こんな人いたかなぐらい知らない人と私は弁護士事務所に来ていた。
うん、そうなんだ。すまない。
きっと、ゆるくてフワフワで小さくてかわいい世界観を求めていたと思う。
でも現実はニコニコした顔の裏で真っ黒な大人の事情が展開されていた。
上場前の実績作りのための開示請求である。
そう、いつも個人でやってた私に一部負担するんで件数の水増しをオナシャス、みたいな。
意訳だけどそんな感じで会社が、行きつけの弁護士事務所に来たのである。
行きつけの弁護士事務所ってなんだよ、怖いよ。
まぁ、関わった開示請求とすれば嘘は言ってないし、全額負担じゃないから好き勝手はできない。
全員訴えたくてもお金がね……ほなら問題ないか。
示談で数万円、弁護士費用で数十万円、赤字だけど会社が少し負担してくれるし、たまにプラスになるしな。
まぁ、大抵は支払い能力のない奴がやってたりするので無敵である。
「では、リストの中からピックアップして……これぐらいですが、これまでの関係もありますし、まとまった件数ですのでね。顧問契約後の初めての案件ですので、こちらで如何でしょうか」
「な、なるほど。一度持ち帰ってもよろしいでしょうか、その……金額も多くですね」
何だか難しい話を、オレンジジュースを飲んでる私の横で展開されていた。
やべっ、ストロー噛んじゃった。あとでマネちゃんに怒られる。
「……ということで、よろしいですか市川さん」
「先生、いつも通りやっちゃって下さい」
「えぇ、えぇ、企業案件になりましたからね。法改正もあったし、以前よりは負担も減りますよ」
ちゃんといつも取れそうなとこと、相当悪質なとこを開示請求してたけど、多分手続きより相手を選ぶのを楽しんでそうである。
出会った頃は正義のためにか弱い人を守ろうとした志が、妄想だがあったんだと思う。
私のせいで金持ちと無敵の人専門の開示請求弁護士に……なってたらおもろいな。
先生は会社と顧問契約、会社は業界でも実績は多いノウハウのあるところと提携、私は負担が減る、アンチは死ぬ。
みんな、Win-Winである。
そんなこんなで、今度はプライベートバンカーさんである。
可笑しいな、最近復帰したけど配信活動より外回りのほうが多くないか?
やってきたのはバンク・オフ・イノベーションである。
というのも、リリース日には事前登録の割に面白くなさそうとか言われて暴落したのだが、その後急騰したのである。
初日、3000円近くまで7%近い暴落をした。
前日は3200円くらいなので、その日買った人は一日で100株あたり2万の損をした。
掲示板ではクソ株とか期待外れとか罵詈雑言の嵐、一部がダウンロードとか見てから、これからでしょという展開。
稀にある暴落である。
……まぁ、私は250万株を2000円台で持ってるので50億は75億、売れたら25億の儲けになってた。
5000円超えるまでは売れないけどね。
ただ、次の日からは違った。
ダウンロードランキングから売れるんじゃね?予想よりダウンロードされているぞと期待で買われて急騰したのだ。
そして、ストップ高となり3,735円、20%近い急騰だ。
掲示板はほら見たことかとか、空売りを追加だとか、含み損解消したからもう撤退するわと様々な意見が飛び交う。
ここに来て、ストップ高からゲームを知った人達が調べ始めて参入。
ゲームはやらないけど株はやる人達が参入した。
ストップ高になったことでゲームの記事がネットに上がる、4,435円、5,140円、1割、2割、近い急騰が3日続く。
暴落と急騰は3日待てというが勢いは止まらない。
初日に空売りしていた人は100株あたり20万の損、買ってた人は20万の勝ち。
もうすぐ入れた額の倍、ダブルバガーと呼ばれる状態になる。
私が知ったのはこのくらいの時だったはず。
ということで、約束の1年が過ぎて売買可能な条件5000円を超えたので、会社の方から呼び出しがあった。
なんか大量報告している株主に報告があるらしい。
4割だもんね、他の機関投資家ですら5%くらいなのに8倍である、意味わかんない。
現実味ないわ、妄想の世界で生きてんのかよってレベルだ。
「本日はご足労頂きありがとうございます。本来なら此方から」
「大丈夫です。職業柄、あまり外出すべきではないですし」
「ではさっそく本題ですが、契約の再確認と伝達事項がございます」
そこからは難しい話が横で展開される。
りんごジュースをズズッと飲みながら話を聞くと、詳しくは言えないが重要情報をIRで発表するので売買は控えてほしいとのことだった。
まあ、多分、売上とかなんだろうな。
それを聞いて売買するとインサイダーになるらしい、プライベートバンカーさんが言ってた。
「本日はありがとうございました」
「いえ、では改めてご連絡いたします」
担当者とプライベートバンカーさんが話を終える。
私は難しい単語を知ってる感じで頷きながら聞き流し、向かいに座っている社長に会釈した。
売ってに対して、こうこうこうしないといけないと説明されてやるべき事をやったのだ。
大変だったが、やっと終わった。
横で話を聞いていただけだけど。
「結局、君の言っていた通り3倍になったね。私達の予想すら超える結果だ……夢を見ているようだよ」
「あっ、はい」
「潰れるかもしれないと思って出した5年ぶりの新作だ。期待はしていたが、良い意味で我々の予想を裏切った。皮肉なことに、今は潰れる心配よりも維持出来るか、期待に応えられるかと、新しい悩みが出来ているよ」
「まだまだ行くと思うので、今後は大変そうですね」
「ハハハ、君が言うと本当にそうなりそうだよ」
「これから少しずつ売買していきますけど、もっと株価は上がると思いますよ」
私が知ってる限りでは1万超えしていたからな。
あまり信じていない社長は今後経営陣と嬉しい悲鳴を上げるんだろうな。
だってもっと株価は上がっていくからね。
そして、終わると思われていた株価はまだ上がった。
ストップ高だから明日もストップ高だ、買えそうなら買うんだ!
所謂、イナゴ、モメンタムチンパンジーと呼ばれる勝ち馬に乗ろうと買いまくるやつ。
もう無理だろ売りだ、空売りして大損してしまった!
所謂、売り豚と呼ばれる空売りばかりするやつが大損して撤退することで買い戻し、買い戻しによって株価が上がる踏み上げとよばれる現象。
6,140円、7,140円、10,320円、3日間で遂に1万円代に到達した。
さらに追い打ちを掛けるように、バンク・オフ・イノベーションから120万ダウンロードと課金額が18億円になったと発表があった。
私の方で決めていた1万円を超える条件を達成していたので半信半疑だったプライベートバンカーさんが少しずつ売却を始める。
一気に売りたくても買い手がいないし、大口が逃げてるぞと思われるからだ。
私の知らない、ここからは違う歴史となるのだが、しかし影響はなかったようだ。
次の日、流石に私が売却してるのもあるので株価は10,000円で引けとなる。
ネットじゃ市川ホールディングスとか言う知らん機関が売ってそう、保有割合多いから売ってる可能性あるぞ、ナイアガラみたいにそろそろ天井かもしれないなどと噂されていた。
それでも、バンク・オフ・イノベーションは、メメントの森は、株の熱狂は強かった。
10月28日、一時12,250円と私の買っていた6倍になった。
土日を挟み、大量保有報告の変更が発表されたが、それでも買いは入る。
ストップ高になっても押さえつけるように少しずつ株価が下がるのに、買いが入って元通りになっていく。
私がどんなに売っても、決められた歴史に沿うように抵抗されてるかのようだ。
とはいえ、個人では無理だから機関投資家という大量の金額を動かす人達だろう。
月曜日、月末の10月31日15,250円、私の買った1年前の7倍になった。
「はい」
『売却が完了しました。一部は市場ではなく機関投資家、投資事業者、ファンドにも売却しました』
「ありがとうございます。だいたいいくらになりましたか」
『……差し引いた純利益ですと、約300億です』
「300億……すごいですね。日本一ですかね」
『身元は隠されていますがコンマ数%はいます。それ程までの資産です。今後は更に身の回りに気を付けなければなりません』
「そうですね。怖いような……いや、でも実感ないな」
私だけ桃鉄やってるんだろうか。
とてつもない額で、最初に思ったことは税金とかどうだろうなだった。