかった香水、服は女物だが、欲しい物は手に入る。
昼間に酒飲んだり、風呂はいったり、好きなだけ寝たり、ダラダラテレビ見たり、時間もある。
俺のやりたかったこと、夢ってのは、もしかして不労所得の夢なんだろうか。
なら、俺ではなく私がやりたいこと、夢っていうのは……
「わぁ!やばい、吹きこぼれてる!ちょ、あぁ、濡れ布巾で、鍋どけなきゃ!」
ピーピーと無機質なIHの止まった時の音が響く部屋で、慌てて掃除を始めるのだった。
伸びきったうどんに生卵を入れただけの昼食を取ったら、周年記念ライブのリハのために外に出る。
なんだかんだ、来月の8月には2018年デビューの私は3周年を迎え、4年目に突入する。
正確には2年と11カ月くらいだけど、細かいことは誤差である。
「本日はよろしくお願いします」
「お願いします」
周年記念ライブではやることが多い。
まずはセットリスト作り、それから振り付けの相談、次にダンス練習、歌に関してはボイスレッスンをする人もいる。
次に技術スタッフと構成の話、イメージ映像などの確認、仮収録、仮収録のチェックと修整。
今度は単独かどうかで、誰かに出演してもらうのなら打診、スケジュール調整、ライブに登場する際の機密事項確認、ダンスレッスン、事前収録、収録チェック。
周年記念ライブの際に出すグッズ相談、監修、費用の分配に関する取り決め、告知の仕方、ストリーミング配信するなら配信会社との調整、機密契約等の手続き。
当日は事前収録以外の生配信での段取り、よくあるのはライブ後の告知などだ。
今は技術的な問題で事前収録が多い、あとはスタジオを借りれるかどうかの問題もある。
自社でスタジオとか持ってないし、通信技術も未発達で数万人に向けてリアルタイムで処理しながら映像を送ることはできないからだ。
「本日確認して頂いた事前収録で当日は進行します。暗転した際、MCパートではスタッフが次の映像の準備をします。ただ、特に無くても進行できますけど」
「やっぱりそこはコメントの読み上げとか、没入感が出るので、ライブを本当にしている感じにしたいなと」
「時間内であれば問題ないですが、タイムキープはお願いします。最後の告知は、今回は収録ですので運営の方でもお知らせします」
私の周年記念ライブは基本的にソロだったりする。
他の人に出演してもらうのもあるにはあるが、そもそも頼める相手が少ないというのもあった。
まぁ、今回なんか特に全編ソロだったりするんだけど……みんな忙しいから、嫌われてる訳じゃないはず。
収録日を決めて、構成の話をして、セットリストの相談し、音源の権利関係やオケの作成や使用許諾関係のミーティングを終わらせる。
前よりも指先や表情の読み取り技術が上がって、速い動きや細かい振り付け動作が出来るようになったらしい。
また、ライブ映像もいろいろな角度からや背景が動いたり、光の表現や反射など滑らかになるらしい。
技術的な話はわからないけど、どう変わったか聞いたら技術スタッフさんが教えてくれた。
今なら他の人と同時収録も前よりスムーズらしい。
今後はリアルタイム、更に激しいダンス、バックダンサーを付けても処理がスムーズにとか、色々出来ることが増えるようになる予定だそうだ。
「ふぅ……ありがとうございました。失礼します」
「ありがとうございました。当日まで我々も準備しときますので」
打ち合わせを終えて、スタッフさん達と別れる。
お疲れ様ですと挨拶をして、タクシーを拾って、家に辿り着いて、そしてやっと外向きの顔を剥ぎ取る。
服をハンガーに掛けないまま、そのままソファに倒れ込む。
世界とは演劇で、人は一人の役者である。
与えられた役割を見事演じることこそが求められる。
誰の言葉だったか、そんなフレーズが頭によぎる。
俺という一面、私という一面、胡蝶という一面、色んな一面がある。
いつから私は人にどう見られるかを気にするようになったのか。
なぜ、人に見られるような仕事をやろうと思ったのか。
「あー、落ちた時ショックだったなぁ」
最初は何となくで始めて、趣味の延長でやってたっけ……あぁ、そうだ、何もかんも上手くいって全能感で溢れてたっけ。
そうそう、チートで転生だ、主人公だって、何でも上手くいくって、それから将来予定してたオーディションに落ちたんだよな。
思い通りに行かなくて、生きててもしょうがないとか思ったのは、若さゆえの短慮かな。
いや、そうか、あの時に私は1度目の延長から、2度目の人生に既に切り替わってたのか。
なんだ、思い通りに行ってなかったじゃん、気付いてなかったけど。
だから、あんなにショックを受けてたんだ。
「あー、懐かしいな。配信で元気出たとかいうリスナーいたっけ」
今じゃ当たり前に肯定的な意見も否定的な意見もあるけど、随分と贅沢な話だ。
だって個人の時は10人くらいの同接で、コメントなんてないこともザラにあった。
意見なんて、そもそも存在してないし、推してる奴だって数えれるだけだった。
全然上手くいってないじゃん。
まだVTuberの黎明期だからってあの頃は言い訳してたけど、普通に昔から才能ある人に比べたら大したことなかった。
気付いたら簡単な事だ。
見られるチャンスは多くなっただけ、私自身は大した実力はない。
何も持ってない事に悩むなんて意味なかった。
実力がなければ続けてはいけないのか。
才能がなければ辞めなければならないのか。
何も持ってない奴は何もしてはいけないのか。
「私のやりたいこと……」
代わり映えしない毎日を過ごすのは、意外と困難だ。
それでも、理由があれば頑張れる。
配信を見るためにとか、グッズを買うためにとか、ライブに行くためにとか、そんな事で頑張れる。
私がそうだったように、私がやりたいことは、誰かに必要とされる存在になる事だ。
次の配信が楽しみとか、見てたら面白いとか、ちょっとだけ誰かの頑張る理由になれる仕事がしたいんだ。
それが、やりたい事だ。
自分で考えて、自分で答えに辿り着けた、私のやりたいこと。
「……或いは私の夢か」