胡蝶の夢、或いは不労所得の夢   作:nyasu

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見えている物は見てきた物なのか

白いカーテンが揺れている。

金属バットの高い音、音の外れた吹奏楽器、廊下を駆ける足音、誰かの笑い声。

夕日に目を細め、眩しそうにしている黒髪の女がいる。

彼女はベッドに座って窓越しに校庭を見ていた。

 

ふと、今まで見ていた横顔が此方を向く。

どうやら、見られていた事に気付いたらしい。

 

『なんだ、来てたんだ。来てたなら早く言ってよ』

 

そう言って少しだけ咎めるような視線が向けられる。

はぁ、と深い溜息。

なんだか呆れられているような態度だ。

 

『はぁ……待ってたんだから、はいこれ』

 

彼女は一度背中を向ける。

再びこちらを向いた時には、赤い包装紙に包まれた箱を持っていた。

それをそのまま此方に向けて渡してくる。

ちょっと豪華にラッピングされたそれは、恐らくチョコレート。

 

『勿論、義理じゃないよ……バレンタイン』

 

そう言って、恥ずかしそうに箱で口元を隠した彼女の赤らめた顔が印象的だった。

 

コメント:誰だお前

コメント:作画はいいけど演技が素人だな

コメント:やーい保健室登校

コメント:ルーちゃんに謝れ

コメント:相変わらず優遇されてんな

コメント:空気読めよ

 

 

 

自分の出したバレンタイン動画のコメントを見ていた。

別の箱で見たことあったバレンタインの簡単なショート動画。

この世界じゃ、まだやってなかったからやってみた動画だ。

 

「荒れてんなぁ」

 

自分でも誰だお前と思うけど、ほら、配信とリアルとボイスの胡蝶さんは別だからね。

配信すれば、やっぱり荒らされたりする。

大半は捨て垢とコメントを連投するbotだったりするが、ニヤニヤ動画を思い出す。

アレに比べたら治安は大分良い、いやアレがヤバすぎるのか?

 

3月になって、私の炎上は何時もと違ってすぐには鎮火しなかった。

運営が配信を控えませんかとか言ってくるくらいには燃えている。

全くフォローとは関係ない個人VTuberのどら猫さんをフォローしているリスナーと私のリスナーはSNSでリプライ合戦してるし、配信には◯◯って本当ですかみたいな今まで見てなかっただろみたいな奴らのコメントが湧いてきたりしている。

まとめサイトも上場した頃よりも緩い、上場する時代の前だからアフェリエイト目的で色々なまとめスレのサイトが色々あったりする。

 

「炎上の真相は分かりませんでした。いかがでしたか?……今の時代はまだあるのか」

 

全く何のためにもならないクソみたいな記事には、ちょっとクスッときたりした。

なお、まとめサイトではキルレシオ報告スレなるものがあった。

 

 

 

・恐らく権利侵害行為への対応

法的対応件数(訴訟・刑事事件を含む):約200件

削除対応件数(SNS等の削除アカウント):約5000件

SNS、掲示板等の投稿における権利侵害行為への対応

SNS、匿名掲示板、まとめサイトなどにおける投稿のうち、特に悪質な投稿については発信者情報開示請求(以下「開示請求」)が実施されております。開示請求手続中または示談交渉中のため、現時点において詳細が分からない事案も多数ございますが、引き続き毅然とした対応を続けてるもよう。

また、開示請求のほか、各プラットフォーマーへの通報等も実施し、権利侵害行為のあった投稿およびアカウントの削除請求もされている。

 

・1乙もうそんな時期か

 

・法的対応件数とか封筒載せてたバカのカウントだけだし氷山の一角なんだろな

 

・イキってる奴らのフォローリスト作ると少しずつアカウント消えてくぞ

 

・想像の10倍くらい怖い

 

・アカウント消しても逃げられないの可哀想

 

・フォローが唯一対応する女だ。経営陣の身内だぞ

 

・有志じゃなくて公式が公表したらアンチも減るのに

 

・スナック感覚で誹謗中傷を行っている愚かな人間達が減るわけない定期

 

・未成年だから余裕裁判やるならやってみろから日に日にビビって謝りだすガキのアカウントおもろいぞ

 

・胡蝶だけじゃなくタレント全員に対応すべきと思いました(小並感

 

※そんなことより燃えてる件どうにかしろよ

 あっ、うちのサイトは健全なまとめサイトです

 

 

 

うーん、この、一般社会では居てはいけない奴らの巣窟よ。

なんか歪んだ楽しみ方してない?してそう。

今だけなんだよな、いつか規制が厳しくなってまとめサイトも開示請求されるから色々なくなったはず。

海賊版の違法漫画閲覧サイトとか違法ダウンロードでの音楽配信サイトとかみたいに消える運命だからな。

終わるのは去年の年末に終わったフラッシュサイトだけでいい……いや、あれはあれで面白いのあったからやっぱ終わって欲しくなかったかな。

赤い部屋とか懐かしい。

 

 

 

私の周りはそんな感じ。

延々と燃える騒動は、徐々にだが勢いが衰えていく。

今回は長かったけど騒いでる奴らが減れば減るほど事態はすぐに鎮火するのだ。

経験則で知っている。

 

「あまり褒められたものではないですが、本当にやるんですか?」

「知らない仲でもないですからね」

 

それは、ある日の弁護士先生との会話だった。

その決定のもと、手続きを済ませて相手の了承を得たのが3月の中旬頃のことであった。

ちゃんとしたスーツに身を包み、弁護士事務所の会議室で先方を待つ。

相手が来るまで、とても長く長く感じた。

そんな時間の末、女の子らしく可愛らしい格好の女性が現れる。

 

「本日担当します――」

「よろしくお願いします。私は――」

 

お互いの弁護士の挨拶は、まるで耳に入ってこなかった。

騒音とさして変わらない、必要のない情報として処理される。

そんなことに意識を割くよりも、恨めしそうに此方を見る彼女の顔から私は目を逸らせなかったからだ。

乾羽ルチアさん、彼女と直接会っての示談交渉に臨んでいた。

 

「少し、痩せましたか?」

「そう……ですね……」

 

表情とは裏腹に、声は弱々しい印象を受ける。

騒動の最中で、YouTuberの生配信に出ていた快活な姿でも、浮気するリスナーや貧乳弄りに対するアバター姿でのヤンデレキャラでもなかった。

もっと、どの口が言ってんだと罵られるかと思っていたのだ。

実際、弁護士事務所の会議室に入った直後の視線は怒っているように見えたからだ。

 

普段は書面等で済ませる示談交渉も、直接会うにあたって互いに弁護士を呼んだ状態で始まった。

感情的になったり、言った言わないなどになったりするからだ。

相手は感情的になるだろうなと想定していたのだが、初めて実際に会ってみたら綺麗ではあるが普通の人だ。

おかしな相手でも、メンタルが不安定でもない、普通に常識的な振る舞いの方だ。

机を見るように、ただ俯く彼女を横の弁護士の方がどうしようと狼狽えた様子で見ている。

最初に口火を切ったのは私だった。

 

「今日はご足労頂きありがとうございます」

「いえ……」

「本来なら書面で対応すべきことですが、知らぬ仲でもないですし、直接お話ししたかったんです」

「何それ……アンタ、バカにしてんの?」

 

声に怒気が混じった。

そうして、彼女が机から対面の私へと視線を移した。

俯いていた状態から、正面を、やっと私を真正面から見たのだ。

 

「誹謗中傷した私を呼び出して、話したかったって?何それ、文句でも直接言いたかったの?」

「いいえ。貴方の名前を見つけた時、腑に落ちなかったので……私、貴方に何かしましたか?」

 

私と彼女は似ている経歴を持っている。

違うとしたら、私はレールの敷かれた道を通ってきた。

配信者を始めて、ニヤニヤ動画を経て、VTuberをやる。

その過程で、VTuberになる前の転生前という配信者活動の経歴もある。

本名や顔は、そこでバレていた。

 

私としては、名前を見つけた時には何故となった。

双方感情的になってしまうから直接会わない方が良いとも言われた。

それでも、何かしたか引っ掛かっていたのだ。

寧ろ、私は何もしなかったのに、何故と。

 

「理由?もう、そんなの分かんないよ。誰が本当の事を言ってるのかも分かんない」

 

「何を言えば満足?言ってないって否定したら嘘つき。黙れば認めた。説明させられたら言い訳。泣いたら演技だろ。笑ったら反省してない。怒ったらネタ扱い?」

 

「知らないよ。だってVTuberじゃん。いつからアイドルになったの?」

 

「私と乾羽ルチアは別だったじゃん、貴方達の求めるように、理想を叶えてあげてたじゃん!」

 

「愛してって言ったら愛したよ!お金を掛けてくれた人には相応に返そうともしたよ!媚びろって言われて媚びてたじゃん!じゃあ何が正解だったの!」

 

「私はただ、誰かと話したかっただけなのに、寂しかっただけなんだよ。何でそれが許されないの?配信を切ったら終わりだと思う?ご飯も食べれないし、体調も崩すし、不安で朝まで寝れない日だってあったよ」

 

「正解なんて分かんないよ、言われるがまま夢だって見せたじゃん。期待も裏切らないように頑張ったよ。仲良くなったら詮索されて、距離を置いたら不仲だって言われても、見なかったことにして、聞かなかったことにして、毎日我慢して配信してたよ!」

 

「良いじゃん貴方達は乾羽ルチアで幸せになってるんだから。私が結婚しちゃダメなの?誰かと恋愛しちゃダメなの?嘘って、その日しか見たこともないお前らが作った話や決めつけじゃん!」

 

「なんで今まで見てた私じゃなくて、誰かの噂を信じるの?勝手に憧れ押し付けて、少しでも違ったら批判してるお前達の方が加害者だよ!」

 

静かな部屋で、彼女が机を叩く音だけが響く。

それに対して、誰も、答えを返すことは出来なかった。

崩れ落ちるようにして、静かに沈んだ肩、机に突っ伏して、声も上げずに泣く人に何て声を掛ければ良いだろうか。

 

「だから、会わないほうが良いと言ったんですよ。今日は仕切り直しにしますか」

「そう……ですね。行きましょう、後は私共でやっておきます」

 

どのくらい経ったろうか、真っ先に動いたのはお互いの弁護士だった。

慣れているというのもあるのだろう、流れるようにやり取りはスムーズだ。

機械的で、手慣れた感じで、よくあることなんだと思わせるような物だった。

私は見てるだけしかできない背景だった。

 

「あの……」

「…………」

 

その先は、何を言うべきだったか。

全部が敵に見えてる今の彼女を助ける言葉は思いつかない。

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