不要不急の外出は控えるようにと言われてはいたが、それくらいでニュースではコロナ関連、オミクロンの報道は少なくなっていた。
どちらかというと、ロシアとウクライナの戦争の方が報道されてたし。今じゃワクチンは当たり前すぎて政府の陰謀だとか言われたりしてる。
ワクチン接種は反対とか言う人達がいるのだ。
うーん、思想的な問題なのでコメントも拾わないでおく。
とはいえ、世間ではコロナの給付金をミスって何千万も振り込まれてしまい、それを増やして返そうとしてオンラインカジノで溶かした奴がいたらしい。
なんかそんなのあったな。
私も配当金とか振り込まれるけど、証券口座だからな……勝手に使わないように気をつけないとな。
とはいえ、生きていく分の金は十分にあるので、額次第ではすぐに返せるだろう。
あれ、確か問題になったの手元にないから返せないとかだったはず。
「お金があっても不安か……」
医者の言葉が妙に引っ掛かる。
途方もない数字の羅列、無駄にデカい部屋、若い頃からの美容による容姿、高そうな車、90万人とかいうチャンネル登録者数、なんとなく欲しくて買った可愛い服、忘れられない習慣のように買うのを辞めれない香水、ボロボロになったノートはもう少しで白紙になる。
心の何処かに確かに違和感はある。
本来いるべきでない場所で、未来の知識を悪用して、誰かの功績を先に掠め取って、今、ここに立っている。
ただ性別が変わっただけで、ここまで来れただろうかと、どこか考える自分がいるのが原因なのかな。
今から転生して事務所の力とかなしで、ここまでは来れないだろうな。
お金も、何も知識がなかったら増やせなさそう。
それに……前世は忙しかったけど家族とは頻繁に会っていた。
一人暮らしはしてたけど、殆ど帰らないとかなかったな。
忙しいのもあるけど、休むとリスナーの興味がなくなるんじゃって不安になる。
あぁ、バッド入ってる……生理か?
この身体も長い付き合いだが、明らかな精神負荷と激痛が自分を嫌いな理由だろうか。
いや、でも、俺はそもそも生理が来る前から自分のことが、あんまり好きじゃなかった気がする。
えっと、なんでだっけ……だって、それは。
『胡蝶さーん!お迎えですよー!』
「うおっ!やばっ、もうそんな時間か」
インターホンの鳴る音、モニターにはマネージャーが映っていた。
出る前に軽くスマホをイジってたつもりが、没頭していた。
ボーッとするほど没頭……このフレーズは配信で使えるかもしれない。
「いや、考えてる場合じゃねぇや」
思考が勝手にそれるのヤバいな。
いや、ヤバいのは私の時間なんだけどね。
あぁ、エレベーター降りるまでなっがいなぁ!
「ご、ごめん!」
「お待ちしてました」
「ありがとうございます。ごめん、遅れた」
「珍しいですね、考え事ですか?何か悩みでも?」
そう言って、車内にいたマネちゃんが備え付けのミニ冷蔵庫から飲んだら何故か補充されてるミネラルウォーターを手渡してくる。
私はそれを受け取り飲んで、何でもないとひと言だけ添えるのだった。
本日は案件配信ということで、借りてるスタジオに来ていた。
毎回手続き踏んで、違うところに行くのは少し面倒だ。
会社がスタジオを作ろうとするのも頷ける。
来年出来るらしいけど、まだ公表は出来ない。
「お疲れ〜、やだ、ちょっとエッチぃんじゃないの?」
「は、はぁ!?そ、そんなんじゃねぇから!」
「いやぁ、トップスがデカくて、生足しか見えないから履いてなくない?あっ、下はホットパンツなのか」
「バカ!捲るな!バカ!バカ!」
「いやーん、暴力反対」
と、止めるなマネージャー!この距離感がバグってる同期には躾が必要だ。
は、離せ!アイツ、ペロって!今、ペロって服捲ったんだよ!
「おぉ、これが噂の椅子かぁ」
「あっ、おい、自由か!っていうか、噂って?」
「切り抜き見てないの?後輩をビビらせたって言う」
「ビビらせてないし、メッチャ喋ってたし、連絡先も交換したし、お菓子とか香水あげたし、手料理食べさせあう仲だから」
「いや、距離の詰め方0か100なのかよ」
私の椅子に座って、クッションを抱きしめるのは私の同期の癒日クッキーである。
返して!私のクッションなんだが!
「まぁまぁ、もう撮影ですし」
「でもマネージャー、でも!ほら!」
「子どもみたいで草」
「お前!許せねぇ!人が気にしてんのに」
何、収録時間が決まってるから後でにしろ。
分かったよ、やればいんでしょ!
画面にはアバターの私達が映っており、その上にはハッシュタグが表記されてる。
本日は同業他社、お隣のツースリーさんとも仕事してるアニメディールという香水ブランドさんとのお仕事だ。
そのため、香水が実は趣味の久喜子ことクッキーと公言してる私が選ばれた。
目玉は私達監修の香水で、セットで買うと少しお得で、しかも特典が付いてくるという仕様。
受注生産だから差が出ると売れ残りとか出るから、抱き合わせにしたなこれ。
とはいえ、そんな感じの案件である。
『はーい、マイクッキーのクッキー担当、癒日クッキーよ!そして!』
『えっ、はい、マイ担当のこ、あっ、舞姫です!台本にないのやめれる?』
『マイクッキーRadioイエーイ』
『無視やめてね、普通に傷付くから』
さぁ、始まりましたと進行してもらう。
いやぁ、進行してくれるの楽だな。
『今日は、はい、何やるんですか』
『今日はですね。フォロメンの香水調査をしました〜』
『おぉ、何でですか?』
『いい質問ですね。それは私達が調査した推しの香水をエサにフォロメンを集め、コラボ香水を出すお知らせするからだ!』
『な、なんだってー!案件だからとはいえ、打算的だー!』
台本に書いてあるんだもん、まぁ実際有効だしね。
香水はアンケートを書いてだし、サンプルを作って貰って何個か嗅いで、細かい調整をした後に販売されるのである。
まぁ、この撮影時にはもう出来上がってるので、後はどれだけ注文を集めるか。
だから視聴者が集まるように工夫する必要があったんですね。
『早速見ていきましょう。まずは、クッキー先生』
『レッツゴー!』
『クッキー先生の香りは……』
『クッキーは、SHIROのキンモクセイオールドパルファムでございまーす』
『いえーい』
『此方は、甘すぎずスッキリとした香りになっておりまーす』
それでは、と言って2人で香水瓶の匂いを嗅いでみる。
『うんうん、えっ、あーはいはい』
『これ強くないから普段使い出来るんよ』
『えっ、あっ、好きかも』
『ねぇ、めちゃくちゃいい匂いすんの……あっ、はい!次は胡蝶の行くぞー』
やべっ、普通にオフみたいに2人で会話してた。
『最近のは、ラリックのアンクルノワールエクストレームです。此方、箱根の美術館とかに売ってたりする奴』
『はいはいはい、ガラスのね』
『えっ、ラリック美術館とか知ってんの?』
『えっ、ラリックって美術館なの?』
いや作ってる人がラリックさんだったか、初期のボトルとか置いてるんだが。
コイツ香水だけ知ってたのか。
『あー、なんだろう。すごい木って感じの懐かしい匂いがする』
『ウッディなの好きだから、よく鉛筆の匂いって言われる』
『あー!鉛筆削りに近い!買ったばかりの本みたいな匂いだ』
『削りたての木と成分が似てるらしい』
深く吸い込むと、本に顔を埋めているような、森の土に似た匂いがするのだ。
『なんだろう、男なら賢そうな香り』
『そうそう……男なら?女だと賢くないんけ?おっ、喧嘩か?』
『続いて行くぞ〜、続いては』
尺の都合もあって紹介しては匂いを嗅ぎ、感想を言う。
姫川ルナちゃんのロフトチェリーオードパルフェムはアマレットやアプリコットみたいな香り、杏仁豆腐みたい。
冬色フェス先輩はディオールや、シャネル、ジルスチュアート。
ルージュトラファルガーとか甘ったるい女の子の匂いだった。
天音ソナタちゃんはロクシタン、ヴァーベナという柑橘系の匂い、制汗シートとかに近い気がする香りだ。
漁火フレアさんはSHIROの桜やアールグレイ、キンモクセイと、シリーズもの。
名前の通りの香りがする。
安堂ロイド先輩はセリーヌのダンパリ、バニラアイスのような柔らかい香り。
逆叉クロちゃんはセリーヌのリザーブスパークリングシュガーオードパルファム。
だいぶ強めの甘い匂いで、わたあめの香りと言い張るだけある。
うーん、これは何かエロい女が付けてそう。
白夜トワちゃんはSHIROのフリージアミスト、花みたいな匂いがする。
すごくフローラルで、リンゴやバラみたいな……あぁ、高い入浴剤とかの匂いだ。
ラプラス・ダークちゃんはメゾンフランシスクルジャンの、アクアユニヴェルサリス、オードトワレ。
なんだコレ呪文かと思ったが、高いホテルの一室みたいな清潔感のある落ち着いたベルガモットやムスクの香りがする。
『はい、ということで此方!えー、下記の公式サイトから受注生産になります。また、セット購入の場合は定価よりも割引され、更に描き下ろしイラストと直筆サイン入りメッセージカード(コピー)が同封されます』
『やったー、クッキーも欲しい』
『一応クッキー先生のは甘い匂いだけど、私のはウイスキーやタバコに似たウッディな感じなので男性向けかなと、なのでセットで買って片方はプレゼントとかも良いかもしれません』
『えぇ、じゃあ私達でカップルって……コト!?』
『違います。ええい、ひっつくな!案件中だ!』
何だかんだでグダグタしつつも企画は終わり。
編集後、動画が流れたら受注生産開始である。
乗り切った。
案件とかはノートを見ても予備知識が使えないから不安になるんだよな。
「おつかれー」
「おつかれ……疲れた……」
「こういう案件なら、またやりたいわね〜」
「私はいっかな……車乗ってく?」
「乗る乗……えっ、打ち合わせ?ガチぃ?」
あー、たすけてー、と言いながら連れてかれる同期。
マネージャーから逃げるな。
「お疲れ様でーす。見てください!撮影終わったからって香水貰いました!しかも、たくさん!」
「あぁ、うん、良かったね〜」
そして、私は私でマネージャーを連れて車に向かう。
もうすぐ5月も終わるなぁ、来月も忙しい。
そろそろ4周年ライブ、2018年デビューだからオリンピック1回分、4年も活動したのか。
長く感じるのに、まだそんなにしか経ってないのか。
「胡蝶さん……大変です……」
「おい!まさか、炎上したのか!?」
私が仕事の事を考えながら、車の外の景色を見ていたら横でスマホをイジっていたマネージャーが慌てた声を出す。
こういう時は何か良くないことが起きるんだ、私は詳しいんだ。
なんか、最近、デカいことあったけ?記憶にないんだけど!
「炎上はしてませんけど、101万人になってます!」
「はぁ?えっ、はぁ?えっ、待て、1日で11万人増えるのはおかしい。きっとバグだ」
「ですよね……サジェストがお嬢様とか胃カメラとか、住民票とかサロメとか胡蝶ってなってるんですけど……これ、原因ですかね?」
「バカヤロー!たぶん、それだ!あぁ、デビューしたんだ!」
瞬間、私の中に流れる存在していたけど忘れられていた記憶。
それまでのVTuber史上最速の約40日での100万人登録を、僅か2週間である14日間で達成し、常に決まった時間に飽きられず見れて、検索AIのアルゴリズムにも引っかかる1時間の配信を行い、大量の切り抜きを用意することで一般層にも知れ渡った伝説のお嬢様VTuber。
「で、伝説の……ま、万城目サロメ……」
「伝説って?」
「あぁ!」
おハーブですわの、万城目サロメがデビューしていた。